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極相色彩のケイオスライン  作者: 路崎舞
断章『エピローグ』
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断章5話『王たるならば』

「――では、今回の会談はここまでとする。ザレン、来賓の案内を頼む」


「承知。では貴様ら、私に付いてきてください」


 和平条約に際して細かい擦り合わせを行い、煮詰まったところでナフィリンが首脳会議の閉幕を報せる。



 ――会談はとんとん拍子で進んでいった。片方が改善案を提案すれば、もう片方がそれに付随して新規案を提言、それを最初の片方が吟味した上での所感を述べ、賛同を表明する。こうした流れが主だった。


 このように三十分ほど、国家元首二人の独壇場が続き、条約と両国間の今後についての解像度がどんどん上げられていった。


 会談で決まった内容はザレンが書き留めており、後日王様と皇帝が直々に国民へと報せる手筈となった。



 締めの言葉の後に放たれた皇帝の指示にザレンが表情一つ変えずに頷き、フォレオスの前に立ち、先導し始める。


「ではまた明日だ、王国の者共よ。妾直々のもてなしを楽しみに寝るがいい!!」


 レティシアたちが扉に向かって歩き始めた折、皇帝の機嫌のいい声が背後からかけられる。

 ふとイリスを見ると、視線が合った。なんだか可笑しくてくすりと笑い合い、そのまま応接室を後にする――。






「……そうだ、フォレオス。お前は残ってくれ」


「む」


「――話したいことがある」


 直前、部屋を離れようと歩を進めるフォレオスに、ナフィリンから待ったがかかった。先ほどの声色とは異なる、真剣味を帯びた声がけに、フォレオスの表情が切り替わる。


「――分かった。ミネア、三人を頼む」


「任せて、フォレ君! じゃ、ザレさん、案内よろしくお願いしますね!」


「…………承知」


 ミネアの呼び方に一瞬硬直したザレンが、音も立てずに扉の外へと歩き始めた。フォレオスを残した一行がそれに続く――。



 □ ■ □



 レティシア達が離れ、応接室に残された二人。席に座らず近寄るフォレオスに、ナフィリンが視線を送る。


「して、フォレオスよ。ミネアの件だが、大々的に公言してしまって良かったのか? 蘇生魔法が凡人の目にどれほど魅力的に映るか、知らぬお前ではあるまい?」


「あぁ。ミネアとデートしたかったというのもあるが、これを機に不穏分子を炙り出そうと思ってな。世界の理が揺らいだぐらいでなりふり構わず強奪に走る奴輩は信用できない。それは余の理想とも反目する」


 豪華な椅子にふんぞり返るナフィリンを見据え、「それに」とフォレオスは更に続ける。


「真っ当な思考の持ち主であれば、蘇生魔法の恩恵に与るべく擦り寄ってくるだろう。最初は形だけでも、平和実現の理想に触れれば自ずと中身が生じてこよう。最終的に余の理念の理解者となってもらえれば、それでいい」


「……ふん。随分周到に考えているようだな。お前を愚王と称する愚者共は痛い目を見るに違いない」


「はは、気遣い感謝する。――正直、こんなやり方は余の本意ではない。余が追い求めるのは、手段に不純物を含まない平和の創造だからだ。しかし、理想と現実は違う。不可能を可能にするのに、一定の譲歩は必要だ」


 かつてのフォレオスは、その譲歩を理想の放棄――王国民や帝国民の犠牲に求めていた。結果的にフォレオスの大願は果たされたが、二度とその手は取らない。


 平和創造のためにフォレオスが用いる譲歩は、平和を享受するべき人々の中に平和を脅かす反乱分子が紛れ込んでいる残酷な現実を受け入れる事のみ。フォレオス以外の犠牲の上に成り立つ平和は虚像であり、持続しない。


 だからこそ、それより先の、理念に悖る譲歩を行う事は今後一切無いと固く誓える。


「道理だな。そこを弁えない理想主義者が殊の外に多い。その理屈を、奴らにも聞かせてやれればいいのだが」


「それでは意味がなかろう。自分自身で気付かなければ、無自覚に全てを明け渡す愚行に走りかねない。譲歩の線引きも含めて、自力で辿り着かねばな」


「……許せ、妾の失言だった。ともあれ、妾もお前の大言壮語は気に入った。何かあればいつでも報せろ」


「それは心強い。――そなたが治めるうちは帝国も安泰だろうな」


「は、それはお前もだ、フォレオス。お前は国民に懺悔しつつも許しを乞わず、行動で償うと豪語した。それを国民は信じ、再びお前を信任した。その重さ、妾が尋ねるまでもあるまい?」


「あぁ……痛いほど、感じているよ」


 思い出すのは数日前の演説だ。


 元々フォレオスは、あの日を境に退位するつもりだった。私欲のために命を握りつぶし、国民の人生を狂わせ、孤児から良き父を奪い、その孤児を使い捨ての駒として使用した。――国王の資格など、フォレオスにはない。


 だが、演説前日、ミネアとデートした時、こう叱られた。


『フォレ君、それはダメ。何の解決にも、けじめにもなってないわ。あなたにはまだ、平和を実現する力がある。それなのに、責任を口実に王位を退くのは、自己満足にしかならないと思うの』


『一度は諦めた届かない太陽に接近する。それが、あなたの為せる唯一の償い』


『あなたが救われるんじゃない。あなたが、国民を救うのよ』


 ――あの時のミネアの叱咤激励が、今のフォレオスを奮い立たせている。あの時の国民の怒りの声が、過去のフォレオスを責め立てている。あの時の国民投票の結果が、未来のフォレオスを国王たらしめる。


「――――」


 瞑目し、押し黙るフォレオスに、ナフィリンは静かに首肯する。


「だろうな。――グアトライウスの業は人の身に余る。お前の業もまた、一生では贖い切れないだけの犠牲を生んだ。だが、それでも、だからこそ、過去を抱えて死力を尽くして前へ進め。帝国の民が貴様を受け入れるとしたら、それしかない」


「もっとも、こんな事妾が言うまでもないだろうがな」と付け加えるナフィリンの一言一言を、()過せず受容する。原液をそのまま受け入れ、噛み締め、流し込む。

 心が焼ける。鼓動が止まる。その痛苦を、受け入れる。


「……」


 重く被さる瞼をゆっくりと持ち上げ、異色の双眼を見つめ返す。


「――叱咤激励の言葉、感謝する」


「なに、妾の所感を述べたまでだ。そも、演説に関してはイリスからの又聞きだ。そこの評価は妾の物では無い」


 そのように語るナフィリンだが、真偽の程は定かでは無い。それすらも、何かの建前であるかのように感じられた。



「……一つ、尋ねてよいか?」


 ――返事はない。それを肯定の証と受け取る。


「何故、余を憎まない? いや、違うな――何故、負の感情を余に向けない?」


「――――」


 自国の民が徒に命を散らす光景を、ずっと見てきたはずだ。それをもたらした者が、フォレオスであると知っているはずだ。王国がしてきた非道の数々を、この皇帝は身をもって実感しているはずだ。


 それなのに、皇帝は余裕の笑みを浮かべてフォレオス達を歓迎した。その態度は今も変わらない。

 ――フォレオスと相対し、はっきりと自分の立場と感情を表明したイリスの反応が正常だ。なのに、何故……。


「――なんだ、そんなことか」


 しかし、意を決して尋ねたフォレオスへの返答は、肩透かしを食らったと言わんばかりの小さな嘆息だった。


「いいか? 大前提として、妾は貴様を好ましく思っている。先王グアトライウスを屠り、自身の全てを費やし荒唐無稽な悲願を果たした。その類まれな実行力と研鑽、そしてそれを成した在り方に、妾は敬意を表する」


「――――」


「その上で、貴様が帝国に行った蛮行については正当に非難する。賠償金が支払えないのであれば、攻める手を止めて事実上の停戦という形に持ち込めばいい。だというのに貴様はそれをしなかった。それが全てだ」


「――当然だ。それが、道理というものだ。だが、ならなぜ……」


 フォレオスに笑顔を向けるのか。常に余裕の笑みを切らさずにいられるのか。失ったものは多く、奪われたものも数え切れない。それだけの喪失を経験して、どうして宿敵の前で笑っていられるのか。フォレオスには、自嘲しかできなかったのに……。


「――それは駄目だ、フォレオス」


「む」


 過去に沈みゆく意識が鋭い、しかし静謐な一喝に引き戻される。顔を上げると、皇帝から笑顔が消えていた。


「気が緩みすぎだ。お前には国王たる自覚が足りないと見える。親に教わらな……いや、すまない。アレが父親なら、お前の立ち居振る舞いはすべて独学なのだろう。で、あれば」


 と、そこで言葉を切り、ナフィリンがおもむろに立ち上がる。ずんずんと、呆然と立ち尽くすフォレオスへと足を進め――、



「虚勢を張れ。不安は抱えろ。罪悪感に臆するな。国を治めるのであれば、国王フォレオス・ソランデューとしての威厳を保ち続けろ。国民の幻想を壊してはならない。弱音を吐くのは……他者に不安を打ち明けるのは、無名のお前に寄り添う誰かだけにしろ」


 こつんと、優しい衝撃が腹部からフォレオスを貫く。

 

「――――は。…………二十も歳下の若者に、助言をもらうことになろうとはな」


「ふん。妾を誰と心得る。――まぁ、なんだ。諸悪の根源を絶ってくれた礼とでも思っておけ。故に、妾達は未だに対等な関係だ」


 フォレオスの、虚勢を張った軽口に、ナフィリンが上機嫌に口元を歪める。


「……さて、話を戻そう。妾がお前を呼び止めた本題だ。――『八守銭』の死、お前はどう見る?」


「軽はずみな暗殺ではあるまい。それにしては、犯行に及ぶタイミングがあまりにも出来すぎている」


「同感だ。内輪揉めか、はたまた反抗勢力による凶行か。どちらにせよ、首脳会談の阻止を目論む輩の犯行には違いあるまい」


「問題はその根本の動機と、今後の動向だな」


「ネヘランドミルでは他国の貨幣すら売買の対象、即ち通貨としては使えない。事前の準備無しに、間者を送り込むのは困難だろうな」


「――それだけを伝えに、余を引き止めた訳ではないのだろう?」


「無論だ。――今回の件、既に妾の手の者が調査を開始している。進展があれば、そちらにも共有しよう」


「……先程までの前提と矛盾しているが?」


「ふん、その程度の困難、覆せぬ妾と思うたか。出費は嵩んだが、上手いこと潜入に成功している。……余計な詮索はするなよ」


「無論。ともあれ、協力感謝する」


「よい。むしろ調査結果によっては、それ以降の成果はお前たち頼みだ。何せ、皇帝自ら他国に攻め込む訳にはいかないからな。自衛戦争でさえ、帝国民からの猛烈な反対を押し切れなかった。もどかしい日々だったよ」


 肩を竦め、やれやれとナフィリンが苦笑する。


 ――他意は無いと分かっていながらも、フォレオスは刹那の躊躇いの末、ナフィリンに軽く頭を下げる。

 そうしなければ、気がすまなかった。


「――すまない。謝っても仕方ないことではあるが、申し訳なかった」


「…………先も言ったはずだ。お前は自身の行動を以て、謝意を示せばいい。まぁ、言葉として謝罪があったのは素直に好印象だがな」



  □■□          □■□



 フォレオスとナフィリンの密談中。

 ザレンに連れられ、レティシア達は客室へと足を進めていた。


「それにしても、ザレさんって革靴なのに足音しないわね。どうやって歩いているのかしら?」


「この程度造作もありません」


「そ、そうなのね? すごいわ! じゃあ、お忍びで外出してもバレなそうね!」


「当然です」


「やっぱり! 羨ましいわぁ。私はまだ一人ならバレないけど、今のうちに隠密技術とか学んでおきたいのよね」


「好きに学んだら良いでしょう」


「そ、それもそうね! で、ザレさんは教えてくれないのかしら?」


「閣下の指示ではありませんので」


「そ、そうよね。立場上できないわよね! え、えーっと……」


「……」


 ――のだが、空気が重い。状況を打開しようとミネアが悪戦苦闘しているが、芳しくない。

 ニムレットをもたじろがせたミネア節が、ザレンには全く通用していない。まるで血の通わない機械であるかのように、粛々と職務をこなしている。


「イリス。ザレンさんっていつもこんな感じなの?」


「えぇ。私に対してもそうですので、お気になさらず。とはいえ……」

 

 と言葉を切り、イリスが眉を顰める。憂慮が窺える横顔を見て、レティシアも行動を起こすことに決めた。


「ザレンさんって、ナフィリンといつ出会ったの?」

「あ、レティシアさんそれは……!」


 口に出したと同時、イリスが慌てて口を挟むも、時は既に遅かった。抑止の声に感じた嫌な予感が的中したかのようにピタ、と足を止めたザレンが振り返り、無表情のまま口を開いた。


「閣下が十一の時に。当時、愚かにも驕り高ぶっていた私は、世に悪と言われるニンゲンを『治癒要らず』にすることを生き甲斐としていました。中には己を強者だと嘯く者もいましたが、口ほどにもありませんでした。どんな悪人も、最後には無様に命乞いをしていましたよ。ニンゲンの質を下げる愚物に「えっと、ザレさん……?」生きる価値は無い。故に私は、一度相対したニンゲンは例外無く殺します。ですが――あの日、あの方と出会いました。まだ皇女殿下であった閣下は、私が悪人に手を下す場面に遭遇し、守衛に通報するでもなく逃げるでもなく、私にこう問いかけたのです。『貴様は死を感じたことがあるか?』と。驚愕しました。今私は、年端もいかない「ザレさん? そろそろ歩きましょ?」小娘に挑発されたのか、と。考え足らずな私は、その者の実力を試そうと殴りかかりました。――腹部を容易く貫通する拳が躱され、跳躍した彼女に顔面を殴られたのも、至極当然の成り行きでしょう。……閣下はその拳に乗せて、私に気付きを与えてくれました。そうして、私は閣下に忠誠を誓うことにしたのです」


「う、うん……すごい、ね?」


 間髪入れる隙もなく暴走するザレンにレティシアは躊躇いながら返「えぇ。ですから閣下は偉大なのです。――いえ、それでは語弊がありますね。この世の賛辞全てが、今代の皇帝を讃えるためだけに存在するのです。――貴様も閣下の崇高さが分かるようですね。良いでしょう。特別に名前を覚えて差し上げます。名乗りなさい」


「…………レティシア・パレット。レティシアでいいよ」


「承知。ではレティシア、今後とも閣下の帝国を、何より閣下本人を、それぞれの立場で支えていきましょう」


「う、うん……?」


 戸惑い純度百の呟きを肯定と受け取ったのか、ザレンが顔色一つ変えないまま前へと歩き始める。


「…………ザレンさん、昔から閣下の事になると止まらないんですよ」


「うん……みたいだね……」


「わ、私もびっくりしちゃったわ……でも、それだけナフィちゃんの事が好きってことよね」


「それも語弊がありますね。好悪などという卑俗な尺度は用いていません。それと、聞こえています。小声でも、私の前では密談を控えた方がいいでしょう」


 先導するザレンから少し離れたところでひそひそやりとりするレティシア達にそう釘が刺される。ほとんど空気音での会話だったが故に、安心し切っていた。


「ごめんね、ザレン」


「結構です、レティシア。分かればよろしい」


 レティシアの謝罪にそう応じると、ザレンが再び立ち止まった。


「――こちらです。昨日と同じ場所ですので、今更言うまでもありませんが」


 促されるまま目を向けると、ザレンの言葉通り昨日も寝泊まりした客室の廊下に到着していた。


「ありがとう、ザレンさん」


「礼には及びません、レティシア。閣下の指示に従ったまで」


「うん。それでも、ありがとう」


「……イリス。これはどうすれば?」


「そのまま受け取ってあげてください。どういたしまして、と」


 イリスの助言に頷き、改めてザレンの足先がピシっとレティシアへと向けられる。


「どういたしまして」


「――うん」


 無機質な返答に、レティシアは笑って答える。そうして無音で立ち去るザレンを見送った後、ミネアが率先して、


「じゃあ、部屋に戻る前にフレ君のお見舞いに行きましょう! ……もちろん、お邪魔じゃないか確認してからね」


 と、休養中の秘書官のお見舞いを提案する。異論は無かった。



 □ ■ □



「――はい。どちら様でしょうか」


「イリスです。モーハルラントさん、今よろしいですか?」


「ええ。フレディ殿も、会いたがっておられました」


 モーハルラントの快い返事を合図に、レティシア一行は扉の先へと赴く。煌びやかな室内、豪華なベッドの上、モーハルラントに付き添われながら横になる茶髪の青年の姿があった。


「すみません……こういう時こそ、僕の出番だというのに……」


「いえ、気にしないでください。むしろ、こちらもお力になれず申し訳ありません」


「謝らないで、ください……できないものは、仕方ありませんから……」


 そうしてベッドに横になりながら項垂れるフレディは、先日の馬車酔いからまだ立ち直れていないようだった。イリスによると、馬車酔いは治癒の対象外なようで、フレディは古典的な方法――すなわち休息をとっている。

 それでも気休め程度の効果はあったとフレディは話していたが、目の前で苦しんでいる彼に何も出来ずに立ち尽くすイリスの手を、レティシアは優しく握る。


「レティシアさん……」


「大丈夫。顔色も良くなってきたし、すぐ治るよ」


「……ですね」


 そうしてイリスを励ます傍ら、ミネアがフレディの不甲斐ないと嘆く自嘲を見逃さなかった。


「フレ君はちゃんと活躍できていたよ。昨日も、夜遅くまでフォレ君と話し合ってたでしょう?」


「それは、まぁ……。それくらいしか、今の僕にはできませんからね……」


 ミネアの指摘通り、昨夜フレディはフォレオスと和平交渉の最終調整を行っていた。絶不調なのにも拘わらず、夜通しフォレオスと討議を続けていたらしい。


 フレディを役立たずとののしる者は、フレディ以外にいない。そんな、気が弱っているフレディは顔をこちらに傾けて、


「それで、会談の方はどうなりましたか?」


「和平条約は締結されたよ。自動無線機の共同研究に帝国も参加するのと、イリスの王都滞在が追加で決まった感じかな」


「そう……ですか…………今、何て?」


 レティシアが語ったその内容に口をぽかんと開けた。


「困惑しますよね。ですが、それがいつもの閣下ですので、そういうものと受け入れてください」


「ついでに言うと、フォレ君が現在ナフィちゃんと密談中! でも、悪いようにはならないと思うわ!」


 イリスの補足にミネアが更に付け加える中、フレディの表情が次第に諦観で染まっていった。


「はぁ…………分かりました。復帰後の仕事量が思いやられますが、今は置いておきましょう」


 観念したように嘆息し、フレディが額に手をやる。ナフィリンと同じ仕草だった。何となくまた真似してみようと思い、手を動かそうとしたところで、


「それで? ご要件は、それだけですか?」


 フレディが本題を探ってきた。


「うん。お見舞いに来ただけ」


「……そうですか。素直なお気持ち、ありがとうございます。明日には起き上がれそうなので、またよろしくお願いしますね」


「私の見立てでも同じです――御者歴は長いのですが、その知見からしてもここまで馬車酔いが長引く方は初めてです。とはいえ、経過を見るに明日には回復していましょう」


「そう。じゃあフレディ、ゆっくり休んでね」


「ありがとうございます……『侵色』様も、聖女様も、ミネア様も、良い夢が見られることを祈っています」


 弱々しくもはっきりと告げられた祈りの言葉に、レティシアは一瞬胸が締め付けられるも、すぐに温かいものが広がっていった。



 □ ■ □



 フレディの部屋を後にして。レティシア一行は新たな問題を抱えていた。


「誰か一人、余っちゃう……」


 昨日はフォレオスがフレディの部屋で和平交渉の最終調整をしていた関係で、ミネアとイリス、レティシアとサンドラの組み合わせで上手く分かれていた。

 しかし、職務が終わった今日はフレディも安静にさせたいというのがレティシア達の共通認識だった。


 自然、フォレオスとミネアが同部屋になるのは確定するのだが……そこで問題が発生した。


「気を使わなくて大丈夫ですよ。一人には、慣れていますので」


 と、一歩引くイリスが一人になってしまう。レティシアはサンドラのお世話をするので不可分。必然的にイリスが、一人部屋で一夜を過ごす第一にして唯一の候補となった。


「でも、イリちゃんだけ一人というのは寂しいわよね……」


 頼みの綱のミネアも、現在顎に手を当てて熟考中だ。「何か良いアイデアはないかしら……」と内部へ意識を深めていて、しばらく案は出そうにない。


 左手、手を握るサンドラを見る。


「れ?」


 視線を感じ取ったのか、サンドラが眼帯越しにレティシアの顔色を伺ってくれる。首を傾げ、「大丈夫?」と言いたげな口元を見て――ハッとする。


 右手、何も握っていない手のひらを見る。


 ――全てが繋がった。


「――――」


 改めてサンドラを見る。にーっと笑っていた。思うところは同じと判断し、イリスに向き直る。




「イリスも一緒に来る?」


「……はい?」


 レティシアの画期的な提案に、イリスの丸い目がさらにぱちくりと丸くなった。


「いえ、いえ、いえいえいえいえ何を、何を仰っているので!?」


「サンドラもいいって。むしろ来て欲しいって言ってるよ」


「い、いっしょに!」


 そうして手を差し伸べるサンドラは、聴覚情報からイリスの座標をざっくり特定したようだ。目覚ましい成長に、レティシアは元気に揺れる桃髪を撫でる。

 撫でてから、レティシアもイリスへと右手を差し出す。 


「そういうことでは……! そ、その…………レティシアさんは平気……なんですか?」


「? 何が?」


「何がって……その…………私と、一緒に寝るのが、ですよ……」


 もじもじと、掻き消えるような声量でイリスが顔を赤らめる。視線を外し、口をもごもごとさせている彼女に思わずくすりと笑ってしまいそうになり、「ふふ」とやはり我慢できなかった。


「イリスが何を気にしてるのか分からないけど、私は大丈夫だよ。――ううん、イリスと一緒に寝たいな」


「寝っ!?!?」


「ふふっ! いいんじゃない? イリちゃん。二人がこう言ってるんだから、恥ずかしがらなくてもいいと思うの」


「ミネアさんまで!?」


 そう援護してくれたミネアは、レティシアに軽く片目を瞑って指をご機嫌に振り始める。


「そもそも、二人にこだわる必要が無かったのよ。食事も人数分運んでくれるし、お風呂も時間をずらして入ればいいじゃない。女の子同士なんだし、気にする必要無いわ! ――ね? そう考えると、お友達の家で行うお泊まり会と、何も変わらないでしょう?」


「そ……それも…………そう、ですが…………」


 満面の笑みでそう詰め寄るミネアに、イリスの否定の言葉に揺らぎが生じる。


 ――最近学んだことだが、イリスは押しに弱い。反応から見るに、あともう一息だ。


 イリスの手を掴み、「ひぇぁ!?」と悲鳴を上げる彼女の動揺に揺れる青い双眸を、じーっと見つめる。


「私、イリスともっと話したいな」


「――。――――。〜〜〜〜っ、わ、かりました…………分かりましたから……! その純粋な目で訴えるのは、やめてください…………」


 いつかと同じ、消え入るような声で下を向くイリスの顔は、血の気が引いたフレディのそれと正反対だった。



次回、擬似お泊まり会突入!

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