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異端進化論 ~ヘタレと無謀と遺跡の物語~  作者: 七草 折紙
第一章 ヘタレ男と特攻少女
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第二話 少年と少女の邂逅

 太陽が照らす温かな刻は過ぎ去り、夜の帳が下りた頃合い、都心の片隅に開放された公園で、二人の女性が歩いていた。

 小柄ながらに凛々しい男性を思わせる、精悍な佇まいをした金髪ショートの制服少女と、幽玄な幻想を放つ聖女を思わせる女性――朝露の潤いを宿したかのような水色セミロングの長身女性が、互いに距離を縮めていく。


「待たせちゃったわね、(あゆむ)ちゃん」

「とんでもないであります。多忙な(かすみ)先輩であるからに、仕方がない事情なのであります」

「ふふ、ありがと」


 水色髪の女性――霞と呼ばれた陽気な女性が、申し訳なさそうに謝ると、歩と声を掛けられた金髪娘が、社交辞令のような返事をした。


 本来ならば、潤滑な人間関係を築くためのたわいないお世辞だが、様々な人間を観察してきた霞だからこそ見える真実――歩の言葉の全ては全身全霊の真言であり、邪な気持ちなど露ほどにも伝わってこない。

 本心から出た歩の率直な返事を受けて、無表情だった霞の頬が自然と緩んでいく。


「はっ! 恐縮であります。それで――」

「あっ、ちょっと待って!」

「……? どうしたでありますか?」


 歩の行動心理は、何事にも常に最短距離。

 良くも悪くも実務に忠実な彼女だが、ふいに入った霞のストップに、話の腰を折られてしまい、崩したリズムで戸惑いと共に理由を問い掛けた。


「――ウォーミングアップ! 久しぶりに軽く手合わせしてちょうだい」

「成程、本番前の肩慣らしでありますね」

「そういうこと。簡単に素手での組手ね。現役の御堂ヶ丘(みどうがおか)学園最強、その実力を見せてもらうわよ」


 御堂ヶ丘学園は国内外に有名なOB――多方面で活躍するトップランカーを数々輩出しており、名門校として政財界にも大きな繋がりを持っていた。

 一生徒であっても国内では有力な未来の卵であり、中でも歩は現役最強の最上級生、霞は一昨年卒業した元最強という肩書きを背負っていた。


 歩と霞の年の差は二つ。新入生として、学園中等部に入った頃からの先輩後輩で、彼此五年以上の付き合いになる。

 家同士が国内有数の武の名門であることも、気心が知れている理由の一つであった。


 憧れの先輩である霞を見据えて、無言で構える歩。

 その目は真剣そのもので、手を抜く行為など歯牙にもかけない、といったスタンスである。


 そんな可愛い後輩の姿に、ちょっとした悪戯心が湧く霞であったが、そこは自重して、気持ちを入れ替えていく。

 霞の瞳もまた、臨戦体制を訴えていた。


「行くわよ――フッ!」


 開始の合図と共に、浅い吐息で酸素を取り入れ、揺らめくような動きで霞が消えた。

 彼女は一呼吸で歩の眼前に躍り出る。


「ハッ!」


 霞の右手がしなり、鞭のような軌道で、歩の顔面に迫る。

 その容赦ない一撃を限界まで見極めようと、歩は未だ構えを続ける。


 獰猛な獣を思わせる破壊の弾道。

 それが目先数センチに差し掛かった瞬間――"間"を合わせた歩が身を落として躱す。

 そのまま流れに逆らわないで、テコの原理が如く、歩の右腕が上昇する。



 ――この痺れるような開放感。



 並の人間相手では、決して味わえない高揚感が、霞の全身を支配する。

 自分と同じく"武"を宿した者――同胞、いや同格の者同士の死合い。

 歴史ある一族のみが持ちえる戦闘心理が、互いの"武"を更に高めるべく蠢き出す。


 歩の反撃に焦ることなく、独楽のように右に旋回――その動きに合わせて、突き出していた右拳を支点に前進しつつ、巻き込むように右肘を叩き込む。


 攻防一体の動き――霞流"追い独楽"。


 単純に見えて高度な実力を必要とするこの技を、歩はギリギリ左腕で受け止めた。


「――ガッ……」


 組手だからこその加減された衝撃に、それでも歩は豪快に吹き飛ばされた。


 霞が本気だったなら終わっていただろう現実。

 悔しくて歯を噛み締める歩は、なお果敢に挑んでいく。


 再び飛来する霞の右――捻り上げるように放たれた右パンチを、左脇腹に直撃する瞬間、折り曲げた左腕でいなしつつ、歩は霞の懐に踏み込んでいく。



 卑屈な逃げではなく、勇気の一撃。



 歩そのものを体現したかのような戦闘スタイルでもって、全力で己を誇示する。

 その想いが収束したカウンターの一発――強襲する歩の右肘が霞の腹に吸い込まれていった。


 だが軽快な右ステップでそれを難なく躱した霞は、同時に右へ螺旋を描くような動きで、左膝を無防備な歩の顔面へと叩き込む。


「――!」


 背筋が凍りつくような直感が、歩の生存本能を促し、飛来する高速の膝蹴りを、慌てて左の掌で受け止めるが、その衝撃で仰反るように吹き飛ばされた。


「ぐっ……」


 歩も(もと)より霞に敵うなどとは思っていない。

 未だかつて勝利したことはないのだ。


 だがそれでも全身全霊で勝負に挑む。

 それが"歩"という作られた"刀"の存在意義であった。


 再び撃ち合いが始まる。

 隕石のような残像を描きつつ、四方八方から歩にアプローチする霞の動き。

 それを左に右にいなしながら、歩はしたたかに反撃の機会を狙っていく。


 霞の攻撃を回避した刹那の小さな綻び――その隙は霞がわざと生み出したものであったが、それは歩も理解している。

 これはあくまで組手、練習の一環なのである。


 傍から見たら闇夜の影が揺らめき合う奇妙な光景に見えただろう。

 常人には感知することもできない程の二人の猛者。

 互いを分かち合う二人だけの世界がそこにあった。


「徐々に異能を取り入れていくわよ!」


 活発な霞の宣言が更なる展開を予感させる。


 武器の使用はなく、互いに無手での交戦。

 異能が主を務めるこの世界において、"武"などというものは副次的な位置付けでしかない。

 だが高められた"武"は異能者の戦闘能力を飛躍的に上昇させる。


「――天導"強化"」


 霞の呟きが沈黙の満ちる公園に木霊する。


 異能とは人に宿った三種のエネルギーの形を指す。

 このエネルギーはそれ単体では只の宝の持ち腐れ、それを元に引き起こされる"異常"があってこそであった。

 その術式を体系化したのが異能を糧に異常へと導く術――導術であり、別名「戦う力(フォース)」とも呼ばれるものである。


 その一つが天導―<ヘブンリィ>―。


 導かれるのは『天』の恩恵を与えられし異能――天力による異常操作であり、念動力や瞬間移動など旧時代に"超能力"と言われていた超常現象である。


 霞はこの天導特化型。


 最もポピュラーな"強化"は膂力や機動力の向上効果を発する。

 素でも上回る霞の身体能力が更に歩を凌駕した。もはや捉えることもできない。


「ほらほら、そんなんじゃ大和の"無導"が泣くわよ」


 霞の挑発の声が歩の周りを駆け巡る。

 歩――フルネームが大和歩の少女は、霞に必死で食いつこうと、追従するように天導強化を自分に施す。

 だがそれでも霞に追いつくことはない。

 それが歴然たる実力の差だった。


 霞の言う無導―<エクセプト>―とは、異能"無し"の純粋な武術を導く意味合いからもそう呼ばれている。

 異能に頼りきった世界に残された戦闘の基礎である過去の武術体系。

 遠い祖先から継がれてきたその"武"は、個人の武勇ではなく一門の系譜そのものに呼称が与えられていた。


 ――六大旧家。


 国内最強の武闘集団であり一流の武術家にして異能者の彼らの実力は高く、国の中枢にまで深く入り込む程であった。

 名工でもあり生粋の刀術使いでもある名門<刀匠>大和や、徒手空拳を極めた者達が集う"武"の巣窟<武神>の霞。

 彼らの名声は異能が全ての社会においても高く評価されていた。


「――クッ、カッ……」


 軽度の傷も蓄積されれば致命傷になりえる。

 霞に手加減されながらも徐々に身体の痛みが増えていく。

 それでも歩は懸命に防御の姿勢を崩さない。


「ここまでね」


 刀術に秀でた歩の"武"は、無手を極めた霞の"武"には到底敵わない。

 それが分かっている霞は七割程度の実力で対応していたのだが、歩が全力で相手しても無理であった。


「はあっ、はあっ、完敗なのであります」


 歩は道場で師匠に挨拶するかのように、礼儀正しく頭を下げた。

 それを見た霞は満足そうに納得して頷いた。


「ふうっ、やっぱり歩ちゃんは違うわね。ちょっとやり過ぎちゃった。ごめんね。てへっ」

「違う、でありますか?」


 霞に対して全く手に負えなかった自分の不甲斐なさを悔やんでいた歩だった故に、この言葉には疑問を覚えた。


「だって最近の子達って"異能に頼りきり"で"異能が全て"って勘違いしている子ばっかりなんだもの」

「成程、それは由々しき事態であります」


 確かにそのような輩が多過ぎる。

 そんな遺憾な状況を共感した歩は、今の国内の体質に心から嘆いた。


「その点、歩ちゃんは合格よね。良い運動になったわ。流石は"大和"ね」

「いえ、体術に関してはやはり"霞"がずば抜けているであります」


 それは本心であり、憧憬する先輩に対する賛辞でもあった。

 言い訳などしない。実力が全てなのが、自分達が選んだ道である。

 決意を新たにしたような歩の動きに、霞は吹き出しそうになる自分を必死に抑える。


 国を憂う政治家のように、一言一言に生真面目に対応する歩は傍から見ていて面白い。

 霞のツボを捉えたかのように、歩はピンポイントでブローを入れてくる。

 笑いを堪えて震える霞を不思議な顔で眺めていた歩だが、次の瞬間にはハッとしたように、先輩がやる気と興奮で高ぶっているんだ、と勝手に勘違いをした。

 そんな歩の心情を見透かした霞は我慢が限界にまで達する。


「ぷふっ、コホンッ、まあ、大和の真髄は"刀"……『刀を知り、自ら刀を造り、刀の全てを支配する』、刀があってこその大和だしね」

「自分もまだ未熟者、日々精進なのであります」

「ぷっ、……ふふぉんっ、ふひっ、……そ、そうね」


 もはや言葉にならず、適当に受け流すしかない霞であった。



◆◇◆◇◆◇


「それで今回は先輩のサポートという事でありますが」

「そうよ。まだ学生の貴方に助力を願うのは筋違いなんだけど、ごめんなさいね。人手が足りないのよ」

「気にすることはないのであります」


 心底申し訳なさそうな顔をする霞に対して、歩は遠慮などいらないと切り捨てる。

 それでも尚、納得がいかない霞はその衝動を吐き出した。


「でもこれは我々"ガーディアン"の仕事よ。後輩の、しかも畑違いの"ウォーリア"に内定が決まっている貴方にこんなことを頼むなんて、ね。気が引けちゃうのも仕方がないじゃない」


 警察庁管轄、異能犯罪者取締室――通称「ガーディアン」。

 国内の犯罪者、特に高位の異能者が犯罪に手を染めた場合に出動する治安部隊である。


 ウォーリアが異能災害――人に仇名す存在を排除する"剣"であるならば、ガーディアンは"盾"。

 内輪での問題――異能犯罪者から国を守護する者達である。


「全く関係ない訳ではないのであります。双方、時には助け合うパートナーのようなもの。遠慮はいらないのであります」


 歩の言う通り、実際ウォーリアとガーディアンには深いコネクションがあった。

 どちらも貴重な戦力を有する屈強な異能者達の宝庫。

 いつの時代の真理でも単純に数は力と言わざるを得ないだろう。

 頼ることが多々あるのも必然の流れである。


「ふふ、相変わらず"男前"ねぇ。惚れちゃいそうだわ」

「……? 自分は女性であります」


 真面目なのは歩の美徳だが、行き過ぎればアホとなる。

 予想していた歩の回答に、霞は溜息をついた。


「はぁ~、昔から冗談が通じないのよねぇ」

「冗談、でありますか?」

「もういいわ。貴方はそのままの方がいい」

「はぁ……? それより配置ですが……」


 一向に通じないジョークに、歩の人柄を知り尽くしている霞は、呆れながらも強い筋――光みたいなものを感じ取っていた。

 早速拡大した近辺の地図を取り出し、歩は霞に指示を仰いでいく。


「この都心のどこかに潜んでいる筈なの」

「広いでありますね」


 先程までの緩やかな空気が一転、歩の得意な重い雰囲気へと変わった。


「そうなのよ。都心中にガーディアンを張り巡らせているんだけど、敵も小賢しい奴みたいでね」

「強敵でありますね」


 ガーディアンが出動するほどの危険人物。

 低位の犯罪者ならば、そこら辺にいる警察官にでも対応はできるであろうが、高位ともなるとそうはいかない。

 簡単ながらも綿密に打ち合わせを練っていく。


「全く嫌になるわ。私の予想ではこのエリアが怪しいんだけどね。それで、こことここを重点的に……」

「なるほど。でありますと、自分はこの辺りを捜索するのがベストでありますね」

「さすが、飲み込みが早いわね。早速行きましょう――っとその前に"波導具"の準備は大丈夫?」


 これからの予定が煮詰まりいざ出発という時分に、霞が注意を促してきた。


 ――波導具―<フォース・ウェイバー>―


 異能者には必需品の携帯道具、あるいは武器の事である。

 タイプとして単一式から始まり七連式まで段階的にあり、数が増える毎に高価になっていく。


 一般家庭用に売っているのは三連式までであり、四連式から上は専門家仕様の非売品である。

 波導具はスロットが付いている"基盤―<マザー>―"と、スロットに取り付ける"波導―<ウェイブ>―"のセットとなっている。


 基盤の形はブレスレット型や指輪型など、個人の趣味により異なる。

 波導を入れ替えるのにもお金がかかるため、一度買ったらしばらく変更はしないのが常識である。


「はい! これであります」

「どれどれ……へぇ、三連式のトライアングル型かぁ」


 歩が頑強な造りをした腕輪を差し出すと、霞がそれに食いついた。

 次いで歩が異能を流し込むと、空中にスクリーンが投影された。

 そこにはこう表示されていた。


 [天(強化)-魔(光)-地(刀)]


 天、魔、地とはスロットとして基盤に刻まれた三つの異能タイプを表している。

 これは製造時に永久固定されるので、基盤丸ごと買い換える事でしか変更はできない。

 強化、光、刀は"波導"と呼ばれる埋め込み式の特殊な宝珠の事である。


「異能のバランスが取れているわねぇ。でも歩ちゃんって地導特化型でしょ? 天属性と魔属性は相性が悪いんじゃないの?」


 生まれ持った異能の才は人それぞれ当然バラバラである。

 才能は髪色にも反映され、金髪は地導特化型と言われている。


「自分の"薄光之刃(レイ・ブレイド)"にはこの三つが必要不可欠でありますので……」

「あぁ、アレね。へぇ、そういう使い方してたんだぁ」


 波導具の真骨頂は経路(パス)で繋がれた隣り合うスロット同士の連鎖反応にある。

 歩の波導具は"身体強化"や"刀具現"、"光の魔導"を簡易に発動する事ができ、さらにこの場合「"強化"された"光"の"刀"」も使用可能である。

 次から次へと波を伝導するかのような効力をもつことから、波導具と呼ばれるようになった。

 波導をループさせることで無限大の力を生み出していくのである。


「でも腕輪型って時々邪魔にならない? 指輪型の方が便利よ」

「それは……そのぅ……それは好きな殿方からプレゼントされた方が(ごにょごにょ)……」


 急に顔を赤くして縮こまり始めた歩を見て、霞の悪戯心が騒ぎ出す。

 至極真面目な顔付きをして歩に問い掛けた。


「あら、歩ちゃん、意中の男性にでも巡り合った?」

「い、いえ、その、あの、うぅ……」


 歩がこの手の話に疎いのは霞も知っていた。

 だが茹で蛸のように真っ赤な歩を見るのは、霞に巣食う"萌え"の精神の楽しみでもある。

 愛想を振りまく小動物のような歩を前に、霞の中に動物愛護の如き"抱きしめたい"葛藤が生まれた。

 霞にここで我慢する術は持ちえない。


「もうっ、可愛いぃぃ~っ!」

「――ぶほっ……先輩、苦しいであります」


 ギュウッと霞の豊満な胸に抱かれて、歩は複雑な気持ちになる。


「先輩はこちらも大きいのであります。それに比べ――」


 無いに等しい自分の胸と霞のマウンテン乳を見比べて、歩は切ない顔をし出す。

 歩のコンプレックスその一「身長が低い」とその二「胸が寂しい」の双方ともに克服している霞に羨望の眼差しを向ける。


「何言ってるのよ。女の良さは胸だけじゃないのよ。貴方は十分に魅力的、現にこうしてっ――」


 霞はさらに強く歩を抱擁し出した。

 傍から観察すれば百合に見えなくもない状況である。


「へんはい(先輩)、ふるひいでありあふ(苦しいであります)」


 流石にこれ以上は勘弁願いたかった歩は、ギブアップを宣言するかのように軽く霞の二の腕を叩く。


「う~ん、残念」


 渋々と歩を解放する霞だが、その顔は満腹感で満ち溢れていた。


「それにしても、まだ市販の標準タイプを使ってるのね。貴方ももうすぐウォーリアに入社するんだから、プロ仕様に変えた方がいいんじゃない?」


 キリッとした顔に戻して先輩の威厳を保とうとする霞だが、口元から滴り落ちる涎が「御馳走様でした」を表現しており、台無しにしていた。

 しかしこの時点でも歩にとって霞は憧れの先輩のままであり、暴走してしまった霞の被害妄想であった。


「これには愛着があるのであります。それに三種類の異能がバランス良く使えるのもポイントが高いのであります」

「セットされているのが"強化"と"光"、そして"刀"か。確かに貴方にピッタリだけど……」


 基盤に固定されたスロットには『天』なら天属性以外の波導はセットできない。

 基本的に強化は天属性、刀の具現は地属性、光は魔属性に区分される。


 天力に続く残り二つの異能、地力と魔力。

 地力は『人』の想いを実現する異能であり、一時的かつ固有の"具現化"能力を持つ地導―<リアライズ>―を可能とした。

 この導術は強力な武器防具が出し入れ自由になるため、近接戦闘が有利に進められる利点がある。

 一方、魔力は『魔』に魅入られし異能で、世界に干渉し"異常現象"を引き起こすことが可能なため、広域殲滅戦に優れていると定評があった。

 魔力を使った異常は魔導―<デモンズ>―と呼ばれていた。


「慣れたものの方が使いやすいのであります」

「貴方らしいわ」


 歩という人物像を把握している霞は、そのマイペース振りに説得を諦めた。

 本人が納得しているのなら、他人がとやかく述べる問題ではない。


「先輩の方こそ"五連式"なんて高価な波導具、良く使う気になったでありますね」

「私もこんなゴチャゴチャして使いづらいのは嫌だって言ったんだけど……家が五月蝿くってね」


 五連式はペンタグラム型のカスタマイズ製品であり、戦闘用の波導具を受注している専用の技術工房でないと手に入れることが叶わない代物であった。

 当事者は良くても家庭には世間体――悪く言えば見栄がある。

 装備品を見せつけるのも一つのプロのテクニックであった。


「先輩も苦労しているのでありますね」

「そういうこと。それじゃ行きましょうか」



◆◇◆◇◆◇


 闇夜を駆ける二対の漆黒の影。

 影と影は一定の距離を保ちつつ、アスファルトのジャングルを縦横無尽に飛び交っていた。


「予想的中であります」

「チッ、追いつかれちまったか」


 どこぞの中年ヤクザの如き風貌をした男が、苦虫を噛み潰したかのように顔を崩した。

 その男に躊躇なく近寄っていく歩は、高らかに気高い様相で事実を突きつけた。


「B級手配犯、鬼頭剛三でありますね」

「へへ、お前見ねぇ顔だな。ガーディアンの新人か? "変装"していたのによく俺が分かったな?」


 男は隙を見せた瞬間に食いちぎられそうな光を目の奥に灯し、油断を誘う締りのない顔で歩を褒め称えた。

 そんな水面下の攻防など露ほどにも気にせず、歩が男の失態を指摘する。


「外見だけ変えても、常時発動している異能の気配だけは誤魔化せないのであります」

「ほう、お前、それが分かるレベルか。若い癖に大したもんだ」


 歩の言葉をきっかけに、男の雰囲気がガラリと変わった。

 一向に態度を変えない歩という人物を分析して、男はアプローチの仕方を変えてきた。

 男は獰猛な笑みを浮かべて、飛びかかろうとしていた。


「自分はウォーリア予備性、大和歩。大人しく捕縛されるのであります」

「成程、お前が噂の大和の秘蔵っ子か。面白い! "武の極致"とやら見せてくれよ」


 歩は本気になった証の刀――薄光之刃(レイ・ブレイド)を具現化して、さらに自身に強化を加える。

 男はもまた拷問用を連想させる歪な刃――それが付いた篭手を両腕に具現化させた。


「ハハッ、ハァッ! 行くぜぇ!」

「行くでありますっ!」


 決闘を承認するかのように雲間から月明かりが篭れ落ちる。

 二つの影が交差した。




 幾度となく交わされる剣戟の音。

 近づいては離れ、金属音を残しては遠ざかる。

 一進一退の攻防が続いていた。


「へへッ、この程度か、エリート様はよう」

「くっ、まだであります」


 実力は拮抗していたが、男の二本の刃に対して歩は一振りの刀のみ。

 しかも歩の薄光之刃は本来、短期決戦用の切り札であり、披露度は尋常ではない。

 速攻で相手を打ちのめしたかった歩が焦ったため、最初から使用してしまったのである。

 ここに歩の精神の幼さが見え隠れしていた。


「ヒヒッ」


 喉の奥で余裕の笑みを漏らす元B級ランカー。その男は歩の弱点――心の脆弱さに気づいていた。

 一撃一撃と刃を叩きつけるごとに、己の有利を確信する。


 薄光之刃が良い角度で男に当たれば確実に刃は折れ、歩が勝利するだろう。

 だが年の功とでもいうべきか、巧みなテクニックで歩の力を完全に殺していた。


「わたしは負けないッ!」

「――!」


 歩の口調が変わった瞬間、予想だにしない事が起こった。

 男の刃が歩の刀にヒットする刹那、どこぞの特攻隊長も真っ青の突撃っぷりで、歩が無謀ともいえる突きを繰り出してきたのだ。

 男の手に浅く斬り裂いた肉厚の感触が伝わってきたのと引き換えに、より深い傷を男は負わされた。

 歩の刀が諸に肩口に届き、そのまま貫いた。


「ぐああああああッ!」


 翻弄していた自分に酔いしれていたのか、男は自分がミスをしたことに気付いた。

 歩の精神はある意味で不安定。強くも弱くもある。

 "駆け引き"という面では幼い歩の心も、"勇気"という点では男の予想を凌駕していた。

 男は堪らず膝を突く。


「クッ、油断したぜ。これが<刀匠>と謳われる大和の"無導"、いやお前の力か。だがこれしき……」

「申し訳ないけど、もう終わりよ」


 男が戦闘を再開しようとしたその時、意図しない場所から静かな声が響いてきた。

 夜の闇に紛れていつの間にか女がビルにおっ掛かっていた。


「――なっ!? いつからそこにいやがった!」


 月下の光に明かされた女――霞が姿勢を戻した。

 気負いのない口調で淡々と語りだす。


「二人の戦闘が始まる前から。久しぶりに歩ちゃんの活躍を見たけど、やっぱり良いわねぇ。痺れちゃったわ」

「……初めから、だと……」


 男は神経を最大限にまで尖らせていた。にも関わらず気配がまるで無かった。

 その事実に男は凍りつくような冷や汗を流した。


「霞先輩、遅いのであります」

「いいじゃない。私の出る幕なさそうだったしね」


 苦情を申し立てる歩を軽くあしらい、霞は自分の正当性を述べた。

 その二人のやり取りを横で聞いていた男が驚愕を露にする。


「――! お前、霞の人間か?」

「ええ、霞うららよ。よろしくね」


 この場に不要な自己紹介。

 霞――うららの余裕の表れであった。


「ハハッ、<刀匠>に加えて<武神>までご登場か。二体一、それも六大旧家がお揃いとは、流石にこれ以上はマズイな」

「降伏してくれると嬉しいんだけど」


 蟻を踏み潰す象のような気持ちで、うららは男を威嚇する。

 内容とは裏腹にどうでもいい、といった言い草であった。


「ハッ、相手してられっか!」


 この時点で即座に撤退を決めた男は、全身から煙を噴き出した。

 一瞬にしてこの場の全員の視界が遮られる。


「これは"煙"の魔導!? 待つであります!」

「――そこッ!」


 歩の焦り声が駆け抜ける中、うららが動き出し、空間の一点を突き抜けるような鋭い手刀で貫く。

 手刀の余波で煙が渦巻くように散開した。


 そこにあったのは、うららに貫かれた人型の物体。


「――擬態!? ヤツの変装は"覆面"か!? やられた!」


 一概に"変装の異能"といっても様々な方法があり、天導による"変形"や"幻惑"、地導による"覆面"や光の魔導による"屈折"など多種多様なものが存在した。

 覆面は自身に人の肉を被せて偽装する導術である。

 その応用で擬態を作り出し、男はまんまと逃げ(おお)せたという訳であった。



◆◇◆◇◆◇


「それじゃ明日からよろしく」

「はい! よろしくお願いします!」


 真人は無事、コンビニのアルバイトの面接を終了した。


 面接にあたって準備は万端だった。

 提出した履歴書は嘘の宝庫。バレなければ問題無しの精神で作成した魅力的な人物像を書いた。

 さらに内容は、世界一の頭脳を持つ友人に代理で考えてもらい程良く吟味したものであり、最高の一枚であった。


 最後の難関は面接だったが、これもノウハウを教えてもらい、その通りに受け答えをした。

 結果、採用決定。

 全てがパーフェクト、神は舞い降りたのだ。笑いが止まらない。


「ふふふ、さすが俺だ。面接一発合格とはな。はっはっはっ――」


 薄灯りのみの路地で、夜中に不気味な笑い声を発する男。

 直ぐ様警察官に御用されても文句は言えない。


「本就職までの半年間、コンビニの帝王が降臨してしまうな。もはや伝説の一ページ。ふふふっ」


 本気でコンビニ界の制覇を目指している真人であったが、人が聞いていたら痛さ満開であり、"近づいてはイケナイ人物"としてネットに公開されても不思議ではない。

 そんな常識など紙くずにして捨てたかのように、一人芝居を始めた。


「働く男へ向けられる熱い眼差し。舞い込むラブレターの山。ヤバいっ、ヤバすぎる」


 自分で自分を抱きしめて、身体を左右に捻り上げ、そのまま回転しながら歩いていく。

 路上で悶えながら踊る男が一匹。

 当然、皆避けていく。


「ふむふむ、そうなると準備が大事だな。世の女性諸君を待たせてはいかん。今から告白の返事を用意しておくか」


 彼の妄想は留まることなく暴走していった。


 ――その時、何かが肩に激しくぶつかった。


「いたっ」


 衝撃で尻から地面に転がってしまい、肩と臀部のダブルパンチに怒りがこみ上げてきた。


「何だよ、もう」


 真人は恐らく誰かが体当たりしてきたと考え不満を漏らしたが、喚いても何も返ってこない。

 彼が不快な面持ちで見上げると、そこには凶悪な人相をした怖そうな男が過呼吸をしていた。

 互いに視線が合い、男の方から声を荒げてくる。


「お前ぇ、誰だ!?」

「へっ? いや、誰と申されましても……」


 真人は事態が飲み込めずに、取り敢えず埃を払いながら立ち上がる。

 それを観察していた男が不敵な嘲笑を浮かべ出した。


「へへっ、その異能の低さ、ランクも最低のGクラスってところか。お前カスだな」

「えっ? なんだよ、急に。失礼なヤツだな」


 謝ることなく更に失礼な物言いをする男に流石の真人も機嫌が悪くなった。

 だが気にした様子もない男は、真人を見て獲物を発見した肉食獣のように目を光らせた。


「丁度良い。むしゃくしゃしてたところだ」

「えっ、えっ、なに?」


 膨れ上がる男の殺気。

 たとえ気に食わない相手であろうと、真人のモットーは平和的解決である。

 真人に言わせれば、人を害するにはそれなりの動機や葛藤があると思われるのだが、そんなステップを全部すっ飛ばした自分を狩る気満々の男を前に、彼は理不尽を世に嘆いた。


「ハハ、ちょ、ちょっと待とうよ。何でこの展開なの?」

「災難だったな、死ね!」


 即座に男の両腕に物騒な輝きが出現した。

 その男の性格を体現したかのような二対の刃は、生贄の血を求めているかのように鳴動を始める。

 武器を従え己の赴くままに真人を斬り裂こうとする男の顔は、愉悦に満ちていた。


 酷薄な笑みで口を歪ませた男が真人を斬り裂こうとした瞬間、己の意思とは逆に男の腕が二本後方へともっていかれた。

 その現実が何を意味するのかを理解する前に、男は崩れ落ちた。


「……ガハッ、な、何が起こった?」


 真人の行動が男には見えなかった。

 男の殺意に反応して、真人はジャブ二発で攻撃を回避、転じて腹に連続で三発のブローを炸裂したのだ。


「テメェ……何を……しやがった……」


 男が威嚇するように屈辱の言葉を吐く。


 気晴らしに通りすがりの雑魚をズタズタにしてやる、と血肉の喜悦を味わおうとすればこの顛末。

 いつのまにか自分が倒れている状況であった。


 男には訳が分からなかった。

 予想外の強敵、しかも六大旧家に二人も出くわして、まさかの敗走を突きつけられた。


 悔しさを噛み締めながら、いつものように行方を眩ませようとひたすら走る。

 その途中、気が弱そうな低ランクの少年に遭遇した。

 そこでふと暴虐心が浮かんできた。


 コイツで憂さ晴らしをしてやろう、と。


 その結果、冷たい地面に這い蹲る事となった。

 最底辺の異能しか感じられなかった軟弱少年にまさかの反撃を受けて、しかも立ち上がれない程の衝撃が我が身を襲った。


 何が起こった?


 男は必死に理由を探すが、しかし近くにはこの少年しかいない。

 嫌でも結論が導き出される。


 朧げに真人に問い掛けた男だったが、意識が遠ざかる最中、この場にそぐわぬ程ののほほんとした声を聞いた。


「何って、……正当防衛?」

「ふざ……け……んな」


 憎悪と後悔を残しながら、男の意識は闇に沈んだ。




 自業自得の男を前に真人はどうしたらいいか困惑していた。

 まあ此処に放置でいいか、と退散しようとしたその時――


「見つけたであります!」


 人を魅了するかのような細くて力強い声が、真人の耳に届いた。


 謎の温もりに包まれながら真人が目を向けると、そこには熱気に満ちた小柄な少年(・・)がいた。


 感覚が同調するかのように視線が交差する二人の少年少女。

 目が合ったその刹那、彼らの身体を不可思議な"何か"がぎった。


「あっ……」

「えっ……?」


 それが何だったのか、二人はまだ知らない。



 ――これが真人と歩の出会い。



 この時、彼らはまだ、この先に待ち受ける数々の物語を知らずにいた。


「貴方がこの悪党を成敗してくれたでありますか!」

「い、いや……いや、偶然だったし、ハハハ……」


 尊敬を表すような純粋無垢な瞳に捉えられて、真人はしどろもどろになりながらも謙遜した。


「いや、だって、ねぇ、ハハハ……」


 頭の後ろに手を当てながら、挙動不審に目を泳がす真人。

 その気取らない姿勢を目の当たりにして、歩は更に目を輝かせた。


「助かったであります。この男は異能ランクBの指名手配犯。それを倒した貴方はさぞ、ご高名な人物とお見受けするのであります」

「えっ? そんなにヤバい奴だったの?」


 やたらとテンションの高い歩の調子に、真人の口元が更に引き攣っていく。

 もはや巷で人気のマッサージ商品「局地天国・導動プルプル君」並みの運動回数で、硬直していく。


 絶え間なく真人を賞賛するピュア少年。


 ……気まずい。


 真人は決して正義感から倒そうとしたのではない。

 成り行き上、身体が勝手に動いただけである。


 そんな裏事情も何のその、上昇一方の歩の好意――純粋で真っ直ぐな視線に、ついに真人は居た堪れなくなった。

 すかさず話題の転換を図る。


「そ、そうだ。お、俺の事は黙っててくれないか?」

「……?」


 真人の頭に浮かんだのは自分の存在の隠匿であり、厄介な連中に目を付けられるのも避けたい。

 丁度良いので、このタイミングでお願いする事にした。


 歩はそれが意図する内容に気付かない。


「厄介事に巻き込まれたくないんだ」


 必死に意味を解しようとする歩に、真人の補足が入る。


 歩の辞書に"逃げる"という言葉は無い。

 世の悪から遠ざかるどころか、進んでその性根を正すために、奔走することだろう。


 真人はその逆。

 積極的に社会を良くしようとは思いもしない。世界が己を蔑むならば、自分も世界を否定しよう。

 それが"彼"という存在(・・)であり、その有り様であった。



 彼はこの異能溢れる世界では『異端』なのだ。



 水と油のように真逆の信念を持つ歩と真人。

 溶け合うことの無い二つだが、接し合うことはできる。


「……そうでありますか。分かったであります。恩人に無体な処置はしないのであります!」


 正義を貫く少年に対して"待たせる"などといった行為は言語道断である。

 眩しい光を纏う少年を見つめながら、歩は己を恥じ入った。

 実際のところ、少年の言葉を理解していなかったのだが、それでも彼女は快く了承した。


「そっか、お前、お堅いかと思ったけど意外と気が効くなぁ」

「えへへ……いたっ……」


 自分が心配していた事態にならずに済んで、真人はホッと胸を撫で下ろした。

 そんな自分に気を使ってくれた、堅そうだったが実は気配りもできた金髪ボーイ(・・・)に、感謝の念が絶えない。



 ――もう二度と会うことはないだろうな。



 そんな風に真人は思っていた。


 張り詰めた肩の荷が降りて、柔軟な考えを披露した少年に、賛美を送る真人だったが、その少年(・・)の顔が歪んだのを見逃さず、心配の声を上げた。


「――怪我したのか?」

「いえ、これくらい平気なのであります」


 気丈にも痛みに耐える少年を尊重し、その愚かとも取れる行動を肯定するかのように、真人は気軽に微笑みかけながら別れの挨拶を告げる。


「そうか、そうだよな。まあ"男"なら傷の一つや二つくらい大丈夫だろ。じゃあな!」

「あっ、御礼を……」


 別離が惜しいかのように、御礼を言いかけた歩の声、それが届かなかったかのように、気楽に真人は去っていった。


「男……?」


 その意味が分からず首を傾げる歩であった。


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