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静寂の国  作者: 停止星
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最終章:静寂の国

8月1日、日本列島は静かだった。

暑さと蝉の声。動く通勤電車。笑わないアナウンサー。

“彼ら”は、依然として空にいた。何もせず、ただそこに存在していた。


山岸良平は、最後の授業をしていた。

彼は今月末で、教職を辞めることにした。理由は問われなかった。


「みなさん、私たちはずっと“誰かに見られている”という前提で社会を作ってきました。

でも今、それが現実になったとき、我々は“見られること”にすら反応できなくなった」


教室は静かだった。

半分の生徒は目を伏せ、半分は窓の外を見ていた。

ノートを開いている者は、もういなかった。

「言葉を話す力を失ったわけではない。

ただ、“語る意味”を失ったんです。

彼らに見られているという現実の前では、人間の物語はすべて、空想になってしまった」


午後、校長から呼び出しを受けた。

「山岸先生。……もう少し、前向きな話をしてもらえませんか」

「“前向き”って、どういう意味ですか?」

「その……希望とか、未来とか……」

「その“未来”が、人間だけのものだと、まだ信じられるなら。ですが……」

山岸はそれ以上、語らなかった。

沈黙が、会話を終わらせた。


夜、彼は家の近くの公園に立っていた。

空は晴れていた。

だが、星はひとつも見えなかった。

代わりに、微かな光球が、こちらを見下ろしていた。

彼はポケットからノートを取り出し、かすれたペンで最後の言葉を書いた。

「沈黙は恐怖の証拠ではない。

沈黙は、理解を放棄した社会の姿だ。

それでも人は生きるのか、それとも……黙って終わるのか」

ページを閉じたとき、光は消えた。


8月15日。

終戦記念日。日本政府は例年通りの式典を行い、総理大臣は「平和を守る決意」を語った。

空に浮かぶ“彼ら”の存在には、いっさい触れなかった。

その式典を、テレビで見る人々も、もはや違和感を感じていなかった。


9月。

篠田結衣の行方は、ついに分からなかった。

彼女の部屋には、整然と畳まれた制服と、一冊のノートが残っていた。

そこには、たったひとことだけ。

「静かに終わることを、彼らは望んでいる」


数ヶ月後、世界ではさまざまな接触事例が報告された。

米国は共同通信を始め、中国は“特別代表”を任命。フランスは芸術家に“接触の権利”を与えた。

そして、日本は――いかなる反応も示さなかった。


やがて“彼ら”は去った。

何も残さず、何も奪わず、ただ消えた。

だが、彼らの姿が消えても、日本は“戻らなかった”。

言葉の空洞。物語の消失。社会的な沈黙の持続。

“接触しない”という選択は、存在そのものの薄化だった。


数年後、世界の学者はこう記した。

「宇宙的接触に対し、日本だけが独自の反応を示した。

それは沈黙でも抵抗でもない。“人格の霧散”だった。

一つの国が、集団として“語ることをやめる”選択をしたという意味で、これは文明的終末の新たなモデルである」


誰も、日本に確認を取ろうとはしなかった。

なぜなら、日本はもう、何も言わなかったからである。



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