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異端進化論 ~ヘタレと無謀と遺跡の物語~  作者: 七草 折紙
第一章 ヘタレ男と特攻少女
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第五話 男とはそういうモノだ~紳士同盟~

 変な言動をしている意識はなく、自身に満ち溢れた笑顔の少女――柚姫と名乗った制服少女が、数年来の友人に会ったかのように、真人に微笑みかけている。

 親友とは安易になれるものではないと思うのだが、真人はその迫力に「そうだね」と頷いてしまいそうになった。


「は? はぁ……」

「むっ、反応が薄いね。もっと喜んだっていいんだよ」


 真人が対応に困り曖昧な返事をしていると、柚姫が膨れっつらで苦言を呈してきた。

 真人はこれが当然の反応だろ、と内心ツッコミを入れながらも、ついていけない状況を整理しようと頭を悩ませる。


 制服を着ていることからも柚姫が学生だということが分かる。

 彼女の髪は所々が癖っ毛で跳ねており、赤い色と合わさって燃え盛るような気の強さを表していた。

 だがこのタイプの"変人"に見覚えはな、い……?。


 そこでふと真人の脳裏に懐かしい記憶が過ぎった。それは遠い外国にいる真人の人生を変えてくれた科学者の姿。

 目の前の少女とは性格が多少異なるが、その変人ぶりにかつての友人を重ね合わせてしまう。


 遠い過去の日々に思いを馳せながら、真人は眼前で「ぶーっ、ぶーっ」とクレームを立てている憎めない少女の把握に努める。

 しかし思い返しても知り合いリストに彼女はいない。


「いや、いきなりそう言われましても……どこかであったかな?」

「ふふふ、自慢じゃないが君と話すのは初めてだね」


 さも当たり前のように一般的な大きさの胸を突き出し、柚姫は「どうだ」と言わんばかりの挑戦的な顔を向けてきた。

 無意識に男心が沸き立ったのか、その強調された部分に真人の視線が誘導されると、柚姫の口元がニンマリと釣り上がった。


「なるほど、君は"男"だね。チラ見する度胸のない男は山ほどいるが、君はそのタイプのヘタレとは違うようだ」

「俺は紳士でね。女性には常に体当たりだ」


 柚姫の発言で嵌められたのを自覚した真人は、さらに開き直ってガン見を始める。

 真人は平穏を体現したかのような柔らかいものが大好きであった。女性のお胸もまた然りであり、「つつきたいな」などとエアタッチ――予行演習までし出した。

 そんなエロ紳士真人に気を悪くした様子もなく、柚姫は高らかに誘惑する。


「ほら、遠慮しないで触っても良いんだよ」


 どうだと言わんばかりにレジ越しに胸を左右に押し出し、柚姫は悪戯っ子のような無邪気な笑みを浮かべていた。

 そこで本気で実行に移そうと、真人が人差し指を前に移動させていき「じゃあ少しだけ」とその距離数センチまで差し掛かった時――


「……柊、説明だけじゃ足りなかったようだな。不満ならペナルティーを付け加えてやるが?」


 店長の冷たい声色が割り込んできた。


 そこで改めてハッとなり周りを見渡すと、後ろに並んでいた客の痛い視線が真人に突き刺さっているのを悟る。

 ニヤケ顔で指を停止した己の変な格好を思い返し、場を濁すかのように、真人は咳払いで空気を一新させた。


「オホンッ、ま、まあ、親友云々はまた今度にしよう。今は仕事中だからな」

「むっ、私としたことが。よろしい、今度私の親友メンバーを紹介しよう」


 自分が邪魔になっているのに気付き、柚姫は聞き分けがよろしくすんなりと下がっていった。

 彼女は入り口に向けて歩いていき、店を出る前に再び振り返り、既に友人が如く陽気に手を上げて去っていく。


「それでは、また来るよ」

「あ、ああ、また……だな」


 真人は不思議とこの時、初対面の柚姫に馴染んでいた。数分間のやり取りで彼女を受け入れていたのである。

 争い事のない平和な日々における友人、それは真人にはかけがえのないモノであった。

 例えこの先失うことになろうとも、大切な思い出として残っていくことになるのだから……。


「あっ、お待たせしてスイマセン。次の方、どうぞ」


 彼は普通の幸せがあればそれで良かったのである。



◆◇◆◇◆◇


 学園を後にした歩と朔夜は大きな屋敷の前にまで来ていた。

 ここは歩の実家である大和本家であり、雅溢れる和風の造りが辺りに見られる。


 ドサクサに紛れて歩と腕を組んでいた朔夜は、不作法にも自分の家の如く正面の扉を開け放った。


「お邪魔しまぁ~す♪」


 リズムをつけて踊るように我が家に上がり込んでいく後輩を見て、歩は面を食らっていた。

 多少の戸惑いがありながらも「随分と奔放な子でありますね」と斜め上方向に感心しつつ、歩も続いて入っていく。

 そこで野太い声が掛かった。


「何だ、歩。客人か?」


 ジャストのタイミングで玄関にいたのは、歩の父――大和刀磨であった。

 若葉色の髪からは渋い大人の魅力が漂っており、茶道の先生のようにも感じられた。

 そのどっしりとした風体を目撃して、朔夜も思わず羨望の溜息をつく。


 いきなりの父親の登場に、歩は取り乱すことなく、背筋を伸ばしてきっちりと物事を述べた。


「あ、はい、学園の後輩であります」

「どうも初めまして、お父様! 後輩の如月朔夜と申します! 今後とも末永いお付き合いをよろしくお願い致します!」


 朔夜はちゃっかり自分をアピールするのを忘れない。

 場の空気を払拭するかのような元気な挨拶に、流石の大和家当主もたじろいだ。


「あ、ああ、よろしく頼むよ。……ところで歩、先日は指名手配犯に遅れをとったそうだな?」

「――! も、申し訳ないのであります」


 労わるような刀磨に、歩は顔色を変えて謝る。

 まるで腫れ物を触るかのような態度――突然の先輩の変貌ぶりに驚く朔夜であったが、そこは珍しく黙っていることにした。

 畏まる歩とは裏腹に、刀磨は優しい言葉を掛けていく。


「傷はもう良いのか?」

「は、はい、もちろんであります」


 何一つ問題はありません、とでも訴えたいのか、歩の瞳には縋り付くような色が映る。

 そんな歩をひっそりと観察した刀磨は、大事な娘を案じての事か、憂いを宿した顔で注意を言いつけた。


「……そうか、ならいい。無理はするな」


 だが歩は更に慌てたように言い訳を紡ごうとする。


「い、いえ、無理ではなく……」

「いいな?」

「は、はい……」


 聞き分けのない子供を諭すかのような刀磨の物言いに、ガックリと項垂れるように歩は了承した。

 刀磨の気持ちとは逆に、歩は自分が期待されていないのでは、と思い込み落ち込んでしまう。

 実際のところは只の被害妄想であったが、完璧であろうとするが故に、歩は納得がいかない。


 浅く熱を吐き出した刀磨は、宥めるように歩の肩を軽く叩くと、そっと通り過ぎた。


「では、出かけてくる。夕食は先方とするので、いつも通りスマンな」

「い、いえ……これも国のためでありますから……」


 これもいつもの事なのか、空回りしたような歩の言動に、悲哀を浮かべて刀磨は出て行った。


「ふぅっ、立派に成長してくれたのは嬉しいのだが、親としてはもう少し甘えて欲しい気持ちもあるんだがな……」


 彼の最後の呟きは歩に聞こえることはなかった。


「先輩……」

「心配はいらないのであります。自分は"大和"でありますから……」


 刀磨が去った後、朔夜が声を掛けられずにいると、歩は自分に言い聞かせるかのように強く決意を発する。

 外は日が落ちてゆく頃合いで、夕焼けが歩の黄昏具合いを代弁しているようでもあった。






「はぁ~ん、これが先輩の部屋か……ハァ、ハァ、あぁ~先輩の香りがするわ」


 朔夜いたっての願望で歩の部屋に直行した二人。

 危ない息遣いで部屋中を散策する朔夜は胸いっぱい、愛が飽和状態であった。


 まるで夢見る乙女、そんな朔夜は某有名掃除機「純・略奪愛"ゴミハンターEX"」も真っ青の吸引力で歩成分を肺に満たしていく。

 ちなみにどうでもいい話だが、このEXとはランカーから取られたものであり、化獣退治をゴミ取りと掛け合わせたネーミングであるという。


 後輩の行動の意味を図り兼ねていた歩は、何か壮大な理由があると勝手に思い込み、朔夜が落ち着くまで待つことにした。


 嗚呼ぁ~、ここは天国、昇天しそうだわぁ~


 などと、不埒な思考をした後輩がいるとは、歩は露ほどにも思っていない。


 しばらくすると、とろけた目をしたふにゃけ顔の朔夜が、歩と貴重な会話をしようと話題を切り出した。


「そういえば、ウチの学園で"対価特権"を笠に着て、近くで迷惑掛けている生徒がいるって話でしたよ」

「むっ、それは許せないでありますね」


 権力を盾にする腐った輩が一番嫌いな歩は、燃え滾る使命感で苦言を呈した。


 ――対価特権


 高位のランカーには、低位ランカーである住民を護る義務が生じる。

 それは社会に出たベテランだけでなく、未成年――学園の生徒にも適用されていた。


 将来を約束され優遇される学生達だが、化獣や化蟲との戦闘には当然危険がつきものである。

 そこで理不尽に対する代償、彼らには戦いへの強制参加と引き換えに、危険手当てとでもいうべき特典が与えられていた。

 それこそが「対価特権」と呼ばれる、法律で決まった権利である。


 これを使用すれば、特別高価な金額以外なら、あらゆる施設で自由が可能となる。

 支払いは全てタダであり、それらは全て税金で賄われるのだ。


 やりたい放題に思える待遇だが、使われるのはあくまで税金であり、倫理観の問題から通常は緊急時に限られていた。

 生活に困窮した者や非常時の面倒を省く意味合いで設けられているのである。


 使う使わないは本人が判断する問題であり、それを悪用する者がいるのは悲しい現実であった。


「由緒正しい学園の生徒が、嘆かわしいものでありますね」

「見つけたら、私と先輩でやっつけてやりましょうよ!」

「ふむ、そうでありますね。正義が泣いているのであります」


 決意を新たに立ち上がり、歩と朔夜が明後日の方向へと遠い目を向ける。

 二人して謎の世界に浸っているところに、朔夜が名案を思いついたと言わんばかりに、あることを提案し出した。

 その瞳の奥にはいやらしい欲望の輝きが満ちている。


「そうだ、先輩! おフロに入りましょうよ! 一緒に!」

「風呂でありますか? い、一緒に?」


 そこで歩は朔夜の胸に視線を持っていき、次に自分の胸囲を下ろし見る。

 現状を把握した歩は哀愁を浮かべて結論を出した。


 ――断固拒否


 己のプライド故か、はたまたコンプレックスによる羞恥心からなのか、歩は強い口調で言い切った。


「自分は一人で入るであります」

「えぇ~っ、先輩のケチぃ~」


 結局、朔夜はブツクサ文句を言いながらも一人で入浴することに決定した。

 最後の抵抗とばかりに、先を歩に譲ったのは、残り湯を堪能するためであったという……。






 一足先に身なりを整えていた歩は、朔夜が浴槽から出てきたのを見計らって声を掛けた。


「食事の用意ができたのであります」

「はぁ~い! あぁ、湯上がりの艷やかな先輩もまた……イケナイ、鼻血が……」


 頬が紅潮した歩を視界に捉えて、朔夜は血が沸騰したかのように鼻から赤い雫を垂らした。

 (邪な理由で)長湯した結果、風呂上がりでのぼせたのも相混ざっての、妥当な展開である。


 ティッシュを突っ込んだマヌケ顔の朔夜が、歩に付いていき、食卓に辿り着く。

 てっきり歩の家族と対面すると予想していた朔夜は、誰もいない閑散とした光景に疑問が浮かんだ。


「夕食は一人なんですか?」

「いえ、いつもであれば母様と弟がいるのですが、今日は兄様の家に伺っている筈であります」

「――ということは、二人っきりですか!」


 二人でアンナコトやコンナコトを公認ですか?


 と、訳の分からない妄想を膨らませ、朔夜は驚きを隠せない。

 彼女は宇宙創造のビッグバンの幻覚を背後に轟かせ、爆発するかのような嬉しい叫びを全開にした。


 後輩のテンションに不可思議なものを覚えながらも、歩は心底丁寧に説明する。


「正確にはお手伝いの方がいらっしゃるので、二人と云う訳ではないのであります」

「なんだぁ……」


 頭が弱いのか、例え二人っきりでも達成しないであろう未来予想図が断たれ、朔夜はガックシと肩を落とす。


「父様や兄様、姉様は国の未来のため、日々忙しいのであります」


 尊敬する家族を褒め称え、自分も追いつきたいとばかりに、そう遠くない未来へと思いを馳せる歩であった。



◆◇◆◇◆◇


「ふあぁ~あ……ねむい……」


 真人はモップで床掃除をしながら、欠伸をしていた。


 彼は昨日、自宅マンションに帰ってから正面入り口付近であの子――オレンジ髪のおっとりさんを待っていた。

 結局再会することは叶わず、悶々とした就寝だったため、本日は寝不足なのだ。


 彼女はあのマンションの住人ではないのだろうか。

 てっきり同じマンションに住んでいる運命の女性、とばかりに思っていた真人は、捉えきれない幻の蝶を追うが如くふわふわした心持ちでいた。

 不審な目付きで見られる度に「僕はこのマンションに住む者です。友達まだかなぁ……」と完璧な対応をしたのは良い思い出だ。


「お~い、真人!」

「……何だ、不誠治?」


 自分を呼ぶ人物に、真人はぶっきらぼうに答えた。


 名は体を表すと良くいうが、この男――誠治の場合は真逆である。

 そのため噛み合わない気持ちの悪さに悪態を込めて、真人はぴったりの呼び名を授けてあげたのだ。

 "不誠実"と"誠治"を掛け合わせたネーミング――"不誠治"である。

 この呼称は真人の中で不動のモノとなっていた。


 真人のそっけない態度を肌で感じて、誠治はお願いするように近づいていく。


「その呼び方はヤメテくれ……」

「フンッ、お前なんざソレで十分だ。それで何の用だ?」


 苦情を述べる誠治に折れることなく、真人は簡素に用件のみを聞いた。


 勘弁してくれ、と奥歯に物が詰まったような顔をしながら、誠治は怯むことなく肝心の内容を切り出す。


「ああ……コホンッ、実はだな……銭湯にでも行かないか?」

「銭湯? 家の風呂じゃ駄目なのか?」


 てっきり仕事の話かと思いきや、誠治は関係ないことを口に出した。

 なぜ銭湯、しかも男同士で行こうなどと言い出すのだろうか。


 コミュニケーションでも取りたいのか? コイツ友達少ないな。


 と憐れみの中、真人は率直な質問で返した。


「ダメじゃないんだが……俺の行きつけの銭湯には素晴らしい特典があってだな……」

「特典? 風呂に浸かるとサービスでもつくのか?」


 真人は銭湯に行ったことはない。

 知識でのみ知っているが、そんな大した接待をする銭湯など聞いたことがなかった。


 純粋な真人の問い掛けに、誠治は何かを含むような言い方で迫っていく。


「正直言うと風呂に入る訳ではない」

「……ん? 意味が分からんぞ?」


 何を言いたいのかサッパリ分からない。

 単刀直入に教えろ、と真人は視線で訴えかけ先を促した。


 先程までの真剣な表情が打って変わり、誠治はニヤケ顔で真人をつついていく。

 内緒話をするように小声で、誠治は真人の耳元で囁いた。


「女性を研究するのにベストな名スポットがあるんだよッ」

「名スポット?」

「女湯だよ、お・ん・な・ゆ!」

「なぬ!? 女湯、とな?」


 尋常ならざる反応で真人が声を荒げたのを確認した誠治は、獲物の食らいつき様に部屋の隅っこへと追いやるように詰め寄っていく。

 誠治はコソコソ口調でありながら大きな声でここぞとばかりに捲し立てた。


「おうよ! 絶好の観測ポイントがあるんだよ。どうだ? 一緒に行くか?」

「……コホンッ、これも紳士の嗜みの一環かもしれないな……」


 自分に、そしているかもしれない他の誰かに言い訳をするかのように、真人は都合のよい方向へと気持ちを導いていく。

 最後にポンッと手を打つと、彼の心は鋼の硬度で決まったのである。


「良し、友情を袖にするのもイカンし、何より紳士としての判断からも決行を提案するッ」

「よしキタァーーーーーーッ!」


 自己弁論の極みで答えを出す真人に、誠治が狂喜乱舞でバンザイをした。

 もはや二人に言葉はいらない。強力な共通目的が互いの絆を強国に結びつけた。

 目と目で意思疎通を図り、何かを確信して頷くと、喜びを表現するかのように、二人して叫びだした。


「「紳士同盟の締結だぁ!」」


 ガッチリと握手をするエロ二匹。

 紳士としての在り方を履き違えている二人であった。


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