第五章:千年神話
6月21日、夏至。
この日、東京の代々木公園で、奇妙な集会が行われた。
名前は「アセンシオン集会」。
主催したのは、これまで無名だった団体──「星の子連盟」。
「この次元は終わろうとしています」
「“彼ら”は私たちを試しています」
「選ばれし者は、波長を合わせ、新たな光に同調するでしょう」
壇上に立った教祖らしき人物は、白いローブに身を包み、歌うように語った。
観客はざっと3000人。
手を組み、空を仰ぎ、光に包まれるイメージを共有しようとしたその群れは、一種の宗教的陶酔に包まれていた。
警察は「集会の自由」に抵触しない限り介入できなかった。
だが、SNS上では「ヤバい」「信じられない」と炎上し、同時に10万を超える再生数を記録する。
その一方で、某都内大学の学生たちは、地下室で“彼らに備える”ための武装訓練を始めていた。
「非侵略ならば問題はない。しかし、備えるのは当然だ」
そう語るグループのリーダーは、防衛大学出身の青年だった。
同じ日、バチカンでは、異例の記者会見が行われていた。
ローマ教皇庁はこう表明した:
「宇宙に知性が存在することは、神の計画と矛盾しない。
しかし、それが神であるかどうかを決めるのは人間ではない。
信仰とは、未知を恐れず、理解しようとする勇気である」
日本の宗教界も動いた。
だが、反応は薄かった。
ある神社の宮司は、地方紙の取材にこう答えた。
「神々の座に宇宙人が加わったとしても、我々にとっては“神の一柱”であるにすぎません。
人間が人間らしく、畏れと共に生きることには変わりありません」
静かで、美しく、しかし現実からは遠い言葉だった。
だが、都市の裏側では、別の現象が始まっていた。
児童相談所に持ち込まれる「突然消えた親」「夜な夜な空を見上げて号泣する子ども」の報告。
深夜に一斉に“目が覚める”ように飛び出し、「声がした」と語る若者たち。
それは精神病か? 集団幻想か? 洗脳か?
誰も診断できなかった。なぜなら、それを定義する言語自体が、この文明にはまだなかった。
山岸は、夜のニュースを見ながら思っていた。
「“神話”が再起動している」
人間は、わからないものに名を与え、意味を与えることで、耐えてきた。
だが、今はそれが遅れていた。
意味の供給が間に合っていない。情報だけが溢れ、解釈は追いつかず、信仰と妄想が未分化のまま拡散していた。
翌朝、教室では、篠田結衣がそっと山岸に聞いた。
「先生、“彼ら”って、私たちのこと見て、どう思ってるんでしょうね」
「……どうだろう。
でもね、ゆいさん。
“見られている”って分かると、人間は変わる。
それが良い方向か悪い方向かは……わからないけど」
結衣は微笑み、それきり何も言わなかった。
そしてその日以降、彼女はノートに何も書かなくなった。




