森の中。
方向も分からず、ヤマトが森の中心部へと歩き出して一時間が経とうとしていた。
周囲の木々は落ちた場所と比べて背も密度も高くなっていて、その木々の下は常に薄暗い。
しかしヤマトは、時折聞こえる奇怪な鳴き声に怯えながらも着実に進んでいた。
(明らかに出口に向かっていない……)
そう気付いたのは歩き出して三時間ほど経過してからだった。
だからといって、今更方向を変えても、そちらが出口かは分からないという結論に辿り着いたヤマトは結局そのまま進んだ。
。
(あれは? ……!?)
ヤマトの前にある木の幹に一本の矢が刺さっていた。
そして、その矢が刺さっている周りには赤い塗料が塗られていた。
(原住民? 普通に考えれば、これ以上先へ は進むな。と言うことだろうけど……今更引き返しても野たれ死ぬだけだよな。)
あわよくば原住民に助けてもらおう。
そんな過度な期待を抱いて、足に喝をいれるとまた歩き出す、原住民が友好的で無いとか、食人族だったりするとは微塵も考えないヤマトだった。
だが歩き出してすぐの事だ、今までと違う感じがする事にヤマトは気付いた。
(誰かに見られている?!)
あたりを見回すが、木が見えるばかりで人は見えない。
気のせいかと思い再び歩き出すが、今度は後方からガサガサと音が聞こえた。
思わず振り返ると、藪のなかに
何かが隠れている事に気付いた。
ヤマトがそこを凝視すると、気付かれた事が分かったのか、一匹の獣が躍り出て来た。
(……でかいな)
その獣は猪のようだったが大きさは人の背と同じくらいあり、下顎から伸びた牙は天をも貫かんと猛々しく伸びていた。
しかも、その大猪は目をギラつかせ、口からは涎を垂らしている。
どう見ても、獲物を狙う目であった。
ヤマトは無意識に後づさりしたのだが、それが仇となった。落ちていた枝を踏んでしまい、乾燥した音と共に折ってしまったのだ。
(しまっ!・・・)
その音に反応して突進する大猪。
ヤマトはとっさに逃げだす、木々の間を縫い、木の根を飛び越え逃走するヤマトに対し、大猪は大木などは流石に避けるが、直径20センチくらいの木などは気にも留めずに突進し、その自慢の牙でへし折りつつ追いかける。
(くそっ! やばいって! )
額に嫌な汗を掻きながらも逃げ続けると、頭上から声がかけられた。
「Ade drfgge !! dssigh yukdg!!」
「何言ってんだ! 全くわからん!!」
「Ebouj? ahur lodg!! 」
ヤマトは何を言ってるか理解出来ず、そのまま走り続けた。
止まればど突かれるし、そうするより他に手が無かった。
すると先ほど声をかけて来た者が、さらに何かを喋り出した。
その声は先程とは違い、意味は分からないが何かの詩を詠んでいるようだった。
そして、その詩を読み終わった誰かは、ヤマトを追いかけて通り過ぎようとする大猪に弓を構える。
ギリギリと音を鳴らしながら引き絞られ、放たれた矢は、弦からはなれると同時に甲高い音を発しながら飛び、大猪の額へと吸い込まれ、そのまま貫通して地面へと突き刺さった。
頭蓋を貫通して地面に突き刺さるなど、普通ならば考えられない事態なのだが、射た本人は、当然というような顔をしていた。
脳を損傷した大猪は為す術もなく前のめりに倒れて、動かなくなる。
ヤマトはそれに気付いて、大猪の近くまで寄って、木の枝で突ついたり、蹴ってみたりするが、やはり微動だにしなかった。
(何か分からないけど、助かった……)
「はぁ、死ぬかと思ったぁー!」
思わず一人つぶやいて、手足を投げ出して後ろへ倒れると、誰かの脚を見上げる形になった。
先程、頭上から声をかけてきた者の姿がそこにあった。
「あ……貴方がこれを?」
「dho thos? faoefsa fgohuo」
「ゴメンなさい、全く意味わかんないです。I don't understand 」
その後も幾らか言葉を交したものの、結局意思の疎通はできなかった。
ヤマトを助けてくれた彼女は、艶やかな深緑色の髪を背中あたりまで伸ばしていて、透き通った白い肌とのコントラストにヤマトは思わず目を奪われた。
顔立ちは、白人に近いように見えたが、目や輪郭などが東洋人に似ていて、何となく親近感が湧いたヤマトだった。
着ている服は、毛皮を舐めした革製のスカートと胸当てで、どうやらヤマトの予想していた原住民のようだった。
そして、何より目を惹かれたのが彼女の耳。
耳たぶはほとんど無くて、耳の上部が、横に張り出してとがっている。
端的に言うならエルフ耳だった。