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転職師リグレットは後悔させない  作者: 常に移動する点P
第1章・運命の車輪

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【第3話】禁転職の儀

 リグレットたちは、オヤジの案内で近くの別の宿屋に着いた。宿屋は簡素な作りだったが他に宿泊者もなく、すんなり部屋に通された。


「オヤジ、アンタさ元冒険者?」

「いえ、リグレットさんたちみたいに冒険者じゃぁありませんで」

「それじゃぁ、禁転職(きんてんしょく)の儀を使ったのか?」

広い部屋には燭台用しょくだいようろうそくの明かりのみでお互いの顔が見えていない。


「禁転職の儀って?」


「ラニは知らないと思うけど、ボクたちみたいに冒険者以外が転職するには、特別な媒介が必要なんだ。それを使って、転職するってのが禁転職の儀」

 ガルフは得意げにラニに言った。

「そうなんです、黒影石(こくえいせき)を買いまして、それを使って自分で」

 

 リグレットは深くため息をついた。

「そりゃぁ、呪われるってもんだな」


 ブルーワの宿屋のオヤジは、黒影石をその辺のいかがわしい商人から買って、解毒師へ転職した。解毒師は、僧侶系でも初心者向けの職種だ。そもそも僧侶のままで、解毒系の魔法を習得すればわざわざ解毒師なんてものに転職する必要もない。


 なのにこの男は呪いの危険を冒した。どういった理由からか?

リグレットはじっと男の目を覗き込んだ。


 最近はこうした転職媒介を使って自分で買ってに転職する一般人が多い。

「いいか、転職ってのはある一定のレベルに達してないとできないんだ。オヤジみたいに宿屋の店主なら戦闘経験もないだろうに、レベル自体もないからなぁ」


「はい、そうみたいですね。私は娘がかかった病気を治したい一心で、解毒師(げどくし)になりたいと」

「近くの教会じゃぁ、解毒できねぇのか?」

 リグレットは椅子から立ち上がり窓辺を観ながら質問した。


「どんな教会、牧師様・僧侶様にお願いしてもダメでして」

「ふぁぁぁあ」

 ラニは大きなあくびをした。

「今日はもう休もう。ボクも疲れたよ」

ガルフは小さい身体をベッドに潜り込ませた。


「オヤジ名前は?」

「私の名は、バクスタと申します」

「バクスタ、明日お前の娘に会わせてくれ。俺が解毒してやる」

リグレットはカーテンを閉め、靴を履いたままベッドに入った。窓の外にある気配にガルフも気づいていた。


 翌朝、リグレットたちはバクスタの家のある村まで歩いて行った。ラニは昨日の続きを話したそうだった。

「そう言えば、お嬢ちゃん、おめえの魔法剣士になりたいって言ってたな。そもそもよぉ、パーティーが全滅した原因ってなんだよ」

「そうそう、ボクも気になってたんだよ。あの森、ゴブリンとオークぐらいしかでないじゃないか。それなりに戦闘は厳しいと思うけど、そこまでやられるとは思えなくて」


 ラニはレイピアを構え、リグレットに突きつけた。

「私たち、圧倒的に攻撃力が不足してたと思う。魔法使い・盗賊・僧侶、そして戦士の私でした。魔法使いが魔法を封じられて、そのままなし崩し的に。全滅に」

 リグレットはラニの()()を見破っていた。ラニは大きなウソをついている。しばらく泳がせておくか。俺の予想が正しければ、ラニの正体は()()()だ。道中魔物にも遭遇したが、リグレットの火球でことごとく敵を全滅させていった。今度は魔力切れはしていない。解毒の呪文分は残してる。


 リグレットたちは、バクスタの家に着いた。


 リグレットはバクスタの娘の症状を見ると、解毒の呪文を唱えた。

指先まで青紫に壊死(えし)しかかっていたバクスタの娘は、みるみる血色を取り戻し、五分もすると起き上がれるようにまで回復していた。


「ロミ!」

 バクスタと彼の妻が娘を抱きしめる。

「パパ!ママ!」


娘は先ほどまで毒でうなされていたとは思えないほどの、力強い声で返事をした。バクスタの娘、ロミは町のはずれに落ちていたゴブリンの矢じりに触れてしまい、そこから毒が全身に廻ったようだった。


「リグレットさん、なんとお礼を言ったらいいことかと」

「通りがかりの、行きがかりだ。気にするな。おめえも転職失敗で、ブラックオークにまでなっちまったんだから。この世にクソ転職しちまったヤツをなんとか救うのも俺の仕事だ」


「ボクも救ってよね、リグレット」

 ガルフは冗談めかしにリグレットに言った。


バクスタの家で食事をご馳走になり、リグレットたちはバクスタの家を後にした。

うしろからバクスタが追いかけてきた。


「リグレットさーん」

 バクスタは大柄で恰幅のいい腹が揺れ、身体全身で息をしている。


「私も連れて行ってもらえませんか?」

「んぁ?」

「私もリグレットさん達と旅に出たいんです」


 リグレットはため息をついた。

「やめとけ、オヤジさんは宿屋を再開させるのがいいんじゃねぇか」

「私も強くなりたいんです。そして正式に解毒師に転職したい。心から思ってるんです」


 リグレットは、【方位(ほうい)(たま)】を取り出した。バクスタの姿が映る。珠にはレベル38と表示されていた。


「バクスタ、おめえよ、あの宿屋のまわりでよく戦闘が起きたたのか?」

「はい、ブラックオークになってしまう前からずっと、あの周りではゴブリンやオークたちとパーティーが戦闘をしていました。傷ついたパーティーたちの回復の場所にいいと、評判でした」


 バクスタの宿は、いわゆる狩場周辺に位置していた。レベルアップのために冒険者たちは集まり、戦闘を行い、回復のためにバクスタの宿を利用していた。その戦闘結果は半径百メートル程度まで恩恵がある。つまり、宿屋を営んでいたバクスタは、周囲の戦闘結果の経験値を日々受けとっていたのだ。だから、戦闘経験がなくても、レベル38という転職可能なレベリングに達していたのだった。


「バクスタ、お前は俺たちについて来なくても十分強い。」

「このまま、この宿屋で僧侶になればいいんだよ。宿屋の回復行為が、僧侶適性を高めてくれているはずだよ」

 ガルフはバクスタに提案した。


「そ、そんな力が私に。僧侶に」

「そうだ、解毒師・回復師を束ねた職位が僧侶だ。僧侶なら、その先の上位職にも転職できる。街全体を守ることだってできるんだぜ」

バクスタは決心した。顔に血がみなぎり興奮するのがわかる。

「そうですね、この街はゴブリン・オークたちから守るためにも、私の力を活かさなければ。お願いします、私を僧侶に転職してください」

「わかった、腹を見せろ」


 リグレットはバクスタの恰幅のいい腹に手をかざすと、二言、三言、つぶやいた。その声はガルフにもラニにもバクスタにも理解できない言葉だった。バクスタが光に包まれた。


「これで、ヨシと。僧侶になったが、レベルは1からだ。まぁ戦闘参加せずに、あの場所にまた宿屋を作って、タナボタ経験値をためるんだな。レベルアップの確認は、何でもいい。自分が映るモノを使え。合わせ鏡にして見ればレベルがわかる。冒険者の常識だ」

「魔法は自然と使えるように?」

バクスタは両肩を振り回し、みなぎる力を試すようにしてリグレットに聞いた。


「そうだ、突然、閃きのように覚えられる。最も上位魔法は魔術書を学ばないと使えないがな。例えば、蘇生とかな」


 リグレットはバクスタの肩をポンポンと叩いた。それはバクスタへのエールのようでもあった。

「こんど、宿にもきてくださいよぉ!」

バクスタはリグレット達の姿を見えなくなるまで見送った。

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