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極相色彩のケイオスライン  作者: 路崎舞
第一章『遡行する運命』
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第一章22話『再び伸ばした手』

 国王夫妻との再開から二時間後、不服ではあるが約束通りイリス達は王城前へと集まった。見れば、一つの大陸のように王国民がずらーっと王城を取り囲み、その時を今か今かと待ち侘びている。


「何が、始まるんでしょうね」


「フォレオスから聞いてないの?」


「? はい、時間と場所だけしか教えられていませんが……」


「――そう。なら、静かに見届けよう。自分を取り戻した、王様の覚悟を」


 そう話すレティシアの横顔は、日に照らされほんのりと明るかった。



 □ ■ □



「――皆、忙しい中余の招集に応じてもらったこと、感謝する」


 バルコニーにフォレオスが顔を出した途端、思い思いに会話を弾ませていた群衆が静まり返る。その様子を眺め、フォレオスは咳払い。バルコニーに身を乗り出し、自動無線機へ口を向ける。


「今日、余が皆に伝えたい事は二つある。余が犯した過ちと、余の理想についてだ」


「……過ち?」

「未だに終わらねぇ戦争のことか?」

「理想って、戴冠式の時に仰せになってた、あの?」


 フォレオスの予想だにしない発言に群衆がざわめく。その反応に顔が微かに強ばったフォレオスが、話を続ける。


「そして、これからする余の話を踏まえて、皆には国民投票をお願いする――余が、そなたらの今後を担う国王に相応しいかどうか」


「こ、国民投票だって!?」

「本当なら王国史上初だぞ!」

「お、俺は特に戦争以外に不満はねぇぞ……?」


 畳み掛けるような爆弾発言の連続に、群衆は困惑を禁じ得ない。慌てふためき、声を裏返し、驚愕をあらわにする。


「――周知の通り、余には二十年前、衰弱の末に夭折してしまった妻がいた」


「余は、妻の復活を切望した。その為なら全てを投げ打つ覚悟だった。当時の余にとって、崇高な信念も王族としての責務も高潔な良心も、愛する妻の反魂の為なら代価として支払えるものだった」


「故に余は禁忌を犯した。世界の理を超越するべく、余は、そなたら国民を裏切り、利用し、悲願の犠牲にした」


「度重なる戦争の度に、そなたらの顔から笑顔が失われていくのを余は先代国王グアトライウスの時分に見ていた。余が国王となったのは、そなたらの自然な笑顔を再び見たかったからだ。混じり気のない笑顔が充満する平和な世界を、誰もが望む理想郷を、この手で創り出したかったからだ。……そうしなければ、ならなかった」


「しかし、余はそれを捨てた――正確には、目を深く瞑ったのだ。心底軽蔑していた先代国王と同じ手段を用いた己を、笑顔の灯らないそなたらの顔を、見ようとしなかった。それに痛む良心をも封じ込めた」


「結果、妻は生き返った。ほとぼりが冷めてから、皆にも改めて紹介しようと思う」


「しかし、その過程で余はそなたらに不可逆の犠牲を出してしまった。余は、許されるべきでは無い大罪人だ。そなたらの国を背負う資格は、ない」


 フォレオスはそこで話を区切る。ここまでが、罪の話である。そう認識した群衆は、フォレトスの告白を受け、思い思いの反応を投げつけた。平たく言うと、正当な非難の意思表明だ。


「妻を、生き返らせた……? 国民の犠牲で……?」

「ふざ、けるな! 何が平和だ! 陛下ご自身が乱してんじゃねぇ!」

「そ、それよりミネア様が蘇られたと、おめでとうございます!」

「どうか、どうか! エリザベスも生き返らせてください! 王様だけが頼りなんです!!」

「あんたのせいで、私の娘が……許さない……許さないわ……」

「そうだ! 陛下は……いや、お前は国王に相応しくねぇ! 俺たちのソランデューを返せっ!」

「結局グアトライウスと同じじゃんか……暴君の子もまた暴君、あの家系に国を委ねる限り、僕達に安寧はない」


 国王に対して不敬と、そう告発されても不思議では無い暴言の数々が大気を無秩序に飛び交う。だが、当の国王はその反応を受けて瞑目し、頷き許容した。


「そなたらの意見、甘んじて受け入れよう。そなたらの信頼を裏切った余には、その義務がある。本当に、申し訳なかった……」


「どの口がいうんだ、この独裁者っ!」

「信頼……? 最初から、権力に溺れる為の言い訳だったんじゃないの?」

「私利私欲の為に、俺たちを利用したんだろ……? 許せるハズがねぇだろ、クソったれ」

「謝罪で済むなら衛兵は要らねぇだろ」

「スカした顔してないで、もっと苦しんだらどうですー? 俺たち、陛下のせいで不幸のどん底なんですがー」


 遠慮のない糾弾の声が、辺りを木霊する。最初は特に国王へ反感を抱いていなかった者も、非難の度合いが反響し、増幅していくうちに、遂には糾弾の嵐の一部となった。








「――だが、その上で、今一度宣言する。余は、永遠に続く世界平和を実現する」



「………………は?」


 群衆の総意だった――いや、その一部、イリスやレティシア、ニックやヴァイン、王室で自動無線機越しに演説に傾聴しているミネアといった、フォレオスを知る者を除く群衆の総意だった。


「余の自我が確立し、ミネアが倒れるまでの十五年間、そのほとんどの時間を信念の為に費やした――余には、まだ人を救える力がある」


「だから、無理を承知してお願いする。余の信念を、余の十五年間を、今一度信じてはくれまいか? 余のことはどう思ってもらっても構わない。むしろ恨んでくれた方が余も救われる」


「だが、余の理想――誰もが笑って過ごせる平和な世界。これを、余であれば実現できるという事は、皆に確信してもらいたい」


「無論、夢物語であるのは承知の上だ。人間である以上、感情がある。個性がある。立場がある。思惑がある。私欲がある。争いの種は、常にそこかしこに埋まっている」


「だが、こうも思うのだ。互いを信頼し合い、助け合い、想い合い、協力し、共有し、共に逆境を乗り越えられるのも、それらがある人間だからこそである、と。故に、視点を変え、手立てを変えれば、理想郷は現実のものとなる」


「その為には、余の力だけでは足りない。皆が、理想郷の為に協力し合わねばならぬのだ。何故なら、理想郷の土台を創ったところでそこに住むのはそなたら自身、理想郷を楽園にするのも地獄にするのもそなたら自身なのだ」


「だから、どうか余の理想に賛同して欲しい。そなたら一人一人の心の結集が、机上の空論を現実のものとするのだ。そなたらの力が、必要だ」


「全てをここで話すことはできないが、一つ明かせるものもある――ネヘランドミル、南の商業大国の提案を呑もうと思う」


 その発言は、あらゆる人に激震を走らせた。商業大国の提案――それは、王国民のみならず世界中に知られている。

 自動無線機の共同研究。これまで百年間、製造法と動力源以外のあらゆるものが未解明となっている自動無線機の恩恵を、王国民は常に受け続けてきた。その、未解明であるが故の利点を、この国王は手放そうとしているのだ。


「は、はぁぁ!?」

「乱心なされたか、王よ!」

「そんなことをすれば、ソランデューはすぐに侵略されてしまう……!」

「結局金のためなら手段を選ばねぇってのか! チッ、どこまで腐ってやがるッ!」

「そもそも世界平和だって? 一番縁遠い人間が、それを言うのか!?」

「理想は理想、実現できるわけないじゃん。それよりエリックを助けてよ。この前の戦争で、お前に忠誠を誓って意識が戻らないんだよ?」

「暴君、それも幼稚極まりない低脳とは。呆れ果てて物も言えません」


 当然、群衆の反応も抗議一点に絞られる。他国に強みの所以を自ら共有する――正気の沙汰では無い。だが、その道理は当然のように王も弁えている。ならば、何故か。何故、そんな愚行を犯すのか。


「その対価としてネヘランドミルには、金銭面で王国の後見人となってもらう――西の帝国、東の王国、南の商業大国。世界三大国家に数えられる三国で対等な同盟を組む。条項は三つ。不戦の契りと、国際交流、それと世界平和のための協働だ。手始めに、帝国との戦争を終結させる。それも王国に不利益のない形で、だ」


 再び、国民に激震が走った。これまで一度たりとも、王国が他国と同盟を組んで来なかったからだ。

 周辺国を属国にしたのも、同盟ではなく相手側が強大な大国の庇護を求めて自ら言い寄ってきたか、過去の王国が攻め落とすギリギリのところで見逃した――あるいはグアトライウスの治世下での侵略戦争で軍門に下した形だ。

 誇り高き王国は、これまで他の国の力を借りず、自力で版図を拡大してきた。――その歴史が、伝統が、崩壊する。


「現状提示できる施策は以上となる。後は、そなたらの判断に委ねる。期間は二日、緊急を要する事案の為、短く設定している。そなたらの忌憚のない意見を、国民投票を通して教えて欲しい」


 そう言い残し、国王はバルコニーから姿を消す。その場に残された群衆の反感は頂点を優に超えていた。


「ふざ、けるな! 独裁者め!」

「孤高の王国を汚す売国奴が、俺らの王国を返せ!」

「暴君の子もまた暴君……国王たる資格はあれにはない」

「お待ちを……ベス、ベスをどうか……私の命はどうでもいいの! だからお助けを……!」

「……王政は腐敗しか生まない。少なくとも、あの一族には王国は任せられないな」

「自分の理想を俺らに押し付けるなよ。無理なものは無理、誰が泥船に乗るもんか」

「そ、そんなに言わなくてもいいんじゃ「それはお前が被害を受けてねぇから言えんだよ! 部外者は黙ってろ!」」


 悪感情で埋め尽くされる空間に、イリスは居心地の悪さを感じていた。歯止めが効かない罵詈雑言は、次第に過激化していく。異を唱える声があろうものなら、同調圧力に黙殺される。

 そんな空気が、罪を悔い、受け入れ背負い、それでもなお人に尽くそうと心を入れ替えた者へ向けられる悪意が、イリスには耐えられなかった。


「あ、あの……」






「――な、なぁ、信じてみても、いいんじゃないか?」


 イリスが言葉を紡ぐ直前、不意に静かに空気を震わせたその一声が、好き放題ざわめく群衆を黙らせた。

 群衆の中、一人だけおずおずと挙手して注目を浴び、そう投げかけるのは、瞳を絶望で染め、全身から陰気が漂う茶髪の青年だった。真っ向から反対意見を述べた生気の無い異端者に、群衆の鋭い眼光が向けられる。


「あ? っんだ? お前」

「極悪非道の暴君の肩を持つってのか?」

「非国民……あなたのような存在が、私から夫を奪うのです……」


 当然のように槍玉にあげられ、青年は敵愾心の集中砲火を浴びる。


 だが、誰も彼の言葉を遮ることはできなかった。皆、不安なのだ。時間を追う毎に倍加していく不安を解消してくれる可能性が少しでもあるのなら、それに縋るしかなかった。そう期待させるだけのオーラが、青年にはあった。


「考えてもみてくれ。税率を大幅に下げて固定し、国民それぞれの暮らし向きを汲んで個別に対応する制度が敷かれたのはいつからだ?」


「それは――フォレオスの、代から?」


「街路が整備され、旅行しやすくなったのは誰のおかげだ?」


「フォレオスの……おかげ……。人間には心置き無く楽しめる娯楽が必要、そう仰られてた」


「農業に力を入れ、貧困層にも食を行き渡らせたのは誰の手腕だ!?」


「フォレオスだ……兵士経由で、子供にパンを配ってくれた……!」


「――先代グアトライウスの圧政を覆し、我々国民の暮らし向きの改善を図った賢王の名は何だ!」


「フォレオス……フォレオス国王陛下……!」


「フォレオス無くして、我々の今があると思うか!」


「…………思わない。だって、あの時よりは、だいぶマシになった。兵士に子供を拐われることも、なくなったから」


 その淀んだ雰囲気からは想像もできないような声量で、青年が敵愾心の集合体へと必死に語りかける。その甲斐もあり、群衆の風向きが、変わった。


「僕はかつて、王国の衛兵でした。しかし、過失により先日、職を失いました」


「――失職だけで、済んだんです。それどころか、今後の生活の支援まで、陛下は手配してくださった。これが先代であれば、問答無用で小指から切り落としていく様を大衆の面前に晒していた事でしょう。当代国王の治世下では、騎士や兵士、無垢な子供の命が戯れに弄ばれることも無くなった」


「――確かに、彼の王は一時期乱心し、我々国民を裏切ったのかもしれません。しかしその一方で、王妃殿下の蘇生に関与しない社会福祉には手を尽くされていた! それも、暮らし向きが向上していく実感を我々に抱かせながら、です!」


 群衆の総意は、既に反転していた。青年の、熱く語るその姿に、目を、耳を、心を奪われていた。


「それを、あのグアトライウスの悪政を我々が満足する形で改善した陛下を、それ程の腕を持つ人間の宣言を……どうして絵空事などと笑える!? あの王は本気だ。本気で、世界平和を実現しようとしている」


「その為に、我々の力が必要なのだそうだ――過去は、変えられない。国王が我々の心に癒えない傷を、耐え難い喪失を刻み込んだのも事実です」


「――だが、人間の未来は変わる。変えられる。自らの過ちを、過去を悔い改め、初心に帰り一筋の未来を掴もうとする人間を否定できる者はいるか!?」


 ――返事は無かった。


「いないでしょう何故なら! ……我々も、人間だからだ」


 そう、熱を増していった演説に影を落とした勇気ある青年の主張は、人々に気付きを与える。国王も、自分と同じ人間なのだと。一度たりとも過ちを犯さない人間など存在しないと。人間は、事の大小こそあれど、過ちを乗り越えていくものなのだと。


「僕は国王の過去を肯定するつもりは毛頭ありません。同情の余地はあれど、酌量の余地はないと、そう思っています。しかし、今後の国王陛下を――改めて国民に尽くすと、崇高な信念を実現すると、そう宣誓したフォレオス・ソランデューを、僕は信じたい――皆は、どうだろうか」


「いや、どうって、言われても……「――信じたい」……は?」

「信じる……協力、団結するんだ……! 平和の為に!」


「「「平和の為に!」」」


「……それでも、私の娘は帰ってこない…………あの王は、私から全てを奪った。平和だとかほざくなら、娘を返してからにしてよ……っ!」


 心に焚き火をくべられた群衆――いや、王国民が心を一つにして唱和する。今後の国王への念が強まる中、その熱に乗れない者も当然存在した。直接的な被害を被った彼らに対し、元兵士の青年は優しく語りかける。


「ええ、そうですね。失われたモノは取り戻せない。刻まれた悲しみは消えてなくならない。時にそれは、未来と天秤にかけても揺らがない重さを持つのでしょう」


「……そう、そうよ。未来なんてどうでもいい。私はただ、娘が生きてさえすれば、それで良かったの……」


「そう、ですよね。そうなのです。人によって、今の話を受け入れる土壌が違います。僕のように国王の未来に期待する者もいれば、あなた方のように在りし日に思いを馳せる者もいる――両者とも、それで良いのです」


「ぇ……」


「人間なのですから、意見が完全に一致するはずもないでしょう。大事なのは、その違いを尊重することです。間違っても、自分を押し付けてはなりません。各々の立場で、国民投票に臨めばよいのです」


 そう締め括り、青年は口を閉じる。途端に群衆から歓声が巻き起こり、青年を取り囲んだ。そして賞賛の嵐の中胴上げが始まり、イリスとレティシアはその場から逃げるように離れた。



 □ ■ □



「よぅ、お前ら。三日ぶりだな」


 フォレオスの演説が終わり、レティシアがイリスと共に帰路についていると、ふと前方から聞き覚えのある声が聞こえた。見ると、金髪の騎士がこちらに手を振り近付いてきていた。


「ニックさん」


「三日ぶりですね、ニックさん。レティシアさんから軽く顛末は聞いています。あの時は、助かりました」


「それはこっちのセリフだろ、聖女ちゃん。俺はあんたのおかげで死なずに済んだんだぜ?」


「……聖女ちゃん……よかった、まともですね」


 イリスはニックが話した内容よりもその呼び名に意識が向いたようだ。何かに納得した様子胸を撫で下ろしている。その周囲を置いてけぼりにした反応に、ニックは怪訝そうな顔をして、


「……どした? 聖女ちゃん。何か気になることでもあったか?」


「あ、いえ! 私のことはお構いなく……」


「イリスは時々こうなるんだよ。そういうものとして捉えて」


「あ、あぁ、分かった」


 そうしてレティシアは語気が弱まっていくイリスに助け舟を出す。しかし当のイリスは何故かこちらをじとーっとした目で凝視し始めた。レティシアもじーっと見つめてみる。空みたいに青い瞳の中に自分が映っていて、なんだか嬉しくなった。


「……はぁ」


 しばらくそうしていると、青い瞳の持ち主は軽く息を吐き、ニックの顔に視線を移した。


「あれから、体の具合はどうですか?」


「おう、順調順調、至って健康だぜ? 胸の傷も塞がってるし、腕も動く。レティシアとやり合ったってのに五体満足たぁ、正直俺自身が一番驚いてるぜ」


 そう言い体を自由自在に動かし始めるニックは、自認通り問題がないように見えた。しかし、万一の事はある。だんだん遠ざかっていく背中が脳裏を過ぎり、レティシアは自分の右足に手を当て、感傷に浸り始めた。イリスが話しそうだったから一旦打ち切った。


「それは良かったです! しかし万一の事もあるので、一度診察はさせてください」


「――あー、その、なんだ。今回はパスで」


 イリスのニックを慮っての提案に、騎士は何故か苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてそう答えた。頭を掻き、目を逸らしている。何かやましいことがあるのかもしれない。


「……理由を聞いても?」


 そうリリスが尋ねると、ニックは暫く悩み込んだ末、「あーほら、あれだあれ」と声を明るくした。


「診察って触診もあるんだろ? 聖女ちゃん可愛いんだし、おっさんの身体なんて触らせたくねぇだろ」


「かわ……っ!?」


 明らかにはぐらかしに来ているニックだが、イリスには効果覿面だったようだ。一瞬で顔が真っ赤に染まり、モジモジと体を揺すっている。しかしそこは『純白の聖女』、照れつつもなんとか持ち直し、本題へと戻した。


「と、とにかく! 触診は服の上から行いますし、私はそんなの気にしないので大丈夫です! ――もしかして、私に知られたくない傷でもあるんですか?」


「ギクッ……しゃくしてるのぁやっぱ良くねぇよな! おう、そうだ。帝国も王国も関係なく、皆で仲良くしてこうぜ」


 明らかに図星だった。


「――ニ・ッ・ク・さ・ん?」


「うっ……な、なぁレティシア、聖女ちゃん怖ぇんだけど」


「自業自得。観念して」


「血も涙もない!」


 レティシアの宣告に「はぁ……わーったよ、お願いするわ」と抵抗を諦めたニックが渋々軍門に下る、もといイリスに連行される。


「またなーレティシア、ちょっくら診察受けてくるわ」


 と別れの挨拶を済ませるニックだったが、イリスは首を横に振った。


「いえ、その前に別件でお話したい事が――いえ、相談したい事があるんです、ニックさん。診察の際、聞いてもらってもいいですか? 内容は、この場の全員が関わるものです」


「相談ときたか……内容も非常に気になるが……まぁ、いいぜ。俺でよければ、何でも乗ってやる」


「ありがとうございます。――ということですので、レティシアさん。この後三日、時間をください。孤児院の子供たちにはこちらで伝えておきます。……所用を済ませたら、顔を見せに行きますから」


「うん、分かったよ、イリス。無理はしないでね。その時はまた、私の血を飲んでもらうから」


「ぅ……。釘を刺されてしまいましたね……」


「これは参りました……」と髪を撫でてはにかむイリスだったが、レティシアは知っている。イリスは必ず、また無理をする。


「とにかく、しばしのお別れです。また、お会いしましょう。――そうだ、その時は、あの場所が見える所でお話しませんか?」


「あの場所……?」


「はい――私とレティシアさんが初めて出会った、あの場所です」


 黒に『侵色』され、生命を拒絶する死の大地と化した旧戦場。それを終戦に向けて動き出した今、再び眺める。その行いに何の意味があるのかレティシアには分からなかったが、そう提案するイリスの顔に不吉なものが無いのを確認し、なんとなく大丈夫そうだと、そう思えた。



本日もお読みいただきありがとうございます!

★次回、第一章最終話です!

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