プロローグ
「あんな身体に悪い物のなにがいいんだよ。」
人生も煙草も意味なんてないし、悪いことだらけかもしれないけど、それでも僕は生きている。
拙くて小説家の真似っ子かもしれませんが、伝えたいことを伝えられるような物語を書きたいです。
初作品です、ぜひ読んでください。よろしくお願いしますです。
「パパが吸ってるタバコって、なんか好きなんだよね。」
カラカラの空気、溶ける白い息、冷たくて少しだけ痛い風、とある冬の日。
小学5年生の僕らは、当時「ませていた」のだろう。
近所に住む幼馴染で彼女の柴崎 夢は公園のベンチで唐突に言った。
確かに特に会話もなくただ座って手を繋いでいただけだけど、はぁ、と僕は疑問とも違う、特になにもこもっていない声が出た。
「タバコってたしかに臭いんだけどね、フワッて煙と匂いが空に広がるの。燃える火もチリチリって言って、落ちる灰とか吸えば吸う程短くなるのが、好き。」
「なんだよ急に、あんな身体に悪い物のなにがいいんだよ。」
「だって明後日は翔の誕生日じゃん?ロウソクどんな形にしようかなーって考えてたらロウソクとタバコって似てるなーって急に思ってさ?」
何か飲みたいわけでは無いけれど、乾燥した冬のせいで中途半端に乾いた喉でかろうじて喋れた。
「僕の父さんだって吸ってるけどさ、なんか少し苦しそうな顔するんだぜ。いい物ならそんな顔しないじゃん。」
「ふーん、翔はまだまだお子ちゃまだねっ。」
夢は伸びをしながらベンチを立つ。
「何言ってんだお前も子供だろ。」
「確かに!さて、そろそろ帰ろうか。すぐ暗くなっちゃった。」
ん、と口を開くのすら少し面倒で喉を鳴らすように肯定した。
夢は察したのか、帰り道は話もなく静かだった。
たかが数分の帰り道だし、明日も話せるからと僕も何も気にしなかった。
澄んだ空気、住宅地に入ると話し声がないだけでまるで誰もいないような静けさだった。
「じゃあね、また明日。宿題ちゃんとやりなよ!」
「ん。」
さよならを言うのもまた明日って言うのも、10年も一緒にいたのに言うのは野暮だと思っていた。
でも、それもただの言い訳で。
本当は夢にかっこよく見られたかっただけだ。
僕は帰ってからいつものように宿題を適当に終わらせ、漫画を読み始めた。
夜のことだった。
漫画を読み進めていると、ふと外が赤く点滅しているように感じた。
パトカー?救急車?それとも中学生が赤いライトで遊んでるのかも。
そんなものは見向きもせずに漫画を読み続けた。
たまに来るパトカーや救急車よりも漫画の続きが気になる。
中学生の幼稚な遊びなんてどうでもいい。
そう自分に言い訳をして、確かにあった嫌な予感を無視し続けた。
やがて違和感は収まり、いつの間にか眠りについていた。
その晩は夢を見なかった。
次の日、学校に行くと、なんだか騒がしい。
先生は顔を曇らせ、いつもより足取りが重そうなのに早く歩く。
昨日の胸騒ぎが蘇る。
時が流れるのが遅い。
朝から息が詰まる。
いつもはただ退屈なだけの学校が、今日はとても怖い。
チャイムが鳴った。
とても驚いて、机に足をぶつけた。
「何してんだ翔、寝ぼけてんのか?」
「ああいや、別に…」
クラスメイトの輝に笑われた。
みんなは変わらない。
唯一変わっている点と言えば、夢がいないこと。
体調不良だろう。
昨日も寒かったのに公園でただぼーっと話してただけだ。油断すれば誰だって風邪もひく。
きっとそうだ。
そう思っている内に、先生がやってきた。
相変わらず曇らせた表情で、口を開いた。
「皆さん、よく聞いてください。」
クラスが一瞬で静かになる。
昨日の帰り道とは違う、不気味な静けさ。
すると、思いがけないことを口にした。
「柴崎さんが、今朝、えっと、亡くなり、ました…。」
は?
なんて言った?今。
あまりにも受け入れがたい事実に胸が痛む。
「先生〜。冗談きついって。」
「どうせ風邪だろ。」
信じられなくて笑う者。
口が開いたままの者。
少し怒った表情の者。
みんなの表情は異なるが、そのどれもが先生の言葉を信じていない顔だった。
それもそうだ。夢はクラスでも人気者で、誰1人分け隔てなく接していた。
このクラスがみんな仲がいいのは夢のおかげだろう。
そんな夢が亡くなったなんて、みんな信じたくなんかない。
かくいう僕もその内の1人だ。
「そんなはずないです、夢は昨日一緒に帰りました!」
「柴崎さんは昨日の夜、出かけたところを交通事故で亡くなったそうだ…。本当なんだ…。」
「嘘だ!夢は夜1人で出歩くようなやつじゃない!!」
そうだ。そんなことはしない。それが危ないことなんて夢が1番分かってる。
悲しみや信じられない気持ちよりも、だんだん腹から怒りが込み上げてくる。
しかし、昨日の赤い光、嫌な予感。
どうしても信じたくなかった。
「ごめんな…。本当、なんだ…。」
その日は午前中で集団下校となった。
未だに信じられない。
信じたくない理由があった。
「僕は、昨日夢に、また明日すら言えなかった…」
言葉が漏れる。
隣を歩いていた輝は何を言ったらいいのかわからなかったのだろう。
気づかれないように、それでも少しでも僕の心に寄り添えるよう、ランドセルに手を添えた。
あとで先生から聞いた話によると、夢は僕の誕生日ケーキを買いに、近くのスイーツ屋さんに1人で出かけたらしい。事故はその帰りだった。
今回は1人で選んで1人で買うって意気込んで。
なんで2日前に買おうとするかなぁ。
別に前日でも、なんなら僕の誕生日当日に一緒に買いに行って、僕の好きなケーキを選べばよかったじゃん。
なんでだよ。なんで…。
僕は帰ってからおもむろに泣いた。
いつの間にか、悲しみと後悔に埋もれて立てなくなっていた。
このまま泣き続けたい。夢の為になにをした?なにが出来た?
もう遅いと、僕を睨むように夕日が窓を貫いてくる。
ふと、父さんの新品のタバコが目に止まった。
僕は子供だ。何をしようとしてるんだろう。
こんなことしてはいけないって頭ではわかってるのに。
親はまだ帰っていない。
すぐ帰るってさっき電話があったのに。
気づいたらベランダに立っていた。
父さんのタバコに見よう見まねで火を点ける。
吸い方がわからなくて、無理に吸って咳き込んだ。
「やっばまずいじゃん。」
1回くらいしか吸っていないのに、口の中が臭くて気持ち悪い。やっぱり煙草なんて嫌いだ。
なんで大人はこんなもの吸ってるんだ。
なんで僕はかっこつけて夢とまともに話さなかったんだ。
まるでタバコのように、なんにもいい事なんかない、後悔しかない。
「父さんに怒られるだろうな。吸うんじゃなかった、こんな物。」
夢との最後の会話、最後の思い出さえ否定してしまったことに気づかないまま、
僕は火を消した。
みんな色んな人生を歩むけど、楽しみや悲しみ、嬉しいこと、様々な経験をしてその人生を華やかにする。
けど、そのどれもに意味なんて無い。
僕は後悔し続ける。生きていく中でたくさんの後悔をする。
僕は水村 翔。
生きる意味を持てない僕の人生に、やっと火が点いた。