言えない気持ち
「どうしたの? 」
温もりの無い携帯から聞こえてくる彼女の声。
何故か聞いているだけで胸の辺りに違和感を感じる。
「いや,別に……」
嘘。
俺が用事が無いのに電話をする事は無い。
「別にって,わざわざ電話してきて用件は無いって」
用件が無いわけじゃないんだが,その用件が言葉として出てこない。
携帯を握る右手に滲む汗と心臓の鼓動。
第三者から見れば大体俺のしたいことは見当がつくだろうが,生憎相手は携帯電話。
俺の様子までは伝えてくれない。
「明日英語のノート貸してくれないか? 授業中睡魔に襲われたせいで全く書いて無いんだ」
これも嘘。
前も同じようなパターンでノートを借りた。
もちろん授業中に寝てなどいない。ノートも書いてある。
「また? この前も書いてなかったじゃん。ってか,それだけならメールでいいのに」
お前の声が聞きたかったんだよ。
……なんて言えたらそれはそれでこの心のモヤモヤもすっきりするんだろうが,その勇気が無い俺はこうして嘘をついている。
もう何ヶ月経つだろう。
初めて彼女を見て,その頃持っていた勇気を全てぶつけて携帯番号を聞いたあの日は。
同じクラスにいてもどこか遠く離れた場所にいるようなその彼女を想い続ける日々は。
遠い昔のようで。
昨日のようで。
「俺メールとか苦手なんだよ。読めない漢字送られても困るし」
そんな経験は無いのについた嘘。
彼女との会話での俺は嘘だらけ。
自分をいいように見せたくて。
悪気は無いのに次々と発せられる言葉。
「その割には漢字得意じゃん。私より出来るってのにさぁ。まぁいいや。じゃ,明日ノート持ってくね」
このまま終わってしまう。
今携帯の電源ボタンをどちらかが押すだけで途切れてしまう俺と彼女の距離。
途切れる前に何か言い出さなきゃいけないのに,このままじゃ神ですら何もしてくれない。
「よろしくな」
結局俺から発した言葉は心からの声ではなく表面上の声。
彼女の声が聞こえていた携帯から発する機械音は相手がこちらとの接続を絶った合図。
優しさも温もりも,何も含まない冷たい音。
結局何も言えなかった。
言えたのは彼女の声を聞こうとして出てきた偽りの言葉。
本当の俺の気持ちはまだ俺の中の宝箱の中。
何処に鍵はあるんだ?
なぁ。
偽りの無い本当の俺は何処だ?
「馬鹿だよな,ほんと……っ」
口からこぼれた言葉と頬を伝った冷たい感情の産物。
独りの夜はこれだから嫌いだ。




