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極相色彩のケイオスライン  作者: 路崎舞
第一章『遡行する運命』
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第一章21話『悲願の果てに』

「――おぉ! レティーよ、よくぞ参っ」


 閃雷。きらりと反射する鋭利な剣先が、瞬く間もなく国王の首元に宛てがわれた。


「その呼び名は、あなたに許してない。王様、他ので呼んで」


「……っ、あ、あぁ、すまなかったな、レーちゃん」


 そう言い直した国王を一瞥し、レティシアは剣を納める。――イリスの背筋を耐え難い悪寒が駆け巡った。


「レー、ちゃん……?」


「おぉ、リーちゃんもいたのか。喜ばしいな、ミネア」


「リー…………ちゃん………………!?」


「えぇ、笑顔が止まらないわね、フォレ君。歓迎する準備は整ってるから、レッちゃん、イーちゃん、どうぞ、奥まで進んでね!」


 物理的にも心的にもこれでもかというぐらい後ずさった。王妃は誰に対してもそういう性格なのだと受け入れられるが、国王の落差がひたすらに気持ちが悪い。

 その生理的な不快感といったら、物心つき始めた頃に気付いてしまったニムレットの悪癖に匹敵する。今となっては慣れてしまったが、当時はかなり取り乱してしまっていたのだ。とんだトラウマを植え付けられてしまった。


 彼とはまだそんなに関係性がない。それもイリスの大切な人たちを、事情があったとはいえ間接的に殺した相手だ。それが、これである。


「な、な、何なんですかその態度の変容ぶりは……率直に言って気色悪いです。あと変な愛称付けないでください! 親密な間柄でもないのに、不愉快極まりないです! 距離感間違えてませんか!?」


「はは、そんなこと言わないでおくれ、リーちゃんよ。そうだ、二人とも、余らの養子にならんか? 面倒な手続きもいらんぞ、そんなもの、余が全て片付けてやる」


「……王妃様、詳細な説明を求めます」


「私達、あなた達に救われて好感度が頂点に達しちゃったのよねー」


「…………」


 理由が……理由があまりにも威厳が無さすぎる。一国の王たるもの、もっとこう、心に訴えかけるような転機があったりしないものか。


「今では我が子のように思っているわ。ね、どう? 私達の養子にならない?」


「……レティシアさん」


「うん……これは、私も予想外」


 自分一人では抱えきれない不快感にレティシアに同意を求める。だが、当の本人にあるのは純粋な驚きだけだったようで、まともな感性を持つ人間がこの場に存在しない衝撃の事実が判明してしまう。


「それでも……私は……!」


 絶対に、この身の毛もよだつ現状に屈したりしない。たとえ孤独の戦いになろうと、イリスは断固抗議し続ける。手を強く握り締め、固く決意した。


「あぁ、そうだ。レーちゃんにリーちゃん、少し余らに付き合ってはくれぬか?」


「断固拒否します」「いいけど、何をすればいいの? 王様」


「フォレオスで良いぞ、レーちゃん。それとリーちゃんも、不貞腐れている顔が愛らしいな。つい愛でてしまいたくなる。なぁ、ミネア?」


「分かる、分かるわフォレ君! だって私、もう我慢できないんだものっ! イーちゃん、ほら、こっちおいで! 頭ナデナデしてあげる!」


「……行きません!」


 わずかの躊躇いの後、目を逸らす。


 というのも、物心ついた辺りで両親から引き離されたイリスにとって、その提案は大変魅力的であった。愛される点で言えばニムレットが十分以上に補ってくれていたし、甘える点でも幼児期は今では黒歴史となっているぐらいニムレットに甘えていたのだが、種に刻み込まれた本能なのか、心のどこかで母を求めてしまう自分がいた。


 正直に言うと、頭ナデナデして欲しかった。


「――イリスは可愛いね」


「……うるさいです」


 レティシアが小言を挟み、余計に顔が赤くなってしまう。三人の温かい視線が気まずさを増幅させ、堪忍ならなくなったイリスは話題転換を試みる。


「と、ところで王妃様、経過観察のために診察させてくださいませんか?」


「ミネアでいいわよ、イーちゃん。じゃ、部屋に行きましょう?」


 そう言い、ミネアはイリスの手をさっと掴み、フォレオスに片目を瞑ってからその場を後にする。




「…………」


 後に残されたレティシアとフォレオスだったが、束の間の沈黙を破ったのはフォレオスの方だった。


「して、レ「そうだ、王様。四日前、私を見逃してくれた門番なんだけど、優しくしてあげて。私の脅しに従っただけだから」


「お、おぉ……あぁ、フレディ・カスマンの事か。では、そのように手配しよう」


 出鼻を挫かれ動揺するフォレオスだったが、すぐに合点がいったようでそう返答する。そしてコホンと咳払いし、主導権を戻しにかかる。


「して、レーちゃんよ。先の返答だが、特に何も求めんよ。そなたはただ、余の行いを見守っておればよい」


「……? それだけでいいの?」


「あぁ。後でリーちゃんにもお願いするが、二時間後、王城前に来て欲しい」


「分かったよ、王様。それで? フォレオスは何をするの?」


 レティシアの怪訝そうな表情に鼻を鳴らし、フォレオスは破顔していた顔を――初めて呼ばれた自身の名前を噛み締めたい心を真剣さで上塗りし、誠実さを灯した瞳で宣言する。


「国民投票を行うのだ。余の大罪と展望を打ち明け、余が今後、国王として国を統治するに相応しいか、国民に判断してもらう」



  □■□          □■□



「はぁ……今日半日で三日分の体力がごっそり持っていかれた気がします……」


 そう零しながら、イリスはクリームシチューをゆっくり味わう。


 以前飲んだ時には、キノコに纏わる固定観念から、思うように味わえなかった。二杯目以降も、どこか斜に構えた態度で食事に臨んでいたため、あまりの美味しさに心が洗われていたとはいえ、どこかクリームシチューを直視できない自分がいた。


 だからこそ、一区切り終えた今、五感全てを総動員して目の前のご馳走を堪能しているのだ。


「治癒魔法、かけないの?」


 そんなイリスの疲労をレティシアが案じてくれる。だが、これに関してはお手上げだ。なにせ、


「かけても精神には作用しませんよ。仮に肉体だったとしても、自分のは難しいです」


「そうなんだ」


「はい。レティシアさんも、背中には手が届かないでしょう? それと同じです。治癒魔法にも、及ばない範囲が生まれる。ですから、軽微なものでない限り、自分への治癒はできないんです」


「そっか。じゃあ、あの時斬らなくて本当に良かったね」


「本当ですよ……あと、真剣な時以外はそういった話はもうしないでください。せっかく見て見ぬふりをしようと努力しているんですから、私に思い出させないでください」


 そう本気で訴えるイリスだったが、当の本人には理解できていないようだった。その様子に辟易としながら、白と緑とその他諸々が織り成す美味の集大成を口に寄せる。


「そういえば、ミネアの体はどうだったの?」


「……ん、えぇ、簡潔に言うと、不老不死になっていました」


「…………ん? …………………………え?」


 まろやかなシチューを喉で堪能し、体の芯から熱がじわじわと全身に伝わっていくのを楽しむ。そうしてから、ミネアの現在を包み隠さず伝えると、予想通りレティシアの目に困惑が浮かんだ。


「その反応も無理はありません。私も、この手で確認していなければ、信じる余地のない妄言と処理していたでしょう――世界の理を覆すべく、とにかく使える魔力はすべて注ぎ込んだ結果、それが過剰だったようで、ミネアさんの体内に高度な治癒効果が残存し、僅かでも細胞が腐敗・損壊した瞬間、即座に治癒されるようになっていました」


 ミネアの華奢な体を隈なく診察していた折、予言遂行時のイリスに匹敵する魔力の奔流を直に感じていた。

 ミネア曰く、『あれから何もしなくても肌がツルツルなの。それに走っても倒れないし、歩いても心臓が痛くならない。私、毎日がとっても楽しいわ! 世界って、こんなに綺麗だったのね!』と、日を跨いでも皮膚細胞が剥がれ落ちるのを確認できないことからも、この推測は裏付けられている。


 細胞が即時に修復・再生される。即ち、細胞は老化せず、欠損が生じても一瞬で治癒され、肉体の衰えも無くなる。

 無論、治癒魔法が発現していない――つまり、大気中の魔力に干渉できないミネアの体内の魔力が枯渇すれば、この機構は停止する。

 しかし、どうやら高濃度の魔力を大量に浴びた影響で細胞が変異したようで、治癒を行う際に消費量と同程度の魔力も生成されるようになっていた。


 故に、前人未到の永久機関が完全無欠の状態で完成し、ここに完璧な不老不死の人間が誕生した。


「とはいえ、それを告げられた本人は浮かれていましたけどね。『生前できなかったあんな事やこんな事をフォレ君と心ゆくまで楽しめる!』と、それはもう大はしゃぎでした」


「……なんか、想像できるかも」


「ふふ、ですよね! 国王への私的な嫌悪感はさておき、あの夫妻には幸せになってもらいたいものです」


「――だね」


 少々しみじみとした空気を作り出してしまった。感慨を噛み締めている様子のレティシアを横目に、イリスは注文しておいた二杯目のクリームシチューを口につける。

 やはり、美味しい。シチュー本来の味わいもさることながら、イリスにとって未知の食材であったキノコの存在が、クリームシチューの地力を底上げしていた。


「キノコ、いい食材ですね……」


「……まさか、そんなに気に入るとは思わなかったよ」


 なまじ呆れ気味なレティシアを後目に、イリスはこの束の間の贅沢をしっかりと味わった。


「すみません! 店員さん、クリームシチュー三杯追加でお願いします!」


「かっしこまりましたー! 暫くお待ちくださいネー」


 いつの日かの、異様に明るい店員の甲高い声が店内を木霊した。

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