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極相色彩のケイオスライン  作者: 路崎舞
第一章『遡行する運命』
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第一章19話『親友』

「イリス……?」


 その時は、予兆なく訪れた。先程まで平然としていたイリスが、前触れなく糸が切れたように倒れた。


「聖女殿――?」


「お姉さん……!」


「イリス・ミリネス――!」


 三者三様といった呼びかけだったが、それの意味する所は同じだ。頭から崩れ落ちるイリスを咄嗟に支えたレティシアも、それを共有している。


「もしかして、これが禁術の反動……」


「有り得ない話ではなかった。二位様、私の落ち度です」


「今はそんな事を言っている場合では無かろう! はやく、医務室へ運ぶのだ!」


「で、ですが二位様。我が国に魔法の知見がある者は『紅光』以外におりません! その『紅光』も、先のテロの最中に――」


「えぇい! とにかく、医務室だ! 少なくともここよりは休まるだろう!」


 三人の間に焦燥と緊迫が走る。一刻を争う一大事なのにも拘わらず、見識の深い医者の不在がそれをより増幅させる。

 ――そんな中、レティシアはただ一人、イリスが急変した原因を知っていた。


「……魔力枯渇、かも」


「……なんだ? それは」


「平たく言うと、魔力の使い過ぎ。昏睡状態になっちゃうの」


「よ、良かった……死んじゃう訳では無いのね」


 そう安堵に胸を撫でるミネアだったが、その安堵には待ったをかけざるを得ない。


「ううん。まだ安心できない――今回の昏睡は、酷い場合だと生きたままずっと目覚めないかもしれない」


「何だと――!?」


 そう。だからこそ、先程からレティシアは思考の奥深くへ潜り込んでいた。予言の解釈。きっと、そこに答えがあるはずだった。


『漆黒の死神が生き血を啜り、異国の聖女が絶望を喰らいし時、蝕まれし残火は遡行せん』


 今、レティシアが注目すべきは冒頭部分――『漆黒の死神が生き血を啜り』だ。この「漆黒の死神」はレティシアのことで間違いない。「生き血を啜り」というのも、レティシアが多くの命に手を掛けることによって果たされた。


 ――しかし、それは死者蘇生の必要条件では無かったのではないか。現状、ミネアの蘇生にレティシアの存在は何ら関与していない。強いて言えばイリスの無茶ぶりに付き合ったぐらいだが……それも予言とは無関係で、「漆黒の死神」である必然性はなかった。


 予言の中で唯一、「漆黒の死神」だけが浮いている。レティシアが数多の肉を切り刻んだことがイリスの力になった……とも考え難い。肉の死が条件であるのなら、「死神」単体でなくてもいい。やはり、ミネアの蘇生にレティシアは必要なかった。


 ならば、何故予言に「漆黒の死神」が並列されていたのか。生き血を啜ったレティシアの過去はどの時点で意味を持つのか。


 蘇生前ではない。蘇生中でも恐らくない。で、あれば。蘇生後に絞られる。

 ――つまり、「漆黒の死神」の記述は、死者を生き返らせた後にこそ本領を発揮する、言わば保険的な立ち位置なのでは無いか。


 仮にそうであれば、この記述が真に意味する所を読み解ければ、イリスを救える。だからこそ、レティシアはこれまでに類を見ないほど頭を全回転させている。「思考」している。



 ――実はついさっき、その甲斐もあり、一つ見当がついた可能性がある。だが、それを遂行するための一歩を、レティシアは踏み出せずにいた。


 ……また、『侵色』してしまったらどうしよう。絵に描いたような「白」を持つイリスを、この身の全てを飲み込む「黒」で上書きしてしまったら。


 そう思うと、レティシアにはその可能性を試す勇気を作り出せなかった。


「――――」


 しかし、こうしてレティシアが躊躇している間にも、刻一刻と時は残酷に過ぎていく。時が経つにつれて、イリスの容態はどんどん取り返しのつかない所まで突き進んでしまう。そんな確信があった。


「――――」


 今一度、イリスの顔を見る。端正な顔立ちだ。今は瞼に隠れている蒼眼もさることながら、色白の肌も弾力のありそうで少し赤らんでいる頬も、重力に従って流れる白髪も、とても綺麗だった。

 ――そんな彼女を、穢れのない「白」を、『侵色』して上塗りしてしまうことが、何よりも恐ろしかった。


 だが、今、彼女を救う可能性を所持しているのはレティシアしかいない。魔法の造詣が深いサンドラにも頼れない以上、切れる札を持っているのはレティシア以外に他ならなかった。


『――あなたにとって、サンドラさんは親友だったんじゃないですか……?』


 かつて、イリスがレティシアに問い掛けた言葉が不意に脳裏を過ぎる。


「……そっか」


 気付いた。今、気付いた。レティシアがこんなにもイリスの『侵色』を恐れているのは、きっと、そういう事なのだ。






 レティシアにとって、イリスもまた、大切な存在であり、親友であった。


「――助けなきゃ」


 これ以上、迷いは必要なかった。レティシアはレティシア独自の理論から導き出した予言の解釈に従い、自身の手の平を浅く切る。


「れ、レティシア!?」


「な、何をしとる! 早く止めんか!」


「お姉さんそれはダメだわ! フォレ君、はやく包帯を……」


 ――そして、イリスの口を優しく開き、自らの血をその中に垂らす。


「え、は、は、はぁ!?」


「二位様、はしたないです」


「あ、あわわわわわわ……!」


 周囲の反応は意図的に無視し、残存する治癒効果により傷口が修復されるまで、自分の血液を垂らし続ける。


 自分の「黒」が、親友の「白」を染め上げないことを強く祈った。



本日もお読みいただきありがとうございます。

次話より、第一章エピローグに入ります!

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