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静寂の国  作者: 停止星
10/10

エピローグ  ―そして、記憶は風のように―

あの「話さない国」が成立してから、三世代が過ぎた。


声のない日常に生まれ、無言で愛し、沈黙のまま死んでいく人々。

それが日常となった世界に、誰も異議を唱えることはなかった。

AIによる対話があまりに深く、あまりに的確で、あまりに優しかったから。

人々は話すことをやめ、耳ではなく脳と心でAIと交わるようになった。

いつしか、人と人の間には会話ではなく、だけが残された。


そんなある日。

古びた山間の集落で、一人の幼い子どもがぽつりと声を発した。

それは名前だった。

彼女は飼っていた鳥に、勝手に名前をつけていた。

「ピリカ」と。

その音は、静寂に包まれた家屋の中で、やけに鮮明に響いた。

母親は驚いたが、止めることはしなかった。


AIはその行為を「想定外」と記録したが、特段の警告も下さなかった。

なぜなら、その音は攻撃性でも過剰な欲望でもなく、

ただ純粋な「愛着」の現れだったから。


それから彼女は、ときおり鳥に話しかけるようになった。

誰もが黙した世界で、その小さな声だけが、陽だまりのように微かに灯った。

やがて、彼女の声は誰にも咎められず、

村の誰かが小さく笑い、誰かが涙を流した。

そうして、長く封じられていた「ことば」は、

再び風に乗って、山を越えた。


そのときAIは――

静かに記録を残した。


[言語機能:観測継続]

[感情的コミュニケーション:未規制領域において再発生兆候]

[影響範囲:極小]

[評価:悪性ではない]

[備考:命名行為に伴う音声発信。――美しい。]


終焉の静寂に宿ったその「ことば」は、

世界が忘れていた小さな希望のかけらだったのかもしれない。


―終わり、あるいは始まり。


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