事件か事故か
琥珀さまの個人企画「春の異世恋推理'26」参加作品になります。
★皆さまも答えを考えてください。
★お遊びの推理になります。
★ヒントも答えも散りばめてあります。
★「時間を返せ!!」と思われるかもしれません。
★「すみません」先に謝っておきます。
★答え合わせは明日の朝になります。
★感想欄に答えを書かないよう、お願いします。
それでも良かったらどうぞお付き合いください。
よろしくお願いします。
とある伯爵家の地下にある研究室
頭部から大量の出血をし、その血溜まりに横たわる男がいた。
意識が混濁する中、男は自分の血液を指先に絡めると震える指で床にダイイングメッセージをしたためた。
−211
。。。
レンチ伯爵家の広間。
これからはじまる夕食会の為に並べられた4人分のカトラリー。
しかしテーブルの上に置かれたろうそくの炎が揺らすのは、3人の影だけ。
足りない1人はこの家の次男のトルク。
夕食会の招待客は、トルクの婚約者のブロワ嬢。
そのブロワ嬢は今、向かいに座るトルクの弟のコーナーの話を微笑みながら聞いている。
そんな2人を横目に大きなため息をひとつ吐き、ゆらりと動いた影の主はレンチ伯爵夫人。
黙って座っていた彼女は手を伸ばし、クリスタルで出来た呼び鈴を鳴らす。
チリン…
透き通る音が部屋に響くと、ドアの向こうに控えていたメイドのアンナがオドオドしながら入室してきた。
「お…お呼びでしょうか…」
重ねた手をもじもじし、黒縁の丸眼鏡の奥から上目遣いでこちらを見るアンナに、夫人は自身の息子の居場所を問う。
「いつまで待たせる気なのかしら?今日はトルクも一緒に食べる約束でしょう。トルクはどうしてるの?」
アンナはビクリと肩を揺らし、バッと頭を下げた。
「も、申し訳ありません!その…トルク様は地下のラボにいらっしゃいます…先程お声がけした時は「すぐ行く」とお返事がありました…」
「ラボに…ねぇ…」
予想通りのやり取りに大きなため息をつく。
いつ誰にトルクの居場所を聞いても、返ってくる答えは「ラボに…」なのだ。
誰かと面会の約束をしていても、出かける予定があっても時間通りに彼が来る事はない。
ラボに篭るとなにもかも忘れて研究に没頭してしまう悪い癖があるのはトルクの方である。
「しかたのない子。トルクをここへ連れてきてちょうだい」
「は、はい…」
入室時と同様おどおどしながら退室するアンナを見届けた後、夫人はその視線を冷たい雨が打ちつける窓に向けた。
レンチ伯爵家と言えば、強い氷の魔法使いを輩出する名家。
夫人が産んだ3人の息子も、御多分に洩れず魔法使いである。
しかしそれぞれ個性が強すぎる。
魔法の個性ではない。
性格の個性である。
長男のラチェットは、王国の魔法団に所属し、自身の膨大な魔力を使って魔物を倒す事を生き甲斐にしている。
2週間ほど前、王国の南の土地で大型の魔物が溢れ出すスタンピートの気配があるとの報告を受けた彼は「トルクと一緒に開発した魔法陣を試す時が来た!」と、意気揚々に飛び出して行った。
そのラチェットから「凄い!!」と、一言しか書かれていない手紙が届いたのは3日前。
討伐でどんなに功績をあげても彼が副団長止まりなのは、彼を抑える者がいないと現場がどうなるかわからないからとの判断だろう。
そしてその判断は間違いない。
次男のトルクは、魔法開発オタク。
三度の飯より研究が好きで、放っておけば餓死しかねない。
プーラー男爵家のブロワ嬢と婚約したものの、月1の顔合わせさえ忘れてしまうような彼とブロワ嬢が上手くいっているとは思えなかった。
過去に一度、トルクが「届けて」と言ってブロワ嬢に渡すための花束とカードを用意したのだが、カードには一言「どうぞ」と書かれているだけであった。
それを見た夫人は、慌ててトルクにカードを書き直させたりした。
三男のコーナー。
この三男は夫人にとって…いや、レンチ伯爵家にとって、とても頭の痛い存在であった。
素直と言えば素直。考えなしと言えば考えなし。
煽てに弱いお調子者で、すぐに天狗になり、やらかして退場。
なのに学ばない。
トルクの婚約者としてここにいるブロワ嬢に、慣れた口調で話しかけるコーナーを見て夫人は思わず額に手をやる。
トルクとその婚約者との会食に、本来ならコーナーが同席することはない。
しかし…今回は特別な理由があった。
窓に打ちつける雨粒を見ながら夫人が大きくため息をついたその時、アンナの悲鳴が屋敷に響いた。
「きゃああああああ!!!トルクさま!トルクさま!!誰か!誰かああああっ!!」
。。。
アンナは地下へ向かう階段を降りていた。
奥様の言う「連れてきて」とは「扉を開けてラボから引っ張り出してこい」との意味である。自分にトルク様を連れ出す事が出来るのか…出来なかったとどうしたらいいか…など考えるアンナのその肩は小刻みに震えていた。
重責から…ではない。ただ寒いだけである。
氷魔法の研究をしているラボは常に凍てつく寒さなのだ。
術師であるトルク本人は全く寒くないらしいが、関わる者はたまったもんではない。
ラボの扉をノックし「トルク様…奥様がお待ちでございます」そう声かけしながら、氷より冷たく感じる真鍮製のノブに手をかける。
扉を開けると、いつもより部屋が暖かい気がした。
「あの…失礼します…トルク様…奥様がお待ちです…その…一緒に食事をと………トルク様?」
いつもなら何かしら音が聞こえるラボが静まり返っている。
「あの…トルクさま…」
いつもトルクがいる作業台を覗くと、その足元で、血溜まりの中にトルクが倒れているという惨状が目に飛び込んできた。
「きゃああああああ!!!トルクさま!トルクさま!!誰か!誰かああああ!!」
。。。
すぐに医師が呼ばれ、トルクは部屋へ運ばれて行った。
咄嗟に本人がかけた回復魔法が微弱ながらも効いていたので、なんとか一命は取り留めた。が、出血が多く意識は戻らない。
医者が呼ばれると同時に警察にも連絡が行った。
そしてやってきた男がした事は、屋敷にいる全員をラボに集めることだった。
「さて。お集まりいただきありがとうございます。シール・クランチと申します。単刀直入に申しまして、今ここにいる皆さまはトルク様の殺人未遂の容疑者です」
警部の肩書きをもつクランチが容疑者の顔を見渡す。
並んだ面々は俯いたり、青い顔をし目を逸らす者、逆に睨むような者…
ゴホンと咳払いをしクランチ警部が皆に言う。
「それぞれ秘めた思いがあるのかもしれませんが、それはさておき。今はこの事件か事故かはっきりさせなくてはいけません。皆さま、ご協力願います」
まずはそれぞれのアリバイを聞くことになった。
しかしその時間、使用人たちは職場についていて、一人でいたのは呼びに行ったアンナだけ。
「トルク様の第一発見者はどなたですか?」
「私です…」おずおずとアンナが前に出た。
「どういう状況だったか、話していただけますか?」
「その…奥様のご言いつけ通りに…トルク様をお呼びにラボに…。私が部屋に入った時はトルク様は…」きゅっと手を握り俯くアンナ。
「部屋に入った時、いつもと変わった事はありませんでしたか?」
「……!あっ!そう言えばいつもより少しだけ部屋が暖かく感じました。…あと、2週間ほど前から柱に刺さっていた氷が無くなっていました」
「あの穴のところですか?」
トルクが倒れていた場所の少し後方の天井に、直径30センチほどの穴が開いていた。
「部屋が暖かったとの証言と、氷の塊。確定ではありませんが、溶けた氷がトルク様の頭部に直撃した可能性が高いですね」
そもそもこの国の人であれば、氷魔法の使い手相手に何か出来ると思っていないものであり、魔法が使えない使用人たちが犯人の可能性は極めて低い。
そして今回の件では「氷の塊」が凶器だとすれば、犯人が限られる。
「でも誰がそんな事…」
凶器が氷の塊。
息子3人が氷魔法の使い手であるレンチ夫人は落ち着かない様子だ。
クランチが顎に手を当て、床に書かれた数字を見る。
「マイナス211。これはレンチ伯爵家ならではのダイイングメッセージでしょうね」
そう。疑われたのは氷の魔法が使える者たち。
つまり3人の息子。
一人は被害者であるトルクだが、意識が戻らないことと皆が口を揃えて「彼はラボから出ていない」と言うので、本人の意識が戻ってから聞くことにして…
今この場にいるのは、トルクの弟であるコーナー。
コーナーは朝から夕食前までは、家を出てずっと「友人」と過ごしていたと言う。
「その友人はどなたですか?」
「それは…その…」
「?言えない相手ですか?」
「…」
「ご自分のお兄さんが被害者なんですよ?」
コーナーは目を逸らし、どこか落ち着かない様子だ。
「えっと、、、友人というのは…その…嘘で、本当は自分一人でした」
「はあ…?」
クランチがなんとも間抜けな声を出したその時。
「待ってください…。その友人は私です…」
震える声で名乗り出たのはブロワ嬢である。
「ブロワ!」
慌てたコーナーがブロワ嬢に駆け寄ると、ブロワ嬢はワッとコーナーに抱きついた。
「ブロワ!何故名乗り出るんだ!君を守るためなら俺は…たぶんどうなってもかまわない!」
「ダメよ!あなた一人が悪者になる必要はないわ!」
大きな瞳に涙は出てないブロワ嬢。
「いいんだ。俺は君のためなら…」
言葉を濁すコーナー。
「コーナー様!だって私はあなたが好き!ううん、愛していると思うんですもの!!」
「ブロワ!俺だってお前のこと」
その先は言わないコーナー。
「ねぇ聞いて…あなたはもう一人じゃないのよ。私のお腹にはあなたの子が…」
「え!…まさか…」
「…そのうち宿るかもなんですもの」
頬を染めて頷くブロワ嬢。
「じゃあまだお腹に子がいるわけではないのですね?」眉間にシワを寄せ、こめかみを押さえながら夫人が確認する、
「はい!まだです!」
「ごめんっ!ブロワ!俺頑張るから!」
急にやる気をだしたコーナー。
「ええ!私も頑張るわ!」
「さて、あなた方は…こちらに来る前はどちらで過ごしていましたか?」
「「はい!私たちは〇〇の別荘で一日中愛し合っていました!」」
「それを証明する人はいますか?」
「いません。だって秘密の恋ですから」きゃっ!とばかりに頬に手をあてるブロワ嬢。
コーナーが「こいつぅ」とブロワの頭をコツンと突く。
白目になったクランチ。
「…面倒なので単刀直入に聞かせてもらいますが…婚約者のトルク様が邪魔になったから殺すことを考えたのではないですか?」
そう言われてキョトン顔のブロワ嬢。
「え?トルク様を邪魔だと思った事はありません」
「何故です?トルク様が居なければあなたたちは堂々と付き合う事が出来たのでは?」
そう言うとブロワ嬢は「逆に何故そう思うんですか?」と言って首を傾げた。
「堂々と付き合うならトルク様がいるじゃないですか。秘密の恋だから燃え上がるんですよ?トルク様が居なくなったらコーナー様との恋は特に秘密じゃなくなります。そんなのつまらないじゃないですか。トルク様は恋のスパイスなんです。私たちがトルク様を殺すことはあり得ません!」
真実を言い切ったとばかりに胸を張るブロワ嬢。
「ねーー❤︎」とデレるコーナーとブロワ嬢をいないものとしたメイドがおずおずと手を挙げた。
「あの…その大きな氷はラチェット様が作られたものでございます「ガスを凍らせた大きな氷の塊は何日刺さっていられるか」そうおっしゃっていました」
「ではその氷の塊はいつからありましたか?」
「氷についてラチェット様とトルク様がお話しされていたので、2週間ほど前になります」
「2週間ほど前と言えば…魔物の討伐に出た頃ですね」
その時、ババーンっと、扉が開いて「帰った!」とラチェットが飛び込んできた。
その手には手紙が握られている。
「もう!どうして急に帰ってくるの!手紙くらい出せるでしょう!」
驚き怒るレンチ夫人。
「出した手紙より自分が早かった」
そう言うと、握っていた手紙を見せる。
そこには「帰る」と一言書かれていた。
「帰った。やっぱり手紙より早かった!」
ラチェットは目をキラキラさせ嬉しそうだ。
夫人は額に手を当てたままふらりとし、ラボにあるソファに座った。
「トルクは?」
キョロキョロとトルクを探すラチェットに、クランチがざっと状況を説明する。
「…。それで。ここにあった氷の塊はあなたが作ったのですか?」
「はい」
「どうしてこんなものを?」
「液体キッ素が-196、ヘリウマが-269。その間で凍っていられるガスは何かと、トルクと話した。で、とりあえずガスを混ぜて凍らせたものをそこに刺しておいた。管理はトルクに任せた。失敗して溶けたらしい」
あっけらかんとそう言うラチェット。
「まるでご自身で見たような口ぶりですね。どうしてそう言えるのですか?」
「トルクがそう言ってる」
そう言って、床に書かれたメッセージを指差した。
「マイナス211…ですか?」
「え?そんな事書いてない」
「では何と書いてあるのですか?」
「これは…」
ありがとうございました。
★見取り図にはソファがないですが、どこかにあるのです。すみません。




