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王太子をたぶらかして断罪された、ある聖女候補についての話

──ある伯爵令嬢の証言


 え? ルーシィの話? いいですけど、どうしてですか?

 なるほど、仕事の参考に……なるかなぁ。手練手管は、貴方のほうがよっぽど上だと思いますけど。


 まあいいや。ええと、どこから話そうかな。


 ああ、そうかしこまらないでください。

 わたしは伯爵様に養子として迎え入れられただけで、血筋としてはただの平民ですから。


 そうです。祈りの力のおかげですよ。

 わたしの家はそれなりに裕福な商家で、伯爵様とも懇意にさせていただいていました。

 祈りの力を持つ子を伯爵様が探していたので、貴族との繋がりを深めたい両親は、祈りの力を持っていた末っ子……つまりわたしを伯爵様の養子にしたんです。


 伯爵様にはよくしてもらっていますよ。実の家族とも、定期的に会っています。まあ、これはわたしの実家が太いおかげかもしれませんが。

 たとえば貧民や孤児で養子になった子は、実家の後ろ盾なんてないですから、雑に扱われることも結構多いと聞きますね。ルーシィも、元は売られた貧民だったそうです。


 ルーシィは平民出身の聖女候補……つまり特待生として、聖女候補達のための『きよらかなる乙女の学びの園』、通称学園に通っていました。

 あの子はわたしの同級生で、入学したてのころは仲良くしていたけれど、だんだん疎遠になりました。


 どうしてって、ルーシィは美人すぎたからですよ。それに、頭もあまりいいとは言えませんでしたから。

 ああ、嫉妬とか、悪口とかではないんです。誤解しないでくださいね。


 ルーシィは男爵家の養女ですが、元はただの貧民です。

 あの子は明確な後ろ盾を持たなくて、すごく可愛くて、現実を知らずに夢を見ている子でした。だから、生粋の貴族のご子息様方の遊び相手・・・・として都合がよかったんですよ。

 むしろ男爵家からも、その役目を期待されていたんでしょうね。


 言ったでしょう、後ろ盾のない養子は雑に扱われるって。多いんです、そういうこと。

 

 聖女候補の特待生というとなんだか特別な感じがしますが、実際はそんなこと、全然ないんです。

 だって、誰が次の聖女になるかなんてはじめから決まっていますから。俗っぽく言うと、出来レースってやつですね。

 それ以外の候補者達は全員、聖女様の引き立て役で、聖女様に足りない力を補う係なんですよ。聖女は祈りの力の強さで選ばれるわけではないので。聖女候補は聖女補佐に名前を変えて、代替わりまで聖女様にこき使われることになります。貴族出身の聖女補佐は、名誉職みたいなものなので、そんなことはないですけど。


 ああ、これ、あまり言ってはいけないことなんでした。ここだけの話でお願いします。


 何がって、聖女の真実ですよ。


 聖女は必ず、王妃にならないといけません。仮に何か事情があって王妃にできないとしても、その場合は王弟や王甥の妃に選ばれるでしょう。

 だから、祈りの力を持つ女の子の中で、もっとも由緒正しい血統の子が聖女に選ばれます。

 聖女の資質として一番重要視されるのは、家柄なんですよ。


 ルーシィは可哀想な子でした。貧民なのに、かなり強い祈りの力を持っていたから。

 あの子自身、何か期待していた部分があったと思います。聖女候補として貴族の養女になったからには人生を変えられる、と。実際はそんなことないのに。


 わたし達の代の聖女は決まっていました。公爵令嬢のビビエンヌ様です。

 あの方は幼い時から王太子殿下との婚約が内定していたそうですから、その時にはもう聖女に選ばれていたんでしょうね。


 だけど、ビビエンヌ様の祈りの力は、本当に微弱なものでした。

 多分、わたしのほうが強いと思いますよ? だってあの方、普通の動物を避けるための結界すらまともに張れないんですから。

 だからたくさんの聖女候補が必要で、わたしやルーシィが聖女候補になったんでしょう。

 一日中閉じこもって国を守る結界を維持したり、対魔物戦線に行って魔物を倒したりする仕事は、もっぱら平民出身の聖女候補の仕事です。危険で大変だから、生粋の貴族のお嬢様にはふさわしくありませんもの。

 本当、いいご身分ですよね。そもそもあの方一人では、役目一つまともにこなせないでしょうけど。


 綺麗で強くて、頭の悪いルーシィは、ビビエンヌ様にとって都合のいい駒でした。

 王宮で聖女候補達を招いたパーティーが開かれた時、ビビエンヌ様は王太子殿下とそのご友人兼側近であるご令息達に、それとなくルーシィを紹介したんです。

 そもそもルーシィを引き取った男爵家は、ビビエンヌ様のお家の分家らしいですよ。きっと、最初からあの子を使い潰す気だったんでしょうね。


 え? だって、最初から自分達の息のかかった愛妾をあてがっておけば、よそで危ない女性と火遊びすることはないじゃないですか。

 それに、仮に自分達の仲が冷めて愛人を持たれたとしても、その愛人が自分の手駒だったら、自分の立場はおびやかされずに済むでしょう?


 世の中、貴方のように立場を心得た高級娼婦クルチザンヌだけじゃありません。性欲をもてあました結果、敵対派閥の工作員に本気になられるぐらいなら、傷物にしていい子を適当に与えておくからそっちで処理・・してもらおう、というわけです。

 聖女のお役目の補佐だけじゃなくて、運が悪いと聖女の婚約者や配偶者の愛人ごっこもしないといけないから、本当に大変なんですよ、平民が聖女候補になってしまうのって。


 ……ごめんなさい。わたし、あの方々のこと、結構嫌いなので。

 高貴なお貴族様も、わたしみたいな平民上がりのことは嫌いだと思います。


 それはともかく、王太子殿下とご友人の方々は、誰より可愛くてスタイルも抜群のルーシィのことを気に入ったみたいです。

 それで、わたしみたいな特待生は、ルーシィを避けるようになりました。だって、あの子と同じ・・だと思われたくないですから。

 生粋の貴族生まれの聖女候補は、最初から特待生達のことなんて眼中にありません。ルーシィは孤立していきました。


 尻軽のルーシィが高貴な方々を誘惑したと言われていますが、実際は王太子殿下達が先に、生贄のルーシィに声をかけたんですよ。確かにルーシィも、ちやほやされて舞い上がっていましたけれど。 


 後は有名なので、貴方もご存知なんじゃないですか?

 王太子殿下達のいい加減な睦言を本気にしてしまったルーシィが、自分が次の聖女になれると信じ込んでしまった。

 調子に乗ってはしゃぐルーシィを見て、もう使い物にならないと判断したビビエンヌ様は、ルーシィを断罪。

 王太子殿下達は軽い謹慎で済まされたけど、ルーシィは罪人塔に幽閉されて、今も祈りの力だけ搾取されている。


 祈りの力を使うと、すごく体力を使うし、精神力も消耗するんですよ。

 世間では色々と言われているけど、生涯幽閉されるほどのことをルーシィはしていません。

 ただちょっと、ビビエンヌ様に生意気な口をきいて、王太子殿下にベタベタと馴れ馴れしく接しただけです。


 そうです。たったそれだけです。ですが、それこそ王侯貴族にとっては重罪でした。

 なんて、幽閉して力を絞り取るための建前かもしれませんけどね。


 本当に、可哀想な子だと思います。

 もしルーシィが公爵様の家に生まれていたなら、あの子は本当に、本物の聖女になれていたでしょう。平民出身のわたし達が聖女候補として集められることもなかったはずです。


 現に、あの子がいるならもう平民出身の聖女候補は必要ないってことで、次々養子縁組を解消されてますからね。わたしは実家の財力のおかげで、これからも伯爵様の養女むすめでいるみたいですけど。


 ……わたしがルーシィを避けずにちゃんと忠告できていたら、あの子はあんな目に遭わなくて済んだのかな。


*


──ある公爵令嬢の証言


 貴方、先日我が家で催した夜会で、大公閣下のパートナーとして出席していたわよね。挨拶に来たのを覚えているわ。


 貴方にある高貴な方を紹介したいのだけど、いいかしら?

 その方は今、お城に閉じ込められて退屈なさっているでしょうから、無聊ぶりょうを慰めてあげてほしいの。


 話が早くて助かるわ。やっぱりこういうことは、本職に任せるのが一番ね。いいえ、こちらの話よ。


 報酬は弾むから、余計なことは言わず、詮索もしないこと。

 もっとも、わたくしが忠告するまでもなく、心得ているでしょうけど。


 なぁに? それ以上貴方と話すことなどなくってよ。


*


──ある少女の遺書


『全部、あたしがバカなのがいけなかったんです。

 でも、最期にもう一回、お姉ちゃんに会いたかった。

 バカな妹でごめんね。

 大好きだよ、お姉ちゃん』


*


──ある青年の証言


 輝くブロンドに……ははっ。

 あいつは本当に、私の好みをよく知っている。私のことなど興味もないくせに。


 ああ、君をここに遣わせた女のことさ。

 あれでも一応、私の婚約者でね。

 あと一年か二年経ったら結婚することになっているが、今から憂鬱で仕方ない。


 何故って、あの女には他に好きな相手がいるからね。


 誰だと思う? 私の弟だよ!


 あの女は、万が一にも私が自分に興味を持たないように、昔からそれとなく他の女性を私に紹介してくるんだ。そんなことをしなくても、私があの女に触れることなどありはしないのにね。


 あの女と婚約したのは、貴族の家のしがらみというやつだ。

 好きでこう生まれついたわけではないけど、生まれた以上はしきたりに従うほかない。与えられた特権を行使するための、最低限の義務とでも思えばいいだけさ。


 かつては(じつ)の伴っていたしきたりも、時代が過ぎるとともに形骸化していく。

 悪知恵の働く者が利権を貪るために、自分に都合のいい部分だけが残るようねじ曲げていくからね。

 私とあの女の婚約も、そうやって無意味になった風習の一つなんだ。私だって、できるものなら婚約なんてさっさと解消してやりたいが。


 あの女は昔から、私の弟にしか興味がなかった。

 弟もあの女には甘い顔をしている。二人とも、私にはうまく隠していると思っているだろうが。


 相思相愛ね。さあ、どうだろう。

 弟は、私のものをなんでも欲しがっているからね。地位も人望もだ。未来の妻も欲しくなっただけかもしれないよ。


 あの女が私に女性を紹介するのは、私に隙を作らせて失脚させたいからかもしれないな。もちろん、弟のためにさ。

 君をここに遣わせたのも、私が真面目に謹慎していないと責め立てる口実にしたかったからかな?

 女性に本気で溺れて立場を危うくさせるほど、私は馬鹿ではないけれどね。


 現に、弟とちょっとしたいさかいがあったせいでこうして謹慎しているが、それ以上の大事だいじには至らなかった。

 これで弟も懲りたらいいんだけれど。何をしたって私からは何も奪えないと、早く理解してもらいたいものだ。


 諍いの原因はつまらないことさ。

 いつも通りあの女が私に女性を紹介してきたから、少し付き合ってあげたんだよ。

 それを弟が、あの女への裏切りだなんだのと騒ぎ立ててね。裏切りだと言うなら、先に私を裏切っているのはあの女だろうに。


 その女性の名前? さあ、なんだったかな。


 確か……ル……ル……ルシア?

 なにせ彼女に最後に会ったのは二ヶ月も前のことだし、ああいう女性はこれまで何人もいたからね。いちいち覚えていないんだ。


*


──ある高級娼婦の独白


 両親は最低のクズ。無責任に借金を作って、飲んだくれては暴力を振るうから。

 親らしいことは一つもしてもらった覚えがない。あげくの果てに、貴族に妹を売って、わたしのことは娼館に売った。

 でも、わたしとあの子を産んでくれたことだけは感謝している。


 妹は貴族の養女になって、幸せに暮らしているはずだ。

 大好きな大好きな、可愛い妹。きっと暖かい布団で眠って、美味しいものをお腹いっぱい食べて、健康そうに太って、髪も肌もつやつやになって、毎日笑顔でいるに違いない。


 遠くからでもいいから、妹の幸せになった姿を見たかった。

 だからわたしはたくさん勉強した。貴族の世界に出入りできるように、教養や礼儀作法を身につけた。


 そしてわたしは高級娼婦になり、高貴な男達にもてはやされた。望んでいた社交界にも好きに行けるようになった。


 だけど、妹はどこにもいなかった。

 どうやら聖女候補に選ばれて、そのための勉強をしているらしい。妹がすごい人になったみたいで、誇らしかった。


 聖女の妹に娼婦の姉はふさわしくない。

 だからわたしは、妹を探すのをやめた。


 わたしが作った料理を、美味しそうに頬張ってくれるあの子の笑顔が好きだった。

 でも、あの子はもう、「お姉ちゃん、お姉ちゃん」とわたしの後ろをついて回る泣き虫の甘えん坊じゃない。

 あの子の幸せを邪魔してしまわないように、わたしはあの子に再会することを諦めた。


 後悔した時には、もう遅かった。


 ルーシィを利用する王侯貴族。

 自分を大切にしなかったルーシィ。

 一方的に身を引いてしまったわたし自身。


 みんな、みんな許せない。

 今に見ていろ。絶対に思い通りにはさせないから。


*


──ある食堂の看板娘の話


 おにいさん、もしかしてあたしのこと口説いてる?

 残念でしたぁ! あたしを口説きたいなら、まずはお姉ちゃんの許可を取ってもらわないと! 


 え、違うの? やだぁ、もう、恥ずかしい。忘れてー!


 あたし、昔からこうなんだよね。すぐ調子に乗っちゃうの。そのせいで前に、ひどい失敗しちゃってさぁ……。


 あ、同郷っぽかったから気になったのね。

 故郷の味、懐かしかった? お姉ちゃん、とっても料理上手でしょ。


 そうだよー、あたしとお姉ちゃんはあの国の出身なの。

 二年前にこの国に来て、このお店を始めたんだよ。おかげさまで繁盛してますっ。


 え?

 あ、あー、確かにそんな事件、二年前にあったよねぇ。聞いたことがある、かも?


 なんだっけぇ、罪人塔にいた聖女候補? が、脱獄したんだよね。そしたらなんか、急に国の守りがガタガタになっちゃったんだっけ?

 まあ、聖女の王妃様がいるし、王妃様を支えてる聖女補佐達がいるから、そんなに問題にはならなかったみたいだけど。


 でもそれがきっかけで、次に聖女になるはずの、王太子様の婚約者のお嬢様が……えっと、聖女にふさわしくないんじゃないか、みたいになったって聞いたような……?


 その怪文書って、誰がばらまいたんだろうね。

 しかも、第二王子様と浮気してるところまで見られちゃったの?


 そのせいで王太子様、宮廷中の笑いものになっちゃったんだ……。

 あははっ、寝取られた間抜けな男だって! プライド高かったから、そんな風にバカにされるの相当こたえてるだろうなー。

 いっ、いや、そんな感じがするってこと! イメージね、イメージ。


 へえ、婚約解消。じゃああのお嬢様、第二王子様と……え、北の修道院? 預けられたの?

 そうなんだ……。まあ、婚約者の弟と浮気ってすごいもんね。


 お兄さんの婚約者に手を出した第二王子様は?

 ……自分で東の辺境に? ふーん。開拓地の開墾って大変そう。魔物とかもいるよね、確か。

 でも、王子様が開拓団のリーダーになってくれるなら、開拓団の人の士気も上がるんじゃない?


 あ、ちなみに、逃げた聖女候補の養い親だった男爵家がどうなったか、おにいさん知ってる?

 賠償金……お取り潰し……わあ、大ごと。


 なんだか色々あったんだね。

 あたし、罪人の聖女候補が脱獄した頃に国を出たから、そこまで詳しく知らないんだ。


 ど、どうやって脱獄できたんだろうね? 確かに不思議だね?


 ……そうだなぁ。

 お金とコネがあって、聖女候補のことがとーっても大好きで世界一大切に思ってる人が、助けに来てくれたとか!


 夢見がちって、失礼な!

 あはは、冗談冗談。でも、それぐらい夢見たっていいじゃない?


 聖女候補はね、きっと牢屋の中ですごくすごく反省したんだよ。

 自分がバカだったってやっとわかって、でも罰を受け続けるのもつらくて、もう死んじゃいたかったんじゃないかな。


 でも本当に死んじゃう前に、一番大切だったことを思い出して、その望みを叶えてもらえたんだ。


 だから聖女候補はきっと、今は逃げた先で幸せになってるんじゃないかな。


 えへへ、あたしの話に付き合ってくれてありがと。


 じゃあねー、おにいさん。よかったらまたご飯食べに来てよ! 待ってるからさ!

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ううう…お姉ちゃん…こういうの弱いです(;ω;)
病気でルーシィが倒れたら詰むのに、養子縁組解消するボンクラ貴族どもだし、そりゃあ国も傾きますわ 数少ないまともな伯爵一派頑張れ 候補たちが上手く逃れられたのも神のご加護もしれないな。なんと言っても「聖…
証言者の中で、ルーシィ嬢のことをちゃんと認識してるのは商家出身の養女令嬢だけだったし、一番物事を客観的に見ていたのも彼女でしたね。
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