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極相色彩のケイオスライン  作者: 路崎舞
第一章『遡行する運命』
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第一章幕間『独酌』

 ――祈りが届いたのか、体を包み込む穏やかな眠気に身を委ね、レティシアが揺蕩いながらも深い眠りについた頃。

 透き通った金髪を無造作に散らせた男は、王国で一人酒に溺れていた。


「…………」


 ――レティシアが、亡命した。そう上司から聞いた時の男の心情をどう表現しようか。


『我々は『侵色』が反旗を翻したと睨んでいる。そこでニック、お前に勅命だ。玉座の間の警備に単独で当たり――レティシアを殺せ』


 追い打ちとなったのが、レティシアが王国に楯突く存在となったかもしれず、あまつさえその対処を仰せつかってしまったことだ。ただでさえ、男の心は突如生じた空洞の対処でいっぱいだった。その空っぽから、更に大切なものが零れ落ちた気がして、男は毒を煽り喉を焼く。


 ――願わくば、葛藤に揺れるこの心までをも焼き尽くして欲しい。だが、いくら酒に祈っても結局自分で決断するしかないことを、男はそれまでの人生経験で痛い程思い知らされていた。


「…………サンドラ」


 紅く輝く少女が脳裏を過ぎる。無礼で、自由奔放で、生意気で、男にだけ当たりがキツくて、自分に無頓着なレティシアの事でよく相談してきて、困っている人を見ると放っておけなくて、家業を継ぐことを期待する両親への反骨精神で騎士になり、自分より大きい人々を天賦の才と尊い命で護り抜いて、それで――。


『――ありがとう、ニックっ! アタシ、一生大切にするねっ!』


 彼女はいつも笑っていた。それこそ、人々を照らす太陽のように。だが、その太陽も沈んでしまった。彼女という存在は光を失った。


「…………レティシア」


 黒く淡い少女が脳裏を過ぎる。即断即決で、融通が効かなくて、世間離れしてて、放っておけなくて、無機質なように見えて彼女なりの気遣いが伝わってきて、サンドラといると心無しか目が輝いて見えて、その目も今は光が消えていて、それで――。


『――ニックさん、サンドラはどこ? まな板が斬れちゃったから、どうすればいいか聞かないと……』


 彼女は滅多に笑わなかった。しかし、本人は首を傾げるばかりだったが、太陽と共にいる時は別だった。


 自分の感情に自覚がないのだろう。自己の優先順位が極端に低い彼女にとって、自身の内情など些事だったに違いない。


 だが、レティシアがサンドラにとってかけがえのない存在だったのと同様に、自覚がなくともサンドラはレティシアを構成する主要素の一つだった。太陽を喪い、拠り所も揺らいでしまったレティシアは、サンドラによって育まれた感情を受け入れる土壌すら失い、路頭に迷っている。


「――――」


 何の冗談だろうか。男の安らぎとなっていた居場所が、僅か三日の間に呆気なく崩壊した。――いや、男の慰労などどうでもいい。そんなくだらないものより、もっと大切なことがある。あったのだ。


 ――あのテロは、それをいとも容易く奪い去っていった。


「…………俺はただ、お前らが笑って過ごせてれば、それで良かったんだよ」


 それは、男の掛け値無しの本音だった。それなのに、どうして。


「……」


 感傷に浸る度、喉が悲鳴を上げ灼熱が胃を満たす。そうでなければ、耐え切れなかった。


「俺は、どうすりゃ良かったんだ……ッ!」


 机に拳を叩き付ける。骨が砕けてそうなこの痛みが、男の心に刹那の安らぎを生み、すぐさま暗流に飲み込まれる。


「……なぁ。どうして、先に逝っちまったんだよ……サンドラ……ッ」


 やり場のない感情が慟哭という形で発露し、男の瞼を満たす。だが、それでは足りない。不足分を毒で相殺し、強引に均衡を保つ。


 耐え難い喪失感を酒で焼いた男は、葛藤を猛毒でねじ伏せ、抉られる傷口を灼熱で覆い尽くし、がむしゃらに決断する。


 男が王国に仕える騎士である以上、選択肢は一つだけ。ただそれは、不可逆の重傷が確約されている――男の全てを自ら破壊する、自滅の道。故にそれに痛みを感じる感覚を麻痺させる。


 そうして男――王国騎士ニックは、レティシア――否、『侵色』と対峙することを呑み込んだ。



ここまでお付き合いいただきありがとうございます!

これにて、第一章前編終了です……!

引き続き、次話からの後編をお楽しみください⚔️!

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