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極相色彩のケイオスライン  作者: 路崎舞
断章『エピローグ』
28/41

断章3話『西方、帝都へ』

 馬車の旅は案外快適だった。ふかふかな座席は疲れを軽減してくれるし、窓からは移りゆく壮大な景色が一望できる。

 体をよじって背後の窓に目をやり、『侵色』対象としか見なせなかった大地を改めて見ると、緑に白、茶色に黄色と色鮮やかで一様でないことに気付いた。上を見ると、地上とは対照的に水色のみが広がっている。


「綺麗ですね」


「……そうだね」


 隣で同じように外を眺めているイリスの呟きを肯定する。


 以前のレティシアには分からなかった感覚だ。見ているだけでなんとなく心地いい。――きっとこれは、良い変化なのだろう。


「――どうかね、イーたん。余ら自慢のソランデュー王国は」


「……率直に言って、期待外れでした。過ごしやすいですし、目新しいものばかりで好奇心が刺激されます。隅々まで手が行き届いていて、人も温かい――もっと殺伐としているものと思っていました。あとその呼び方いい加減やめてください」


「うむ。誤解が解けたようで何よりだ。だが現状はグアトライウス以前の治世に回帰したに過ぎん。今後王国は更なる発展を遂げるので、存分に過ごしてもらって良いぞ、イーたん」


「あくまでサンドラさんが完治するまでです。私は帝国の聖女ですから、そちらに永住することは永遠に有り得ません。あとその悪寒が走る呼称はいい加減おやめください、ソランデュー国王陛下」


 そんな取り付く島もないイリスを見てなお、フォレオスは笑顔を崩さない。イリスのこうした反応も織り込み済みなのだろう。特に何を改めるでもなく、フォレオスは話の主導権をレティシアに渡した。


「ねぇ王様。帝都に着いたら私達は何をすればいい?」


「そうだな……。まず、夕方から夜にかけての到着が見込まれる。また、明日は会談関係で忙しくなるだろう。故に今日は各自宿で疲れを癒す、明日は会談に集中する。大方こんな感じだな」


 そこで一拍おき、フォレオスは身を乗り出して小声で続けた。


「その代わり、明後日は乗車する夜までの予定を空けてある――どうだ? そこで観光でもしないか?」


「賛成!! 賛成よフォレ君! 三人もそれでいいわよね?」


「ええ。私もなんだかんだ楽しませてもらいましたから、今度は皆さんをもてなしますよ」


「さ、たのしみっ! いく!」


「うん。私も、してみたいかも」


 神妙な面持ちで放たれたフォレオスの提案を皮切りに、車内の熱気が上昇していく。帝都訪問の楽しみが増え期待に胸が膨らむ中、一人その空気を吸えていない男がいた。


「……あのー、僕の意見は「じゃあ決まりね! そうと決まったら今日は眠くなるまで観光したい場所の視察をしましょ!」僕の意見は!?」


「――え? フレ君も賛成なんじゃないの?」


「いや、確かに賛成なんですが……なんですが……っ!」


 会話に入ろうと手を挙げたフレディだったが、既に了承したものと見なされており、釈然としていない様子で悔しそうにしていた。過程を飛ばして結果だけ手に入れてしまった現状に納得がいっていないようだ。


 そんな彼は乗車してから今もずっと目を瞑っている。てっきり寝ているものと思っていたのでレティシアは軽く驚いたが、フォレオスとミネアは当たり前のように受け入れていた。


「――ふふっ、冗談よ。フレ君はどう?」


「み、ミネア様……! はいっ、僕も賛成です! 王国の今後の為にも、他国観光は貴重な機会ですからね!」


 小悪魔的なミネアの言葉に目を輝かせた――恐らく閉じた瞼の奥はそうなっている――フレディ。彼の上擦った声が、フォレオスの提案が通った合図となった。


「――という事ですので、期待していてください。『純白の聖女』の名にかけて、帝国の良さを余すこと無く紹介してみせます!」


「うん、楽しみにしてるよ」


「さ、たのしみっ!」


 二人とのやり取りに思わず笑顔が零れる。笑顔を続けると頬が痛くなってしまうのだが、今はそんな事も気にならない。ただ、この時間がたまらなく嬉しい。


「コホン。ではここからは余が、今後の情報共有を行うぞ」


 と、咳払いしたフォレオスが話題と空気を変えた。真面目な顔に切り替え、先を続けようとするフォレオスにイリスが待ったをかける。


「――ですがフォレオスさん。会談の内容について、私達は既にあなたから聞いています。他に共有すべき情報があるのですか?」


「うむ。一点、余も予想外の事態が起こってな。計画は修正済みだが、その旨は話しておかねばなと思ったのだ」


 そう打ち明け、フォレオスが一度皆の顔を見渡した。そうした後、意を決して内容を告げる。


「此度の会談は帝国と王国の二国で行う事となった。仲裁役の第三者は不在故、失敗は許されない」


「あれ? ネヘランドミルも来るんじゃなかったの?」


 確か王様の話ではネヘランドミルが仲裁に入り、その場で三国同盟の話を切り出すとあったが。


「見送られたのだ。なんでも、『八守銭』の一人が何者かに暗殺され、とても外交に出向ける状況ではないそうだ。その為、今回は和平交渉と関係の再構築、それと三国首脳会談の話を皇帝に通すに留める」


「そう。……ただ人が死んだだけなのに、どうしてネヘランドミルは会談を見送ったのかな」


「……亡くなった御仁がいけなかっんです、『侵色』様。『八守銭』の一人が殺された――その事実だけで商業国家の存続が脅かされる。それほどの一大事という訳です」


 フレディの説明を聞き、レティシアは自分を強く戒めた。その死んだ人は誰かにとっての「サンドラ」なのだ。死とはそれほどまでに残酷なもの。失念しないようより強く意識しなくては。


「……うん、分かった。でも、『八守銭』は何? 初めて聞いたよ」


「ネヘランドミルを統治する八人よ、レティちゃん。ネヘランドミルでは全てがお金で決まるの。商業国家で最も富める八人、国家の全てを牛耳る権利と義務を負った大富豪の集まりが『八守銭』なの」


「――つまり、フレディが殺されるのと一緒?」


「勝手に殺さないでもらいたいんですが、概ねその認識で合ってますよ。内部からいつ刺されるかも分からない状況で、国外になんて目を向けられませんからね」


 ということらしい。確かに、国王の秘書官であるフレディが殺されちゃったら、次に狙われるのは国王か王妃ということになる。自分の命が狙われている状態で他国に赴くのは、下手人に無防備を晒すのと同義。国の中枢にいる人間にそんな危険は犯せない。


 ――ともあれ、フレディの犠牲のおかげでレティシアにもネヘランドミルがした選択の意味を理解できた。彼には今度お菓子でも買ってあげよう。


「自動無線機の件は承諾を報せる文書が届いている。――和平交渉の手札は過不足なく揃えた。これ以上予想外の事が起きなければ、順調に事も運ぶだろう」


「そうして頑張った後には美味しいものでも食べましょう! イリちゃん、何かいいお店知ってる?」


「任せてください! お腹いっぱい食べたいのであれば『月光レストラン』がお勧めです。単価も手頃で量も十分、味も担保されています。ティータイムでしたら『カフェ・ネルヴィス』…………いいえ、今のは忘れてください。それと少々値段は張りますが、『天界の庭』では絶品スイーツが堪能できるんですよ」


「まぁ! 聞いてるだけでお腹が空いてきちゃうわ! ところで気になったんだけど、『カフェ・ネルヴィス』って皇「それ以上は禁句です!」」 




 ――などと和気藹々と話に花を咲かせていると、いつの間にか日が落ちかけていた。


 話し疲れたのかサンドラが寝息を立て始めると、眠りを邪魔しないよう声量を下げ会話を継続した――のも束の間、最初にミネアが、次いでフォレオスが眠りにつき、車輪と蹄の音が鮮明に聞こえるようになる。その頃には日が落ち切っていて、窓の外はほとんど何も見えなくなっていた。


 穏やかな時間が過ぎていく。起きているのはレティシアとイリス、そして目を瞑っているフレディ。一定のリズムを刻む車輪の音に耳を預け、レティシアは緩慢に流れる瞬間瞬間を堪能していた。


「わ」


 その最中、大きめの揺れと同時に突然サンドラが膝に倒れてきた。意識外の衝撃でビックリして少し体が跳ねてしまったが、依然としてすやすやと寝息を立てるサンドラの横顔は平穏そのものだ。桃の髪の毛が肌に触れるこそばゆさを我慢しつつ、眼下命のある少女の頭を撫でる。


 本来ならあの時、テロリストと共に散っていた命だ。それが、こうしてレティシアの膝の上で穏やかに眠っている。――それを意識した途端に視界が曇り始めた。


「――――」


 この感覚には覚えがある。「涙」、ということだろう。今は視界を僅かに歪ませる程度で済んでいるが、経験則を踏まえるに決壊は一瞬だ。自分の意思で引っ込ませる事はできない。


 しかし今ここで泣いてしまえばイリスに心配をかけてしまいかねない。ならばどうすれば――



 と、そこまで考えてレティシアは思い至る。そして心の赴くままにそれを実行した。


「――ひゃっ! な、ななな、何してるんですかレティシアさん!!」


「サンドラが私の膝で横になったから、私もと思って」


「思って、じゃないです! そもそも理由になってませんから! あぁもう、早く、起きてくださいっ!」


「しー……皆起きちゃうよ」


「う…………それも……そう、ですね。すみませんでした」


 馬車に揺られ眠りの中を揺蕩っているサンドラ達を指差すと、お風呂の時ぐらい激しく取り乱していたイリスも落ち着きを取り戻した。


 正直どうしてイリスが取り乱したのかレティシアには理解できなかったが、それよりも頭の下から服越しに伝わる温かい感触が心地良い。ベッドとは系統が異なる柔らかさで、反発もレティシアの体質に適している。


 そうしてイリス枕を堪能していると涙がすーっと引いていく感覚を覚えた。と同時に頬の緩みを自覚したが、気にしない事にした。


「はぁ……仕方ありません。今回だけですからね?」


「ふふっ、ありがとう。じゃあ次はイリスが横になってね」


「そ、そういう意味ではありません! ……ありませんから」


 少しふざけてみたら予想通りの反応が帰ってきて満悦。声量は想定外だったが、すぐに消え入るような声に戻していたので起こしてはいないと思う。一瞬、フォレオスの肩に寄りかかっているミネアが僅かに震えた気がしたが、気の所為だ。


「――?」


 ふと、未知の感覚が頭部に発生した。髪越しに頭皮を撫で付けられ、ふんわりと気持ちがいい、心が何故か安らいでいく、そんな感覚。

 ――さっきサンドラにしていたのと同じ動作を、レティシアは受けている。頭を誰かに撫でてもらうのは、初めてだった。


「仕返しです。嫌と言っても、やめませんから」


「……仕返し――仕返しに、なってないよ……イリス……」


 優しく、髪をとかすように囁かれた。どうしてだろう。たったそれだけのことで、また目に水が溜まってきた。食い止めてくれる外部要因――ダメだ、期待できない。むしろイリスが頭を撫でる度に加速度的に「涙」が作られていく。


「…………っ」


 以前のような「涙」特有の嗚咽は出ない。だが、肩が小刻みに震え、息がつっかえ、小さく声を漏らしてしまう。静かに、水が流れていく。隠し通せない。


「…………」


 溢れ出る「涙」に釣られるように、未知の感情が増幅していく。ぐるぐる、ぐるぐると頭の中で反芻され、制御ができない。こうしている今も、イリスの頭を撫でる手は止まっていない。彼女に一撫でされる度に安堵が全身を駆け巡り、水の勢いが増していく。



 ――あの時、レティシアが「訓戒」に従っていれば。フレディを殺してしまっていたら。血を与えた時に「白」を『侵色』してしまっていたら。イリスはここにいない。親友にもなれずに終わっていた。


 そうした、紙一重の偶然と選択の積み重ねが今なのだ。サンドラは健やかに眠っていて、イリスは「白」のままレティシアを撫でていて、レティシアは感情を知った。「訓戒」より大切なものを知った。親友に気付いた。


 その事を実感すると、胸が温かい何かで満たされて熱くなる。増幅した未知の感情が「涙」に乗って外に溢れていく。自分ではどうしようもなかった。


「泣い、ちゃダメなのに……辛くないのに、泣いちゃ……」


 かつてニックに言われた事だ。辛い時くらい泣いていいんだ、と。涙は辛い時にしか流れないものではないのか。サンドラと再会した時は極小数の例外だと捉えていたが、こうも立て続けに涙してはその認識も妥当性に欠ける。


 どちらかと言うと、今のレティシアの感情は安心、安堵、幸せ。大切な人達と関わっていく中で学んだ概念であるそれらだと推定している。


 今、レティシアは満たされている。「訓戒」を盲信していたあの時とは違い、心の充足を感じている。だからこそ、泣く事でイリスに余計な心配をかけたくないのに。声が、震える。






「良いんです。良いんですよ。嬉しい時に泣いたって」


「……え?」


「涙は辛い心境を示すものに限定されません。感情が自分の心では抱えきれなくなった時に、流れるんです――そのおかげで、私もこうしてあなたと喜びを共有できているんですよ?」


「…………ぁ」


 感情を込めて囁かれた言葉に、頬に落ちた感情が浸透している水滴に、決壊する。抱えていたものが、押さえ込もうとしていた感情が、痙攣する喉を振動させていく。――レティシアは初めて、あらゆる未知を受け入れ全てを委ねた。


「良かったぁ……っ、皆、生きてて、良かったぁ……っ!」


 体裁を気にする余裕もなく、心の欲するままに声を上げる。そうして子供のように泣きじゃくるレティシアを、イリスは慈しみを込めて撫で続けた。


 ――正面、喜びを噛み締める二人に救われた王妃が

声を潜めてすすり泣いていた事を知る者は、国王と秘書官以外にいなかった。



 □ ■ □



「――ご就寝中失礼します。悪いことは言いません、後ろの壁際に横一列にお並びになってください」



 …………。


 耳に入ってきた情報を処理する。


 ……………………。


「――何ご」


 異常事態を悟り、反射的に飛び退こうとしかけたところで、レティシア枕ですやすや寝ているサンドラが視界に移り、踏み留まる。

 今は動けない。状況把握に努める。


 今の声はモーハルラントのものだ。彼の一声に他の人達もゆっくりと目を覚まし始める。


「んー、おはよぉ、フォレ君――」


「あぁ、おはよう。ミネア」


「モーハルラント様、理由をお尋ねしても?」


 緩慢な思考のまま、ミネアとフォレオスが見つめ合っている。サンドラはまだ微睡んでいて、イリスはこくん、こくんと頭を揺らしている。


 そんな中ただ一人、目を瞑りながら意識を保っていたフレディだけが、レティシアが告げようとした言葉を先取りした。その彼の言葉に、モーハルラントが息を整え――、


「この先、重力が変わります。怪我をしたくなければ進言にお従いください」


「じゅ、重力ですか……?」




「…………ん。――おはようございます、レティシアさん」


 モーハルラントの真意をフレディが探ろうとしたあたりで、イリスも目を覚ました。


「おはよう、イリス。早速だけど、壁際に立とう?」


「……え、何言ってるんです? 寝惚けて…………いえ、まさかもうそんな所まで?」


「何かご存知なのですか、聖女様」


「知ってるも何も、帝国と王国を隔てる関門の一つです! 馬車でここを通るのは私も初めてなので知識しか無いですが……帝都・王都間で乗客に特別な措置を求められる場所は、一つしかありません!」


「……待ってイリス。それってまさか」


「こ、こうかしら?」


「はい。ありがとうございます――では、舌を噛み切らぬよう」


「へ?」


 イリスに確認する暇もなく、事態は急変する――のを予期し、目覚めかけていたサンドラを抱えて後方の壁へと跳躍する。耳を澄まして状況把握に努めていると、馬車が急激に加速したかと思えば、ガタ、という衝撃音を合図に足が床から離れ背中が壁に押し付けられた。



「きゃぁぁぁぁぁ!! 縦、縦になってるぅぅぅぅ!!」「ミネア! 大丈夫、大丈夫だから! 余の手を掴んで!」「あばばばばばばばばばうぷ」「フレディさん!? い、今楽にして差し上げますから……!」「さ、こわい…………」「大丈夫だよ。ほら、私が守るから」「うん……」「せ、いじょさま……いいんです。ぼくはもう、いいんです」「フレディさんっ!? しっかり、気を確かに!! う、今行きま……くっ、体が張り付いて動けません!」「わぁぁぁぁぁぁ!? 登ってるぅ、壁登ってるぅ!  落ちる、落ちちゃうわぁぁっ!!」「落ち着いて、ミネア! モーハルラント殿を信じよう。彼も死ぬために駆け上がっているのでは無いはずだ」「イリス、あとどのくらいで終わりそう?」「三分です! それまで、何とか耐えてください……フレディさんっ!」

「フォ、フォレ君宙浮いてる! 浮いてるのっ!! ひゃぁぁ!! 車輪が……! さっきから車輪の音がしないよ!!」「ふむ、馬の体一つで車体を支えているというのか。感嘆に値するな」「言ってる場合ですか!!」



 ――三分後、馬車は見事断崖絶壁を登り切り、帝国領に足を踏み入れた。道中の予期せぬ出来事はこれぐらいで、フレディが気絶した以外の被害は無かった。


 こうして騒がしくも楽しい時間は一旦終わりを迎え、レティシア一行は大過なく目的地――帝都シャラドに到着した。



  □■□          □■□



「わぁ……ここが帝都……! 綺麗ねー!」


「変わらず壮観だな。いや、ソランデューとは別の方向で、という意味だが」


 とは、馬車を降り、関所を抜け門をくぐった直後に二人が漏らした感想だった。

 モーハルラントに暫しの別れを告げ正式に帝国へと入国。夜ながらも活気に溢れる光景に目を奪われていた。


 門を抜けた先、緩やかな坂道が水平線の先まで続いている。商店街だろうか。建築様式も色彩も多岐に渡る建築物が、道路の脇にずらーっと建ち並んでいる。夜も遅いのに明かりが灯っていて、商売文句がそこかしこから飛んでくる。


「夜半限定! 銅貨五枚でシャラド鶏卵が手に入る!」

「旅の方ー! ランゴルマージご当地土産、『ネルの威光』はいかがー?」

「『天界の庭』は日夜問わず営業中! 甘ぁいスイーツと染み渡る癒しを、あなたの心に届けます!」


 ――一言で表すなら、王都は華美、帝都は荘厳、だろうか。王国で過ごしている時には感じなかった圧のようなものを、ひしひしと感じる。


 なお、フレディは意識を取り戻したものの乗り物酔いが激しく馬車で休んでいる。イリス曰く、レティシア達が宿で就寝する頃には回復していると目されている。後で帝国の食べ物でも宿に届けてあげよう。


「れ、こわい……」


 と、そこでサンドラが震えている事に気付く。光の見えないサンドラにとって、聞いた事のない喧騒だけが情報源で不安で仕方ないのだろう。


 未知に怯えるのは自然だ。だからこそ、レティシアはサンドラの手を今一度握り直し、頭をぽんぽんする。


「大丈夫だよ、サンドラ。敵は私が切るから」


「国際問題になるから切ってはいかんぞレーたん!?」


 ――謎にフォレオスに止められてしまったことは解せないが、嘘偽りの無い本心である。サンドラだけに留まらない。ここにいる四人とフレディに悪意を持つ存在がいれば、この手で『侵色』する。


 失ってからでは遅い。かといって『侵色』してからでも遅い。その綱渡りの駆け引きを如何に乗り越えるか、それがレティシア・パレットの今後の課題だ。


「……陛下、お言葉ですがやはりその愛称は辞めてください。耳が気持ち悪くてフレディさんみたく酔ってしまいます」


「うむうむ、素直じゃない所も愛らしいなイーたんよ。どれ、今度ドレスでも贈呈しようか」


「いい考えね! でも、ドレスなら私も作れるから、ここは任せてフォレ君!」


 そうしてレティシアが内省している間にそのようなやり取りが交わされていた。イリスの訴えは、フォレオスには全く響いていないようだった。


「……私も何かおぞましい敬称を考えるべきでしょうか」


「あ、ドレス楽しみにしてますね、ミネアさん」と自然に付け加えつつ、顎に手を当て真剣に物思いにふけるイリス。だが、少なくともドレスの提案については満更でもないようだった。


「い、うれしいね!」


「違います! あ、いえ、ミネアさんではなくて陛下に対する否定ですからね?」


「愛いな」


「無傷っ!?」


「サンドラ、あれは『照れる』って言うんだよ」


「てれる……い、てれるの?」


「適当な事教えないでください……!」


 腰に手を当てこちらに詰め寄るイリスを「ごめんごめん」とやり過ごす。釈然としていない様子だったが、なんとか山場は越えたようだ。現に、赤くなっていた顔が段々元に戻っていっている。


「……あれ」


 などと話していると、正面に人影が見え始めた。


 夜中だというのに人の往来は少なくない。そんな中でもいやに目を引く人影だった。微動だにせず直立している背の高い人影。それが道の真ん中で佇んでいる。





「――おやおやこれはこれは、お久しぶりですね」


「あなたは……」


 その声には聞き覚えがあり、よく目を凝らして観察してみる。顔はここからでは暗くてよく見えないが、心の余裕が伝わる佇まい、清潔感溢れる高そうな服装。そして何よりここが帝国であることを踏まえると、レティシアにはあの人しか思い浮かばない。


「ただいま、ニムレットさん。――最近寝れていますか?」


「ほほ、流石イリス、痛い所を的確についてきますね。まぁ、老い先短い老骨の心労はひとまず置いておきましょう。それより――」


 と、自ら設定した優先順位に従い会話を中断、フォレオスらに体を向け一礼する老神父――ニムレットだ。


「ニムレットと申します。夜間の長旅お疲れ様でした。フォレオス殿、ミネア殿、此度は帝国にお越しいただきありがとうございます。閣下も、喜んでおいでですよ」


「おお、そなたがイーたんの養父か! お初にお目にかかる。ソランデュー王国第️二十四代国王、フォレオスという。以後、よろしく頼む」


「レティちゃんがお世話になりました。フォレオスの妻のミネアです。よろしくお願いします、ニムレットさん」



「…………そうですか。えぇ、よろしくお願いします」


 二人の自己紹介を聞いてから数秒、ニムレットの顔が笑顔のまま硬直していた。レティシアが気にならないだけで、二人が使う呼称は一般的では無いのかもしれない。


「――いや」


 ニムレットが動揺を隠せず、あのイリスが最大限の嫌悪を以て抗議するくらいだ。実情は一般的でないどころの話では無い可能性だってある。


 ――レティシアも、孤児院の皆以外から三百九十六と呼ばれたら、ちょっと悲しい。レティシアにはサンドラから貰った素敵な名前があるのに、それを無視して番号で呼ばれるのは嬉しくない。


 それと同じなのかもしれない。だとしたら、見過ごしちゃうのは良くない。

 隣を確認すると、イリスがニムレットに同情の視線を送っている。やはり、そうだ。


「王様。人の嫌がることはしちゃだめだよ?」


「うむ? そ、そうだな……余も、反省している。もう二度と、犠牲を容認すまい」


 見当違いの返答が返ってきたが、伝わっているだろう。もし次も同じ呼称でイリスを呼んだ時には、また指摘すればいい。


「積もる話もありましょうが、まずは皇城へとご案内します。客室を用意しておりますので、そちらで旅の疲れを癒してください」


「うむ。では、任せたぞ、ニムレット殿」


「はい、お任せください」









「ところで、イリスが何か粗相をしなかったでしょうか?」


「あぁ、特になかったぞ。むしろ余らはイーたんに救われたのだ」


「ほほ、そうですか。であれば、そうですね――『純白の聖女』ではなく『救国の聖女』に改めねばなりませんね」


「何を言っているんです!? ただでさえ今のも恥ずかしいんですからやめてくださいっ!!」


 割と本気の拒絶のようにレティシアには感じられたが、ニムレットの微笑は深まるばかりだった。





 ――本人の望みも虚しく、『純白の聖女』の異名の他に『救国』のイリス様という呼称が帝国中に浸透しているとイリス達が知るのは、その二日後の事だった。

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