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第1話 青龍

 高層ビルの立ち並ぶ日本第1の都市 東京都

 その都庁のある街 新宿

 平日の太陽が真上にあるこの時間、普段なら人の波があふれる街である。

 しかし、その一区域には今、1人の人間も見えなかった。

 ただ、その区域を囲むように赤い回転灯を光らせた白と黒の車 パトカーが多数停まっている。その外側には多くの人が集まり、その視線はパトカーで封鎖された区域の中心に集中していた。そしてその区域の真ん中の道路上に、大きな物体が立っていた。

 その物体は、周りのビルの6階くらいの高さで緑色の二足で立つモニュメントの様なものであった。

 そのモニュメントは、太い胴に太い腕を持ち、その手には巨大な棍棒のようなものが握られている。また頭のところには1本の角のようなものがあり、顔の真ん中に目が1つ存在しその色は真っ赤であった。

 やがてとがった歯を持った口が開き、


 'ギャアオオオオオオオオオオN'


 ガラスを擦ったような音で大きな叫び声をあげた。


 そう、そこにいるのはまさしく怪物であった。

 その怪物は手に持った棍棒を振り上げ、近くのビルに叩きつける。すると、木でできただけに見える棍棒によって、鉄筋コンクリートで造られた高層ビルが、いとも簡単に砕け倒れていく。

 それに気を良くしたのか、怪物は再び雄叫びを上げた。


 'ギャアオオオオオオオオオオオオオオオオオN'


 パトカーによるバリケードの外にいる人々の多くは、怪物に恐怖しその場から逃げ出していく。残る少数の人々はその手に携帯電話を持ち、怪物の様子を映像に撮っていた。

 無数のパトカーの内のひとつ。その近くに、高価そうなスーツを着崩し外国製のタバコを咥えながら、パトカーから伸びたマイクに向かって声を上げる中年男がいた。


「区域内の市民の非難完了!奴さんが暴れだして区域外に出る前にさっさと対処してくれ!こちとら、あんな化物相手じゃあ、喧嘩もできねえんだよ!」


 その台詞に対し、パトカー無線機から女性の声で返答があった。


『今回新宿に出現した怪物は、空侵第17号と認定されました。それにより、今から5分前に国家安全対策室より空侵対策部隊出動令が発動されました。怪物より半径2キロの区域は戦場となります。すぐに市民の非難区域を広げてください!』


 それを聞いた中年男、空侵対策部隊警察庁派遣官警視 石黒篤司はマイクのスイッチを切り替え大声で呼びかけた。


 《今から5分前に空侵対策部隊出動令が発動されました。怪物から半径2キロメートルの区域は戦場となります。市民の皆さんは怪物より離れた場所へ速やかに避難してください!》


 怪物を囲む全てのパトカーのスピーカーから、拡大された声が鳴り響く。それを聞いた人々は、近くの警察官の誘導に従い怪物から離れていく。


「空侵対策部隊出動令って言っていたけど、この街が焼け野原になっちまうのか?」

「あんな怪物を倒すのだから、ミサイルとかもぶっ放すんだろう?」

「以前に埼玉で怪物が出たときは、アメリカ製の凄い爆弾を使ったらしいぞ!」


 避難をする人々は不安からか、口々に空侵対策部隊の噂話をしている。

 やがて、怪物から2キロメートル以内に一般人の姿は無くなり、警察官だけが怪物を睨んでバリケードの中にいた。


 その警察官の一人、石黒警視は無線機で再び空侵対策部隊本部に連絡をとった。


「市民の避難完了! 怪物はビルを1つ壊しただけで、今のところ、それ以外の動きは無い。'空対'のこれからの作戦を教えてくれ」


『現在、'空対'のチーム青龍とチーム白虎がそちらに急行しています。もうすぐ、チーム青龍がそちらに到着する予定です』


 無線機からの返答に石黒は驚いた声で怒鳴る。


「青龍?!! チーム青龍は、高速バルカン砲以外の兵器は積んでないだろう。

 空侵第17号は高層ビルを一撃でぶっ壊す怪物だぞ!チーム青龍じゃ火力不足だろう。

 せめて、チーム朱雀か、チーム玄武を遣してくれ!」


 その怒鳴り声に、無線機の向こうの女性は冷静に返す。


『今回の戦場となる新宿では、高層ビルが邪魔になります。朱雀の使用する攻撃機A-13では低空からの攻撃ができません。またミサイルや対空侵爆弾などの高火力兵器の副都心での使用は、周辺の被害が大きくなりすぎます。

 以上の理由から今回の作戦では、小回りの利く戦闘機F-37XJを使用するチーム青龍が、担当することとなりました。』


「しかし、それでは火力が……」


『今回の目標・空侵第17号と同じ型の、過去に現れた空侵のデーターを、国際空侵対策会議より入手しています。その情報の中には目標の急所の情報もありました。

 敵の急所を突けば火力が低くても問題ありません!

 それに……、

 チーム青龍には当麻がいます!

 当麻ならどんな敵でも問題ありません!』


 食い下がろうとした石黒の言葉を切り捨てて強く返答する無線の相手の女性《三条雪菜》が、その大きくない胸を張って主張をする姿が目に浮かび、石黒は苦笑いをした。それと彼女が絶対の信頼を置いている男、チーム青龍リーダー 五十嵐当麻の憎たらしい顔も思い出した。


「……そうか、じゃあ頼む。早くな!

 こっちは『LastAngel』の連中の妨害が入らないか監視をしておく」


 無線を切り、背広のポケットからタバコを取り出し口に咥える。空侵対策部隊に派遣出向されるまで止めていたそれに火をつけ、一服して呟いた。


「まあ、あいつなら何とかするか……」



 ◇ ◇ ◇



 空侵対策部隊本部司令室で、現場の石黒との通信が切れ、彼と交信していたオペレーター三条雪菜は、きまりの悪そうな顔で、オペレーター席の後ろにいる上司を見る。

 そこには濃紺の制服を着た40代後半ぐらいの男が、こめかみを押さえなが立っていた。

 一目で鍛えられたものだと判る体格をしたその男 空侵対策部隊隊長 西郷隆造は、ため息をついたあと苦笑いをしながら雪菜を窘めた。


「三条君、作戦中の個人的意見は混乱の元になるので慎んでくれたまえ」


「申し訳ありません。石黒警視が今回の作戦に懐疑的だったもので、つい。」


 先ほどの交信での不手際を注意され、素直に謝る雪菜。だが、西郷は再びため息をつき指摘する。


「それだけじゃないだろう?本当に五十嵐のこととなると、君は人が変わるんだから…。

 まあ、彼が空侵対策部隊の切り札である事は間違いないのだけれどね……。

 とりあえず今回の作戦を成功させるために、チーム青龍にはこれから頑張ってもらわなければならない。

 三条君には、しっかり彼らのサポートを頼む」


 その言葉にしっかりと頷き、雪菜は仕事に戻る。


「了解しました!

 チーム青龍、あと5分ほどで現場に到着します」



 ◇ ◇ ◇



 シュバアアアアアアアアアアアaーーーーー


 高層ビルの間を高速で飛ぶ3機の戦闘機。3機は、その両翼の幅の倍も無い空間を、時速500キロメートルを越える速度で危なげなく飛んでいる。


「うわああああああああ!

 今、掠りそうになったやん!

 あかん、速すぎやって! 

 もうちょっと、スピード落としてえな!」


 ……最後尾の1機は、危なそうであった。


「しっかりしろ、舞斗!

 空侵第17号がいつ暴れだすかも判らないんだ!

 少しでも早く現場に行くぞ!」


「そうよ!これくらいのスピードに何ビビッてんのよ! この、ヘタレ!!」


 前方の2機のパイロットより叱責が入る。


「オレはスピードにビビッてるんやないねん!

 高層ビルの間をこのスピードでジグザグ飛行って、ふつう無茶やろ!

 ここで事故ったら、現場にも到着でけへんのやで!」


 ここで言い訳をするヘタレと言われた男、青龍3パイロット  間 舞斗。 



「はあ? このくらいで事故るわけないじゃない?

 舞斗……? あんた、そんなに操縦が下手だったっけ?

 もしかして気流障壁エアシェイドを使ってないの?

 ジェット気流をビル風に沿わせたら、クッションになって楽チンでしょ?」


 その言い訳に対して、

 '簡単なのにどうしてできないの?'という口調で訊く青龍2女性パイロット  因幡 莉奈


「そんなん、簡単にできるの'莉奈はん'だけやって!」


「え! そうなの?

 まあ、あたしって天才だから!

 この天才美少女パイロット因幡莉奈とあんたを一緒にしちゃ駄目か!」


「……いや。 美少女って莉奈はん、確か2『女の年を数えるなあ!!!』 はい!」


 賑やかにやり取りをする銀色の後方2機のパイロット莉奈と舞斗。それに、先頭の青い機体 青龍1のパイロット

 チーム青龍リーダー  五十嵐当麻は苦笑いをした後、2人に気合を入れる


「もうすぐ、現場に到着する。気を抜くな莉奈、舞斗!」


「了解!まかせてちょうだい!」


「オレは、やる時はやる男やで!」



 高速で移動する3機が現場近くまで来たとき、本部からの連絡が入る。


『チーム青龍、現場到着まで約2分。

 今のうちに今回の作戦の再確認をします。

 作戦のターゲットは、空侵第17号。国際空侵対策会議による種目名は《サイクロプス》。

 チーム青龍は、青龍1と青龍2が囮となって、ターゲットの意識を其々の機体に向かわせてください。その隙に青龍3がターゲットの急所を狙撃。ターゲットの殺害もしくは無力化をもって、この作戦は終了となります。』


「青龍1、了解」


「青龍2も了解!」


「青龍3も了解やけど、ターゲットの急所って何処なん?」


 青龍3、間舞斗からの質問に眉をあげる雪菜。


『たしかデーターは渡されているはずですが? 間空尉!』


 雪菜からの指摘に慌てて言い訳をする舞斗。


「いや、緊急スクランブルで、資料をゆっくり読む時間が無かってん」


 その言い訳にさらに眉を上げる雪菜であったが、さすがに作戦遂行に支障をきたすと思い、冷静に作戦の説明をする。


『ターゲットの急所ですが、国際空侵対策会議からの資料によると、'目'です。』


「そら、見え見えの急所やな!楽勝やで」


『正確には、目から繋がった脳です。ただしターゲットの頭骸骨は目の奥側も覆っていて、脳へと続く神経を通す直径50センチの穴しか開いていません。しかもターゲットの瞳孔を15度の角度で見下ろす射線でしか、銃弾は脳まで到達しません。』


「めっちゃ難易度高!」


 雪菜に説明された己の役割の難しさに、舞斗は驚く。その舞斗を当麻が励ます。


「お前は射撃の腕を買われて、'空対'に、このチーム青龍に抜擢されたんだから、

 こんなのは楽勝だろ! 気楽にいけ」


「当麻・・・! オレ、がんばるわ!」


「えっ、そうだったの?

 じゃあ、あんた操縦が下手でもしかたがないわね。

 でも攻撃を外したら、唯のヘタレが無能のヘタレに変わるから、気を付けてね」


「莉奈はん!それ、めちゃくちゃプレッシャーやから!」


 当麻の励ましに茶々を入れる莉奈、それにビビる舞斗。


『間空尉、頑張ってください!  ……当麻の足を引っ張らないでくださいね』


「雪菜ちゃん!おおきに! 後の言葉が聞き取れなんだけど、オレ頑張るわ」


 サポートとして舞斗を励ますが、つい本音が漏れる雪菜。その本音に気付かず素直に喜ぶ舞斗だった。



 やがて高速で移動していた3機の速度が落ち、空中で停止する。

 そして白いビルの陰に隠れるようにゆっくりと動き始める。


 一つの青い影と二つの銀色の影。その機影は同じ形で、流線型の機体の中と後ろに大小二対の羽を持ち、その大きな羽には赤色の丸が描かれていた。そして小さな羽には濃く青い龍の顔のような文様が描かれている。


 正式名称F-37XJ戦闘機 通称フェニックス 

 某友好国の戦闘機F‐35Bをベースに開発された日本型最新版戦闘機である。 

 最高速マッハ1.8  新型垂直離着陸機に多方向気流噴射機能を装備された、高い3次元運動性能力を誇る、航空自衛隊の新型戦闘機がそれであった。

 ただし、あまりの高機動性能を搭載したことによる容量不足のため、機動性以外の機能はかなり削られている。それは火力の低下にも及んだ。

 また、その高い機動ポテンシャルの為、他の機に比べパイロットを選ぶ機体でもあった。

 そのため多くの人たちからは'使えない欠陥機'と呼ばれている機体である。

 それが、日本版空侵対策部隊所属 チーム青龍の主戦闘機であった。

 しかし、この機体は、空中で静止することも、高速では無理であるが後ろに進むこともできる。今回のようなビル街での戦闘には向いている機体であると認識できる。



 白いビルの横を通過した3機のパイロットの目に、ターゲットの怪物の姿が映った。


「チーム青龍、作戦開始!」


 チームリーダーの合図とともに、3機は其々の方向に動き始めた。

 当麻の乗る青い機体が怪物の正面に向かって真っ直ぐに飛ぶ。高速で近づく飛行物に気がついた怪物はそれに向かって棍棒を振り下ろす。しかし、青い機体はその間近で進路を変え、怪物の右脇を通過する。目標に当たることなく、振り下ろされた棍棒はアスファルトの地面を抉る。今度は莉奈の乗る銀色の機体が、怪物の目の前を右から左に奔り抜ける。


 G! ガ ガ ガ ガッt!


 すり抜けると同時に銀色の機体のバルカン砲が火を吹く。


 キンキンキンキンッキンッt!

 しかし甲高い音を上げながら怪物の緑色の肌が銃弾を弾き返す。弾かれた銃弾は、そのままの速度で周りのビルを砕いていく。


「いやあ、ほんとに堅いわね!傷一つ付いてないじゃない!」


『こらあ!いくら戦場でも不必要に街を壊すな!』


 莉奈の不用意な攻撃に対して、現場の石黒からクレームが

 入る。


「あら、石黒のおっちゃん。相変わらずウルサいわね!

 こ れ は、必要事項なのよ!敵の強度を測る必要事項なの!」


『国際空対会議の資料に、サイクロプスの強度等のデーターは添付されてました』


 莉奈の言い訳に、ダメ出しをする雪菜。


「いや、雪菜。これはデーターとターゲットが同じかどうかの再確認よ、再確認。」


 再び言い訳をする莉奈に、西郷隊長のお達しが下される。


『とりあえず、間以外の攻撃は禁止だ!』


「はいはい、了解しました!隊長」





 グウウウォオオオオオオオオオオN


 バルカンによる攻撃に興奮したのか怪物は唸りながら、自身の近くを飛び回る2つの影に向かって棍棒を振り回す。棍棒はそれまでと異なり紅く鈍い光を伴っていた。だが、その棍棒が2機の戦闘機に掠ることは無く、空振りとなる。

 しかし、・・・


 zドドオオオオオン!!!!!




 空振りとなった棍棒から紅い光の玉が飛び出す。その光は近くのビルに当たり轟音をあげて爆発した。



『なんだ、こりゃあ!』


 現場の石黒の叫ぶ声が通信機から流れる。



 ◇ ◇ ◇



 空侵対策部隊本部にも戦慄が走る。



「今の攻撃はなんだ!?」


「国際空対会議のデーターにもこの様な攻撃の記録はありません!」


 西郷の質問に、わからないとしか答えられない雪菜。

 その2人に雪菜の隣の椅子に座る男が答える。


「おそらく、奴は他の空侵でも存在したように、体内のエネルギーを外部に射出できる怪物なのだろう」


 空侵対策科学研究班 宜留ぎる 茂安しげやす教授の言葉に、西郷は質問を続ける。


「では、空侵第17号は《サイクロプス》とは違う個体なのですか?」


「いや、形状とサイズが全く同じことから同一種か、または進化系と判断するべきだと僕は思うね。たしか以前サイクロプスが出現したのは、・・・」


 2人の会話に、雪菜が割り込む。


「オーストラリアです。その時は、地下攻撃用の強力爆弾'デイジーカッターハイパー'を使用したとの記録があります。それによって半径500メートル地下100メートルのクレーターができたと聞いています。現在の対空侵爆弾で言うとレベル4です。

 そんな物を新宿で使えば街は壊滅してしまいます!」


「今回の作戦は見直すべきなのか?」


 判断に苦しむ西郷の言葉に、宜留がアドバイスをする。


「いや、個体の形状が同じなのだから、今回の作戦が通用する可能性は高いと思うよ!」


 そのアドバイスに、西郷は心を決め、指示をする。


「では、作戦はこのまま継続する!ただし、立ち入り禁止区域を半径3キロメートルに変更!」


「了解! チーム青龍、作戦はこのまま継続してください! また、石黒警視は市民の避難誘導を半径3キロメートルまで広げてください!」


『チーム青龍、了解! 作戦をそのまま実行する!』


『こちら石黒!了解した。』


 本部からの指示に、現場の2人が了解の言葉を返す。



 ◇ ◇ ◇



 2機の戦闘機が怪物を翻弄する為に翔る。


 怪物が囮の2機に気を取られている隙に、舞斗の乗る機体がビルの影から静かに現れる。そして怪物よりもやや高い位置、20メートルくらいの高さで静止する。銀色の戦闘機は、その機首を怪物に向けたまま静かにたたずむ。


 舞斗の乗る青龍3の機体が、唯一装備された高速バルカン砲の照準を怪物の目に向け、舞斗は狙撃の機会を伺う。

 その間に、石黒率いる警察部隊が、市民の避難を再度促す。

 そして、


『こちらは、完了した!後は、うまくやってくれよ!』


 その石黒からの連絡とともに、囮の2機が怪物の目の前で大きく交差をする。その交差地点を、見つめたまま怪物の目線が一瞬止まる。

 その機を見逃さず、舞斗はトリガーを握った。 


 ガガガッt


 高速の銃弾が怪物の目を貫く。


「どや!全弾命中やで!」


「やるじゃん!見直したよ、舞斗」


 難易度の高いミッションの成功に、どや顔で叫ぶ舞斗と、

 彼を素直に褒める莉奈だった。

 しかし・・・


 ギャオオオオオオオオオオオN


 目をつぶされた怪物は、怒りに絶叫をあげながら棍棒を振り回す。振り回された棍棒から紅い光の玉が飛び散り周りのビルを破壊していくのだった。


「えっ、何でぇ!即死のはずじゃなかったの?舞斗、ミスったの?」


『いえ、間空尉の攻撃は正確でした。ただ、脳へ繋がる頭蓋骨の穴の位置が想定と違っていたと思われます』


 死なずに暴れ回る怪物に疑問を訴える莉奈に、雪菜が答える。


「作戦は失敗。次の作戦の指示を求める」



 ◇ ◇ ◇



 チーム青龍リーダーからの要請に、空侵対策部隊隊長 西郷は苦しげな表情で雪菜に命令をする。


「チーム朱雀及びチーム鳳凰出撃準備! 装備は、チーム玄武は空対地ミサイルを。チーム朱雀はレベル4爆弾の積み込みの用意!」


「待ってください、隊長!それでは新宿は崩壊してしまいます」


 西郷の命令に、雪菜は反論するが。


「どの道このままでは、新宿は空侵第17号によって新宿は崩壊させられるだろう。今大事なのは被害をそれ以上広げないことだ!」


 西郷は、雪菜の反論を却下した。

 そこに、チーム青龍リーダーからの通信が入る。


『宜留教授!

 初期の想定と違ってたが、空侵第17号の急所への通路は体の中心線にあることは間違いないと思うんだけど、どうかな?』


「そうだね。奴が生き物である限り、目から脳へ繋がる穴が体の中心線にあることは間違いないね」


 宜留教授の回答に、当麻は自信を持って本部に申請した。


『青龍1、タイマーモードとソニックブームの使用承認を要請する』


 その最愛の恋人の無謀な行動を止めようと、雪菜は当麻に問いかける。


「当麻!どうするつもりなの?」


『空侵第17号の目に、中心線の色々な角度からバルカンをぶち込んでやる!ダメでもともとだ!』


「狭いビル街での無理な操縦に機体が持たなかったら、ビルに接触したら……」


『大丈夫!

 あきらめなければ、勇者は無敵だ!


 オレは絶対あきらめない!』


 この言葉を聞き、雪菜は当麻を止めることを諦めた。

 止めることは誰にもできないことを、彼との長いつきあいの中で、雪菜は知っているのだ。


 同じく当麻を止められないことを知る西郷は、最後の確認をした。


「青龍1の機体の状態はどうだ?それと、このミッションでタイマーモードを使用する推定時間はどれくらいだ?」


『青龍1、機体状態オールグリーン。タイマーモード使用時間、推定5秒。

 大丈夫、青龍1の機体なら耐えられるさ!俺もなっ!』


 西郷の質問に、当麻はサムズアップをして答える。

 西郷は肩を落として溜息を付き、そのあと引き締めた顔をあげて叫ぶ。


「了解した。

 タイマーモード及びソニックブームの使用承認!

 五十嵐、後はおまえに任せた!

 三条君、青龍1をタイマーモードに変更準備!」


「了解!青龍1、タイマーモード変更へのカウント、15秒前」



 ◇ ◇ ◇



「よっしゃあああぁ!いくぞおぉ!

 莉奈!舞斗!フォローを頼む! 雪菜、いつもの曲を頼む」


 自分の提案の承認を本部から受けた当麻は、チームのメンバーに声をかけた後、上空に向かって青龍1の機体を翔らせる。


「了解!でも、無理しちゃだめよ、当麻」


「OK!やったれや、当麻!」


『無事でいてね、当麻。 いくよ、ミュージック オン!』


 それぞれの応援を聞きながら、当麻は青龍1のジェットエンジンを全開にする。

 それと共に通信機から、勇ましい音楽が流れる。

 この音楽を聴き、嫌そうな声で莉奈が呻く。


「……この曲。……いつものあれ?」


「おう!

 やっぱり、切り札を出すときはこの『勇者戦隊ユウシャジャー』のテーマソングが無いとなっ!」


 莉奈の呻きに、当麻は嬉しそうに答える。


「わかってたけど……。 この勇者バカ、死ぬんじゃないわよ!」

「勇者は死なねえよ!サンキュウ、莉奈」


 このような会話をしながらも青龍1は、音楽と共に上昇を続ける。そして1500メートルぐらいの上空で機体を反転させる。

 当麻の乗る青い機体は、大きく弧を描きながら怪物に接近していく。


『3、2、1、タイマーモードチェエエエンジ!』


「行くぞ、ブル! タイマーーー、ON!」


 2人の声が重なる。


 それと同時に、当麻の視界が変化する。音速で飛ぶ戦闘機から見える世界が、それまでの高速の世界から、ゆっくりと動くスローモーションの世界に変わる。


 五十嵐当麻が持つタイマー能力(自称)は、思考速度を何倍にも加速させることにより短時間に、認識、判断、意志決定を超高速で行うことのできるのである。

 今回その速度は200倍、1秒の時間が当麻には200秒、すなわち3分20秒に感じられるのである。

 しかし物理的には当麻の体は変化してはいない。決して1秒の間に200秒分動くことができる訳ではないのである。

 普通は、このような能力を持っていたとしても、そう利用価値のある物ではない。

 しかし、今、当麻がいるのは音速を超える速度で飛ぶ戦闘機のコックピットである。200分の1秒で2メートル近く移動する乗り物の操縦席なのだ。

 そして、《タイマーモード》

 これは、当麻の能力を有効に生かすために、青龍1の機体にのみ搭載された超高感度設定のことである。

 これは、青龍1の操縦桿から機体に伝わる動きが通常の100倍に増幅される設定になっている。つまり操縦桿を3センチ動かすことでできる操作が、わずか0・3ミリの動きでできるのである。

 通常であればこの様な設定の機体など過敏すぎて、とてもコントロールできるものではない。

 しかしこの設定により、当麻の加速した思考に遅れることなく、青龍1の機体が動くことができるようになるのであった。

 だが、コントロールができるとはいえ、こんな無理な高機動操縦に機体や肉体が、そうそう耐えられるわけはない。だから使用条件として、発動時の機体の状態や使用時間で厳しく制限を受ける。

 それを越えると機体が耐えきれず砕け散る危険があるのだ。また機体が保ったとしても当麻の体には大きな負担がかかってしまう、そんな諸刃の剣なのである。



『泣かない! 逃げない! 諦めない! それーが 勇者ぁー』


 全ての物が静止したような無音の高速思考の世界で、

 当麻はそれまで聞こえていた音楽のフレーズを頭の中で口ずさんでいる。


 歌を歌いながら(?)、人が歩く速度に感じる青龍1を慎重に操作する。たとえゆっくりに感じようとも、現実に機体は音速で動いているのである。

 機体の動きのベクトルを感じ取り、それをコントロールしなければならない。

 シミュレーターと実機による訓練で身につけた感覚で、怪物と青龍1の動きを幾つもイメージする。

 その中で最適と考えられるイメージに、機体のベクトルを合わせていくという作業を、怪物とその周囲の動きにあわせて、何度も繰り返していく。



 ◇ ◇ ◇



 ギャオオオオオオオオォN


 チョコまかと飛び回る鬱陶しい銀色に向かって、怪物は吠えながら棍棒をふりまわす。


 wビユウウウu


 振られた棍棒は唸りをあげるが、銀色には届かない。

 飛び出す紅い光の玉も、銀色に当たることはなかった。


「こっち、こっち!

 そんなのじゃ、美少女は捕まえられないよ!」


「せやから、莉奈はん。美少女は無理が『やかましい!』すんまへん」


 漫才のような会話をしながらも、青龍1から怪物の意識を逸らそうと頑張る2人。




 やがて怪物の死角から、音速の青い機体が突撃する。

 そして怪物の5メートル手前を通過した。通過するやいなや、何かにはじかれたように怪物は背中からビルに倒れ込む。


 《ソニックブーム》音速の物体が空気を突き破り伝わる衝撃波


 F-37XJの数少ない攻撃方法の1つである。


 倒れ込んだ怪物に再び向かうため、機体を急激に旋回させる。ミシミシと悲鳴を上げながらも、青いF-37XJは機首を怪物に向ける。


 歩くような体感速度の中、バルカン砲の射線を目標のラインに合わせるため機体のベクトルをコントロールする。

 コントロールパネルには、限界に近いことを示す警告ランプが点っている。当麻自身も、Gによって、いつ意識を失ってもおかしくない状態にいる。


 怪物の真っ正面に滑り込み、機体を真横に傾ける。それとともに怪物の正中線に沿って機体を滑らせる。

 やがて怪物の潰れた目とバルカン砲の射線が重なっていく。


 その目標と射線が、ずれないように機体のベクトルをコントロールしながら、トリガーを握り込む。


 人が走る位の感覚速度で、5発の弾丸が角度を変えて目標に向かっていく。その結果を確認することもせず、当麻は機体のベクトル操作に神経を集中する。


 現在のベクトルのままでは、青龍1の機体はビルに突っ込んでしまうのだ。ビルに倒れ込んだ怪物に、音速状態で近距離から攻撃をしたのであるから当然のことではあった。


 ぎりぎりで、すり抜けられる僅かな隙間を見つけるや、全力で操縦桿を操作する。

 たとえ高速思考中とはいえ、当麻には一切の猶予は無かった。

 完璧にコントロールしたとしても、音速に近い速度で横滑りしている機体が無事に高層ビルの隙間を抜けられる確率は高くはない。

 30センチの誤差でビルに接触するかどうかの状況であったのだ。少しでも接触すれば、F-37XJの機体はちぎれ、コントロールを失いビルに激突し大惨事となるだろう。


 しかし、当麻の心には微塵の不安も無かった。ただただ冷静に機体を操縦していく。

 そして青龍1の飛行ライン上で最もビルに接近する地点。そのビルの一角が、突然に砕け、そこに空間ができる。


「どや、当麻!

 これで通りやすなったやろ!」


 舞斗が叫ぶ。

 バルカン砲でビルの一角を破壊することにより青龍1の脱出口を広げたのであった。


 最難関を通過して安全を確認した後、当麻はタイマーモードをOFFにし自身の高速思考も解除する。


「タイマーOFF!


 サンキュー、舞斗!助かった。お前も勇者に認定してやろうか?

 それと、空侵第17号はどうなった?」


「勇者は遠慮しとくわ!

 そのかわり今夜の飲み代、おまえ持ちな!

 あと化けモンは、・・・見たら解るわ!」


 舞斗に礼を言い、その返答に苦笑いをしながら目標の怪物に視線を移す。


 その怪物は小さく痙攣を繰り返し、やがて硬直して動かなくなった。


「やったか?」


「ヤッタやろ!」


「殺ったよね!」


『只今、空侵第17号の死亡を確認しました!』


「「「よっしゃあああああ!」」」


 自分たちの戦いが勝利で終わったことに、喜びの雄叫びをあげるチーム青龍の面々。


『まもなく、チーム白虎が現地に到着します』


 ビル街の向こうに、チーム白虎の乗る大型ヘリコプターが数台見えた。莉奈は眼下の空侵第17号の死体と向かってくるヘリコプターを見比べれる。そして、「うんっ」と頷いた後、


「じゃっ、後処理は白虎さんにお願いしようか!」と言い放った。

 それに反論する者はなく、


「俺たちは、ゆっくり帰るとするか!」


「さっきの飲み代の約束、忘れんなヤ!今日は横須賀へ呑みに出るで!」


「あたしも、行く行く!当麻のおごりでしょ?」


 なぜか飲み会の計画も決まり、莉奈が帰還連絡を本部に入れる。


「じゃあ、とりあえずは『高天原』に帰ってからね!

 では、只今よりチーム青龍は空侵対策部隊本部に帰還します」


『了解しました。……私も後で合流しますね』

 莉奈からの連絡に、後ろで米神を押さえている上司にも気付かず、明るく答えるオペレーター。


「おう、今日は呑み放題だ!」

「やっほお!」「おお、太っ腹!」


 命がけ戦っていた今までは何だったのか!と、言いたくなるようなリーダーの軽い言葉にあわせて、チーム青龍のメンバーの乗る3機のF-37XJは大空に向かって上昇していった。


 チーム青龍+1名は、この後も張り切って仕事をするのであった。

 今夜の飲み会を楽しみにして……。




この小説を読んでいただいて、ありがとうございます。

いかがでしたか?

これから2週間で1話更新の予定です。

では、これからもよろしくお願いします。

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