現代IF①『トリプル・バレンタイン!』
※本編時空とは無関係の現代IF、その一幕です。
※三原色 (レティシア・イリス・サンドラ)はルームシェアしています。(三原色は比喩として用いています)
※髪色とか名前とかはそういうものとして受容されています。そういう設定です。現代IFなので。
※本編と微妙に生い立ちが異なる都合上、性格に若干の変化が生じているキャラも存在します。
※原則どのキャラも生存ルートを辿っています。
※以上、ご了承いただけますと幸いです。
「サンドラさん。折り入って頼みがあります」
サンドラがいつものようにソファーで寛ぎ、SNSで春コーデの情報収集に勤しんでいると、透き通った白髪を背中に流す少女――イリスがいつにもなく真剣な面持ちで背後から話しかけてきた。
「う、うん……どうしたの? リス」
ルームシェアする仲だというのに、今更改まった態度でそう切り出すイリスにサンドラは軽く驚いてしまう。
普段柔和な彼女がここまで言うのだ。冷蔵庫のキノコが無くなったくらい、本人にとってはさぞ重要度の高い依頼なのだろう。
そう思い、青い瞳でこちらを見つめるイリスの言葉に覚悟して耳を傾け――、
「私に、チョコレートの作り方を教えてください!」
「――――ふーん」
直後、サンドラの脳内を稲光が迸った。
「もっちろんいいよ〜! ちょーどアタシもレティーにも作る予定だったんだ〜っ!」
「ありがとうございます!」
お安い御用と胸を叩いて引き受けるサンドラに、イリスが安堵の表情を浮かべる。
「…………ふふーん。でさでさ」
しかし、サンドラは一度見つけた獲物を逃さない。企みが声に出ないよう、努めて平静を装い、いつもの調子で尋ねる。
「――リスってさ〜、好きな人いるの〜?」
「いませんよ。生憎と、色恋沙汰には興味が持てなくて」
「……ややっ」
クラスメイトから学んだコミュニケーションの必勝法が通用せず、衝撃を逃すために大袈裟に仰け反ってみる。そんなサンドラを見てイリスが苦笑し、
「残念ですが、私は聖職者です。そのくらいの話題では狼狽えませんよ」
「そっか〜。ま、考えてみればそーだよねっ」
イリスの補足にサンドラも素直に納得する。この手の話題はイリスに気を使わせるだけだと分かったので、今後は自粛しよう。
――だが、恋愛関連でないとなると、別の疑問が浮かんでくる。
「え、じゃあさ、何でこの時期にチョコレートを?」
なにせ、今日は二月九日。バレンタインデーがすぐそこまで迫っている。
高校入試を数週間後に控えてはいるものの、愛に生きる女の子が想いをチョコに乗せて意中の相手に送るこのイベントの影響力は健在だ。
むしろ、中学卒業前最後のチャンスということもあり、同級生女子の多くがチョコレートの準備をしているに違いない――と、サンドラは踏んでいる。
そんな時期に手作りチョコレートの指南を頼むのだから、サンドラの恋愛センサーの誤作動も仕方ないだろう。
「サンドラさんと同じですよ――レティシアさんに、日頃の感謝を伝えようかと」
――ちょっと魔が差してきた。
「うんうんなるほど、そういう口実で本命チョコを作ろうとしていると」
「ですから、恋愛対象として見ている人はいませんし、そういう意味合いもゼロですよ」
と、サンドラの茶々を軽く躱し、イリスは表情一つ崩さずそう言ってのける。流石『純白の聖女』、清廉潔白さに付け入る隙もない。学校で彼女の親衛隊ができる訳だ。
「……嘘はついてないみたいだね。アタシの恋愛センサーが活動を停止したよ」
「当然です。冗談は言うかもですが、聖女は嘘を吐きませんから」
そう豪語するイリスだが、彼女は正真正銘、本物の『聖女』様である。
サンドラ達が中学三年生に進級するタイミングで転校してきたイリスは、偉い神父さんの養子であり、信者(と学校の生徒)の尊敬を一身に背負う優等生。
転校生、それも三年生にも拘わらず、前期も後期も生徒会長に抜擢、さらに保健委員長も兼任しており、先生からの信任も厚い。
その聖女様が顔色変えずに言うのだから、イリスは本当に嘘を吐かないのだろう。サンドラもこれ以上は野暮だと切り替え、チョコの話題に視点を戻す。
「ま、アタシも似たようなもんだよ。友チョコ、去年もレティーに渡したんだよね〜」
「そうだったんですね! であれば、なおさら安心です! よろしくお願いしますね!」
因みにイリスがサンドラとレティシアのルームメイトに加わったのは、去年の十月頃だ。
サンドラもまさか高名な聖女様兼生徒会長兼保健委員長と一緒に生活することになろうとは思ってもみなかった。
しかし実際に生活を共にしていくうちに、あれで意外とポンコツな部分があったり、揶揄い甲斐のある性格だったり、キノコに異常な信頼を寄せていたりと、それまでのお堅いイメージとは異なり人間味に溢れていて関わりやすい人物であると認識が変化していった。
そうして自然とイリスから『聖女』のレッテルが剥がれ落ちていき、今では数少ない友達の一人として、サンドラはイリスをみなしている。
「あ、そーいえばリスはチョコ作った経験あるの?」
「お恥ずかしながら。……バレンタイン文化を知ったのも、ここ最近の話ですし」
「あー……お嬢様学校、それも宗教関係となると、知らなくてもおかしくない、か〜」
イリスの転校前の学校は名門中の名門私立女子校であり、シスターとしてのノウハウを学ぶことがメインだったと聞いている。色恋沙汰など以ての外であり、バレンタインデーに一度も触れてこなかったのにも頷ける。
「うんうんっ! ならアタシも教え甲斐があるってもんだよっ!! じゃあさじゃあさ、早速材料買いに行かない? レティーが帰ってくる前に、ぱぱっと片付けちゃお〜よっ!」
「ふふっ、ですね! 身支度は済ませてあるので私はこのまま行けますが……サンドラさんの方は、大丈夫ですか?」
「あ」
そう案じるイリスの視線を目で追い、自分の服装が視界に映る。完全にくつろぎスタイルだった。
スマホのカメラで内カメにしてみる。桃色の双眸周辺のビジュは良かったものの、自慢の長い桃髪が所々跳ねていた。
「ちょ、ちょっと待ってて……今、今支度してくるから……っ」
そうイリスに断りを入れ、サンドラはそそくさと自室に戻る。
――身支度を整えたサンドラがイリスに軽く謝るのは、その二十分後の事だった。
□ ■ □
「来ました来ましたショッピングモールっ!! コンビニもいいけど、やっぱチョコにはこだわりたいよね〜っ」
「なるほど……チョコにも、色々な種類があるんですね?」
巨大な建築物の前、そうはしゃぐサンドラの言葉に感心するように筆を走らせるイリス。デフォルメされた猫の描かれた手帳を片手に、熱心に耳を傾けている彼女に、サンドラは素直に感心する。
「そうだよっ! 主にダークチョコ、ビターチョコ、ミルクチョコ、ホワイトチョコの四種類に分けられるんだけど……ここまでは、リスも知ってるよね?」
「えぇ。……やはり、その先の分類もあるんですね」
「まぁ明確な名前が付いてる訳じゃないんだけどね〜。アタシが勝手に分けてるだけだから、そこは注意よろしくっ」
行事はとことん楽しむ派であるサンドラは、当然バレンタインデーにも真剣に取り組んできた。その一環としてチョコの比較・実験も行っており、更なるチョコの細分化はその成果の一部だ。
「詳しい内容はチョコを選ぶ時に話すね。だからまずは、中に入ろっ?」
「はいっ!」
イリスの透き通った返事を合図に、二人はショッピングモールの中へと足を進める――。
「――わぁ……!」
自動ドアの先、内装を見てイリスが感嘆の声を漏らした。心なしか、青色の瞳も好奇心でキラキラしているように見える。
「リスは初めてだっけ? ここに来るの」
「はい、普段お使いは近場で済ませていますから」
と話すイリスだが、実際彼女の話す通り、生活する上では近隣のスーパー等で事足りていた。
このショッピングモールはサンドラ達が住んでいる家から徒歩二十分ほど。決して近いとは言えない距離だった。
「そっか! なら、今日はめいっぱい楽しもうねっ!! 色んなお店見て回ろっ?」
「名案ですね! ではサンドラさん、エスコート、任せましたよ?」
サンドラの提案に悪戯っぽく手を差し出し、イリスが軽口を言う。冗句だと分かっているのに、彼女が醸し出す「らしさ」があまりにもリアルで、サンドラは舞踏会にでもワープしたような錯覚を覚える。所作、気品、どれをとっても一級品だった。
「――あははっ! コホンっ。……任されましたよ、『聖女』様」
心から笑い、声を低く調整――所謂イケボというものを意識し、サンドラも軽口で返しつつ差し出された手を取る。
――それにしても、イリスがこうした冗談を言うなんて知らなかった。ルームシェアだけでは知り得なかっただろうイリスの新たな一面を楽しみつつ、呼び方でちょっと揶揄ってみた。
予想通り、『聖女』様は頬を膨らませて抗議の眼差しをサンドラに向けてきた。
「もうっ、その名で呼ぶのはやめてくださいと言ったではありませんか! ね、『紅光』さん?」
「あっ、言ったね〜っ? ……ぷふっ」
「ふふ、あははっ」
どちらからともなく、耐え切れずに吹き出してしまう。そうしてしばらく笑いあってから、二人は手を離し、アイス屋さんへと足を進めた。
□ ■ □
「お待たせしゃっsたー! ご注文の桜アイスとキノコアイスっすー」
「は〜いっ、ありがとうございま〜すっ!」
やけにテンションの高い店員からアイスを受け取り、サンドラはサッとスマホを取り出す。
「はい、リスも笑って笑って〜っ」
「え、私も撮るんですか?」
「当然だよ〜。こういうのは思い出として、ちゃんと記録していかないとっ!」
それに、ルームメイトの中ではサンドラにしか写真担当が務まらない。というか、他二人は写真撮影に関心がない。
レティシアは無意味なものと捉えていて、イリスは自分の記憶に残るものをわざわざ撮らなくても……というスタンスである。
これはよくない。非常によくない。故に、サンドラは持ち前の女子力をフル活用して、映える写真を撮り続けるのだ。
「はい、チーズっ」
「にー……!」
「――うんっ、よく撮れてるね! ほら、リスも確認してみてっ!」
「は、はい……前々から思っていたんですが、サンドラさん、写真撮るの上手いですよね」
「そりゃ当然っ! 何てったって、アタシは写真部元部長だからねっ!」
今は引退しているが、現役時代はよく地域の賞を総嘗めしたものだ。その手腕たるや、桃髪を日に晒して鮮やかにシャッターを切る様子から、他校の生徒に『紅光』なんて異名で呼ばれ恐れられたほど。
少々照れ臭いが、発音も可愛いので、それなりには気に入っている。
「なーんて、喋ってる間に溶けちゃうね。ささ、食べよっ?」
「ですね。では、いただきます!」
「いただきま〜すっ」
お行儀よく各々手を合わせ、目の前にあるカップ型のアイスにスプーンを入れる。少し溶け始めていて、つるんとスムーズに掬うことができた。そのまま、桜色のアイスクリームを口に運ぶ。
「――ん!! おいひいっ!!」
――実は何度も食べた経験があり、美味しいことは分かり切っているのだが、それでも事実は事実、美味しいものは美味しい。美味しいと感じたならば、美味しいと声を上げなければアイスに失礼というものだ。
そうして桜味のアイスを堪能しているサンドラの傍ら、
「――んん、この食感もアリですね!」
キノコアイスなるものを口に入れて、イリスが目を輝かせている。
――ここのアイス屋がニッチなフレーバーにも力を入れていることは知っていたが、まさかキノコまで守備範囲だったとは。正直驚いた。
「キノコアイスがあるんなら、今後どんなフレーバーが登場しても驚かないよ……」
少なくともサンドラは、イリスと出会うまで、身の回りにこんなにもキノコがありふれているなんて気付きもしなかった。背後で何かの権力が働いていることさえ疑ってしまう。
そういえば、イリスは教会の『聖女』様なのだから、この場合の権力は教皇とかになるのか。
あるいは、『聖女』の趣味嗜好にお店側が合わせ、媚びを売っている可能性も考えられるが――、
(……邪推はよそう)
考えても益もない。レティシアに言わせれば、「無駄」だ。
「――――」
――昔のレティシアは、そんなことを言う子ではなかった。彼女とは小学校からの仲だが、レティシアが全てを拒絶し思考を放棄し始めたのは、小学三年生の頃だった。
「――ねぇ、リス」
自分でもビックリするような低い声が、自然と漏れ出る。重々しい雰囲気なんて似合わないな、と頭の中で自嘲しつつ、イリスのキョトンとした顔を見据える。
「はい……どうされました?」
「リスはさ――レティーのこと、どう思ってる?」
「レティシアさん、ですか……」
「初めて会った時は、底冷えする何かを感じました。まるで、見るもの全てに絶望しているような……何かを恐れているような……一種の防衛本能とさえ思える鋭い眼光に、思わずへたりこんでしまったのを覚えています」
「――――」
そう。九歳のある日、レティシアは突然豹変した。見るもの全てを鋭利な視線で突き刺すようになり、感情といった「人間らしさ」も消えてしまった。ゼロ百判断が主になり、その判断も外部の基準に準ずるものだ。
クラスメイトもレティシアの急変に恐怖し、次第に距離を置くようになった。
中学に上がるまではサンドラにさえも心を閉ざしていた。中学に上がってからも、サンドラはただレティシアの隣に居続けることしかできなかった。
と、そこまで振り返ったところで、「ですが」とイリスが言葉を続ける。
「――今は、友達……レティシアさんがどう思っているかは分かりませんが、少なくとも私はそう思っています」
――――。
「――そっか」
頬が自然と緩んだ。
「アタシも、あんたを友達だと思ってるよ、リス。きっと、レティーもそう。だから、ありがとね」
「……え?」
本心を、偽らざる本心を告げる。
その感謝に心当たりがないとばかりに困惑の色を露わにするイリスに、サンドラは弱く息を吐き、ゆっくりと、話す。
「レティーを、救ってくれたんでしょ? アタシじゃ、ダメだったから……悔しいけど、アタシじゃあの子の力になれなかったから…………だから――」
すぐそこまで涙が来ている。それを「……あはは」と急造の笑顔で強引に蒸発させ、声の震えを押さえつけながら、親友の恩人へと、しっかり伝える。
「ありがとう、イリス。レティーに――レティシアに、寄り添ってくれてっ」
「――――」
イリスの目が見開かれ、青の双眸が大きく揺れる。
「……お手を」
「え?」
「ごめんなさい……今、言葉が出そうになくて。なので、お手を」
「う、うん……わ」
訳も分からずイリスに促されるまま右手を差し出す――と、温かい感触が手の平から手の甲から伝わって来た。イリスの両手が、サンドラの手を優しく包み込んでいた。
「…………これが、私の気持ちです」
「――――うん、分かったよ、リス」
あぁ、やっぱり。
――彼女なら、親友を自立に導ける。そう、確信した。
□ ■ □
「――では、まずは手作りチョコのファーストステップを教えてしんぜよう」
「……聞かせてください」
お店巡りを終え、ようやく当初の目的に立ち返り、サンドラとイリスは百均ショップを訪れていた。目の前には色んな種類のキッチン用品がずらーっと並んでいて。
「最初にチョコレートの型を決めるべし! どんな形に仕上げるかによって、適切なチョコが変わってくるんだよっ」
これはサンドラの持論である。しかし、この持論の背後には六年以上の研鑽の月日(実際には一年につき一ヶ月くらい)が隠れている。それなりに信頼性のある結論だと、自負している。
「アタシのオススメは動物系かな〜。可愛いし、甘い系のチョコが適してるから、模範解答にはもってこいっ! ――もちろん、アタシレベルになると模範解答にもふた工夫入れるんだけどねっ」
たとえば、カラフルチョコスプレーを使って猫のヒゲを作ったり。たとえば、チョコペンで猫の顔の模様を描いてみたり。
ちょっと手間を加えるだけで、可愛さが倍増する。こうした工夫を、サンドラはあと二十個ほど手札として持っている。
「――では、こちらにします」
ふふんっ、とサンドラが得意げにしていると、そう言ったイリスが迷わずにある型を手に取った。
「うんうん、いいねっ! なんか、リスっぽいかも!」
「ありがとうございます。――レティシアさんは、気に入ってくれるでしょうか」
「絶対喜ぶよっ!! 長年レティーの親友やってるアタシが言うんだから間違いないってっ!」
「――ふふっ、それもそうですね」
是に於いて、手作りチョコ大作戦、ファーストステップは完遂した。故に、次の工程へと移る――。
□ ■ □
「でわでわ、セカンドステップ! 材料となるチョコを選ぶべしっ! うーん、まずは、さっき話した大まかな種類を考えよっか」
食品売り場に移り、次の工程――即ち、チョコ選択に着手する。まずは大きな範囲からと、イリスに働きかける。
「この型に適していそうなチョコレート……ミルクチョコかホワイトチョコ、でしょうか」
「おおっ! 流石リス、飲み込みが早いね!! その二択だと、レティーはあれで甘党だから、ホワイトチョコの方がいいかな〜」
「私もそう思います。それに、レティシアさんがよく飲んでいるクリームシチューに後味が似ていますからね」
「ナイス分析っ!」
イリスによる百点満点の分析に、サンドラはウィンクしながらサムズアップを送る。イリスも真似して片目を瞑り、親指を上に立てて返した。
「じゃあ、候補をホワイトチョコに絞って……っと」
視線を外し、チョコレートが横・縦並びになっている棚に目を向ける。
「このチョコはコクがあるけど甘さは控えめで、こっちのチョコはミルクが強めでコクが濃い目。で、あっちのチョコはストレートにまろやかなんだけど湯煎がシビアなんだよね〜」
ここに置いてあるチョコは、粗方分析済みだ。チョコの味の差異は主にカカオ濃度と油分の割合によって生じるのだが、イリスにはそこまで伝える必要はないだろう。
「リスが選んだ型を考えると……やっぱ甘さは押さえたいよね。あと、油分は多い方が良いかも。レティー、食事は五感で楽しむタイプだから」
「五感で楽しむ…………なるほど」
と、顎に手を置き何やら思案に耽り始めるイリスだったが、答えが出たのか一旦隅に追いやったのか、顔を上げ、ずらりと並ぶチョコを再び眺める。
「サンドラさんなら、どのチョコを使いますか?」
「アタシはね〜……このチョコとこのチョコ、それとこのチョコを混ぜ合わせるかな〜」
イリスの質問に、使用するチョコを一つ一つ指し示しながら斜め上の回答で応じる。聞かれた内容から意図的にズラしてみたのだが、当のイリスはこれまた感心しているようで――、
「混ぜる……盲点でした。確かに、一つに絞る必要はありませんよね」
と、興味深く頷いていた。素直で、超がつくほど真面目であるイリスには、通じないジョークがそれなりにある。より正確に言うなら、ツッコまれない。
あからさまに非常識な内容はともかく、こうした一理ある内容についてはツッコミよりも関心の比重が大きくなってしまう。これもその一つだと解釈し、サンドラはイリスの関心を満たす方針にシフトする。
「そうそうっ! 自作ドレッシングと同じ要領で試行錯誤は必要になるんだけど、満足のいく配分が掴めればオリジナルのチョコが作れるのっ。で、配分はアタシが教えられるから、リスは自由にチョコを選んでいいよっ!」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて……」
そうしてイリスは熟考の末、コクがあるけど甘さが控えめなチョコ、湯煎がシビアなチョコ、そしてミルク要素が強くて甘いチョコを手に取った。
「いいチョイスだよ、リスっ! 初めてのバレンタインとは思えない上達速度っ!」
「もう、褒めすぎですよ、サンドラさん。私はサンドラさんの意見を元に考えただけです。そのくらい、私でなくともできたでしょう」
「謙遜しすぎだって〜。アタシは判断材料を提供しただけ。決めたのはリス自身だよ。だから、ここは素直に受け入れときなってっ」
「……そ、そうですか? なら……ありがとう、ございます?」
「えっへへ〜っ」
半ば躊躇い気味に首を傾げるイリスに、心の赴くままに笑いかけた。
□■□ □■□
そうして帰路に着き無事帰宅した二人は、レティシアがまだ帰ってきていないのを確認し、キッチンに直行した。
「よ〜しっ! チョコOK、ボウルOK、ベラOK、リスの真心OKっ!!」
「ふふっ、サンドラさんのも忘れないでくださいね」
「もっちろんっ! アタシのもちゃーんと持参してるよっ」
――と、威勢よく火蓋が切られた手作りチョコ大作戦。序盤は順調に進み、湯煎も成功。配分もサンドラの分析通りに行い、完成が近づいていた――しかし。
「……え、ちょ、なに? リス、何してるの?」
「え? 何って、隠し味を入れているだけですが」
「隠し味……隠し味、ね〜…………隠し味……か〜……」
「サンドラさん? 何か私、変なことしちゃいましたか……?」
「うーん……変なことっていうか、一般的でないっていうか……」
「一般的でない――そう、ですか」
「ならば、私が広めなくてはなりませんね!」
「へ?」
「チョコレートにも、キノコは合うのだと。キノコは万能の食材なのだと!! 私が必ず、世界中の人々に知らしめて見せますっ!!」
サンドラがイリスに変な熱を入れてしまったことを後悔した時には、既に手遅れだった。
そのようにして決意を固めるイリスの言うキノコとは、クッキーにキノコを模したチョコを被せたお菓子ではなく、正真正銘菌類の方の、英語では"mushroom"と表記されるキノコの事である。
イリスはスライスされたキノコを、液状のチョコの真ん中にたこ焼きのように落としていった。
「………………ん〜、まぁ、リスがいいならいいけど――ごめん、レティー。アタシにはリスの熱意をくじけなかった」
口の中でここにはいないレティシアに謝り、サンドラは心の目を瞑る。もう、後には引けない。
最後まで、イリスのチョコ作りを支援すると覚悟を新たにし、余ったキノコを頬を落としながら食べるイリスに飾り付けをレクチャーするのだった。
□■□ □■□
「――うんうんっ! ちゃーんと固まってるね!」
――そしてバレンタイン当日。朝七時。自室のミニ冷蔵庫の中身を確認し、サンドラはほくそ笑む。
結果から言うと、イリスの初手作りチョコは(見た目と香りは)成功に終わった。サンドラは味見する勇気がなかったものの、イリス本人曰く「キノコは偉大です……!」とのことなので、味に関しても上手くいっていると儚い希望に縋りたい。
(ごめん――っ!)と再びレティシアに心の中で謝罪し、作ったチョコを包装し、鞄に入れ、リビングへと持っていく。
「……あ、サンドラさん! おはようございます」
「おはよ〜っ、リス! はい、例のアレだよ!」
元気よく挨拶した後、鞄に入っている袋をイリスに渡す。
「ありがとうございます! ……何だか少し緊張しますね…………」
「だよね〜、分かるっ。アタシも、未だに慣れないよ。――んーっとね、多分だけどさ、この不安はずっと味わうことになるんじゃないかなーって」
自分としては最善を尽くしたつもりだが、その自負は相手に喜んでもらえることを保証してくれない。どんな最高傑作でも、万人にプラスの価値を見出されることはない。その評価には、個人の主観が多分に含まれる。
レティシアの幼なじみで、レティシアの趣味嗜好の大半を熟知しているサンドラですら、彼女に送るチョコへの不安は絶えない。出会ってから十ヶ月ちょっと、ルームシェアをしてから四ヶ月ばかりのイリスであれば、尚更だろう。
軽減することはあっても、消えることは無い。そうした代物だと、サンドラは考える。
「――それにきっと、この不安は無くなっちゃいけないんじゃないかな」
「……どういうことでしょうか」
「不安を感じるのは、相手に気に入って欲しい、喜んで欲しいって思ってるからでしょ? この不安が消えちゃったら――それは、自己満足に成り下がっちゃうんじゃないかって」
贈り物の本懐は、相手に喜んでもらうことだ。どんなプレゼントでも、その本質からは外れていないだろう。
だが。自己満足となった贈り物はたちまち凶器に変貌する。相手への配慮を失い、自分視点のみで選択されたプレゼントを贈るのは、自身のエゴを相手に投げつける行為に他ならない。
「……そうですね。その通りです――ありがとうございます、サンドラさん。気持ちが楽になりました」
「にへへっ、どーいたしましてっ――とと」
そうこう話していると、階段を降りる音が聞こえてくる。
三人の中で最も早起きなのがイリスで、最も遅起きなのがサンドラだ。だが今日のような特別な日には、往々にしてサンドラとレティシアの順位は逆転する。
「……ん。おはよう。サンドラ、イリス」
だから、パジャマ姿で目を擦り、リビングに合流する黒瞳黒髪ロングの少女――レティシアが、今日のお寝坊チャンピョンだった。
「おはよ〜っ、レティー!」
「おはようございます! レティシアさん」
普段はレティシアも自室で身支度を整えてから一階に降りるのだが、こうした日は自分が最後という自覚があるのか、着替えなどは後回しにして部屋を後にしている。
――ここまでは、計画通りだ。
「レティシアさん、コーヒー飲みますか?」
「うん……お願い…………」
「任せてください!」
レティシアを開眼させるために、イリスが行動を開始した。インスタントコーヒーに砂糖を小さじ三杯入れ、かき混ぜる。コーヒーの香りがサンドラにまで届いてくる。
ソファーに座ったレティシアが、イリスが淹れたコーヒーに一口。
「――ん。美味しい」
「ふふっ、良かったです」
そうしてコーヒーを口に運ぶうちに、三人で会話するうちに、レティシアの目が徐々に開いていった。声からも睡魔の残滓が消え去り――頃合いだと、イリスとアイコンタクトを取る。
「――レティシアさん。これを、受け取ってくれませんか?」
「……うん」
意を決して発されたイリスの問いかけは、しかし特に何の疑いもなくすんなりと受け取ったレティシアによって肩透かしを食らった。ともあれ、目的は果たせた。あとは、結果を待つのみ。
「開けていい?」
「もちろんです。どうぞ」
断りを入れてから、レティシアが袋を開ける。
「え」
「友チョコ、というものです。これからも、よろしくお願いしますね。レティシアさん」
袋の中身を覗いたレティシアが、思わず声を漏らす。イリスの言葉を受けて袋から取り出し、机の上に置いた。
真っ白な、笑顔のウサギを模したチョコが、そこにあった。
「いいの?」
「誰のために作ったと思っているんですか。ゆっくりと、召し上がってください」
薄く微笑み、髪をかきあげるイリス。その二人を見守る中で、サンドラは体の内部から、恋バナを振る時とは質の異なる熱が湧き上がってくるのを感じた。
この感覚には覚えがある。レティシアと一緒にいる時。数日前、イリスの手を握った時。
サンドラはこの感覚を、「親愛」と名付けた。
「ありがとう、イリス。――じゃあ、私からも」
「――へ?」
意表を突かれたような間抜けな声が、イリスの口から漏れた。
――これも、計画通りだ。何故なら、
「多分、イリスもサンドラに教わったんだよね? 私も、そうだったんだ」
「……。…………。サンドラさん?」
「にへへ〜っ!」
と、ひとまず笑ってみる。
――イリスの性格上、バレンタインの存在を知ればチョコ作りを考えることは分かっていた。そして、頼む先がサンドラであるということも。――流石に、あれほど緊迫した雰囲気で依頼されるとは思ってもみなかったが。
順番で言えばレティシアの依頼が先だった。ので、イリスから話を持ちかけられる以前より、裏で色々と画策、準備、手回しに勤しんでいた。
こういった行事は、互いの仲を深めるのに適している。レティシアを救ったイリスには、是非ともレティシアの良き友達でいて欲しい。――一の親友の座を譲るつもりは毛頭ないが、二の親友くらいには最終的に座って欲しいと、サンドラは考えている。
(ふふ〜ん……名付けてっ、『以心伝心!? これって恋?……いやいや、友情だよ友情っ! 大作戦』!)
生い立ちも相まって、レティシアは行動指針を外的要因に一任してしまっている。最たる例がパレット養護施設の「訓戒」であり、次点にサンドラが来る。
サンドラはレティシアに半ば依存されていることを一度も苦に思ったことがない。むしろ、嬉しかった。
だが。その状態はレティシアの成長を阻害する。いつかレティシアにも、自分の意思で決断しなければならない時が必ず来る。その時にサンドラが……誰かが隣にいてあげられる保証は、ない。
だからこそ、レティシアは自立しなければならない。
「――ふ」
打算的な意味では、そうした理由で。レティシアの自立を促すために、レティシアとイリスの仲を深める。イリスならレティシアの判断の参考モデルにはなっても依存の対象とはならず、レティシアの健全な成長を手助けしてくれるという確信に基づいた動機だ。
そして心情的な意味では、単純に二人に仲良くなって欲しい。片やサンドラの親友、片やサンドラの友達、その二人にも仲良くして欲しいと思うのは自然なことだろう。
それに、交友関係を広げることはレティシアにとっても悪くない話のはずだ。少なくとも、それが出来ないサンドラからしてみれば、羨ましいと感じる思いもゼロとは言えない。
「まま、細かいことは気にしないで。ほら、リス。レティーお手製の友チョコ、溶けちゃうよっ?」
「そ、そうですね。えぇ。ありがとうございます、レティシアさん!」
「こちらこそだよ、イリス。中、見てみてよ」
「分かりました。――わぁ!」
袋の中身を見たイリスが歓声を上げる。その原因をサンドラは知っている――イリスが好きな猫、それを模したホワイトチョコだ。
カラフルチョコスプレーでヒゲを付け加えたり、チョコペンで模様を描いたりと、レティシアが悪戦苦闘していたのも今となってはいい思い出だ。
「ありがとうございますっ! か、可愛いです!」
「喜んでもらえて嬉しいよ」
「はーい、二人とも寄って寄って〜っ」
「ひぇ!?」「え?」
「はい、チーズっ」
感動の瞬間を、一枚の写真に収める。サンドラは入っていないが、この光景を残せただけで幸せだった。
「さ、サンドラさん! 撮るのであれば先に言ってください!!」
「ごめんごめ〜ん、手が滑っちゃってっ」
「そんな言い訳が通ると思いますか!」
「えっへへ〜」
とりあえず笑って誤魔化してみる。「はぁ」と大きなため息を吐いたイリスが視線を外したため、目論見は成功した。
「――はい、サンドラ」
「………………へ?」
――しかし、その後の展開は想定を遥かに超えるものだった。レティシアが、サンドラへと一つの袋を差し出している。今の流れから察するに――、
「もしかして……本命「まだそんな事言っているんですか? 私からも、『友チョコ』、です」」
動揺を隠すために軽口に走ったが、友チョコを強調するイリスによってシャットアウト。次いでイリスからも小さな袋を差し出される。
「…………ぅ」
「え、なんで潤んでるんです? いえいえ、まさか、本当に自分の分はないと、本気で思っていたんですか?」
「そ、そんなことは……ないけどさ? 想像していた渡され方を、こう、ぐーんと超えてきたっていうか……現実と想像は実感が違うっていうか……っ」
「私のは、ライオンのミルクチョコ。イリスのは?」
「ライオンっ!? 何でっ!?」
「私は……安直かもですけど、猫ちゃんですね。ホワイトチョコをブレンドして作りました」
「うぅ……弟子がっ……ちゃんとアタシの技術を活用してくれてる……っ!」
「……ところで、何でライオンなんですか?」
「学校で習ったんだけど、ライオンのオスって、自分の縄張りを護るのが仕事なんだって。だから、いつも私を護ってくれるサンドラにピッタリかなって思ったの」
「れ、レティー……っ!」
「あの……レティシアさん。サンドラさんは感極まってますけど、女の子にオスに似ていると言うのはデリカシー問題ですよ。ニムレットさんになりたいんですか?」
「……ごめん、サンドラ。さっきのは無かったことにして」
「ううん……っ! 絶対に忘れないよっ……レティーの気持ちが籠ったチョコ、大切に食べるね……!」
感極まり、目を擦りながら涙声でそう本心を吐露する。オスだろうが何だろうがどうでもいい。レティシアが、サンドラのためにチョコを作ってくれたということそれ自体が、堪らなく嬉しいのだ。
――たとえ毎年貰っていても、そこは変わらない。
「だから――はいっ」
「へ?」
涙を吹き、鞄の中から最後の一つを取り出す。今日何度目かの間抜けな声を聞き、チロっと舌を出す。
涙も感動も嘘偽りない。そして、それらとドヤ顔は共存する。
「え、なんで驚いてるの? いやいや、まさか、本当に自分の分はないと、本気で思ってたのっ?」
つい先程自分がかけられた言葉をそのまま引用する。
「――――」
嬉しさと感謝と羞恥と憤慨が入り交じった複雑な赤面で、イリスがプルプルと震えながら袋を手に取った。
□ ■ □
「んんん〜!!! おいっっひ〜〜っ!! レティー、上達したねっ!!」
「サンドラのおかげだよ。イリス、味はどう?」
「最高です! 特にこの猫ちゃんチョコ、可愛すぎて先ほどスインのアイコンにしちゃいました! 本当に、ありがとうございます!」
「こちらこそだよ、イリス。私もこの――兎? 気に入った」
「良かったです! ――ふふふっ、では、早速食べてみては?」
「それもそうだね。いただきま「ちょーっとスト〜ップっ!」ん、どうしたの、サンドラ」
「い、いやぁ……なんというか……レティー、香りはどう?」
「香り……ホワイトチョコの匂いと――キノコ? ……え?」
「はい」「あぁぁぁぁぁっっ!!!」
レティシアが真実を知らないまま口にするのを阻止するファインプレー――も束の間、イリスがレティシアの口の中にウサギチョコ(inスライスキノコ)を入れてしまい、サンドラも大声を上げてしまう。
人類にはまだ早いソレを咀嚼――フリーズ。レティシアの活動が停止した。
「ほらっ!! 言わんこっちゃないっ! 言ってないけどっ!」
「どうです? お味の程は」
「――――世界って、広いんだね」
そう答えるレティシアは、虚ろな目をしていた。
――その後、ウサギキノコチョコ(略してウサキノコ)はイリスが責任をもって完食――しようとしたもののレティシアが譲らず、結局レティシアが一つも残さず食べてしまった。
後の証言では、最初の二、三粒は世界が広かったが、それ以降はだんだん広さに慣れてきて、最後の二、三粒を食べた辺りで「たまになら、食べてもいいかも」と思い始めたと語られた。
チョコ自体の味はレティシアのお墨付きを貰った。その後しばらく、共有冷蔵庫には三日間隔でウサギ型のホワイトチョコ(inキノコとoutキノコ)が補充されるようになった。
本日もお読みいただきありがとうございます!
シリアスさんが休暇を取得した現代IF、いかがだったでしょうか。
第一章で枯れ果てていたほのぼの成分の補給所となれていたら幸いです。
今後も季節行事に乗っかって時たまお出ししたいなと考えています!(余裕とアイデアがあれば、ですが……)
なお、クリスマスは執筆済です✌️




