第一章2話『紅の昼明かり』
「よう、レティシア。今回も大金星だったな!」
帰国して数時間。レティシアが街道を歩いていると、突然耳元でやかましい声が響き、背中をどんと押される。該当する特徴の多さから、見るまでもなく誰であるかを特定できた。
「――痛いです、ニックさん」
「はは、そりゃ悪い。あまりにも感極まってつい、な。俺ぁ誇らしいぜ、お前と同じ国に生まれついたってことがよ」
「どうして? どこの国に生まれてもニックさんはニックさんだし私は私だよ」
「あー……そういうことじゃねぇんだが。ま、いいか」
所々に適当な印象を受けるニックは、自身の乱れた金髪をポリポリとかき、ぶっきらぼうに「ほい」と何かを投げる。咄嗟に受け取ると、それは金貨袋のようだった。
「小遣いだ。上の連中にゃ内緒だぞ?」
「――何で?」
「そりゃ、今回の快勝の立役者だからに決まってる。奴らはケチだからな。どうせ褒賞すらも出し渋ってんだろ。俺も十分帝国兵どもを斬りまくったが、お前は一人でそのうん十倍も薙ぎ倒した。それは、報いられるべき成果だよ」
「別に、生きる分には問題ない金額だったよ」
「そんなんじゃ足りねぇんだって! ――ま、そんなわけだから貰ってけ貰ってけ」
あしらうような調子で押し付けられ、さっさと懐にしまうよう促される。先も主張した通り、レティシアにとって眼下のずっしりとした金貨の山は無駄だった。
どうしたものか、と手の平の上に置かれた金貨袋を見つめ途方に暮れる――。
「――あ、レティーっ!」
その最中、突然レティシアを呼ぶ声が遠くから聞こえてきた。見ると、前方、おーいと叫んでそうなぐらい口を開け、大きく手を振り、こちらに駆け寄って来る桃髪の少女が確認できた。
黒色のケープをはためかせ、後ろで束ねた髪を揺らし、太陽にも負けない溌剌な笑顔で距離を詰めていく少女は、到着するやいなや、ニックの存在を無視してレティシアの方へと話しかけた。
「えへへ〜、お疲れ様っ、レティー! 一日ぶりだね! ……こっちに帰ってきてから、自分の部屋でちゃんと休んだ?」
「うん。じゃないと、サンドラ怒るでしょ?」
「当ったり前じゃんっ! きちんと自分を労らない可愛い子には、アタシも黙っちゃいないよ〜? ――でさでさ? レティーを迎えに行ったあの兵士から聞いたんだけど、レティー今回も大活躍だったらしいじゃんっ!!」
「そうでもないよ、サンドラ。私は、私の『生き方』に従っただけ」
「うんうんっ! それをサラッと言えちゃえるのが、レティーの凄いところだよねっ! ま、何にせよ。レティーが無事ならそれで良し! 流石、アタシのレティシアさんだ」
そう言ってさっとレティシアの左側に立ち、朗らかに肩をぺしぺし叩く少女はサンドラという。
国の暗部で育ったレティシアとは異なり、国立学校卒のエリート騎士。闇に浸かったレティシアと、光に生きるサンドラ――通常であれば、両者間の溝は、簡単には埋められないほど二者を深刻に隔てるであろう生い立ち。
――なのだが、不思議な事に、それは二人が互いの良き理解者となる事の妨げにはならなかった。レティシアは他者を僻む機能を持ち合わせておらず、サンドラはレティシアの出自を詮索しない。
そんな二人だからこそ、絵空事のような奇跡の関係を盤石に築く事ができているのだ。
「あ、ねぇねぇ明日服見に行かない? ここに来る途中、ちょーどレティーに似合いそうなスカート見つ」
と、キャピキャピと朗らかな笑顔を浮かべるサンドラの視線が、ある一点へと向けられた。それに倣ってレティシアも下を向いてみると、そこには日焼け知らずの白い肌――ではなく、穴の空いたスカートから僅かに覗く、右足に丁寧に巻かれた包帯があった。
「――いや、それっ! 重傷じゃんっ! 怪我してるじゃんっ! 無事じゃないじゃんっ!」
「無事だよ。だって、生きてる」
「いやいや、そういう事じゃなくて……あぁ、もうっ!」
レティシアにとって、生存以外は些事である。多少不便ではあるが、歩けないことは無いため生活にも支障はない。つまりはやはり無事だ。
なのに何故かサンドラは、大袈裟に大声を出してから、自分の髪をぐしゃぐしゃして何かに苛立っている。
「いっつもこうなんだから〜っ」と何かに文句を言っているように思えるが、何がサンドラに不満を抱かせているのか、レティシアには分からなかった。原因が分かれば今すぐにでも元凶を『侵色』するのだが、生憎レティシアには皆目見当もつかない。
因みにこの包帯は王国軍の医療班が巻いてくれたものだ。傷自体は白肉の治癒魔法により塞がってはいるものの、施術時間が一瞬だったために内部はまだぐちゃぐちゃとのこと。それ故、念には念をということで包帯の出番、というわけだ。
治癒魔法の使い手――『癒し手』は帝国にしか存在しない。治癒魔法という概念が存在しない王国では、薬剤や縫合といった従来の治療法がそのまま用いられている。今回の場合、患部を安静にした自然治癒こそが唯一の治療方法だった。
「――本当に大丈夫なんだよね?」
「ん。さっきもそう言った」
「――そう。なら、信じるよ」
しばしの沈黙の後、サンドラはそう返し、俯いた。
「でーもー、そのスカートは買い替えなきゃね。アタシも一緒に新しいの探すから、穴空いちゃったのは潔くポイしなさい」
「うん、分かった」
そうして頷くと、レティシアはサンドラの言葉に従い、腰に手をかけた。
「ちょっ!? レティー何してるのっ!? ここで脱いだらダメったらダメっ!! 人前、ここ人前だよっ!? ポイするのは新しいの買ってからっ、ねっ!?」
「そっか。教えてくれてありがとう、サンドラ」
何故そんなに大慌てしているのか、レティシアには分からなかったが、サンドラの言葉に従いスカートから手を離した。
「――あー、で? 俺の事は無視かよ、『紅光』?」
「……今アタシがレティーを試着に誘う流れだったじゃん。水を差さないでくれません? チクりますよ」
「誰に、何を!?」
「さぁ、どうでしょうね。ささ、早くどっか行ってよ、ニック。ほらほらぁ」
不遜な態度で金髪の騎士をぞんざいに扱うサンドラは、ジト目で突き刺し、ジェスチャーも併用してニックを追い払おうとする。
それを受け、ニックは溜息をつきながら、「はいはい、ご希望通り邪魔者はどっか行きますよっと……」と、後頭部を掻きながら寂しそうに去っていく。
途中、彼が手を振り始めたので、一応レティシアも小さく手を振ってみる。そうしていつしか目視が困難になっていき、遂には街の喧騒の中に消えていった。
「あれでよかったの?」
「いーのいーの。あいつ、昔っから空気読めないとこあるから、あれぐらい言わないと。――ところでレティー、お昼はもう食べた?」
「ううん。……そういえば、お腹空いてるかも」
現在時刻は正午を回ったあたり。思えば早朝の戦闘開始前以来、何も食べていなかった。
「今気付いたんだ!? ――じゃあさじゃあさ、一緒に食べよ? やっと五日ぶりに帰国できたんだし、少しぐらい贅沢したって罰は当たらないって!」
「肉じゃないんだから当然でしょ? 少しじゃなくても罰は当たらないよ」
「――――そう、だね。ごめん、今のは失言だった」
何気ないレティシアの言葉を受け、何故かサンドラの顔が一瞬曇る。心当たりも無いのでどうしたのか聞こうとしたが、「じゃ、早速行こ〜! ほらほら、ついてきて。ふふん、レティーに紹介したいお店があるんだ〜っ!」と勢いよく手を掴まれ連行され、尋ねる機会を失った。
よろしければ、評価・ブックマークの『侵色』お願いします! 感想もお待ちしております!
執筆の励みになりますっ!
Twitter(現X)もやっておりますので是非!!
【https://x.com/rosaki_mai】




