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第4話 首すわる前にプライバシーください!─赤ちゃん貴族の苦悩②

 生後1か月からさらに日数が積み重なった。おそらく2か月、いや3か月近くになっているのかもしれないが、正確な日にちはわからない。とにかく最近、私は少しだけ“起きていられる時間”が増えている。それでも一日の半分以上は寝ているが、前より起きている間に周りを観察できるようになったのは確かだ。

 とはいえ、相変わらず視界はぼんやりで、侍女達が話す言葉は「アガ…テバ?」「フルナ…オソ…」といった不明なカタカナの羅列。私には意味不明だが、そのトーンから優しさと少しの楽しげな雰囲気が感じられる。どうやら私の成長を喜んでいるらしいが、そうやって囁かれるたびに、嬉しさ半分、恥ずかしさ半分の奇妙な感情が沸き上がる。

 生後2~3か月の赤ちゃんは、首がほんの少しだけ強くなると聞いた前世の知識があるが、私も“やや動かしやすく”なってきた気がする。寝ているときに頭を左右に向けるだけでも、以前ほどぐらつかない。ただ、まだ“首が据わった”と胸を張れる段階ではなく、侍女が抱っこするときは必ず頭を支えてくれる。どのみち自力では支えきれないのだ。

 その侍女抱っこだが、あいかわらず私は美女達の柔らかい体と密着するたびに恥ずかしさでどうにかなりそうになる。赤ちゃんの体は正直で、すっぽり胸元に収まると「ああ…ぬくい…」と落ち着いてしまうが、前世の男の意識が「うわあ、こんなとこに顔を埋めるなんて…!」と大騒ぎする。もっと言えば、彼女たちが微妙に香る髪の匂いとか、抱かれたときの体温とか、刺激が強すぎて思考が揺さぶられる。だけど、赤子の体では何もできず、もがけば「ウギャー」と情けない声を上げるだけだ。結局、すぐ疲れて眠ってしまうのだから情けない話だ。

 おむつ交換の頻度は、1か月のときほど多くはないかもしれないが、それでも一日に何度もある。大人の意識ゆえの羞恥心もまだ全開で、侍女たちが楽しそうに「アマ…トユ?」「フーラ…シカ…」などと言いながら私の下を拭いていると、思わず抗議したくなる。だが、抵抗手段は泣くか手足をばたつかせるしかない。かえって侍女に「コラコラ、ジッとしててね」という感じで押さえられると、さらに恥ずかしさが倍増する。二重三重に情けない。

 それでも、この2〜3か月めの頃になると、私は体を動かそうとする意欲が強くなってきた。まだ寝返りすら満足にできないが、少しだけうつ伏せにさせられるときがあり、そのときに腕を突っ張ろうとしてみても、力が足りずプルプル震えるだけ。理想では「早くハイハイして、部屋を自力で探索したい…!」なのに、現実は腕が弱くて上半身を持ち上げられない。

 首を持ち上げようとすると、頭が重くて「ふえぇ…」と泣き声になってしまう。侍女は「ケア…ムナ」とか言って笑いながら助け起こしてくれるが、そのまま抱っこされれば再び美女の胸の中。恥ずかしいし、でも落ち着くし、ぐるぐるした感情が込み上げて何とも言えない。

 さらに、最近は涙の出方が前より明確になったのか、泣くときの量や音が多彩になってきたらしい。侍女が「アタ…メナ? オトト」と言って「あやし方」を変えたりするが、何しろ私には意味不明なカタカナ語。多分「お腹空いてるの?」「おむつかな?」みたいな推測をしているのだろうけど、当の私は単に恥ずかしさで泣いているときもある。「なんだよ! 私は今、心の準備が…」と叫びたくても、赤ちゃんの喉は「あぁう…」と鳴るだけだ。

 もう一つ変化があるとすれば、周囲の色彩がやや識別できるようになったことだ。生まれた直後はただの明暗しか認識できなかったが、最近は侍女の衣装が淡いピンクっぽいとか、壁が少しクリーム色っぽいとか、そういう区別がぼんやり付く。これだけでも世界がちょっと広がった気がする反面、ますます「美人に囲まれてる…」と認識してしまい、恥ずかしさが増すジレンマ。

 例えば侍女が沐浴用のお湯を準備している場面も、以前は湯気のシルエットくらいしか見えなかったが、今はうっすら女性の姿が動いているのがわかる。ん? あの人、腰のあたりが細いな…と気づくと、思わず自分の頬が熱くなるのを感じる。思春期の少年みたいに意識してしまうが、身体は赤子なのでどうにもならない。ひたすら苦笑い(できないけど)するしかない。

 もちろん、沐浴シーンは相変わらずの羞恥劇だ。全裸にされ、温かな湯に浸かり、侍女が丁寧に体を洗ってくれるなんて、前世では考えられない状況。おむつ交換以上に無防備で、しかも視界が少しよくなったから、鮮明に「ああ、今、私の足が持ち上げられて…」とか理解できて余計恥ずかしい。二度三度、体を拭かれるたびに「わーもう…」と心で叫ぶが、侍女は「グイト…セラ?」と笑顔。自分だけが妙に赤面している構図だ。

 ただ、体の発達は少しずつ進んでいる。前世の知識で言うと、生後2〜3か月なら、まだ寝返りは早いかもしれないが、頭を何秒か持ち上げられる子もいると聞いた。私も頑張って練習しようとするが、どうしても疲れが早く、「ふぇー」などと泣いてしまう。情けないことに、成長のために頑張る意志はあるのに、身体がついてこない。まるでリハビリ患者のようだ。

 しかも、その努力シーンを侍女に見られるたび「キャア…ナダ? ヨイヨイ!」みたいに歓声を上げられるのが何重にも恥ずかしい。まだハイハイどころか寝返りすらできないのに、必死に腕をバタつかせる姿を「かわいい」という目線で見られるわけで、大人の心を持つ私は内心「笑うなぁ!」と叫びたくなる。実際は「うぎゃ…」くらいしか言えないから、さらに悲しい。

 それでも、一進一退しながら体は成長している。首をほんの少し保てる時間も増えたし、侍女に抱かれたときの見える景色がちょっとだけ広がった。母親の授乳を時々受けられるようにもなったし(あの抱っこタイムは天国と地獄が同居しているようなものだ)、生活リズムに多少の変化が生まれている。

 恥ずかしさはまったく減っていない。むしろ、視力や聴力が発達するほど、侍女たちの美貌や体つきが少しずつ目に入るから、精神的ダメージが深刻化しているかもしれない。抱っこで密着するとき、うっかり見下ろすと大きな胸の輪郭がぼやっと視界に入るし、肌のきめ細かさを感じるたびに「ぐぬぬ…こんなの男の喜ぶシチュエーションだろ! でも赤ちゃん…」と頭が混乱する。

 とはいえ、今の私にはそんな状況を拒否する力もなく、結局は「ぎゃあぎゃあ泣く→あやされる→眠くなる」のループ。頑張って動こうとすれば体がプルプル震えて「ふえぇ…」と泣き声を出すしかない。精神は大人、身体は赤子、このギャップがもどかしくもあり、二重三重にコミカルでもある。

 それでも、少し先には寝返りができたり、手で物を掴めたりする段階が来る。その頃にはまた新しい恥ずかしさが待っているのかもしれないが、いずれハイハイをマスターして、侍女の目を盗んで部屋を探索してみたい。そうすれば魔法道具の仕組みやら、両親の様子やら、いろいろ知れるはずだ。

 少なくとも、仕事を断れずに過労と流行病のダブルコンボで息絶えた前世よりは平和。たとえ羞恥心で毎日胸がざわつこうと、この身体が順調に育っている実感は悪くない。まだ言葉も歩行も先の話だが、こうして0歳児の人生を再スタートしているんだと思えば、不思議とやる気が湧いてくる。

 そんな風に意気込んでも、結局、数分後にはミルクを飲んで「ああ…もうだめ、眠い…」という赤ちゃんの体に支配されるのだから、なんとも哀しいやら微笑ましいやら。だが、私なりに少しずつ成長しているつもりだ。日々を重ねて、いつかこの“赤ちゃん縛り”を卒業するのだ……!


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