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極相色彩のケイオスライン  作者: 路崎舞
断章『エピローグ』
33/40

断章8話『おはよう』

「おはようございます、イリス」


「……この感覚も、懐かしく感じます」


 それこそ、日常に帰ってきた心持ちだ。


 起床後最初に見る顔は、決まってニムレットの糸目が更に細められた柔和な微笑。彼の普段の奇行ぶりから考えるに、皇城の客室に出没しても何ら不思議ではなかった。


「――いや、待ってください。鍵、ちゃんとかけてましたよね?」


「えぇ。かけてありましたね」


「ここ、皇城ですよね?」


「そうですね。最近は来慣れたものですが」


「鍵、どうしたんです?」


「閣下からいただきました」


「閣下何してるんですかっ!?!?」


 予想外の裏切りに、起床直後だというのに思わず声を裏返らせてしまう。


「――ん。おはよう、イリ…………本当に来たんだ」

「ふぁ、おあよ…………に?」


 その大声にレティシアもサンドラも覚醒を促され――各々の反応を見せる。


 レティシアは、ゆっくり伸びをしながら泰然自若。欠伸に手を当てほわわと起き上がるサンドラは、気配を感じ取ったのか、慮外者の正体を的中させる。


「ほほ。おはようございます、レティシア殿、サンドラ殿」


「え、あ、おはよう、ニムレットさん」

「おはよう、に!」


 閣下に対するあれこれを消化しきれていないものの、そう挨拶してくれた二人に応じようと口を開きかけたイリスだったが、微笑を深めるニムレットに横から割り込まれてしまった。


「――さっきのは、私に向けられたおはようだったと思うのですが」


「ええ。そうでしたね。ですが、私はあくまで、自分から挨拶をしたつもりですよ?」


「〜〜っ!」


 顔色一つ崩さずにそう舌を回すニムレットに論破され、イリスは何も言えない。早とちりした自覚があった。――いや、でも、寝起きざまの思考で、この条件で、そう勘違いするのも仕方ないのでは? と思い直すことで調子を整え、「こほん」と咳払い。


「おはようございます、レティシアさん、サンドラさん」


 体を起こし、しっかりと至近距離の黒瞳と眼帯越しの双眸を見据え、時間差で挨拶を返す。


 そうして意図的に老神父を思考から排除し、「ふふ、楽しみですね、レティシアさん!」と眠気の残る顔に目を向けた。


「うん。夢の中でも、皆で旅行してたくらいだよ」


「えへへ、なら、期待しておいてください。帝国での時間は、夢の中の体験を遥かに上回るとお約束します」


「さもね、さもね! きょうが、たのしみ、なのっ!」


「その意気ですサンドラさん! 帝都旅行、めいっぱい楽しみましょう!」


「ええ、そうですね。では、案内役はお任せしましたよ?」


 背後、自然に会話に混ざる神父がノリノリで手を振っていた。


「なんであなたも付いてくるんですかっ!!」


 再び声を裏返らせるも、ニムレットは意味深に糸目を細めるばかり。


「おや、いけませんか?」


「ぅ……私一人では判断できないので、あとでフォレオスさんに自分で話を通してください」


「ほほ、ではそのように。――まぁ、冗談ですが」


 ほほほ、とこの神父は言うものの、それがどこまで本当かは定かでは無い。何を考えているのか分からない糸目、何が起きても――フォレオスとミネアの呼称など一部の例外を除いて常に絶えない微笑。


 神経を持たずに生まれてきた彼なら本気で帝都観光に着いてくる。そうした確信がイリスにはある。

 だが同時に、根回しの結果だけには定評のある彼ならイリスの望まない結果をもたらさないという信頼もあった。


 つまり、真意が本当に分からない。



「――人伝てに聞いていましたが、経過は良好のようですね」


 こうして揶揄うような微笑を消し去って急にこちらの求める物に話題を切り替えるところも、彼の不透明さの一因だった。


「……はい。実は、その事でお願いがあります」


「――聞きましょう」


 瞼が僅かに開き、真剣味を宿した灰色の瞳孔で、ニムレットが先を促す。

 その双眼に勇気をもらい、意を決して昨日取り決めたことを、伝える。


「サンドラさんの眼帯を外します。不測の事態があれば、私と一緒に対処してくれませんか?」

「では、外しますね」

「えぇ、お願いしまいえまだ段取りというものがっ!?!?」


 了承を素通りした突然の蛮行に対処が遅れ、イリスの静止の声も虚しくサンドラの眼帯に神父の手がかけられてしまう。

 万一の事もあるのに何をしているのか理解ができない。などとイリスが思う間も与えられず、事態は進んでいく。


 その行動力の瞬発さとは裏腹に、丁寧に、後ろで結んだ眼帯の結び目を解いていく――。


「心配せずとも大丈夫ですよ。――あの『純白の聖女』が数日付きっきりで癒したんです。恐れることは何も無い」


 言い切ったと同時、ひらりと眼帯が外れる。


 ――復元された桃色の瞳孔が、初めて光を取り込んだ。



 □ ■ □



 ――その光の灯った桃色の瞳を目にした時、レティシアは言葉を忘れた。


 寝る前、その瞬間を想像して、かけるべき言葉を、伝えるべき気持ちをじっくり考えていた。それが、綺麗さっぱりと消え去った。


「……さん、どら…………」


 二度と、戻らないと思っていた。二度と、映らないと思っていた。


「……れ?」


 二度と、その目が自分を見ることはないと思っていた。二度と、彼女が本当の意味で自分を認識することはないと思っていた。


「――っ、うん。そうだよ! 私はレティシア・パレット。あなたが、くれた名前なんだ!」


 何かが――何度も襲い来たことがあるのに未だ名前がわからない何かが、内側から荒波の如く思考を心を言葉を『侵色』する。

 既に消え去った考え抜いた言葉の残滓をも上書きし、レティシアは『侵色』された心に頭にあるものを、そのまま出力する。


 ――フォレオスの気持ちが少し分かったかもしれない。サンドラが生き返った時以上の衝撃は恐らく今後も無いだろうが、こうして親友と、目を見てまた会話ができる。それがどれだけの意味を持つのか、実際に体験してみるまで分からなかった。


「――――」


 サンドラからの返事はない。だが、焦りはない。不安もない。縋るような期待もない。


 ただ、時が来るのを待つだけ。その瞳が優しく細められ、太陽にも負けない笑顔が見えるまで。


「おはよう、れ、てぃし、あ!」



 ――――。



「きれい、だね――さ、は……れのくろ、すき、だよ!」


「――。――――」


 抱き締めた。ただひたすらに、強く、けれど優しく。


「だいじょうぶ、れ、だいじょうぶ……だよ」


 背中をさすってくれる。頭も撫でてくれている。どこで覚えてきたんだろう。――あぁ、まただ。


「私って……泣いてばっかだね…………っ」


「――それは、良い涙ですよ。どれだけ流しても、誰もあなたを悪く言いません」


 そう励ましてくれるイリスの声もまた、レティシアと同じように震えていた。


 溢れ出る奔流を受け入れ、身体から伝わる確かな熱を逃がさない。もう、手放さない。


 サンドラの肩の上、取り繕う機能を全部手放して、下ろした桃髪に親愛を込めて手を添える。



「おはようっ、サンドラ……っ!」



 □ ■ □



「ほほ。では、私はこれで」


 レティシアの涙が収まったのを見届けたニムレットは、今もなお互いの存在を確かめ合う二人に再び目を閉ざし、踵を返す。


 ――そこで、イリスはようやくニムレットの思惑に気付いた。


「……ニムレットさん、あなたは」

「それ以上は言わないお約束です。ともあれ、元気そうで良かった。時々、教会の方にも顔を出してくださいね」


 イリスの追及を遮ると、微笑を携えるニムレットがこちらを一瞥し、横を通り過ぎていく。


 脅しだ。イリスが従わなければ、被害はナフィリンの方に行ってしまう。


 ――イリスの逃げ道を断ち、有無を言わさず遠慮を相殺するその話術は、ニムレットのお家芸だった。


「……えぇ。もちろんです。時を見て、必ず伺いますから」


「重畳です」


 そうして和やかに微笑を深めると、ニムレットは扉の前で今一度向き直り、ほほ、と笑った。


「では、お元気で。お二人とも、イリスをよろしくお願いしますね」


「……もちろんだよ、ニムレットさん」

「に、まかせて!」


 イリスとしては複雑な、威勢のいい二つの声に、ニムレットの微笑はより一層深まった。



   □■□          □■□



 ニムレットが退室して。フォレオス達と今後について打ち合わせを行った後、皇帝の使いの者に呼び出された女性陣は彼らの先導の元、ある紅茶屋の一室に案内された。

 正面、退屈げに髪を弄る自身の手に目を落とす皇帝――ナフィリンが、レティシア達の来訪を察し、口を開いた。


「来たな。好きな所に座――待て、サンドラ、お前眼帯が……」


 椅子にふんぞり返って出迎えたナフィリンの目が、大きく見開かれる。揺れる赤と黄の双眸を桃色の瞳に映し、レティシアの隣、サンドラがニパっと花を咲かせた。


「な……おはよう! すごい…………かみ、きれいだね! かっこいい、よ!」


 初めて見るナフィリンの姿に、サンドラが目を輝かせている。


 ナフィリンの瞳孔がさらに揺らぎ――それを瞬きで平定。いつもの余裕の表情を浮かべ直し、著しい成長を見せるサンドラに、


「ははは! お前こそその瞳、透き通っていて綺麗だぞ。いつまでも眺めていられるくらいだ」


「ふふっ、な、ありがとね!」


「本心だ。礼を言われるまでもない。だが、まぁ、受け取っておくか」


 独り言のように呟かれた言葉尻に会話の一区切りを察し、レティシア達はそれぞれ席へと歩き、椅子に座った。


「――どうだ? 居心地いいだろう?」


「そうだね。何と言うか……落ち着く」


「同感だわ、レティちゃん。うんうん、いいお店ね!」


「ふふん、そうだろうそうだろう? なにせ、母上の私店だ。細部も抜かりない」


 得意げにそう胸を張るナフィリンから視線を外し、店内に目を向ける。


 自然を感じさせる暗い木材、ほのかに明かりを灯すシャンデリア、木目の揃った地面、点在する白色の石材。

 レティシアには建物関係がよく分からないが、それでも心の安らぎを覚える内装なのは確かだった。


「さ、すき!」


「よいぞ、サンドラ。中々見所があるではないか」


 サンドラの感想にははは、とご機嫌に笑うナフィリン。だがふと何かに気づいたように、ミネアの方に目だけを向けた。


「……母、上? 今、母上って言ったかしら?」


「ん? そうだが」


「母上って、確か前の皇帝だよね?」


「……合っていますよ、レティシアさん」


 記憶を引っ張り出して尋ねるレティシアに、イリスが同情の目を向けている。その真意を尋ねようとしたところで――、




「――待たせたな。『カフェ・ネルヴィス』特製のネルヴィスティーだ。温かいうちに飲ん――飽きた。適当に飲め」


 扉の奥から薄紫色の長髪をだらりと流した店員が、蒸気の揺らぐコップを人数分、持ってきた。

 ――のも束の間、一人一人渡す途中で店員らしからぬ言葉を残し、トレーを机にそっと置いた。そのまま気怠げな店員は扉の奥へと消えてしまった。



「…………え、っと? え、何だったのかしら? 今の」


「ははは! 面白いだろう? 我が母上、極度の面倒くさがりで飽き性なのだ」


 ミネアの戸惑いを示す声に皇帝は痛快に笑い飛ばしているが、全然笑い事じゃない。


「……同情します。レティシアさん、ミネアさん。私も最初、その反応でしたから」


 一つも理解できず、困惑を露わにする二人にイリスが苦虫の羽音を聞いたような顔をして立場を表明する。


 帝位を放棄したと聞いた時点で凡そ察しはついていたものの、実際に遭遇すると……なんだろう。情報処理が追いつかない。


「――店員はやめだ。ネルも混ぜろ」


 衝撃が抜けず、情報が解読されない間に、制服のまま再び店員――先代皇帝が奥から現れ、レティシアの真ん前で仁王立ちした。


「母上、お言葉だが娘の茶会に親が参加するというのはどうなのだ? 友達との肩の力を抜いた時間を密かに楽しみにしていたんだが、妾」


「飽きたものは仕方なかろう。欲したものも仕方なかろう。ネルも茶会がしたくなった。混ぜろ」


「……はぁ。との事だ。こうなっては母上も意見を変えん。父上がいないだけマシだろう。すまんが、我慢してくれ」


「菓子は妾が用意してこよう」とナフィリンが厨房へと足を進める入れ替わりで、ネルが椅子を用意し、ミネアの隣に割り込んだ。


「よし、では貴様ら。ネルを楽しませよ」


「…………イリス?」


「言い出したら聞かないんです……子供っぽいところがありまして……」


「おい、イリス。それはネルに対する侮辱か? いくら貴様でも見過――飽きた。許す」


「ほら、この通り。熱しやすく極端に冷めやすいんですよね……」


「つまり、大体の不敬は許してくれるのね?」


「いえ、ごく稀に『飽きるのに飽きた』と前言撤回してきますので。全てはネルヴィス上皇閣下の気分次第ですね」


「……自由すぎない?」


「それが、帝国の皇族ですので……」


 はぁ、と深くため息をつきながら、イリスが肩を落としている。

 このネルヴィスあってあのナフィリン。あるいは、ネルヴィスの自分本位な自由奔放さをみるに、ナフィリンは一部を反面教師にして真っ当に育った、と断ずるのが適切か。


 風というより天気のようなネルヴィスよりも、判断基準が変わらないナフィリンの方が付き合いやすかった。


「――あ、そうです!」


 そんな事を考えていると、突然イリスがパンと手を叩き、意気揚々と立ち上がった。彼女は目を輝かせながら、退屈そうに頬杖をつくネルヴィスに向き直り、


「閣下、覚悟してお聞きください」


「む。よく分からんが、楽しいことなら歓迎するぞ。許す、続けろ」


「是非に。――実はキノコは、食べられるんです」




 静寂が、辺りを支配した。ネルヴィスの顔も停滞していた。


「――ふははははっ!! イリスよ、なかなか面白い冗談を言うでは無いか!!」


 瞬時に、ネルヴィスが心底愉快そうに爆笑を始めた。


「ふひ、キノコが、食べられるだと!? ひひ、貴様、人間でもやめたか? そも、くふふ、仮に毒物が食べられたとて、ふはは、美味でなければ誰も食べぬであろう! あの見た目、あの毒性だ。キノコを食すなど、虫唾が走るわ」


「ふっふっふ……そう笑っていられるのも今のうちですよ」


「――待たせたな。ワゴンごと持ってきたぞ」


「丁度いいところに来ましたね、閣下!」


 本人の宣言通りワゴンごとお菓子を運んできたナフィリンに、イリスがぱぁっと破顔する。


 浮かれている様子で可愛らしくはしゃぐイリスが、「ミネアさん!」と声をかけた。


「任せて、イリちゃん! ――ナフィちゃん、ネルヴィス上皇閣下。これを、食べてちょうだい」


 そうして肩から下げたポーチに手を入れ、ミネアは水筒を取り出す。


 すかさずイリスがコップをカバンから取り出し、ミネアに差し出す。


「……おいイリス、何だ? これは」


「クリームシチューです!」


「いや、それは分かるが……」


 ナフィリンの困惑する声を受けてなお、イリスの得意げな顔はピクリともしなかった。


「いいではないか、我が娘。そんなに躊躇うのであればネルから行くぞ」


「は、母上……」


 対してネルヴィスは眼下、冷えてはいるものの見た目は普通のクリームシチューに口を寄せていた。


「――んむ、美味しいな。特にこの、なんだ? こりこり、とも違う。シャキシャキ、でもないな。ネルに新たな食材を食させたこと、褒めて遣わすぞ」


「……妾も」


 ネルヴィスの絶賛に抵抗が和らいだのか、次いでナフィリンが白色の海を一口。


「――イリス、これはお前が?」


「はい! 私が、王国で作りました!」


 自信満々にそう宣言するイリス。そういえば、数日前にイリスと一緒にキノコシチュー作りに挑戦していた。順調には事が運ばず、一波乱あったのだが、それはひとまず置いておく。


 ともあれ、これがあの時の産物と同じ材料で作られたものだとしたら――、


「母上の言う通りだ。この珍奇な食材が、庶民的な味わいのクリームシチューに一味足している。イリス、このぶにぶには何と言う?」

「キノコです!」

「ぶふっ!? ごほっ、がほっ……!」「イリス、解毒を。疾く、ネルに、治癒を!!」


 現皇帝と先代皇帝が威厳の欠片もない醜態を晒した。

 満面の笑みで爆弾発言を行った当のイリスはご満悦だ。


「ご安心ください。さっきも言ったではありませんか! ――キノコは、食べられるんですよ」


「――妾は、ごほ、聞いていないが」


「あれ、そうでしたっけ。すみません、盛り上がっちゃってて気付きませんでした」


 と話すイリスだが、そのニヤニヤしている顔からは反省の色が窺えない。この時レティシアは、イリスにキノコを教えたことを後悔した。


「どうです? 美味しかったでしょう?」


「む……それは、ネルも否定しないが……」

「ともあれ、生理的な嫌悪感が、なぁ……」


 美味しさへの言及はほどほどに、二人の不服は先祖代々伝わるキノコに対する本能的な拒絶感だった。


「まぁまぁ、そんなこと仰らずに。いずれ閣下たちもお分かりになりますよ」


「何をだ!?」


「もちろん――キノコの偉大さを、です」


 決まった、とばかりにレティシアに視線を送ってくるイリスに、苦笑いを返しておく。


「ナフィちゃん、ネルヴィス上皇閣下」


「ネルちゃんと呼べ。我が娘だけずるいぞ」


「ではネルちゃん。――食文化交流を、しないかしら?」


「……聞こう」


「いきなり全てというのは難しいから――まず、王国からは食用キノコを輸出します。帝国からは、お米を輸出してくれないかしら?」


 普段の親しみやすさを崩さずに交渉を始めたミネアが、レティシアに軽く片目を瞑る。レティシアも挑戦してみる。一瞬だけだが、上手くいった。


「ついでに、オムライスの作り方も教えてくれるとレティちゃんが嬉しいのだけど」


「許す。ナフィリン、後で手配しろ」

「いくら母上でも妾の言葉は奪わないでくれ……ミネア、お前の提案、受け入れよう」


 天気の移り変わりが唯一の心配要素だったが、お墨付きを貰えたようでレティシアも一安心。



 こうして、帝国と王国との文化の橋渡しは皇族二人の尊い犠牲をもって、成立した。



 □ ■ □



「――それにしても、王国人がこれほど温厚とはな」


「おい母上、口が過ぎるぞ」


「だってそうではないか。ただ防戦に徹していたに過ぎない帝国を三十年間も攻め続けた野蛮人とは似ても似つかぬ人間性よ。貴様らが王国人を騙る何者かである方がまだ頷ける」


 アフタヌーンティーを楽しんでいる中、紅茶に口を付けたネルヴィスがそう評する。レティシアにとっての「肉」のように、偏見が消え去ってくれたようだ。思わずふふ、と笑みが零れ――、




「――待って。あなた達だって、王国を攻めたでしょ?」


「いいや。攻めとらんよ? なぁ、我が娘?」


「……あぁ、母上。あれは民間過激派の仕業だと妾達は睨んでいる。少なくとも公的組織による物では無い。これは妾が保証しよう」


「本当ですよ。私もニムレットさんにそう伺いましたから」


 感じた違和感を指摘するも、反応は芳しくない。だが、違う。レティシアは、この違和感の正体を覚えている。


「でも、あの武器は明らかに帝国兵の物だったよ?」


「…………何?」


 ソファラ地区で起こったテロ。あの時テロリストが所持していた武器――剣は、戦場で見慣れた帝国製のものだった。


「それに――思い返すと、あの時も……」


「……聞かせろ、レティシア」


 さらに浮上する違和感の先を、ナフィリンが促す。うん、と頷き、


「一週間前の、最後の戦争の時、帝国の兵士の右腕から何かが発射されたんだ。弓以外の飛び道具って、帝国にある?」


「――――母上」

「ネルの時勢にはなかった。ナフィリンも同様であれば、そういう事だろう」


 顎に手をやり、目を細めて記憶を辿るネルヴィスの顔に、焦燥が滲む。


「レティシア、テロリストの話は確かだな?」


「うん。間違いない、と思う。私の見た人は皆持ってたから」


「……分かった。情報感謝する」


 レティシアの返答に首肯し、ナフィリンがゆっくりと席を立ち上がった。そうして飲みかけの紅茶を机に置いたまま、


「すまない、急用ができた故今日はここまでだ。また時間を取ろう。文を送って報せるため、くれぐれも確認を怠らないよう気をつけろ」


「うん、分かった」


「またね、ナフィちゃん! 今度はゆっくりお茶しましょう!」


「な、またね!」


「あぁ、またな、サンドラ、レティシア、ミネア!」


「――おい。ネルは放置か? まだまだ話し足りないぞ」


「――すまないが、暫く母上の相手をしてやってくれないか? なに、五分もすればすぐに飽きる」



「帝国の人って、皆こんな感じなの?」


「……皇族が特別なだけですよ」




 イリスの静かな嘆きからは、込められた諦観が直に伝わってきた。



2026/2/25加筆:地の文

修正前「ニムレットが退室して。皇帝の使いの者に呼び出されたレティシア一行は〜〜」

修正後「ニムレットが退室して。フォレオス達と今後について打ち合わせを行った後、皇帝の使いの者に呼び出された女性陣は〜〜」


提示するべき情報が不足していたので、修正しました。

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