乙女トラップ〜異世界小説にはご注意!〜
アラサー喪女が異世界に呼ばれて…
「あ…」
目が覚めると鬱蒼とした森の中にいた。ゆっくり立上り周りを見渡し、これは自分の夢だと認識する。ファンタジー系や異世界系が大好きの私はこの後の展開に期待してしまう。
久しぶりの楽しい夢にワクワクし、短い睡眠時間でこの夢を堪能すべく移動を始める。
森の中は鳥の囀りしか聞こえず人の気配は感じない。辺りを確認しながら歩いていると微かに何かが近づく音がしてきた。
その音はどんどん大きくなり地響きがし恐怖を覚える。咄嗟に隠れる場所を探すがある訳も無く体が震えてくる。
人の気配のないこんな森だ。肉食獣が居てもおかしくない。
「ヤバいじゃん!」
近づく地響きにパニックになった私は目の前の木に足をかけ登る。私は運動音痴で木登りどころか学校にあった登り棒ですら登れたことが無い。でもこれは夢だから何とかなると思い登り始めた。
「やっぱり夢だからね~」
予想通りすいすいと木を登り気が付くと天辺近くまで登った。そして地響きがする方角に視線を送ると…
「何あれ?」
馬?牛?見た事もない四足歩行の獣に乗った甲冑姿の集団がこちらに向かってきている。本当なら人に会えて安心する所だが、その集団は殺気立ちとても怖い。反対に遭遇しない方がいいと本能が言っている。そして木の上で身を顰めやり過ごすと、なぜか私が居る木の下でその一行は止まった。驚き両手で口を塞ぎ息を潜めると
「方向はあっているのか?」
「はい。間違いありません。この辺りにお見えのはずです」
「もしかしてあちらが先に見つけてしまったのでは…」
武装した一行は誰かを探している様だ。
『絶対見つからない方がいい』
そう思い狭い木の上で更に身を顰める。暫く立ち止まり話していた一行は、移動を始め遠ざかって行った。地響きが遠ざかりやっと息ができる様になり大きき息をする。
「ファンタジーや異世界は好きだけど、私の好きなジャンルは恋愛もの。冒険系やバトル系は勘弁して欲しい」
そう呟き木の上から辺りを見渡す。ふとさっきの一行が来た方角に目をやるとお城が見える。そして反対の方向には城壁らしきものが見えた。
でもそんなものが見えても状況が分かる訳も無く、取り合えずこの世界の人と接触するため移動を始める。ゆっくり且つ慎重に木から下りて、さっきの一行が向かった方角を避け歩き始める。
どの位歩いただろう。夢のくせにしっかり疲れた。足も痛くなりこれ以上は歩けない。空を見上げると日も落ち薄暗くなってきている。
何処か休める所を探すが、未だ森から出れず休める所など無い。仕方なく大きな岩の隙間に入り休む。岩場は風を避け何とか休めそうだ。私は鳴り響くお腹を抱え取りあえず眠り体力の回復を図る。
「食べ物は明日探そう」
そう思いながら大好きな食べ物を想像しながら眠りについた。
「・・・・」
「・・・・・・・」
ゆっくり意識が浮上する。夢から覚め自室のベッドの上か?あれ?
『あれ?昨晩TV消し忘れた?』
小さいが人の話し声が聞こえる。一人暮らしの私の部屋で話し声がするとすればTVかスマホしかない。ゆっくり目を開けると知らない天井に固まり、そして体中の痛みに気付く。昨日はデスクワークでこんなに足腰が痛い訳ない。どんどん出てくる違和感に恐怖を覚え始めると
「お目覚めになられたか?」
「まだお休みです」
「お目覚めになられたら丁重にもてなし直ぐに私に知らせろ」
今度ははっきり声が聞こえ、声の主らしき人影がベッドに近づく。咄嗟に目を閉じ息を潜めるとカーテンが開く音がして瞼に光が当たるのを感じる。じっとしていると何かが近づく気配を感じ恐怖で泣きそうになる。そして
「ちゅっ」
『!』
額に柔らかく生暖かい物が当たったが、起きている事を悟られない様に堪えそんな自分を褒めた。
暫く寝たふりをしていると人の気配も話し声も消え静かになる。
やっと目を開け体を起こすと、やっぱり自分の部屋で無い事に気づく。ゆっくりベッドから下りて部屋を調べる。この寝室には扉が2枚あり観音開きの大きな扉に近づき耳を当て気配を探る。すると人が歩く足音が微かにする。あちらの部屋には人が居る様だ。もう1枚の扉を確認するために、忍び足で移動しまた扉に耳を付ける。こちらは音がしない。そっと開けてみると洗面所の様だ。
『丁度良かった』
ゆっくり入り扉閉め見渡すと洗面所とお手洗いそして奥にまた扉がある。扉をゆっくり開けると湯気で視界が悪い。どうやら湯を沸かしている様だ。
嫌な予感がしつつトイレを済ませ寝室に戻ると、隣の部屋から女性達の話し声が聞こえてきた。また扉に近づき聞き耳を立てると…
「あのお嬢さんの破瓜が必要なんでしょう⁈ この国の為とはいえ歳の離れた男性に初めてを奪われ、この地に縛られるなんて可哀想」
「私なら逃げ出すわ。それに旦那様よりまだ王太子殿下の方がいいわ」
『今凄い話ししていなかった? それに“お嬢さん”と“破瓜”って何?』
嫌な予感が増していく中、また話し声が聞こえ
「早くお嬢さん目覚めてくれないと、床の入れの準備も婚姻準備も出来ないわ。お若いしこの国の女性より小柄だから、採寸をしないとドレスが作れないのよ…」
扉を離れ1人掛けのソファーに座り聞いた聞いた話を整理する。恐らく彼女達が“お嬢さん”と言っているのは状況からして私の事だろう。そして“花嫁”と“破瓜”は私が誰かと結婚しその・・・Hするという事だ。色んな夢を見たけどこんなリアリティあるのは初めてだし、その上エッチな夢だなんて… 私は欲求不満なのだろうか。
『確かにこの年で処女だけど、そんな飢えているとは自分では思っていない』
そう思いつつ欲求不満だった自分に少しショックを受ける。このままここに居たらじじいに嫁がされ、Hする事になる。夢でもそれは嫌すぎる。だから逃げよう!
善は急げまずは脱出経路を探す。隣の部屋は女性達がいるし、洗面所の方は窓が高い位置にある上に窓が小さいから無理だ。後は…
ベランダしかなくそっとベランダに出て周りを確認する。部屋は2階で下には誰もいないから、ここから出れるかもしれない。でもどうやって2階から降りよう。ベランダをウロウロしながら脱出経路を探していると、ベランダ横の大きな木が目に入る。ベランダの縁に登れば太い枝に手が届きそうだ。
『さっきも木登りできたからきっと上手くいく』
何故か変な自信に満ちた私は深く考えずにベランダの縁に登り枝に手を伸ばした。
『イケる!』
と思った瞬間
「何をしている!」
突然大きな声がしてびっくりして手を離してしまい落下してしまう。落下しながら骨折を覚悟すると
「痛く無い…へ?」
無事に驚き顔を上げるとそこにはグレーの瞳の男性の顔が。頭が回らず固まると男性は私を木の横のベンチに下し、目の前に跪いた。
真っ直ぐ見据えた男性は20代後半の大柄な美丈夫で、北欧系の彫深い顔立ちに白い肌。そして紫の長髪を後ろに束ね三つ揃えのスーツを姿だ。そして彼は溜息を吐き少し怒った顔をし
「何故あのような事をしたのですか!私が間に合わなければ大怪我をしていたのですよ」
「…」
怒った顔も綺麗で怒られているのに怖くない。呆然と彼の顔を見ていたら人が集まりだし、男性は徐に上着を脱いで私に掛けた。彼の上着は温かく優しい香りがする。上着の温かさにほっこりしていたら、侍女服を着た年配の女性が来て部屋に戻る様に言う。
せっかく脱出したのにまた連れ戻されるのが嫌で抵抗すると、先ほどの男性が来て無言で抱き上げ歩き出した。そして
『ふりだし…』
部屋に戻ると巨大ベッドに私を下した彼が隣に座り、戸惑う私を見て名乗った。彼は昨日私が歩いていた北の森を領地に持つエルガー公爵家の嫡男のダリウスさん。彼はそれ以上話す事をせずじっと私を見詰めるだけで気まずくなる。そんな沈黙を破ったのは
“ぐぅ~”
私の腹の虫が大合唱した。一瞬驚いた顔をした男性は口元を手で抑え小刻みに震えながら笑っている。
『でも仕方ないじゃん!昨日から食べてない設定なんだから』
そう思っていると男性はベッドサイドのベルを鳴らした。直ぐにわらわらと召使がやってきて、ベッドテーブルをセットしあっという間に食事が用意された。驚いていると彼が
「昨日から食事されていませんでしたね。ご希望があれば何でも仰って下さい、用意させますから」
「あっありがとうございます。こちらで十分です」
そう言い食事を頂く。食べている間、彼は優雅に紅茶を飲みながら私を見ている。何が楽しいのか分からないがずっと微笑んでいる彼を不気味に思いつつお腹を満たした。
食べ終わると召使たちに洗面所に押し込まれ3人がかりでお風呂に入れられる。磨き上げられ結婚式で着る様な淡い水色のドレスを着せられ、ソファーに座っている。そして目の前には例の男性と神父さんの様な格好した初老の男性がいる。
人払いがされると(仮称)神父さんが本を開きこの国の成り立ちを話し出した。
(仮称)神父さんの話は抑揚が無く淡々と話すので、途中から話が頭に入って来ない。どんどん眠くなってきた時に例の彼が
「ドナン司祭。お嬢さんに簡潔に事情を説明してくれ。このままだと司祭の話は彼女の子守歌になってしまう」
寝かけている事に気付かればつが悪く座り直すと(仮称)神父さんは
「簡潔にご説明すると邪気が溜まると異界より邪気を浄化できる生娘を呼び寄せ、この国の王族の血筋の者と交わせます。そして破瓜の証を邪気が溜まる森の祭壇に捧げ邪気を払うのです」
「はぁ?まさかその召喚した娘が私って言いたいの」
そう言うと2人はシンクロし頷く。ぶっ飛んだ話に笑いそうになる。確かに異世界ものならありそうな話だ。でもこれは夢だし私の年齢ではヒロインは無理だ。直ぐに私では無いと伝えると
「間違いない。生娘が渡って来る時、降り立つ場所が銀色の光を放つと言い伝えられている。そして昨日北の森が銀色に光り貴女が現れたのです」
「そうかもしれないけど、私は29歳で生娘では無いの。期待した貴方達には悪いけど間違いだよ」
そう答えると男性は身を乗り出し私の手を取り真剣な面持ちで
「貴女は生娘では無いというのですか」
勘ぐる男性を誤魔化すために頷くと、男性は微笑み握った私の手の指先に口付け
「生娘以外は(ここには)渡れないのです。可愛い嘘は必要ありませんよ」
そう言い信じなかった。来ていきなり結婚だの破瓜だの言われ受け入れれる訳も無く、嘘で逃げようとしたが無理だった。だったら正直な気持ちを伝え断ろうとしたら、部屋の扉を誰かが強く叩き入室許可を求めてきた。溜息を吐いた男性が立ち上がり扉に向かい応対すると、眉間に皺をよせ
「話の続きは後ほど、司祭殿も彼女が落ち着き全てを受け入れられてから続きの話をしましょう」
そう言い(仮称)神父さんを退室させた。そして男性は侍女を呼び部屋から出ない様に言い何処かに行ってしまった。
疑問符だらけの私は侍女さんに説明を求めたが、彼女らは分からないの一点張り。仕方なくソファーに座りお茶と美味しそうなお菓子を食べていたら外が騒がしい事に気付く。すると侍女さん達の顔が強張り私に寝室に移動するように言ってきた。そして半ば強引に寝室に移動させられベッドで寝そべりあの男性が戻るのを待っていた。
“バン!”
大きな音と共に短髪の男性が部屋に飛び込んできた。驚いてベッドから転げ落ちてしまい、起き上がろうとすると侍女が乱入者を引き留める声がする。今のうちに隠れようと目の前のベッドの下に避難しようとした時、不意に体が浮き
「其方が渡って来た乙女か」
「!」
大柄の短髪の男性はこれまた美丈夫でスポーツ系のイケメン。朱色の瞳が目を引く男性だ。それより貴方は誰?
「おろして下さい。いきなり失礼ですよ」
そう言い身を捩るとゆっくりベッドに下してくれた。そして目の前に跪いて私の手を取り名乗る。
「このグラナダス王国の第1王子アキレウスだ。渡りの乙女に挨拶申し上げる」
「へ?おっ王子!」
流石異世界系の夢。王道の王子が出て来たよ。ビジュも今まで見て来たアニメや漫画のキャラに負けないイケメンだし。ビジュの良さに感心していると、先ほどの男性が部屋に駆け込んできた。そして私に無体な事をされていないか確認をする。
「ダリウス。渡りの乙女を見つけたのなら王家に何故報告しない。まさか其方が抜け駆けし純潔を受けるつもりか」
「純潔を受けるのは王家の血筋の者。私にも権利はあります。お忘れですか?」
そう言いダリウスさんは王子を睨んだ。今の話からダリウスさんも王家の血筋で私の相手?のようだ。
歪み合う2人を見ながら冷静に
『これは夢です。あと数時間で覚めるから大丈夫』
そう思いつつ、もし夢で無いとして好きでもない人とそんな行為は出来ないから断固お断りする。そしてエキサイトする2人を無視し隣の部屋に移動すると、また1名登場人物が増えていた。
その人は背は少し低く…って言っても私より大きいが、眼鏡をかけた塩顔の美形。一重のせいか冷たく感じる。そして私に気付いて胸に手を当てて頭を下げて
「アキレウス殿下の側近を努めるランスと申します。まだ困惑されておいででしょう。よければご説明させていただきたく…」
そう言い紳士的に接してくれる。胡散臭い微笑みに嫌悪を感じ、無視をこいてそのまま部屋を出た。
部屋を出ると殿下の護衛だろうか騎士が10名ほどいて、私を見て驚いた顔をしている。
そして一番年上らしき男性が私を引き留める。うんざりしていた私は無視し歩き出すと、目の前に壁ができた。通せんぼされ踵を返し反対方向へ向かおうとするとまた壁が。意味も分からない上に思うように動けず自然と涙が出て来た。
『私何か悪い事した? 真面目に働き誰にも迷惑かけず生きて来たじゃん!』
そう思うと悲しさと怒りが込み上げ感情がコントロールできず騎士に声を荒げ怒りをぶつける。
「そこを退いて!」
「渡りの乙女様はこの国にとって大切なお方であり、御身をお守りせねばなりません」
「それはここの人達が勝手に決めた事でしょう!私が望んだわけじゃ無い。私は誰にも縛られない。退いて…」
興奮し過ぎて涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。でもそんな事を気にもせず目の前の騎士に怒りぶつける。騎士たちは胸に手を当て部屋に戻るようにしか言わない。
精神的に追い詰められた私は思わず、騎士の腰元にある短剣に手を伸ばしそれを奪う。そして刃先を自分の首元に向け騎士たちに退くように命じた。
多分この時の私は狂っていたと思う。なんならここで死ねば夢から覚めると考え、本気で自分の喉元を裂こうとしていた。
「!」
騎士がたじろぐとゆっくり進み、短剣を手に屋敷の廊下を走る。階段に差し掛かりドレスの裾が邪魔でドレスを巻くし上げ、階段を駆け下り角を曲がると
「ぎゃぁ!」
目の前に大きな犬?狼がいて驚き尻もちを着く。その獣は器用に前足で私が落とした短剣を蹴り、私を抱え込むように座った。その獣は温かく興奮した私を落ち着かせてくれる。
元々私は動物は見るのは好きだが、触れるのは苦手だった。あの野生み溢れる体臭も苦手だったし、甘噛みでも噛まれるのは恐怖だったから。
でも今私を包む獣は嫌悪感を感じない。尖った私の心が落ち着いて来るのを感じていたら、騎士たちが追い付き獣を見て固まっている。
「やはり貴女は渡りの乙女だ。神使が貴女を守ろうとしている」
声がする方を見ると王子とダリウスさんが嬉しそうに私を見ている。神使って?
興奮する2人に遅れて来た側近が息を切らしながら
「乙女様。まずは落ち着き話し合いませんか? 貴女様の御心もお聞かせいただきたい」
落ち着いた私は側近提案を受け、屋敷に戻り話を聞く事にした。私の側を離れない獣は言葉が分かるようで、皆が屋敷に移動を始めると立ち上がる。てっきり帰るのかと思ったら私の後をついてきた。そして私に手を伸ばした王子に牙を剥き、誰も近付けようとしなかった。
最強の味方?を付け少し心強くなった私は、先ほど短剣を奪った騎士の元に行き謝罪した。社会人なら迷惑かけたら謝らないとね。
こうして会議室のような大きな部屋に移動しすると、あの神使は私の横に陣取る。そして側近のランスが進行し話合いが始まった。
「まずは我が国にお渡り下さった乙女様に感謝を」
ランスがそう言うと一斉に皆が立ち上がり、胸に手を当て深々と頭を下げる。そしてランスがこの国と邪気について話しだす。
この国はこの大陸中で最も大きな領土を持つグラナダス王国。全能の神オルランに護られている大国だ。はるか昔近隣の国と長きに渡り海域をめぐり争って来た。その争いが邪気を生みこの国に影を落とした。他国との争いは無くなったが、犯罪や謀反を企てる者が現れ国内は荒れ始めた。そんな時オルラン神が神託をくだす。
【異界から清き乙女が渡り、その乙女が純潔が邪気を祓うだろう】
その神託が下って数日経ったある日。南の森が銀色に光り異界の乙女が渡って来た。その時ちょうど適齢期の王子がおり乙女を妃に迎えた。そして婚姻式の夜に情を交わし、交わした証を神託の従い南の森に捧げた。
すると内乱は治り国は安寧を手に入れた。それから邪気が溜まると異界から乙女が渡るようになり、王族の血を引く未婚の男が渡りの乙女を娶るようになったそうだ。
「その渡りの乙女が私?」
「はい。間違いございません。オルラン神の神使もあの様に懐いておりますし」
事情は分かったがだから何!冷たいが私には関係ないし、異世界の私がその神託に従う義務はない。それに神の神託と異世界の乙女に頼りっきりなのも気に食わない。
「この国の事情は分かりました。でも私には関係無いし、神の神託だかなんだか知らないけど従う義理はないわ。神様だとしても本人の意志も確認せず勝手に(異界に)連れて来るなんて有り得ない」
出来るだけ冷静に話し乙女の役目を受けれない事と、帰り方を教えて欲しいと話した。すると部屋の空気は一気冷え皆の顔色が悪くなる。でも嫌なもんは嫌だ。
「しかし乙女よ」
「乙女はやめて下さい。私には名があります。」
「ではレディ。名を教えてくださらぬか」
「…」
名があると言ったが正直言って教えたく無い。でも困り顔で懇願され仕方なく
「雛子です」
「ヒナコ嬢か…美しい名だ…」
王子とダリウスさんの視線は熱く視線から逃げる。男友達はいるが【彼氏いない歴=年齢】の私は、こんな甘い雰囲気に慣れていない。もうそろそろ夢から目覚めたい。もう異世界はお腹いっぱいだ。でも
『嫌な予感がしてるし…』
実は夢だと思っているけど現実かもしれない。だって普段ならもう夢から覚めているはず。こんなリアルで長い夢は見たことが無い。
『もしかしたら…現実かもしれない』
もしリアル異世界転移なら安易に答えを出してはいけない。しっかり考えないといけなし、帰れるのかの確認しないと。色々考える時間が欲しいと願った。するとダリウスさんが部屋を用意してくれる事になった。
「突然のことで困惑されるのは至極当たり前の事です。また貴女を悩ます事になるのは重々承知しておりますが、私は神託関係なく貴女に惹かれております。叶うならこの縁を前向きにお受けしたい」
「…」
ダリウスさんの告白を受け悪い気はしないが、やっぱり現実味が無い。するとダリウスさんに先を越された王子が慌てて胸に手を当て
「私もいつか渡って来る乙女を待ち望んでおりました。この様に愛らしい乙女で心躍っている。早く貴女と語らい貴女の心を得たい」
「…」
ずっと妄想していたシチュエーションなのに微妙で、夢であって欲しいと思いつつ2人の求婚を保留にした。
この世界に来て5日が経った。神が呼び寄せた娘だから丁重にもてなされている。ここまで来ると夢ではないと認めざるを得ない。天井を見上げて大きな溜息を吐き、ぼんやり天井を見ていたらある事を思い出した。ここに来る前に読んでいたweb小説の後書きに
【もし貴女が異世界に行けるとするなら転移しますか?】
と書かれていた。そんな事起こる訳が無いと思い
『行けるなら行って逆ハーレムを堪能し、タイプのイケメンと初体験したい』
と言った事がある。確か週末自室で缶チューハイ片手に恋愛小説を読んでいた時だった。それがまさか本当になるなんて思ってもいなかった。また特大の溜息を吐き暇つぶしに借りたこの国に関する本に視線を落とした。そして暫く読んでいると
「ヒナコ様。ダリウス様がお見えでございます」
「えーお断りして…」
「ごきげんよう。愛しい君」
「…」『拒否権ないんだから聞かないでよ』
私が渡りの乙女だと分かったあの日から、ダリウスさんが毎日会いにきて口説く。
実は今私は教会に保護されているのだ。初めはダリウスさんの公爵邸に世話になっていたが、王子が私を王城に連れて帰ろうとし一悶着あり、両者譲らずで結局中立の立場の教会が保護を申し出て、どちらにも行きたくない私が教会を選び落ち着いたのだ。
それからこうして毎日王子とダリウスさんが会いに来て2人とも熱烈に求愛してくる。憧れていた逆ハーレムのヒロインになれたのに嬉しくない。
「ここでの生活に不便はありませんか?」
「よくして頂いてます。それより何度求婚されても私はお二人を選ぶ気はありませんよ」
そう答えるとダリウスさんは微笑み話題を変えた。そしてダリウスさんは他愛もない話をしつつ、合間に口説いてくる。話をしながら今後の身の振りを考えていたら、ダリウスさんのある言葉が気になった。
それは【今王家の血筋で独人男性は2人しかいない】という事だ。小説の知識だが王家の血筋は絶やす事が無いように、側室を迎え後継者を沢山儲けるものだと思っていた。だが今の王家で後継者と成り得るのがアキレウス殿下のみ。そして王家の血筋の独身男性はダリウスだけで驚く。少な過ぎない?
「ダリウスさん。お聞きしたい事があります」
「何でも仰って下さい」
「今のところ私の相手は王子とダリウスさんと聞いてしますが、王家の血筋で独身者はお二人しかいないんですか?」
「私たちではご不満ですか?」
「なっ!」
そんな意味で聞いた訳じゃないと慌てて否定する。ただ単純に絶やしてはならない血筋なのに少ないと思っただけだ。するとダリウスさんは少し考えて
「なぜか分かりませんが、王家の血筋は昔から男児が少なく元王も兄弟はいらっしゃらず、王弟の血筋も我が公爵家も私だけ。これに関しては訳がありまして…」
そう言い口ごもった。言いにくそうなのでこれ以上聞かない方がいい気がし口を開くと
「それに関しては貴女の身にも関係する事柄。かなり衝撃的な内容の為、貴女がもう少しこの世界にお慣れになってからと思っておりましたが…」
『なになに!これ以上あるの?』
予想外の返事にたじろぐと
「そうですね…話さないのはフェアーじゃない。お話ししましょう」
「えっ?あ…」
何気ない質問だったのに怖い事を言われ固まると、ダリウスさんは私の隣に移動し手を握り先代の渡り乙女の話を始めた。
渡り乙女については教会に来て空いている時間に、半強制的に司祭から聞かされ大まかに知っている。
だが事実はもっと深い闇が存在していたのだ。
『どうしよう…聞かない方がいいのかもしれない』
そう思ったがダリウスさんは淡々とした口調で昔話を始めた。聞きたくないが自分の身にも関係してくると言われ自然と耳が向く。そして…
「それ犯罪じゃないですか!」
「貴女の世界ではこの行為は犯罪になるのですね…だから祖母は病んでしまったのか…」
恐ろしい事実に今ここに居るダリウスさんは悪い事をしていないのに、思わず手と払い反射的に距離を取ってしまった。すると苦笑いしたダリウスさんがソファーから下りて跪いて胸の手を当て深々と頭を下げた。そして顔を上げ
「貴女を脅すつもりがない事は知っていて欲しい。しかしこのまま貴女が我々を拒否し続けると、陛下が強硬手段にでて無理やりでも貴女とアキレウス殿下をまぐわせるでしょう。私はそんな非道な事はしたくない。私は貴女の愛を得て純潔をいただきたいと思っております」
きれいごとでは無い事実に直面し固まってしまう。もう1秒でも早く帰りたいと思うと自然と涙が出た。すると突然銀色の光が部屋を包み目をつぶると、あの神使である狼が現れたのだ。そして私の前に来て
『異界に来て好みの男に純潔を捧げたいと言ったのはお前だろう』
「へ?」
狼が喋った!異世界だから何でもありなのかもしれないが、驚いて変な声が出てしまう。ダリウスさんは立上り狼に最上級の礼を挨拶している。見た感じダリウスさんには狼の声は聞こえない様だ。
冷ややかにダリウスさんの礼を受けた狼は私に視線を送りまた話しかけて来る。
『ここに呼び寄せる乙女には神が(異界への渡りの)意思を確認し、それを望んだ娘しか呼び寄せない。つまり本人の意思を確認して連れてきている。それにお前の場合は異界の男とまぐわう事を望んでいたではないか」
「あ…」
神使にそう言われ何も言えなくなってしまった。
『確かに言ったさ! でもそれが神様の質問なんて思う訳ないじゃん。それに神様が異界で渡りの乙女をWeb小説を使ってスカウトしてるなんて誰が思うよ! 異世界系の話でもぶっ飛び過ぎているわ』
そう心の中で叫んでいると、神使が鼻で笑い
『お前達がのいる世界は想像豊かで思考が柔軟だ。だからこちらの世界に渡らせても違和感なく順応する者が多い。故にお前たちの世界から生娘を呼び寄せるのだ』
確かに漫画や小説それに映画などで非現実世界が創造されており、違和感は少ないのかもしれない。しかしそれが自分の身に起きたとしたら別の話だ。そう思っているとまた神使の思考が頭に入って来た。
『ごく稀に拒否反応が強い者もいる。その者はこの世界の男と交わる事を拒み最後は消えゆく。そうなる前に現実を受け入れ、この世界で生きていく覚悟をしろ』
「え…消えていく?」
とんでもない言葉に絶句すると、傍で様子を見ていたダリウスさんが慌てて
「もしかして神使より乙女の結末を…」
そう言われ頷くと表情を曇らせ役目を拒んだ乙女の結末を話してくれた。結果から言えば消滅するそうだ。この世界では異物になる乙女はこの世界の男と交わらなければ生存出来ない。拒否が続くと緩やかに精神を病み、最後は存在が薄くなり肉体も消えてなくなるのだ。
「記録では過去にお一人いらっしゃり、その乙女は元の世界に想い人がいたそうです。その方への操を立てまぐわう事を拒んだのでしょう。そして乙女は渡ってから1年後に存在が消滅したと書き残されています。乙女消滅後は邪気の浄化ができず、内乱が長く続き慣例より早く次の乙女が渡って来たそうです」
『消滅って…簡単に言えば死んでしまうという事?』
そう思った瞬間、目の前が歪み吐き気がして頭を上げていれず蹲る。
「ヒナ嬢!」
すぐダリウスさんが駆け寄り抱き上げ、部屋の外に控える神官見習いを呼び医局へ先触れを出した。私は気持ち悪く手で口元を押さえ息をするのもやっとだ。凄い速さで私を抱えたダリウスさんが廊下を歩き医局へ着くと、医師が直ぐに診察をしそのままベッドに寝かされた。
「恐らく強いストレスによる心因性の眩暈でしょう」
医師にそう診断され注射を打たれこのまま医局で休む事になった。ベッドサイドに座り手を握るダリウスさんは顔歪め謝罪を繰り返す。
「いつかは知らねばならない事とは言え早急過ぎた様です。申し訳ない…」
「…」
ダリウスさんのいう通りいつかは知らねばならない事。でも今の私にはやはりまだ早かったようだ。謝罪するダリウスさんに声をかける気力も無く目をつぶって船酔いの様な気持ち悪さを耐えていた。
どの位経っただろう。少し眠っていたようだ。目を開けると少し窶れたダリウスさんと目が合う。少し表情を緩めたダリウスさんは私の頬を撫で何か言おうとしたら、ダリウスさんの従者が時間だと声をかけた。
「本当に申し訳ございませんでした。でも私は辛い話も全て知った上で私を選んで欲しい。貴女がこの世界で穏やかに過ごせるように、私の全てをかけて幸せにします」
「…」
返事できずにいると再度従者が声をかける。視線で帰りを促すとまた頬を撫でて、ダリウスさんは帰って行った。病室で一人になるとまた光と共に神使がやってきた。そして私の側に座った。また何か話し出すのかと思ったがただ側にいるだけ。私から話す事も無くし病室は静寂に包まれる。
やっと眩暈も治まって楽なり、これなら客間に戻れそうだと思ったら…
神使が急に立ち上がり扉を睨み低い唸り声を上げる。えっ何?敵的な者が近づいている? すると勢いよく病室の扉が開きアキレウス殿下が入って来た。そして
「倒れられたとお聞きしました。お体は大丈夫でしょうか?」
殿下は走って来たのか額に汗が滲んでいる。そして神使を見て一瞬怯みながらも挨拶をし、神使と反対側に回りベッドサイドに跪いて私の手を握る。そして心配をし後から来た医師に病状を聞いてる。
ふと神使を見ると未だ唸り声を上げ殿下を見ている。この二者間の間に何か因縁的なものがあるのだろうか⁈ そんな事を考えていたら
『こやつが悪い訳では無いが、あやつの血を引く故に嫌悪感があるのだ』
『あやつ?』
疑問を頭の中で思うと神使は思念で会話を始めた。思念なんて慣れてないのに案外すんなり会話をする事が出来た。そこで殿下との因縁を聞いてみることにした。すると私を見詰めた神使は
『こやつの曽祖父つまり先々代の王が酷い男で神が呼んだ乙女を傷付けたのだ』
神使は先代の王が王太子の時に起きた出来事を話し出した。
『酷い…可哀想…』
限界近くまで溜まった邪気を払う為に、先々代の王が教会で祈りを捧げ渡りの乙女が召喚された。渡って来た乙女は10代前半の娘。直ぐに王族の血筋の未婚男性が集められ、乙女の心を得るために求婚合戦が始まった。しかしまだ幼い乙女は戸惑いと性行為に不安を感じ求婚者達を避けた。
乙女の心を得る為に時間をかけていたが、邪気が国内に及ぼす影響は日に日に大きくなり、先々代王が第1王子に乙女とまぐう事を命じた、王城奥に建つ塔の一室に乙女と王子を軟禁。
王子は抵抗したが王より【国民を救う為】と説得され、信念を曲げ嫌がる乙女を無理やり抱いたのだ。
行為が終わり王の側近が急ぎ破瓜の印を邪気溢れる西の森に供えた。泣き崩れる乙女に王子は土下座し謝罪。王子は生涯愛し傍に居ると約束し、この塔で乙女の心が落ち着くまで寄りそう。
こうして破瓜の印により邪気を払い国内に平穏が訪れ、乙女は王子を受け入れ2人は婚姻を約束し準備が進められた。
この頃には乙女は誠心誠意向き合う王子に少しずつ心を向けていた。2人の距離が縮まり王国に幸せが訪れると思われたある日。
隣国から王子に縁談が舞い込む。隣国は鉱物を多く産出している経済大国で無下に出来ない間柄だった。隣国はグラナダス王国の農産物の輸入の安定を図るため、婚姻による関係強化を狙ったのだ。
王子は幼く愛らしい乙女を義務ではなく心から愛し始めておりこの縁談を拒んだ。しかし隣国が強く縁組を要求し、経済的な圧力をかけられ先々代の王は仕方なく王子に隣国の姫の縁談を受ける様に命じだ。
王子は拒み続けたが経済的圧力により国内にも影響が出始め、泣く泣く乙女との婚約を解消し隣国の姫を迎えた。捨てられた乙女は自暴自棄になり何度も自害を試みたそうだ。
そんな乙女を心配した王子は親友で従弟に当たるエルガー公爵家の嫡男ハロルドに乙女を委ねた。ハロルドは荒れる乙女に根気強く寄り添い、王子の成婚の3年後に乙女の心を得て2人は婚姻した。
『つまりダリウスさんはその乙女の孫になるんだ』
だから私に話しずらかったのだろう。そんな辛い思いをした祖母が居たから初めから私の事も良くしてくれたんだ。真実を知り何とも言えない気分になる。すると神使は鼻息を荒くし
『乙女を蔑ろにした王の血筋は信用ならん。だから(儂は)好かん』
神使は鋭い視線を王子に向けた後に姿を消した。神使が消え安堵した王子は罰が悪そうに
「神使から先々代の愚行を聞いたのですね」
応えに困ると苦笑いをした殿下は恐る恐る私の手を握った。そして自分の祖父が幼い娘を無理やり穢し捨てた事に懊悩していた。そして自分の代で乙女が渡ってきた際は、命ある限り乙女だけを愛し抜くと神に誓を立てたと話した。
「神使は乙女を蔑ろにした我ら王族を嫌っている。我々はそれだけの事をしたのです。甘んじでその責めを受けるつもりです」
そう言い殿下は真っ直ぐ視線を向けてきた。先ほどの様に眩暈は起こさなかったけど、重いな話に益々どうしていいか分からなくなる。遠い目をしていると殿下が申し訳なさそうに、王に会って欲しいと願った。正直そんな話を聞いた後に会うのは嫌すぎるので断ると
「失礼ではあるが…これまでの乙女は貴女よりお若い娘が多く、精神的に未成熟なお方が多かったと聞き及んでおります。しかし貴女は大人の女性で考えや信念をお持ちになりとても魅力的だ。乙女でなくとも心奪われるでしょう」
「そんなお世辞は要りません。取りあえず乙女については分かりました。私的には呼び寄せ方には思うところがあるけど、今は自分のこれからを考えたいんです。だから…」
アキレウス殿下から距離を取り暫く1人の時間が欲しいとお願いした。すると殿下は少し考え了承し
「ですが時間は取りませんので、1日1度会いに来ることは許して欲しい」
体を丸め懇願する殿下にNOとは言えず許可すると、少年の様に屈託のない笑顔を向けた。それを見て少し可愛いと思ってしまった。
『私より5つも年下だしね』
こうして殿下は明日また来ると言い帰って行った。やっと1人になり部屋の外の神官見習いさんに声をかけ客間に戻る事にした。
『やっぱりダリウスさんも年下か…』
グラナダスの黒歴史を知ったあの日から、相手候補の2人は毎日時間をずらし会いに来る。お茶をしたり教会敷地にある庭を散歩しながら、この国の事やこの世界の事を聞く。
2人は前の様な圧は無く自然に話ができる様になり精神的に楽になった。毎日あっという間に過ぎ去り、気が付くと私は30歳になっていた。片や2人は年下。そんな年上の私を2人は可愛いと言いデレてくる。
初めは乙女だからだと思っていたが、この国の美人の条件は髪や瞳の色が濃い事。そして華奢な女性が好まれるようだ。
『まぉ過去に渡って来た乙女の容姿から来てるのよね…』
読んだ乙女の記録を見ると、渡って来た乙女の特徴はもろ日本人。だから王族が伴侶に迎える黒髪と黒い瞳の女性が美人の基準になったのだろう。
『渡って来る乙女が日本人なのは〈乙女トラップ〉が日本のweb小説なんだもん。まさか異世界の神様が日本で小説を書いているなんて、そんな事誰も予想もしないわ』
そう思い苦笑いする。私からしたらこの国の人の方が美形だ。北欧系の白人タイプの容姿の人が多い。だから私みたいな黄色人種はとても目立ち、教会に礼拝に来る人達の私を見る目は、動物園に動物を見に来る人と同じ。そんな生活にも慣れ異世界に転移した事も受け入れ始めたある日。例の2人からお願い事をされる。それは…
「えーちょっと嫌だなぁ」
「無理強いは致しませんが是非!」
お願いとはアキレウス殿下のお父さんつまり元王と、ダリウスさんのお父さんのエルダー公爵から面会願いが来ている。人見知りする事と2人のどちらかとHをして欲しいと願われるのが目に見えるから躊躇する。2人ともその件は触れない事を約束すると言い、国の代表として挨拶したいとのだと説得される。
実際ここに来てから衣食住世話になっているし、いつまでも避けていても仕方ないので受ける事にした。
渡って来て丁度2ヶ月経った。今日はグラナダス王に謁見する。緊張する私を王城から来た侍女が3人がかりで見栄え良く仕上げてくれる。
そして煌びやかな馬車に乗せられ初めて王都に向かう。初めて来た森は北の森でエルガー公爵家の領地で、次に世話になった教会はこの国の中心にある。王都は教会から少し南に下った位置にあり、さほど遠くないらしい。馬車の中は1人でやる事もなくぼんやりと窓からの景色を眺めていた。
少し眠くなってきた頃に景色が農地から家や建物が見える様になり、王都が近い事を感じる。
少しすると並走する騎士が進行方向を指差した。釣られてその方向を見ると白く大きな城が見えてきた。
「おー!まさに異世界だ」
と興奮していると馬車を見ていた市民が指を刺している。どうやら私の容姿が珍しい様だ。箱の中の私はさしずめ動物園の珍獣なのだろう。
苦笑いをしていると王城についた様で、護衛騎士が大きな声で開門と叫び馬車は王城に入っていく。
柄にも無く緊張してきた。現状邪気はまだ切羽詰まっておらず先代の乙女のように軟禁なんて事はないだろう。
「お待ちしておりました」
「よろしくお願いします」
満面笑みのアキレウス殿下が手を差し伸べ、エスコートを受ける。広い廊下を歩くと一際大きな扉が見えて来た。どうやらあそこが謁見の間の様だ。
「お目にかかれ僥倖だ。神の召喚にお応えいただき礼を申し上げる」
「初めまして。早川雛子と申します」
グラナダスの王は【THE 王】って感じで、重そうな王冠を被り立派な顎鬚を蓄えたお方だった。丁寧にご挨拶いただき、続けて王族の皆さんを紹介いただいた。愛想笑いしながら挨拶を受けると、アキレウス殿下が近づき手を取り別室に案内される。
別室には陛下とアキレウス殿下そして司祭と宰相が同席した。このメンツで何が始まるのか想像できて身構える。そしてやっぱり邪気を祓うために、殿下との婚姻をお願いされた。事情は分かるが好きでも無い人とHするのはやはり嫌だ。
『年はくってても初めてなんだもん』
「陛下。私はヒナ嬢のお心を受けた上で印をいただきたい。それに我々はもうあの過ちを繰り返してはなりません」
殿下がそう言うと陛下は苦々しい顔をした。気まずい空気が流れ始めると、咳払いをした宰相が住まいを王城に移して欲しいと願った。外堀を埋められる事を警戒した私に気付いた殿下は、もう1人の候補者もいる事から中間地である教会の方がいいと主張した。
殿下の言葉に驚いて見るとウインクされ顔が熱くなる。見た目俺様に見えるアキレウス殿下は気配りのできる人でとても優しい。今少し好感度が上がった気がした。もっと説得をしたい宰相を制した殿下は今日泊まる部屋に案内してくれる。
部屋につき一息付くと従者が殿下を残し退室しようとする。すると殿下は侍女に残る様にいい、部屋の隅に待機させた。恐らく私に気を遣ってくれたんだ。そしてちょろい私の殿下の好感度は上がったのは言うまでもない。
こうして王城で2日過ごしグラナダス国内の事を教えてもらい少しこの国で生きていく事を意識した。
「私の本音はこのまま城に残り、私と時間を共にして欲しい。しかし貴女にはもう1人候補がいる。その者とも時間を共にした上で私を選んで欲しい」
「…ごめんなさい。もう少し時間を下さい」
真剣な殿下にそう答えるのが精いっぱいだった。
そして今日はエルガー公爵家から迎えが来て公爵邸に向かう。迎えが来ているのに殿下が手を離してくれない。困っていると陛下への挨拶を終えたダリウスさんが来てアキレウス殿下の手を払った。そして私を背に庇い
「殿下申し訳ございません。これ以上出発を遅らせる事はできませんので」
「…」
逆ハーの異世界ものの一場面に少しドキッとし、恋愛偏差値の低い私は心の中で悶える。
睨み合いは宰相がやって来て終わり、やっと公爵領に向けて出発した。王都から公爵領は遠く朝出発したのに、公爵領に入ったのは日が傾く頃だった。
「お待ちしておりました」
「こんばんは。早川雛子です。よろしくお願いします」
屋敷の前にはイケオジの公爵と車椅子に座った先代の公爵が迎えてくれた。先代の公爵に挨拶すると涙ぐみ私の手を強く握った。そして
「安心して下さい。貴女の幸せは我が公爵家がお約束いたします」
先代の圧に圧倒され苦笑いすると、ダリウスさんが手をとりエスコートしてくれる。
以前お世話になった客間に案内され着替え一息付く。ふとベランダに続く掃き出し窓が目に入り出てみる。脱出を図り飛び移ろうとした木は、枝が剪定され飛び移れなくなっていた。
それを見て苦笑いしていると背中が暖かくなり見上げると、ダリウスさんが後ろに立っている。そして肩にはショールが。
「ありがとうございます」
「ここは王都より北にあり夜は冷えますので」
そう言い私の手を取り部屋に戻る様に言った。
ダリウスさんは年下だが落ち着いていて、私の方が年下に感じる。それに見た目大人しそうなのに、実際は積極的で肉食タイプだ。話していると安心するし頼りたくなる。そんな事を考えていたら夕食の時間になり移動する。
ダイニングには公爵家の皆さんが集まり、豪華な料理が並べられた。美味しくいただいていると、先代の視線を感じ視線を送ると微笑まれた。そして
「ハルコさんも貴女と同じ黒髪が綺麗な素敵な女性だったよ」
そう言い懐かしそうに先代の渡りの乙女の話を始めた。先代は乙女を愛していたのが話からよく分かる。そして
「ダリウスから先代の乙女の話を聞いた思うが、彼女の犠牲でこの国は救われた。我々はあの出来事を決して忘れず、二度と乙女が悲しむことのない様にせねばならない」
そう言い公爵家が後ろ盾になり守ると言ってくれた。皆さんの心遣いに少し泣きそうになる。
根本的に国を救ってくれる存在だから私に優しいのかもしれない。でも私は皆さんの言葉は嘘はなく、本当に心から守りたいと思ってくれているのだと感じた。
食事が終わるとダリウスさんより早く公爵が私の元に来て手を差し伸べた。そして話をさせで欲しいと懇願されそれに応じる。そして公爵の執務室に通されると、公爵は一冊の本を目の前に置いて
「母の手記です。母は生前、次の乙女が渡って来たらこの手記を乙女に見せる様に言い残しました。きっと乙女同士にしか分からない事があるのでしょう。手記はこの屋敷に滞在中にぜひ読んでみてください」
「乙女の手記…」
私は受け取り手記を見つめていたら、公爵は不遇な母親の事を話してくれた。そして乙女を捨てた王家と確執がある事も教えてくれた。
「こんな事を外で言えば不敬罪で投獄されるが、王家は王家存続のためなら、いかなる犠牲も厭わない。我が公爵家は王家の家臣だが崇高な忠誠心はありません」
公爵家も闇深そうで少し怖くなると、公爵様は大きく深呼吸をし微笑んで
「我が子を褒めるのは大変恥ずかしいが、ダリウスは不遇な祖母を見て育ち、伴侶に迎える女性を大切にしたいという気持ちの強い子です。きっと貴女の夫となれば、グラナダスが第二の故郷と言えるくらい貴女を幸せにするでしょう」
そう言い息子の売り込みを始めた。先代乙女の件があり公爵家の男性はフェミニストの様だ。そろそろ公爵の圧が辛くなって来た時、ダリウスさんが執務室に来て助け出してくれる。
お礼を言うとダリウスさんはそのまま夜の庭を案内してくれる。庭に出ると上着を脱ぎ肩にかけてくれ庭のガゼボに座る。
「私は幼い頃この庭で1人で泣いている祖母を見て、なぜ泣くのか疑問に思っていました。そして物事がわかる年になり父から祖母に起こった悲しい出来事を聞かされました」
初めて聞いた時は王家を憎んだそうだ。だが祖母からこの国を守る為に必要だった事だと聞かせられ、暫く悩んだそうだ。
「大人になり致し方無かったのだと思う様になりました。そしてもし私が次の乙女の相手となったときは、祖母の分まで乙女を幸せにしてやりたいと思ったのです」
ダリウスさんはそう言い熱い視線を向けてくる。大切に思ってもらって、嬉しくない人はいないだろう。でもなぁ…
少しモヤモヤすると侍女が就寝の時間だと呼びに来た。するとダリウスさんは部屋まで送ると言ってくれたが、断り1人で部屋に戻り就寝準備をし休む事にした。
そして翌朝。早く目が覚めベットサイドに置いてあった乙女の手記に目を通す。本を開くと1ページ目に日本語で
【神様が小説を書き異世界に興味のある読者に目をつけ、乙女を呼んでいる事に驚いた。まさかあんな何気ない質問に答えただけで、異世界転生するなんてあり得ないし】
思った事が先代の乙女と同じだったのが面白く、次のページを捲ると面識の無い王子と高位貴族男性から求婚され困惑した事。そして性交に関して体育の授業の知識しかない事が書かれていた。
「そんな知識じゃ不安なのも当然ね」
私も経験ないから漫画や小説の知識でしか無いが彼女よりは知っている。そんな私でも不安だから彼女はもっと怖かっただろう。それに先代の乙女は渡って来た時は14歳。未成年でまだ親に保護される年齢だ。
「日本だと犯罪だよ」
本当に不憫でならない。そう思いながら手記を読み進める。そして犯された事や王太子とゆっくり愛を育み、心を開き結婚を決心した事が書かれていた。そして…
「ここからは黒歴史だ」
次に婚約破棄となり先代が支えてくれたが、彼女は自暴自棄になりハロルドとの婚姻をヤケクソで受けれたと書かれている。
【波瀾万丈の人生だったけど、ハロルドが心から愛してくれ家族を作り最後は幸せで終えれそうだわ。まぁハロルドは公爵の嫡男の責務から愛してくれたのかもしれないけどね】
最後はそう書き締められていた。
この手記を読み複雑な気持ちになる。私は未だこの状況を受け入れならない。先代の乙女より一回り以上年上なのに決心が中々つかない。
「皆さんの好意に甘え応えを先延ばしにしている」
確かに無理やり連れてこられたが、この国は異界の乙女に頼るしかない。私が反対の立場なら土下座してでもお願いするだろう。手記を読み少し前向きになれたところで、朝の準備に侍女が来て手記を閉じた。こうして公爵邸でのんびり過ごし、時間が空いていると先代の話し相手になり、先代の乙女の話を聞き過ごした。そして一旦教会に帰る日。ダリウスさんと庭を散歩していて
「王城と公爵邸に行ってよかったです。少し前向きになれました。まだ決断は出来ないけど、ゆくゆくはグラナダスの役に立ちたいと思ってます」
「ヒナ嬢…」
そう言うとダリウスさんは目の前に来て跪いて手を取り、視線を合わせて歯が浮くような甘いセリフを言い
「私はいつまでも貴女が私を受け入れてくれるのを待ちます。私は貴女の為だけに存在している事を知ってほしい」
「想ってくれるのは嬉しいけど、応えれるか分かりませんよ」
そう言うと手の甲に口付け微笑んだ。そしてこの後公爵邸を後にし教会に戻った。
--- 半年後 ---
司祭と国王陛下が北の森の祭壇に破瓜の印を納めた。その後緩やかに邪気は薄まり半年後にはグラナダスは浄化され安寧が訪れた。
そして私早川雛子は処女を捧げた彼と明日教会で結婚式をあげる。優柔不断の私は中々決心がつかず、歴代の乙女の中でも決断が遅く、王家や教会に心配かけてしまった。そんな私に司祭が
「このままお相手をお選びにならないのではないかと心配しました。しかし送り出す事になり寂しく感じております。烏滸がましいのですが共に生活するうちに、私は貴女を娘の様に想っていた様で、今は娘を嫁がす父親の気分です」
司祭はそう言いハグをした。私はお世話になった事にお礼を言うと
「そうそう。歴代の乙女が婚姻する前日に読み継がれている本がございます。お渡しいたしますので一読下さい」
「?」
司祭から古びた分厚い本を受け取り嫌な予感がしてきた。歴代の乙女が皆読んできた本。きっと重要な事が書いてあるはずだ。そう思い急いで部屋に戻り本を開く。
『何が書いてあるんだろう…もしかしてロストバージンしたら帰れるとか?』
期待半分で読み始めると…
「はぁ?」
思わず大きな声を出してしまい、外から護衛騎士が飛び込んできた。慌てて何も無いと言い下がってもらう。そして続きを読むがあり得ないオチに猛烈に腹が立ってきた。そして歴代の乙女もこのオチを知り、その怒りをこの本に書き残している。
「嫌だ!自分の恋愛話をネタにされた上に、その話を読んだ他の女性がここに呼ばれるなんて」
そう神は異界で異世界恋愛話をweb小説に書き、異界に興味のある乙女を呼び寄せていた。つまりその恋愛話は呼ばれてグラナダスに来た乙女がネタ元だったのだ。そして私が読んでいた話は、私の三代前の乙女の話だったのだ。私は天を仰ぎ大きなため息を吐いた。そして
『神様だからって何しても良いわけないよ!』
っと、どこかで聞いているであろう神様に文句を言った。この感じなら私の話は枯れたアラサー女の異世界転移話にされるだろう。猛烈に腹が立ち本の最後に気持ちを書き残した。また何十年かしたらこの話を読んだ何も知らない日本の女性が、ここに来てしまうのだろう。
今異世界小説を読んでいる皆さんに声を大にして言いたい!
『【異世界に行ってみたいですか?】この問いには答えないで!それは異界の神のトラップだから!』
そう書き残し本を閉じた。そして馬車が泊まる音がし窓の外を見ると、明日夫となる彼が馬車から降り私に気付き手を降る。
『まぁ〜色々思うところがあるけど、今は幸せだからいいか』
そう思い本を持って部屋を出た。これから平穏で愛に満ちた人生が待っている。それにもしかしたら私の異世界生活が日本の誰かの心を癒しになるかもしれない。
『そうなるなら異世界移転も悪くなかったかも…』
そして翌日。沢山の人に祝ってもらいオルラン神の神像の前で愛する夫と誓いのキスをした。
私のその後の惚気話はどこかの小説サイトで探してみて。きっとまたオルラン神が書いている筈だから。
お読みいただき、ありがとうございます。
誤字脱字報告や感想をお待ちしています。
他にも連載していますのでよろしくお願いします。