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異端進化論 ~ヘタレと無謀と遺跡の物語~  作者: 七草 折紙
第一章 ヘタレ男と特攻少女
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第六話 ミッション名『湯けむりタイフ~ン』

お久しぶりです。ご要望があったので……

 都内には珍しい廃工場。

 東京とはいえ近辺には駅もなく、緩やかな田舎の風景が広がっている。目星い売り手も現れず、人が寄り付かない町工場は、今では使われることはない。


 本来ならば誰もいない筈の場所。


 その場所に、懐かしい人の気配があった。寂れたシャッターが不自然に上がっている。まるで外からの光を少しばかり入れるためだけに開かれたみたいだ。


「二人共いねぇってどういうことだ?」


 奥から話し声が聞こえてくる。暗闇にいるのは二人だけだった。

 親しげな、それでいて若干の苛つきが篭もった口調が、彼らの心情を物語っていた。おどけた様子も混じっていることから、皮肉っているのだろう。

 細身な男が筋骨隆々の大男を仰ぎ見て、苦笑いを浮かべる。これも毎度のことだ。


「実は兄さん、弟達は捕まったみたいなんです」

「はぁ? 四郎はともかく、剛三(ごうぞう)もか? 揃いも揃ってナニやってんだ、あの馬鹿共は!」


 抑えきれない、いや、抑えようともしていない怒りが、近くにあった錆びた機材を蹴り飛ばした。積もり積もった濃厚なホコリが舞い上がり、室内に蔓延する。

 気性の荒い大男――鬼頭凶一の行動に、細身でインテリ風な美青年――鬼頭英二が嫌そうな顔で口元に手を当てた。


 工場内は当時の名残で各種設備が放置されており、手入れもされず触れられることもなかったせいか、荒れ放題だ。

 ガラの悪い連中に溜まり場として使われていたのも一世代昔。治安が一新された今となっては、誰の目にも留まらない。


 兄の粗暴さなどには慣れたものだが、ここは空気が悪い。適当に選んだ潜伏場所としては最悪であり、きれい好きな身としては一刻も早くこの場を立ち去りたい。

 英二は無意識に眼鏡を持ち上げ、その指先を下ろした。


「腕の立つガーディアンにでもやられたんでしょう。で、どうするんですか?」

「……はぁ、しゃあねぇな。俺らが動くしかねぇだろう。今どこにいるんだ?」


 薄汚れた機械の上に豪胆に座り、無精髭を撫でながら、凶一が溜息をつく。馬鹿な兄弟とはいえ見捨てる訳にはいかない。仕方なく腰を上げ、尻拭いを決断した。


 この悪態で、彼は冷静だった。


 犯罪者の烙印を押されても、彼らはトップランカーだ。怒りに飲まれるような愚行は犯さない。

 それに……国を相手に暴れるのもいいかもしれない。刺激が足りなかった所だ。

 久々の展開に、凶一の心が血湧き肉躍る。不敵な笑みが凶暴な肉食獣を彷彿させた。


「四郎は都内の刑務所です。問題は剛三の方で、近々『エタニティ』に収容される予定みたいですよ」

「入ったら最後の絶対牢獄か……面倒くせえなぁ。なら収容前に奪還するしかねぇか」

「ふふ、そちらについては考えがあります。そこでまずは四郎のところから伺います」

「まあ、細かいこたぁお前に任せるわ」

「ええ、四郎の回収と同時に下準備もしてきます。相手は仮にもガーディアンですからね。剛三のところにはそれから三人で向かいましょう……?」


 そこで英二は、凶一から妙な違和感を感じ取った。

 以前には無かった濁り(・・)のようなモノ。気にする程の感覚ではなく、ちょっとした喉詰まりのようなモノだ。


 ――ソレは小さな綻び。


「どうした?」

「いえ……」


 深く考え込んでいた英二は、本人にソレを言う訳にもいかず、言葉を濁した。

 あるとすれば、考えられる事態は何だろうか。


 全員ではないがこうして兄弟が会うのも久しぶりなのだ。

 弟二人は国内にいたが、英二と凶一は海外を飛び回っていた。その間の出来事については、話で聞く以上の情報は持たない。


 世界には呪いにも似た導術を使う輩もいる。

 感染して広がる『増殖法』、一定の時間が経過すると発動する『時限式』。

 もしかかるとしたら、それらの類だ。でもそれにしては気配が薄い。他人に特定の効果を不可させ続けるには強力な異能が必要になる。如何に巧みに隠蔽をしようと、彼ら程のランカーともなればそんなものは看破可能だ。しかし念入りに観察しても兆候はない。

 こんな消え去りそうな気配は、それこそありえないのだ。


 それに凶一が不覚を取ることも滅多にないことだ。より上のランカー、もしくは不測の事態に陥らない限りは大丈夫な筈。

 だとすれば……


(……気のせいですね。しばらく会ってなかったのです。色々とあったのでしょう)


「何でもありません。そろそろ行きましょうか」

「おっと、後始末は任せたぞ」

「……そうでしたね」


 彼らが工場から出たところで、何かにぶつかった。傍らには古ぼけたドラム缶があり、最近まで使われていた形跡がある。その脇に一つの物体が倒れていた。


 事切れた老人だ。


 生活感のない工場の隅に、まさかと住み着いていた浮浪者である。

 凶一が長年の癖でつい殺めてしまったのだ。ガーディアンにでもバレれば、厄介なことになる。


「コレを処分しないといけませんでしたね」


 元々、同志達と共にテロリストとして国内に舞い戻った身だ。

 指名手配犯として顔は知られているため、金目当てで通報する連中もいる。今は面倒な事態を極力回避するべき時である。

 最もこれから弟達のために目立つ事件を起こそうというのだから、本末転倒なのだが。それはそれだ。


 ――時には緻密に、時には豪胆に。


 それが自分達のやり方なのだ。


「さあ、始めましょうか」



◆◇◆◇◆◇


 同盟結成の翌日、真人と誠治は、早速観察プランを練って実行に至る。


 ――作戦名『湯けむりタイフ~ン』。

 ――隊列名『桃色協会』。


 いざ出陣!


 銭湯の扉をガラッと開けると、独特の湿気が彼らの皮膚を打った。夏の絡みつくような不快感に一瞬足を止める。

 そこに室内から陽気な声が響いた。


「はい、らっしゃい!」


 声の先には、番台に乗っかっている頭の寂しい中年オヤジがいた。銭湯を経営する一国一城の主だ。

 彼には溺愛する若い奥さんと十歳と八歳の娘二人がおり、今が幸せの絶頂期……の筈なのだが、心なしか元気がない。近年、日に日に落ち込んでいく様子に、誠治も彼を心配していた。


 そんな中、初対面の真人のみが、隠しきれないオヤジの悲哀をキャッチしていた。頻りに頭を触っている仕草を見逃さず、脳内の「中年男性哀愁シリーズ」から原因を突き止める。

 その結論を導き出し、真人の目がキランと光った。


 間違いない。そうなのか、オヤジ。挫けるな、オヤジ!


 何が、とは声には出さず、真人は「がんばれ」と密かに応援する。勇気を与えるが如く、拳が固く握り締められていた。

 思案げな誠治だが、彼には分からない。近すぎて見えないモノもあるのだ。「そういえばオヤジも年を取ったな~」くらいにしか思っていなかった。


 真人には初となる銭湯。しかもここは日本文化が色濃く残る、貴重な町浴場だ。彼は心地よい暖かさを感じていた。

 扉の中は不思議な空間。外界とは隔離された秘境のようだ。


 この銭湯は近代風に改装などせず、昔風の雰囲気を大事にしていた。壁から床まで、見事な彩りの木目が気分を浮き立たせ、また檜の澄んだ芳香が心を落ち着かせてもくれる。

 まさに芸術が織り成す憩いの聖域。

 造りにはオヤジの拘りが強く反映されており、個人経営にしては細部まで管理が行き届いていた。その丁寧な仕事ぶりから評判も良く、お得意様も多い。

 ある意味、それが頭皮の消耗を加速させているのだが、当の本人は知る由もなかった。


 どこか懐かしい、古き良き時代の名残り。


 真人がその空気に浸っていると、オヤジの視線が彼の隣へと向かった。

 誠治だ。オヤジは彼と目が合うと、驚いた顔を見せた。


「おやっさん、久しぶりだな!」

「おおっ、誠治か! 元気してたか?」

「こちとらおやっさんと違って若いんだぜ。当たり前じゃねぇか。元気過ぎて困るくらいだ」

「ははは、相変わらずで安心したぞ。風呂に入りに……じゃなさそうだな」


 風呂に浸かるには準備ゼロの二人。せめて着替えとタオルくらいは入用であり、手ぶらで入りに来たとは思えない。もちろん有料で支給はしているが、誠治は学生、真人に至ってはフリーターだ。金銭的余裕から見ても違う目的がある、と考えるのが妥当だろう。

 オヤジもそれを察したのか、彼らに訝しげな目を向けた。


 予想通りに誠治のお願いが飛ぶ。


「あの部屋借りてもいいか?」

「またか? お前も変な奴だな。あんな部屋に何の使い道があるんだか。ウチも客商売だからな。変なことをしたら出入り禁止にせざるを得ないから、注意しろよ」

「ハハ、分かってるよ」


 全然分かっていない誠治とオマケ一。彼らはヒーローの如く、颯爽(さっそう)と階段を駆け上がっていく。

 周囲に不信感を与えない自然な体捌き。彼らの動きはベテランのそれだ。込み上げる桃色パワーを、これでもかと駆動させていた。


 辿り着いたのは二階の隅にある寂れた空き部屋。扉を開けて中に入ってみると、こぢんまりした様子が伺える。


 何もない。


 こんな場所でどうやって鑑賞会を行うというのか。真人は不審な目を誠治に向けた。

 だが誠治に抜かりはない。真人の心情を得意満面なニヤケ面で受け止め、彼は動き出す。

 俊敏かつ繊細な足運び――忍び足で右奥付近へと移動すると、その場でスッとしゃがみ込む。洗練された動き、淀みない身のこなしだ。彼の努力が垣間見えた瞬間だった。


 直後、彼の目付きが豹変する。

 その真剣さはまるでプロの職人。その筋を極めた者のみが会得するという独特の雰囲気を持っていた。


 狙いは一箇所、そこだ!


 誠治は床の一点を指で押した。するとカコンという何かが外れる音がして、床板の一部が四角形状に持ち上がった。そこから湯気らしき煙が立ち昇り始める。

 準備は整った。


「おい、真人、ここだ、ここ。俺しか知らない秘密のスポット。ほら、来てみろ」


 小声の誠治が手招きすると、彼に負けず劣らずの足捌きで、真人が指定の位置まで到着した。ポジション確保、誠治と同じ体勢を取る。

 これにてスタンバイ完了。どちらからともなく頷く。ミッションスタート。


「どれどれ……なんと! ぐふっ……ふむ、これがお色気名物"ノゾキ"か。成程、深い伝統を感じるな」

「だろ、だろ! おおぉーっ、あの巨乳のお姉さん、たまらないぜぇ……って、……」


 真人は感激していた。この世にこんな素晴らしいモノがあるとは。日本バンザイ、伝統グッジョブ!

 任務が達成して本来ならば喜ぶべき場面。しかし立案者の誠治の様子がおかしくなっていく。


「――アイツ"霞"じぇねぇか! 何でこんな所にいるんだよ。やっべぇぞ」

「どうしたんだ、らしくないぞ。どれどれ……ふむ、絶景だな」


 急に顔色を変えた誠治を無視して、真人は観察を続行、伝統のひとときを堪能していた。

 そこに誠治の震えた声が届く。彼の言葉からは余裕が感じられない。見てはいけないモノを見てしまったかのように、何かに怯えていた。


 このタイミングでトイレだろうか。不躾な奴だ。

 真人はそんなことを考えていた。


「おい、撤収するぞ」

「何言ってるんだ。まだ来たばかりじゃないか。所用なら一人で行ってこい」

「いや、そうじゃねぇんだ。今はまずい」

「何がまずいんだ。お前から言い出した事だぞ」


 トラブル発生でもあるまいし、何を焦っているんだか。エマージェンシーコールはまだ早い。事件はこれからなのだ。問題なし、真人は勝手にそう判断した。

 男たる者、一度決めたことは必ず実行せねばならない。それが真人の信念だ。

 煮え切らない誠治に首を傾げ、それでも気にせず人類の神秘に挑む。


「いや、それはそうなんだが……」

「それより紳士を極めるためにも良く観察しておかないとな。女人を知り尽くしてこその紳士だ。おお~っ、ぐふっ、あの子はナイスだな~。あっちは……」

「い、いや……お前……」


 今や立場が逆。言いだしっぺの誠治が説得し、誘われた真人が拒否するという、妙な構図が出来上がっていた。

 つい先日まで、エロを否定し誠治を罵っていた真人少年。その彼の豹変ぶりに、()しもの誠治も呆気に取られる。

 ここに、桃色協会の下克上が起こっていた。


「ん? アレは小学生か。興味ないな。あとは……」


 年配の女性陣が多い中、一人だけ小さな女の子がいた。銀髪が綺麗な小学生らしき子供だ。彼女は鼻歌を歌いながら体を洗っていた。

 そして――


 女の子が真人に気付き上を見上げ、陽気に手を振り出した。


「バカ、こっちを向くな」

「あっ、あ~……こりゃダメかもな。霞に見つかった」


 焦る真人と諦めモードの誠治。彼らは撤退を開始した。

 その前にワンクッション――「願わくばこれで事態が収拾されますように」と天に祈りつつ、頭を下げるのを忘れない。これには「スイマセンでした」の意味が込められていた。


 下の風呂場が騒がしくなっていく中――


 彼らは走り出した。


三人称の視点の調節って難しいですよね。

次回はお仕置きの回です。

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