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第2話 死んだ途端に始まる『なろう』のお約束は、なぜかチート不在?

 ――深夜。私は事務所で一人、机に向かっていた。

 提出期限が迫っている資料に追われ、目を血走らせながらパソコンに向かっている。表計算ソフトと文章ソフトをいったり来たり、頭の中は「早く終わらせないと」という焦燥感でいっぱいだ。

 しかし、追い打ちをかけるように、クライアントからメールが飛んできた。「やっぱり方針変更になりました」「あの文言を差し替えてください」「明日朝イチまでに欲しい」――そんな要望ばかりが積み重なる。

 私だって人間だ。寝たいし休みたい。けれど、今仕事を断ったら、案件が途絶えるかもしれない……そう思うと怖くて、つい無理をしてでも全部引き受けてしまう。

 自営業を始めたころからずっとそうだ。いつ仕事がなくなるかわからない不安と、収入が途絶えたら困るという恐れで、結局断れない。

 「……もう少し、もう少し……」

 そう自分に言い聞かせて、キーボードを打つ手を止めない。時刻はすでに夜中の二時を回っていた。パソコンの画面がチラチラ瞬いているのを見て、頭痛が増すのを感じる。

 やがて、勢いよく立ち上がろうとした瞬間、足元がふらりと揺れた。頭がクラクラして、壁に手をつく。

 「……まずい……ちょっと横になりたい……」

 気力でなんとか歩き出そうとするが、吐き気まで込み上げてきて、思わず床に倒れこんでしまう。意識が遠のきかける中で、「こんなところで倒れたら、データは……クライアントは……」などと考える。けれど、体は限界を超えていた。

 ――そして、私はそのまま意識を失った。

 目が覚めたのは、病院のベッドだった。

 ぼんやりと白い天井を見上げる。周囲には防護服を着た医師や看護師らしき人たちがいて、普通の病棟ではなさそうだ。

 私は口を開こうとするが、喉がカラカラで声が出ない。看護師が「大丈夫、落ち着いて」というようなジェスチャーをしてくれたが、頭はまだ朦朧としている。

 数日――あるいはもっと長い間――熱と咳が続き、意識が混濁していたようだ。ときおり医師が何か言っていた気がするが、うまく聞き取れなかった。

 それでも、一時は回復傾向にあったらしい。だが、ある夜、急に息苦しさが増し、看護師が慌てて酸素マスクを強化してくれた。周りで機器のアラームが鳴り、医師たちがせわしなく動いている。

 「――……」

 声を出そうにも、もうほとんど出せなかった。空気を吸うたびに胸が痛み、視界が白く染まっていく。

 そして、意識がぷつりと途切れた。

 私は、あっさりとこの世を去ったのだ。

 気がつくと、病室ではなかった。


 やけに無機質な会議室のような場所で、壁も天井も真っ白。そこかしこに光る文様のようなものが浮かんでは消えている。

 ――そして、何より不思議なのは、私の視点だ。床からの高さとか、椅子に座っている感覚などがない。

 まるで、ドローンのカメラ映像を眺めているような、不思議な浮遊感があるのだ。

 私は心の中で「ここはどこ……?」と呟くが、声の感覚すら曖昧。

 しばらくすると、扉のような部分が開き、妙な格好をした青年が入ってきた。

 ゲームや漫画の“魔法使い”を思わせるローブ姿。紺色の布地に金の刺繍があしらわれていて、肩からは小さなマントが揺れている。

 その青年が視線をこちらに向け、椅子を引いて腰かける。

 「どうもどうも。やっと来たね」

 軽い口調で話しかけられても、私はどう答えればいいのか戸惑う。

 「……あの、あなたは……?」

 思わず心の中で問いかけると、青年はにっこり笑う。

 「私? 私はツクヨ。一応、“転生神”という役目を担っている。……ああ、胡散臭い格好してると思った? まあ、そうだよね。神様って言うともっと神々しいイメージがあるかもしれないけど、最近、雰囲気を変えようと思って、このローブにしたんだ。もともとスーツだったんだけど、あれじゃ面白くないし。で、こんな感じで仕事してるんだ」

 神様? 一瞬、そんな馬鹿なと思いかけるが、そもそも自分が死んだらしいという状況がもう非現実すぎる。

 「え、神様……?」

 「まあ、“死後の世界”で働いてるのが神様だって定義するなら、そうなるかも。ああ、君が一神教の人なら、天使みたいな存在だって置き換えていいし。とにかく、私は“あの世に住んでいて、そこで勤務”って感じかな」

 私はますます混乱する。死んだ? 本当に?

 「……じゃあ、私、本当に死んじゃったのか……?」

 口に出した瞬間、実感がじわじわとこみ上げてくる。

 「うん。倒れて病院に運ばれたんだけど、結果的に助からなかったんだ。ご愁傷様。心より、お悔やみ申し上げるよ……とは言ってみたけど、あんまり気持ちこもってないって顔してるね。まあ、こういう仕事だと慣れちゃうんだよね」

 青年――ツクヨは平然と言う。ふざけているわけではなく、ただフランクな態度なのだろう。

 こちらとしては動揺を隠せないが、彼の口調はどこか気の抜けた優しさも感じる。


 「本来なら、亡くなった魂は、そのまま元いた世界の、別の未来の命に生まれ変わる……そういうルールなんだ。例外として、『ここ』にとどまったり、あるいは別の世界に行くこともあるけれどね」

 私はしばし沈黙する。

 「じゃあ、私も普通に生まれ変わるはずだった……?」

 「そういうこと。だけど、君はその例外に選ばれた。いろいろ基準があってね、転生HR部ってところがあるんだけど、そこがチェックしてるんだ。能力とか人格とか、あと、早めに亡くなってしまったケースとか……ね」

 こんなの、どう考えても胡散臭い。

 でも、確かに私は死んだんだ。病院での最期が脳裏にこびりついている。

 「……ああ、なんかヤバいですね。私、本当に……」

 「ところで、自分の体が見えないんですけど……?」

 ふと気づいて、私は視線を下ろそうとする。だが、そもそも“視線”がどのあたりにあるのかもはっきりしない。完全に宙に浮いているような感覚だ。

 「うん、残念ながら君の肉体はもうないからね。日本だと火葬が一般的だし、君の場合は病院の処置もあって、いまごろは……ほら、想像に任せるけど……」

 「火葬……ああ、そうか……」

 なんともいえないショックを受けるが、“死んだ”とはそういうことなんだろう。なんとなく納得しつつも、複雑な気持ちになる。


 「そうそう、お疲れだから、まずはコーヒーでもどう……と言いたいけど、体が無いから、飲みようもないからね。」

 ツクヨが軽く冗談めいた態度を取るので、なんだか拍子抜けしてしまう。

 「ツクヨさん、神様って言うよりは怪しい魔術師みたいですよ。その服装とか……」

 「結構頑張ってデザイン決めたんだけれどもなぁ、各自に任されているんだよ。まぁ神様でも魔術師でも、そういうイメージしやすいなら好きに思って」

 彼は本当に“死後の世界で働く存在”なのかもしれない。私は死んだのかもしれない。まだ受け入れ難いが、そう考えると筋は通る。

 「とにかく、急には無理だろうけど、受け止めてほしい。君は死んで、ここに来ている。ここでは、これから“どうするか”を選んでもらうんだ」

 ツクヨが書類のようなものを取り出し、机に広げる。



 「……実はね、本来なら、君は普通に“未来の日本”へ生まれ変わるはずだったんだ。時代はちょっと先かもしれないし、場所が少し違うかもしれないけれど、いわば“次の人生”を普通に送るのが一般的な流れなんだよ。

 でもね、さっきも言った通り、転生HR部ってところが“例外候補者”をチェックしていて、君はそのリストに入った。ざっくり説明すると、早めに亡くなったとか、人格やスキル、あるいは運命の歯車みたいなものが特殊に回っているとか……そういう理由がいくつか重なったみたい。

 それで『異世界転生』の候補に選ばれたわけ。要するに、普通の再生ルートと“異世界転生”のどっちに行くか、今ここで君に選択してほしいってこと。もちろん、そのまま未来の日本へ行くのもアリだよ。基本的に記憶はほぼリセットされちゃうけどね。

 さあ、どうする?」

 私は唐突に迫られた選択に困惑しながらも、気になって仕方ない疑問を口にする。

 小説や漫画の中の話だけだと思っていた「異世界転生」という言葉が、こうして現実の選択肢として提示されるなんて……。まるで冗談みたいだけれど、ツクヨの真剣な表情を見ると、どうしても完全に否定できない。

 “転生”という響き自体、フィクションにしか存在しないと思っていたのに、私が今こうして死後の世界らしき場所にいる以上、馬鹿にすることもできない。頭の中は混乱していて、妙な興奮と不安が入り混じる。


 「……ねえ、ツクヨさん。異世界転生って本当にあるんですか?」

 「うん、そのとおり。実際に行ってる人、たくさんいるよ。ただ、ほとんどが日本からの転生なんだ。私も元は日本人でさ、だから日本語が話せるわけ。外国からの転生者が来ると大変でね……トリリンガルの同僚転生神にお願いしてるよ」

 前世――と呼べるのかはわからないが――私の仕事漬けの日々が走馬灯のように頭をよぎる。

 「なんで日本からの転生がそんなに多いんです?」

 「日本人の“物語”に対する親和性とかかな。あと、異世界転生もののフィクションが流行ってるでしょ? その影響も大きいかも。」

 言われてみれば、日本ではそういう小説や漫画が人気だった記憶がある。私はこくりと頷く。

 「それに、転生者が増えれば増えるほど、日本でますます異世界転生ものがヒットする傾向があるみたい。」

 「……でも、それってちょっと変じゃないですか? 異世界転生した人が日本に戻って宣伝するわけじゃないでしょう? 原因と結果が逆じゃ……」

 ツクヨが慌てたように口を押さえる。

 「いや、鋭いね……そこは聞かなかったことにして。上から怒られるんだよね、その辺」

 私はツクヨの挙動を見て、ますます混乱しながらも、なんとなく呆れたような気持ちで笑ってしまう。

 「じゃあ、私はどうすればいいんです? 選べるんですか?」

 「うん、選べる。ただし、普通に“日本”に生まれ変わるか、あるいは“異世界転生”するか、その二択だね。どの世界か細かい指定はできない。未来の日本に生まれることもあるし、たまに外国に行く場合もある。文化圏が近いほうが多いけど」

 未来の日本か……それなら、もしかしたらテクノロジーが進んで、働かなくてもいい暮らしが実現してるかもしれない。

 でも、それって記憶や能力が失われるんだよな……?

 ツクヨは苦笑いしながら言う。

 「うん、基本的には前世の記憶や能力はほとんど失う。まれに残るケースもあるけどね。だけど“異世界転生”なら、記憶は全部引き継げる。ゼロからスタートだけど、自分の意思や思考はそのままだから、ゆっくり頑張れると思うよ」

 私は考える。前世のように働き詰めで死ぬのはもう嫌だ。だが記憶が失われるのも寂しい気がする。ならば、異世界転生という選択もアリかもしれない……。


 「……ちょっとアニメや漫画で観たことあるんですが、神様がチート能力とか特別なアイテムをくれるってパターン、あるじゃないですか」

 「ああ、それね……最近、上の方針で配れなくなったんだ。特に、送り先の異世界は基本的にそういうのダメでね……申し訳ない」

 残念。ちょっと期待していたが、やはり都合よくはいかないらしい。

 「じゃあ、未来の日本に普通に生まれ変わるか……もう疲れたし……」

 すると、ツクヨが目を泳がせて焦り始める。

 「いや、ちょっと待って! 私、営業成績がやばくてさ、上司に詰められてるんだよ。なんとか“異世界転生”を増やさないと……」

 私は思わず吹き出しそうになる。神様(?)の世界も世知辛いのか……。

 「神様も大変なんですね。……でも、そんな話聞いたら、余計に行きたくなくなるかも」

 「いやいや、特典はないわけじゃないんだよ。転生先は中世ファンタジー風だけど、都合よく便利な魔法があるから生活は清潔で快適。君は“貴族の出身”としてスタートできるから、美酒美食も楽しめるし、綺麗な女性たちに身の回りの世話をしてもらえるよ。しばらくは働かなくて済むし……ね?

 そこそこ試練もあるけど、スパイスがあったほうが人生楽しいし、基本は悠々自適だしさ。」

 確かに、それはちょっと魅力的だ。前世では稼いでもインスタント食品で済ませる日々が多かったし、美酒美食を満喫する時間すらなかった。

 「……面白そうですね。うん、やってみようかな」

 ツクヨがほっとしたように微笑む。

 「じゃあ、決まりだね。今度こそ、長生きしてよ。二度と早死にしちゃわないようにね。」

 ツクヨは腰に挿していた細長い杖を抜き取ると、それを軽く振り上げ、楽しげに一回転させる。

 「それじゃあ、ちょっと失礼――ここからは私の出番だからね」

 杖の先端がきらりと青白く光り、まるでシャボン玉がはじけるような不思議な音が耳をかすめた。

 見ると、私の足元に不規則な文様のような輝きがじわりと浮かんでいる。ツクヨが何か呪文めいた言葉を呟くと、その模様が輪を描くように拡がり始めた。

 「そうそう、大丈夫。立ちくらみとか起こすかもだけど、意識だけはしっかり持っててね。……あ、そっちの体はもうないから、実際にはフワフワのままなんだけど」

 軽口を叩きつつ、杖をもう一度ゆっくり振る。すると、私の周囲の空気が震え、薄い膜のようなものがすうっと剥がれ落ちていく感覚がした。

 『ああ、これで本当に、別の世界へ……』

 そう意識したとき、杖先から眩い光が広がり、私を包み込むように零れ落ちる。

 「じゃ、またね。今度こそいい人生を、だよ」

 ツクヨの声が少しだけ弾んだように響き、その笑顔とローブ姿が眩しい光のなかに溶けていくように見えた。

 その瞬間、私の周囲の景色がぐにゃりと歪む。白い会議室が溶けるように消えていき、ツクヨの声も遠ざかる。

 不思議な感覚に包まれながら、私は再び意識を失った――。

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