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極相色彩のケイオスライン  作者: 路崎舞
第一章『遡行する運命』
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第一章12話『異文化交流』

「――美味しい」


「でしょ。サンドラが教えてくれたんだ。雰囲気も良いし、私も気に入ってる」


「特にこのクリームシチュー」と、レティシアは湯気の出ている思い出のひと品を口に運ぶ。


「――うん、美味しい。この前は別の料理人が作ったのかな」


「……ん、以前何かあったのですか?」


「うん。前もこのシチューをここで飲んだんだけど、味がしなかったんだよね。でもサンドラは美味しそうに食べてたし、私もイリスも美味しく食べれてるから、前のだけ作った人が違ったのかなって思って」


「――えぇ、そう、ですね。不思議な事もあるものです」


「だね。イリスに勧めたのに味があの時のままだったらどうしようって不安だったけど、安心した」


 他にも過去にサンドラが紹介してくれたお店は何軒かあったが、その中でもサンドラと最期に過ごしたこのお店はレティシアにとって別格だった。それに、世界に色が戻った今なら、再びあの白色の水面を見れるのではないかと思った。


 だから、イリスと王国に密入国したあと、彼女を真っ先にここに連れて来たかったのだ。


「それにしても、よくバレませんでしたよね。……正直、こうして結果を見るまではあなたの自信満々な顔が全く信じられなかったのですが」


 などとイリスはぼやいているが、レティシアの発案は一部の隙もない完璧な潜伏方法だった。それ即ち――、


「フードは万能」


 サンドラの遺品であるケープ、それに付属している黒色のフードは、レティシアの素性を優しく包み隠してくれた。元はサンドラの私物だったのだ。彼女の所持品に無駄は一つもない。それをこのフードは体ならぬ布を張って証明してくれた。


「――あの、レティシアさん。この食材は、何と言うのですか? その、独特な食感で、クセになるといいますか……」


 レティシアがサンドラの選定したフードへ賞賛の意を表明している最中、イリスがそんな疑問を口にした。


「えーっと……確か、サンドラはキノコって言ってたよ。帝国では食べないの?」


「キ、キキキキキキノコですか!? な、何てものを口にさせてるんですか!」


 謎の食材の正体を聞いた瞬間、先程までの笑顔が一変、顔を真っ青にし、口にした物を外に出そうと奮闘し始めた。しかし、その甲斐虚しく食いしん坊な胃袋は一度捕らえた獲物を決して離そうとしない。


「いきなりどうしたの? 水でも飲む?」


「ど、どうしたも、けほっ、こうしたも無いですよ……殺す気ですか!?」


「ごめん、何でイリスが焦っているのか分からない」


「だって、キノコですよ? 食べたらお腹の中で暴れて死んじゃうんですよ?」


 息を荒くして、胸を抑えながらイリスが訴えかける。冷や汗が凄い。まるで、本当に死が刻一刻と迫っているかのようだ。


「――――」


 だが、レティシアはイリスに残酷な事実を伝えなければならない。これは必要な犠牲というものだった。


「イリス、落ち着いて聞いて――これは食用のキノコ。食べても死なないし、毒もないよ」






「……………………へ?」


 先程の豹変からは考えられないほど間抜けな声が、イリスの口から漏れた。


「で、ですが、キノコは例外無く食べられないんですよ?」


「それは野生のキノコのことだと思う。それか、帝国ではキノコを食べないの?」


「えぇ、そうです。大昔にキノコ食による死者が多数出たとかで。以来帝国ではキノコは見かけたら即通報、というのが慣習として定着しています」


「……多分、大昔の人は運が悪かったんだね」


 大方、たまたま毒キノコの群生地を発見してしまったとかだろう。その極端な事象がキノコ全般の原則へと昇華され、継承され、イリスのような誤った認識が普及されているのが現在の帝国であると見当をつける。


「少なくとも、お店で食べるキノコは無害だよ。イリスの常識だと、食べるのに抵抗があるかもしれないけど、口に含んでも問題ないことは私が保証する」


 試しにキノコを口に勢いよく放り込み、咀嚼して見せる。飲み込み、「ほあ」と口の中からキノコが消えているのを確認させ、キノコが無害であることを証明する。


 レティシアが一つ一つ段階を踏む毎に、口を抑えたり目を瞑ったり悲鳴を上げたりと大忙しなイリスだったが、キノコ入りシチューを飲み干し満足そうに頬を緩めるレティシアを見て、意を決した。


「……ん、んん!」


 眼下に広がる白色の海、それを一気に喉に流し込む。目元には涙が滲み、手は震えていた。


「ゆっくりで良いんだよ」


「――っはぁ……お、美味しかった、です……」


 と、イリスがなんとか味の感想を述べるものの、息も絶え絶えといった様子だった。本当に美味しく感じていたのかすらも怪しい。


「ほ、本当に大丈夫なんですよね?」


「うん、大丈夫だよ。死んだりしない」


「お、お腹の中で暴れ回ったりしないんですよね?」


「うん、大丈夫だよ。キノコはもう死んでるから」


「お、おかわり頂いても良いですか?」


「うん、大丈夫だよ。店員さん、クリームシチュー二つお願い」


「かっしこまりましたー! 暫くお待ちくださいネー」


 待ってましたと言わんばかりの甲高い店員の声が、店内を木霊した。



   □■□          □■□



「レティシアさん、本当にいいんですね?」


「うん、イリス――全て、終わりにしよう」


 再度、これから行うことへの覚悟を問うイリスに、レティシアは力強く頷き、決意の眼差しで正面を見据える。



 強固な重々しい扉を押し開け正門をくぐると、緑花々豊かな庭園が広がっていて、そこかしこから子供達の和気あいあいとした声が聞こえてくる。


 彼らが無邪気に走り回り、楽しそうにしている光景をその目に焼き付け、レティシアはイリスと共に前へと足を進める。と、先程まで笑顔で追いかけっこをしていた子供達がこちらに気付いたのか、ぞろぞろと駆け寄ってきた。

 

「あー! 三百九十六ねぇね!」


「わぁい、おかえり! ねぇねぇ今日は何して遊ぶ?」


「んー? 白いお姉さん、だぁれ?」


「みくろねぇね、の、ともあちぃ?」


「ぅ、あー、えっと……」


 四者四様、話しかけていない者も含めれば十三者十三様の反応に、イリスはたじたじのようだった。


 というより、目を輝かせた大人数の子供に突然言い寄られたこと自体に戸惑っているようで、「イリス、この子達は私の家族だよ」とレティシアが小声で教えると、イリスも安心した様子で「そ、そうなんですね」と胸を撫で下ろした。


「イリスです。私はレティシアさんの……えっと、とにかく敵という訳ではないので安心してください!」


 途中、レティシアとの関係性に言い淀んでいたようだが、最後は優しく微笑み、子供たちに手を差し伸べる。


 イリスは勘違いをしているが、元々子供たちはイリスに不安を抱いていない。そしてそれは、イリスの自己紹介に対する反応を見ても明らかだった。



「イリス! イリス! イリスねぇね!」


「はい、イリス……ねぇねで「そのお服、可愛いね! わたしも着てみたい!」すよ……えぇ、ありがとうござ――あぁ、服は引っ張らな「イリスお姉ちゃんはヨロイムシとケンマトイ、どっちが好きー?」いでく……すみません、私は虫全般が苦「ともあち、なる! ごー、いいす、ともあち!」手……はい、ごーさんと私は友達です!」



 各々がざっくばらんに自分を主張する孤児たちに対し、多少戸惑いつつも一人一人受け答えするイリスには、どうやら子供の扱いに心得があるようだった。


 そういえば『純白の聖女』という通り名があるという話だったので、聖女をその字の通りに解釈すれば、職務柄幼い子供と触れ合う機会も多かったのかもしれない。



 とはいえさしものイリスも、間髪入れずに話し出す孤児院の子供たちには骨が折れるらしい。


 目をキラキラさせた孤児たちに引っ張りだこなイリスが、蚊帳の外にいるレティシアに救難信号を送ってきた。好奇心の嵐の渦中に身を置かれ、子供たちに笑顔を振りまきながらもちらちらとレティシアに視線を送っている。

 そんなイリスに頬を緩め、レティシアはその場を後にした。


「れ、レティシアさん!? ちょ、待ってください! 目的は分かってますけど、それはそれとして見捨てないでくださいっ!!」


 背後から悲鳴混じりの抗議の声が響き渡ったものの、その内実は微笑ましいので、あえて無視することにした。そうして僅かに緩んだ頬を引き締め、レティシアは目的の場所へと足を進める。



 眼前、見慣れた建物が堂々とそびえ立っている。レティシアが三百九十六であったときからお世話になっているこの孤児院へ、今日、別れを告げるのだ。

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