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弍 『聖域・深淵で眠る王』

 冷たい沈黙を保つ回廊に、音もなく影が躍る。

 少年は静かに走っていた。周囲の化獣達に気取られないように気配を完全に消して、ある場所へと向かっていたのだ。


 ここは『獣王の巣』の下層部。


 EXランカー<撃天>の捕縛は完了した。

 彼は仲間であるランカーを抹殺して裏の組織から追われていた訳だが……その行動に疑問が残った。


「アイツは最深部に行って何をしようとしていたんだ?」


 犯罪に手を染めたトップランカーの捕縛、もしくは抹殺には、より高位のランカーが対応する掟がある。ランカー制度が基本の社会では当然の仕組みだ。

 そしてそれは"異能が全てを決定する表の世界"だけに限られない。


 聖域内部と同じ思想――完全実力主義なのが裏の世界。

 EXランカーを対処するのは、()()()()のランカーである少年の役目であった。


 表の世界の最高位『例外的な強さを誇る(エクストラ)ランク』の更に上、裏の世界に君臨するトップランク――『際限無しの(エンドレス)ランク』。

 現在五席しかないと言われているその<エンドレス>の一柱――<常闇>。その素顔を知る者は少ない。


 そんな自分を認識する数少ない仲間――<撃天>の末路を見届けた黒髪の少年は、彼を送り届けた後、再び聖域『獣王の巣』に舞い戻っていた。

 つい半日前の出来事だったが、遺跡内部は打って変わったかのように、静けさが満ちている。


「……何かがあるのか?」


 薄灰髪の知人は、明らかに最下層に向かっていた。

 聖域の最下層には『神器』が奉られているだけの筈。だとしたら、目的はソレ以外の何者でもない。



 ――目的は神器?



 少年が知る限り、答えは他になかった。


 神器とは、ある特別な敵に対してのみ使用が認められている、国宝級の管理遺物である。

 特別な敵――『異形』と呼ばれるその存在には異能の効果が薄く、討伐が困難であった。

 そこで丁度同時期に発見され出した神器――聖域最深部に特殊な形式で奉納されていた遺物に、スポットが当たった。

 回収されたその遺物には異形を倒す力があったのだ。


 確かにEX級の聖域の神器であれば、期待は持てる。

 しかしそれを手に入れたとして、何の意味があるのだろうか。そこが分からない。



 EX級聖域(エクストラ・ゾーン)最深部――通称『深淵』。



 底が見えない恐怖と、未知なる敵への脅威が、ランカー達の足を止める。

 如何にEXランカーといえども、最深部に一人で向かうのは無謀というものだ。

 それを秤にかけても得難い"何か"。



 ――行ってみるか?



 ふと少年にある種の欲求――知的好奇心が生まれた。

 未だかつて誰も辿り着いたことのないその場所に、何があるのかは誰も知らない。

 神器が奉納されているのは低ランクの聖域でも同じことであり、聖域のランクに神器の強弱は関係ない事が立証されている。

 わざわざ危険を犯す必要はないのだ。


 しかし気になる。


 かつての戦友が禁忌(タブー)を犯してでも求めたモノ。


 少年は確認すべく、尋常ではないスピードで駆け下りていく。

 その途中――


「――誰だ?」


 歪な気配を感じた。


 視界に映る景色に異常はない。それでも少年は確信するかのように、虚空に向かって静かに叫んだ。

 緊張感のない口調だったがその目に驕りはなく、油断ない表情で周囲を警戒していた。


 気持ちの悪い違和感。

 大きな淀みのようなモノを捉えて、少年は意識を向ける。


「そこにいるだろう? 隠れても無駄だぞ」


 数瞬後。

 沈黙を保っていた上空の一箇所が、突如として歪み始める。


「良く気づかれましたな」


 老人のように嗄れた声音。白い仮面をした黒装束の男が浮かび上がった。

 開かれた空間が元に戻っていく。

 白仮面は、少年を見下ろしながら愉悦を交えて降りてきた。


「見たことあるようなツラだな。お前誰だ? 何故ここにいる?」


 少年の脳裏に既視感(デジャブ)が迸る。どこかで会ったような……


 白仮面は不気味な雰囲気を放っている。インパクトは十分だ。忘れる筈はないのだが。

 いつかの記憶の影が()ぎるが、ハッキリとしない。少なくとも少年の知り合いではない……いやそうか、似たような"仮面"に会ったことがあるのだ。

 印象にある特徴は色。仮面の形も違うので、関連性があるかどうか、区別がつかないのだ。しかしこの歪な気配は似ている。


(色違いか……関係がありそうだな)


 少年の心の内にあるのは憎悪。かつての痛み、失った過去を想い出す。


(クッ……落ち着け……)


 昔師匠に言われた「怒りに飲まれるな」という忠告を想い返し、冷静に戻る。怒りは隙を生む。何度も言われたことだ。

 己を律し怒りを抑えつつ、少年は怪しさ満点の存在に単刀直入に聞いた。


「その仮面はお前個人の趣味か? それとも悪趣味な集まりでもあるのか?」

「ほう、もしや他の王の眷属に会ったことがあるのですか?」


 少年の言葉に意外性を見たのか、白仮面が感心したように聞き返してきた。

 丁寧で穏やかな口調とは裏腹に、その眼は笑っていない。


(王……眷属……一括りじゃないのか……)


 少年の憎悪の対象ではない。それを確信して、彼の熱は冷めていく。


 先程の白仮面の言葉――他の王。派閥でもあるのだろうか。

 しかし色違いであるならば、興味はない。


「さあな。ハッキリとは思い出せないな」


 別のカテゴリーならば用はない。くだらない時間を過ごす気はさらさらないのだ。

 少年は心底どうでもいいといった様子で、適当に、かつ曖昧な返事をした。


 白仮面は思惑が外れて調子を狂わせる。

 少年を見極めようとした訳だが、把握できない人物像を持て余したのだ。

 言い負けただけでも彼の自尊心を傷つけるのだが。まあ、結末は決まっているのだから、急ぐことはないだろう。

 白仮面は苛つく心情を隠しつつ、気を取り直して自己紹介を始めた。


「ワタシは此処(ここ)の王の眷属――"白"の使徒と呼ばれる者です」


 次の出方を待っていた少年に、丁寧な挨拶が飛び込んでくる。

 白仮面は背筋を伸ばして胸に手を当てお辞儀をしている。姿勢を正しているせいか、美しい仕草だ。貴族形式の挨拶を、胡散臭い仮面男がしてきた。


 敵意剥き出しの割には礼儀正しい。何のつもりだろうか。

 少年は白仮面の挙動の真意を置いといて、まずは気になった事を訪ねた。


此処(ここ)? ここは聖域、この先には神器しか無い筈だ」


 少年は白仮面の言葉の真意が理解できなかった。聖域の"王"などという単語は聞いたことがない。

 いや、もしや王というのは聖域を支配する最下層の化獣のような存在なのか。それとも神器とは別のナニカが潜んでいるのか。

 白仮面の言動の節々に、不穏なモノを感じる。


 少年は胸に流れる不吉な鼓動を無視して、訴えかけるように聞き返していた。


「神器……ククク、我らを滅ぼしえる唯一の武器、ですか。アナタ方はアレの価値を勘違いしておられる」

「勘違い、だと?」


 知識をひけらかし、両手を広げて嘲笑う。白仮面が派手なパフォーマンスを披露した。

 堪えきれない愉悦を全身に滲ませ、軽快なステップを踏む。ピエロのような立ち振る舞いだ。


 情報は武器、と世間では良くいう。

 当然のことだ。無知こそ命取り、深く知るに越したことはない。知る者と知らぬ者、どちらが有利かといえば、それは知る者だろう。

 それが神器ともなれば尚更だ。


 世界中のランカー、それに各国政府――異形の恐ろしさを熟知している者であれば、その不快感とショックにうなされる事だろう。

 未だ全容の解明が困難な遺物『神器』。そして得体の知れない者だけが握る秘密。

 もし神器が予期せぬ暴走でもしたら、目も当てられない。



 神器は対外敵用の最終兵器なのだ。



 だが少年には差して意味がないのも、また事実であった。彼に神器は()()()()のだ。


「アレは我らにもアナタ方にも"諸刃の剣"となりえるモノ……」

「……どういうことだ?」


 白仮面は自慢げに手をかざし、ジェスチャーを取り入れて、体全体で少年に語りかけていた。一挙手一投足が無駄に大仰だ。

 早く結論を言って欲しい少年に対して、勿体つけたように言葉を続ける。


「ククク、ここが何故【王の揺り篭】と呼ばれるかご存知かな?」

「興味無いな」


 この後の展開を、より少年への精神ダメージが大きくなるようにしたい白仮面は、問答形式で進行する。しかし少年の答えはそっけない。

 にべもない少年の態度に、仮面の裏にあるであろう眉をひそめながら、最終回答をその場に落とす。


「つれないですな。まあ良いでしょう……ここは我らが偉大なる神の欠片――王の眠る場所ですぞ!」


 静けさが満ちる回廊の一角。近くに化獣はいない。


 その場に白仮面の声のみが拡散していった。背後にオーケストラでもいれば、盛大なバックミュージックが轟いていただろう。

 そんな一幕。

 してやったり、といった興奮具合で、白仮面が余韻に浸っていた。どうですか、と言わんばかりの胸の張り(よう)だ。


 どうでもいい仮面男を冷めた眼で見つめながら、少年は脳内で事実を整理していく。


()()?」


 その言葉に少年は引っかっかった。

 それは"仮面"に関連するということだ。

 神器の奉納が目的の場所。そこで眠る王という存在。それが指し示す意味は――


「そういうことです。最も我が王は既にお目覚めになられた後でしたがね。今頃どうしておられるのやら……」

「なるほど……王、か……だが俺に用はない」


 もし出会ったなら、その時に改めて対峙すれば良いだけの話。この場にいないであれば、今無理に考える必要はない。


 少年が理解したと見て納得したのか、白仮面も満足そうな顔をしていた。そして神妙な面持ちで意識を遠くに向け出した。

 その眼には恍惚とした、敬愛の念が滲み出ている。


(全てがどうでもいい……)


 回答は、少年が期待していたモノとは違った。いや……元より自分の望むモノなどありはしないのだ。

 ここで少年の興味は一気に失せた。この世界、なるようにしかならないだろう。運が悪ければ知ろうが知るまいが関係ない。

 一般には流布していない情報、この事実が広まれば世界は激震するに違いない。

 だがそれすらも少年には関係ないことだった。


 皆で勝手にやっていればいい。


 少年は蚊帳の外とでも言わんばかりに、興味の色を落とした。


「なるほど、"あの方達"とは別口のようですな」

「そのあの方とやらが誰だか知らないが、俺は一人だ」

「我らを追って世界のどこかに潜んでいる筈ですが……何故敵対するのやら……」


 あの方というのが誰を指すのかは知らないが、少年に志を同じくするような仲間はいない。

 そこそこ親しくなった知人はいるが、それも中途半端なもの。心の底から信用できるのは誰一人――いや、師匠を除いてはいなかった。

 白仮面とあの方達とやらの関係も複雑のようだが、それはその者達だけの問題。自分が関わる必要性はない。


 全てがフィルターを通したかのように、少年の世界は閉じていた。


「まあいい。知りたいことは聞けた」


 捕らえた薄灰髪の知人は、もしかして眷属とやらにでも成りたかったのだろうか。

 その情報をどこで手に入れたのかは分からないが、愚かな真似をしたものだ。


 そう少年は締めくくり、踵を返そうとしたが――


「さて、話も終わりました。アナタも同族にして差し上げましょうぞ」

「――!」


 白仮面が引き止める。空気が変わった。

 金属でできたような"仮面"が、ニタリと舌舐めずりするように変形する。

 その仮面から白いモヤのようなモノが沸き立ち、帯のように少年に襲いかかってきた。


 蒸発したように、煙のように、揺らめき躍るモヤ。

 そこから溢れ出た霧が、辺り一面を満たしていく。


「クフフ、アナタの負の心は極上だ。眷属になりなさい!」


 辺りが白で充満していく最中、少年へと帯が到達した。

 諸に直撃だ。


 白仮面は勝利を確信した。

 これで幹部クラスの眷属が誕生だ!

 王に喜ばしい報告ができる。白仮面は最高潮の幸せを味わい、久しぶりの達成感で狂いそうだった。



 ――しかし、その喜びは徒労に終わる。



 少年は白仮面の期待を大きく外れ、ピンピンしていた。

 侵食された感じも、ダメージを受けた様子も全くない。


「キ、キサマ、何故侵食されない?」


 白仮面は驚きを隠せず、事態を把握することができない。

 思わず声を荒げた。


 こんなことはありえない。


 何故……いや、まさか……


 ある可能性に辿り着く。しかしそんなことが……



 少年の周りに竜巻のような風が集まり、そして拡散する。

 全てが払拭された空間には、白は一色たりとも残っていなかった。


 戸惑い呆ける白仮面の耳に、その場の空気を支配するような、深く、沈み込むような呟きが届いた。


「俺は()()なんでな……」


 聞こえるか聞こえないか。自分で自分を恥とでも言わんばかりの音量。そんな僅かな声質。

 白仮面は確かにソレを聞いた。


 やはりそうか。


 それはそれで面白い。


「クククククク……」


 最初は忍び笑い。

 直後、愉悦を堪えきれないかのような狂乱めいた嘲笑が、周囲に轟いた。


「――クハハハハハハぁあッ! そうか! 貴様、無能者! 力溢れる世界を壊す禁忌の存在か!」


 白仮面の笑い声は、少年の琴線に触れた。彼の心の内に、再び怒りが湧き上がる。

 その蔑みを幾度聞いたことだろうか。


 誰がどんな意図で流したのかは知らない。いつの時代か、無能者を炙り出すために撒かれた噂――世間では『無能者は世界を壊す』と真しやかに囁かれていた。



 それが少年が裏の世界で生きる発端。



 無能という劣等種に対する嘲り、そして世界を壊すという恐怖。

 対極にあるような二つの感情が、無能者の排斥運動へと繋がっていた。


 言われ慣れてはいる。されど何回言われようとも腹立たしい。


 白仮面の態度に苛つきを露にした少年は、掌に蒼い極光を生み出す。

 怒りと切なさが混じった、刹那の光。


 それが高笑いしていた白仮面へと収束する。


 キィイイイイイイイン


 甲高い限界音を奏でて、光が白仮面を包み込んだ。


 結果は見なくとも分かりきっている。少年は背を向けて去っていく。

 暗い呟きを残して……。


「やっぱりお前らは嫌いだ」


 ゆっくりとこの場を後にする少年。

 彼を憎々しげに睨みつけ、白仮面が断末魔の叫びと共に残酷な槍を投げかける。


「貴様は必ず王が抹殺してくれる! それまで精々生き残ることだな! 世界の嫌われ者め! クハハハ――ッァアアアアアアッ!」


 最後の遠吠えにして、過酷な遺言。

 少年は深い悲しみを瞳に宿し、ウンザリした顔で吐き捨てる。



「――そんな言葉は聞き飽きたさ」



 それが自分。


 それでも残酷な世界で生きていく。

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