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極相色彩のケイオスライン  作者: 路崎舞
第一章『遡行する運命』
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第一章4話『戦火』

「……酷い」

 

 想像を絶する惨状に、サンドラが思わず口を漏らす。だが、その小さな呟きに反応できる余裕がレティシアにはなかった。


 ――五日間にも渡る戦闘から帰還した同日夕刻。現着した二人が見たのは、王都の一角、ソファラ地区の目も当てられない街並みだった。


 至る所から黒煙が昇り、灼熱の赤が家々を包み込んでいる。燃ゆる空の下、無力な民衆の惨殺体がそこら中に散らばっていて、そのすぐ傍らでは今も王国兵と帝国肉とが交戦している。


 王都の中でも引けを取らない観光地として栄えていたソファラ地区の変貌は、レティシアの許容限界をとうに超えていた。


 生存可能であればどんな環境にも身を置ける。その自負がレティシアにはあった。しかし、いざ目の前でこうも具体例を突き付けられると、その認識に誤りがあった事に気付かされる。


 生存の観点から見れば、かような地獄でもレティシアは生きていける。歩き回る肉を切り刻み、燃え盛る炎を剣風で吹き飛ばせばいいだけだ。何のことは無い。


「――――」


 それなのに、痛みを感じない心がどこか疼いているのを感じる。理由は分からないが、人が笑顔で過ごしていたこの街が、こうも呆気なく破壊されていくのを見ていると、なんだか分からないモヤモヤを感じるのだ。


 未知、あまりに未知な感覚。これは一体何なのだろうか。


「……ぁ」


 呆然と立ち尽くす中、戸惑いに揺れる黒瞳が兵士と肉を映す。彼らは今、レティシア達の立っている場所から程遠くは無い、街路の端っこで攻防していた――否、既に勝敗は決している。体勢を崩し地面に身体をついた兵士の真上に、肉が剣を構えているのが見える。一刻の猶予も無かった。


「レティー」


「うん、分かってる。――行こう」


 サンドラも同じものを見たようで、それ以上の言葉は必要なかった。





「まだ、だ。お前、だけは、絶対」


 ――怒りが、男の心中を支配していた。正面、今日初めて対面した外道がいる。この畜生だけは、必ずこの手で葬らなければならない。仇を討たなければ、報われない。

 だから、動け。剣を握り締めろ。この手が使い物にならなくなったとしても、ここで奴に引導を渡すのだ。骨がひび割れるぐらい強く握れ。そして、立ち上がれ。


「は、いい加減受け入れな。今から同じ道を辿らせてやるからよ――死ねぇぇぇぁ?」

「遅い」「させないよ!」

  

 そんな男の怨嗟の殺意は一笑に付され、罵声と共に剣が振り下ろされる――刹那、雷鳴の如き黒線が胴体を穿ち、その空気をも置き去りにする風圧に耐え切れず、兵士めがけて崩れ落ちるレンガを紅く眩い結界が阻んだ。


 ――兵士を救うべく全力疾走するレティシアとサンドラだったが、真上に振り上げられた剣が下へと動き始めた瞬間、このままでは間に合わないと判断した。


 疾走中のレティシアはその場で踏み込み、左足に力を溜め、真正面に跳躍。凄まじい速度で肉の真横に接近し、そのまま腹部に剣を突き刺し、速度の道連れにする。


 『侵色』のような人間離れした身体能力を持ち合わせていないサンドラは、瞬時に自らの桃髪を一本引っこ抜き、兵士目掛けてぶん投げた。

 瞬間、その髪の毛は紅色の球体に包まれ、放物線を描いて目的座標へ到着。その刹那、球体が消滅したかと思えば、瞬きの間に兵士を覆う巨大な球体が形成され、火に炙られた無垢な凶器から兵士を護った。


 あまりにも一瞬――それでいて常識の範疇の外を行く出来事に、死を免れた王国兵は暫く口をモゴモゴさせて「は」「ぁ」「ぇ」等の無意味な発音を繰り返していたが、サンドラが彼の元に辿り着いた時、ようやく意味のある言葉を紡げた。


「あ、あんたらは……いや、貴女達は……!」


「私達のことはいい。それより戦況を教えて」


「ついでにヴァイン隊長の居場所も知ってたらお願いします」


 疾風迅雷の乱入者――命の恩人のその正体を察し、王国兵は目を丸くするも、両者の真剣な眼差しに気を戻して求められている事に応え始める。


「……っ、状況は芳しくない。見ての通り、既に民間人にも死者が出ている。いや、それだけじゃない。生存者によると、奴らは今回事を起こすまで、王国民の振りをして生活していたという。そう――救護対象の中に、卓越した演技力と潜伏技術を兼ね備えた伏兵が紛れ込んでいるんだ。つまり、俺達は戦力未知数の外敵を相手取りながら、救う対象をも見極めなければならない――字面以上の難易度だ」


「――その事を、隊長は?」


「知らない、はずだ。家を留守にしていた俺に、死に物狂いで襲撃を伝えてくれた、勇敢な紳士から聞いた話だからな。この状況下で、彼のように命を危険に晒してでも情報を兵士に伝達しようと考える者は、そう多くない」


 実際、そこかしこから一般市民の絶叫が聞こえている。特別な訓練もなしに平静を保てる人間は稀有だろう。


「じゃあ、あなたは隊長の命令で戦ってたわけじゃないの?」


「その通りだ、レティシア特務兵。まぁ、初期対応を自己判断で行ったって形だな。だが、そこに横たわっている、尊い犠牲となった援兵は違う。彼らの話では、隊長は特に被害の酷いハーミアー広場で交戦中だそうだ。お二人は隊長の方の救援を頼む。そして伏兵の存在を伝えてくれ。――この情報を知るのは今や俺とお二人だけだ。だから……任せる」


 力強く言い放ち、王国兵がレティシア達の目を交互に見つめる。彼の瞳の奥にあったのは、揺らぎようのない愛国心と燃え盛る憎悪の炎だった。だが、レティシアの目から見てもその炎は行く先を見失っている。なぜなら彼はもう――、


「でも、あんたの右腕は……」


 サンドラが躊躇い気味に指摘した通り、この兵士の右肩からはおびただしい量の出血が継続している。レティシア達が到着するより以前に、襲撃者に切り飛ばされたのだろう。


 だが彼は「気にするな……」と退廃的に口元を緩め、首を横に振った。


「心配には及ばない、サンドラ特等兵。今回は不覚を取ったが、次はないさ。俺も誉れある王国兵の一端、この程度の障害で戦線離脱しては、妻にドヤされる」


 はは、と茶化してみせる男の顔からは、生きる事への諦めと、それを悟らせまいとする気遣いが読み取れた。読み取れて、しまった。


「……っ………………ご武運を」


 刹那の逡巡の後、サンドラは迷いを振り切り、虚勢を張る隻腕の負傷兵に背を向けて走り出す。レティシアもそれに続いた。


「仇討ち、感謝、する……っ」


 その二人の背後、所々詰まり震える涙混じりの感謝の声が、静かに、暗く、厳かに発せられた。



   □■□          □■□



 ――そろそろ押し切られるか。


 共に戦う部下が遂に二人まで減った時の、ヴァインの率直な感想がそれだった。

 増援としてハーミアー広場に乗り込んだ数は十四。対して狼藉を働く武装兵が三十弱――その時点での敵の死者は二十程であり、衛兵の生存者は一人。それから一時間経った今、生存者はヴァインを含めた三人と暫定帝国兵十二人となった。


 正直、あの数の暴力をここまで耐え忍げたのは奇跡以外に形容できない。ヴァインも腕の経つ敏腕騎士である自覚と自信と自負はあるものの、この圧倒的な物量差を覆せるほどでは無い。

 それでもここまで拮抗できたのは、一重に相手の数を減らしてくれた衛兵達と、儚く散っていった部下達の、身命を賭した献身と運の影響が大きい。


 だが、それも長くは続かない。現に今、ヴァイン一行は強気な顔で剣を構える敵兵に包囲されている。じりじりと、徐々に距離を詰められていく中、敵の一人が口を開いた。


「騎士団長殿、確かにあんたは強い。だが、それだけだ。であれば、対策はいくらでも取れるというもの」


「最後には数がものを言う。残念だが、潮時だ」


「そうか? 時には数すらも凌駕する剣風が、貴様らを吹き飛ばすかもしれないぞ?」


「は、戯言を。現にお前は左腕を失い、息も絶え絶え。連れも二人まで減り、対するこちらの頭数は十二――いい加減現実を見ろ」


「――――」


 実際、業腹だが奴らの言う通りだった。


 虚勢だ。不覚を取り、ごっそりと切断された断面が痛む。咄嗟にハンカチで強引な止血を試みたが、完全では無い。

 つまり、立て続けの戦闘による疲労だけではなく、身体的にも限界が近い。ただでさえ数の利が敵にあるというのにこの体たらく。苦笑してしまいそうになる。


 生存した二人も似たような状況であり、ヴァイン達がこの窮地を切り抜けられる術は、ない。だから――、


 

「――あぁ、二人とも来てくれたか」

「加勢します」「サンドラに同じく」


 外部からの援軍の乱入に賭けるしかない。風の変化を感じたヴァインが後ろを振り返るのと、純黒の雷鳴が二色の命を貫いたのは同時だった。


 過去に取り残された十人は、それぞれヴァインの視線――乱入者の姿を追っていた。しかしそこにいたのは桃髪の少女だけで、他に人影は見当たらない。

 来たのは二人、見えるは一人。では残りの一人はどこか。と襲撃者が思案し始めた時には既に手遅れ。同胞二名がその場から跡形もなく姿を消し、急な突風に身体を煽られる。


 眼前、『黒』があった。一瞬で距離を詰められるも、目で追う事すら叶わない。そのまま腹部を突き刺され、五人目が脱落。『黒』はそうして貫いた剣をくるりと回し、一閃――隣にいた細身の男の横っ腹に入刀。そのまま剣の重さに足を委ねて舞い踊る。

 一秒にも満たない金切声を聞きながら六人目の胴体を切り離し、今度は反対側で硬直している七人目へと跳躍する――寸前、『死神』は隻腕の青髪を一瞥した。


 呼吸を荒くし、なんとか追い付いた様子の『紅光』が、片腕の騎士団長の隣で、膝に手を置いたまま防御魔法を展開している。無論、生き残った王国兵も彼女の異能の庇護下にある。

 それを確認し、『死神』は標的への接近を中断。騎士団長の方へと跳んだ。


『無事で何より。と、再会を喜びたいところだが――まずは、目の前の邪魔者を片付けるとしよう』


『もう大丈夫だ』と右手を上げてサンドラに防御魔法を解くよう促し、隻腕の青髪――ヴァインが前へと足を踏み出す。

『侵色』、王国騎士団団長、『紅光』と無名の兵士二名が横一列に並び、反撃の狼煙を上げる。


 戦闘の余波で荒れた青髪が、ヴァインの動きに合わせて揺れ泳ぐ。八人目目掛けて疾駆し、全体重を乗せた切り上げをお見舞いする。

 八人目も咄嗟に剣を下に振りかぶり、威力を相殺しようと試みた。鋼と鋼が打ち合う快音が響き渡り、全力と全力とが全面衝突する。

 威力は互角――なはずがなく、敵の剣が上空へ打ち上がる。ヴァインはそのまま首を刎ね、八人目を絶命させる。

 

 ヴァインとは離れた位置へ駆けたサンドラは、持ち前の防御魔法を駆使して敵の攻撃を弾き、その隙をついて「ごめん」と一息で息の根を止めた。

 できる限り痛みが持続する時間が少なく済むよう、剣を入れる箇所を精密に狙った一撃。その甲斐あってか、九人目は激痛を訴える間もなく、その目を閉ざした。


 ヴァインの配下は二人一組で十人目を相手取った。一人が正面から斬りかかり相手を繋ぎ止め、その隙にもう一人が背後に回り、心臓を一突き。戦う相手を一人に絞ることで疲労を補う、巧みな連携を最大限活かすことが出来た結果だった。


 レティシアは語るまでもない。


 ――こうして、瞬く間にソファラ地区襲撃事件最大の激戦区ハーミアー広場は鎮圧された。



 □ ■ □



「救援感謝する。おかげで助かった」


 制圧後、息を整えたヴァインが二人の援軍に声をかける。

 

「当然の事ですよ。それより隊長、これは……」


 サンドラはそう言い、死体に視線を落とした。その大半が原型を留めていない。敵味方問わず、惨たらしい死に様だった。


「見ての通りだ。どのように迷い込んだ鼠か知れんが、これが結果だ。起きてしまったことは変えられない。だからこそ、これ以上の被害を出さない為に、我々が命を賭す必要がある」


「それで、私はどうすればいいの?」


「レティシアは普段通り、敵兵を手当り次第かっさばいてくれ。サンドラは私達と共に市民の救助と仮拠点の防衛だ。保護した一般人は仮拠点に連れていく。――奴らの狙いは王都の破壊と大量殺戮だろうから、救出した民の集まる仮拠点は、言わば最終防衛ラインだ。何としても死守するぞ」


「分かった」「了解です」


 冷静に指示を出すヴァインにそう応じ、レティシアは早速任務に取り掛かろうとする――間際、サンドラが手を挙げたのを見て、足を止めた。


「……ヴァイン隊長、行動に移る前に一つ報告したいことが」


「――話してくれ」


「襲撃者は暴動直前まで王国民に紛れて生活していたそうです。そのため、救出した民衆の中に敵が潜んでいる可能性も考慮するべきかと」


「――そうか」


 サンドラの進言を聞き、ヴァインが黙考を始める。そうして五秒ほどが経過したあたりで、何か答えが出たのかヴァインが口を開く。


「情報感謝する、サンドラ。だが、私がお前たちに下す指示は変わらない。――頼んだぞ、レティシア。こちらの方向に仮拠点があるから、なるべく奴らを遠ざける事を意識して戦うといい」


「ほら、あっちだ」と右指で指し示し、片腕となったヴァインが方角を教える。レティシアは頷くと、すぐにその方角とは反対の方向――北へ疾走した。

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