ほめてます
「公爵令嬢サラ!貴様が男爵令嬢マリアに対して幾度も許しがたい暴言を吐いたうえ、彼女へのいじめを主導したことは分かっている!心根の卑しい貴様との結婚など真っ平だ!貴様と私、第一王子エドワードとの婚約を破棄する!」
唐突に、お昼時の学生食堂で大声でなされたスキャンダルに、場が静まり返った。あまりに突然の事にきょとんとしてしまっている令嬢を、共に食事していた令嬢や令息が守るように囲う。思わずそうしてしまう程に、相対する彼女の婚約者である第一王子とその側近候補の学友達が、殺気だっていたのだ。
わざとらしいほど目を潤ませている可愛らしい見た目で巨乳の令嬢は王子達に囲まれて無意味に彼らの服の裾など掴んでいる。
「貴様ら!その女を庇うとは何事だ!私の愛しいマリアを傷つけた女を庇うなど、貴様らも加担していたのか!」
「殿下!サラ嬢がそのような事をするはずもありません!」
「一体、何を根拠にそのようなことを!」
口々にサラのために反論する子息令嬢たちに第一王子の怒りは燃え上がる一方だ。王子達が怒鳴るより先に、鈴を転がすような愛らしい声がかかる。
「あの・・・エドワード様?」
サラの声に、人の盾は割れて王子と彼女が話せるようにする。もちろん、すぐに割り込める位置を厳守しているが。
「わたくし、いじめなど全く身に覚えもございません。こちらは完全に断言できます」
力強く言い切る彼女に、周囲もうんうん頷く。
「ただ、暴言、とは・・・わたくし、何か彼女の気に障る事を言ってしまったのでしょうか?」
知らず知らずに相手が不快に思う事を言ってしまったのが暴言と見なされた、という可能性は、完全に否定できない。それなら謝らないと、と申し訳なさそうな表情で確認をとった。
それに、王子たちの間にいた令嬢がわっと泣いて王子に抱きついた。
「ひどい!あんなひどいこと言ったのに・・・!」
「ひどいこと・・・」
「私のことを、娼婦のようだとか、まさに娼婦だとか!言ったじゃないの!」
王子の腕をその胸にしっかりと抱き込んで令嬢は言った。
その時見ていた大半の生徒は「ただの事実じゃん」と思わず笑うか呆れるか軽蔑するかした。
ただ、サラは困惑した顔で頷いた。
「ええ、それが何か?褒め言葉ですわよね?」
「はあ?何言ってんの?」
思わず、だろう。令嬢から思うよりドスのきいた声が出て一同驚いた。すぐに彼女は失態に気付き、王子の足に自分の足を絡めるように密着した。
「何を訳の分からないことを!そうやって権力を笠に着て無理矢理自分を正当化するんですね!?私が男爵令嬢だからって!」
「えええ・・」
今どこに身分の話が出ていただろう。
王子が静かだな、と思わずそちらを見た人はすぐに見なかった事にして黙った。令嬢の密着で元気になった箇所を前屈み気味で誤魔化しつつ、ハンカチで鼻を押さえていた。意外と不馴れそうだ。みんな見なかったことにした。
「あの、サラ様?娼婦ってどういう意味の誉め言葉なんですか?」
サラの隣にいた令嬢の質問が、微妙に静かな場に響いた。
「娼婦って、たくさんの愛を持ってる人ってことでしょう?」
「ぅん?」
「昔、侍女のアンに聞いたの。普通の女性の愛は捧げるのも受け取るのも一つだけなのに対して、娼婦の愛はいくつでも捧げるし受け取るんだって。そうして愛をたくさん交わしているのが娼婦なのでしょう?」
「そう、ですね」
「つまり、普通一個しかない愛を娼婦はたくさん持ってるってことでしょう?」
侍女が、幼い主の素朴な疑問に答える時にオブラートに包まないわけがない。侍女の絶妙に外していない言い回しを、ポジティブに受け取ったサラは、それを褒め言葉と記憶しているらしい。
「でも、何故マリア嬢が娼婦のようだと思ったんです?」
他の人々は、マリアが王子に胸を押し付けたり体を刷り寄せたりしている様子を見て「娼婦のようだ」と言うが、サラの今の認識だと、どうして娼婦のようだと思ったのか。
「殿下にも、学友の皆さんにも、それぞれに『愛してる』って言われて『私もです』って答えていたもの」
第一王子と学友達が驚いたように互いを見て、やがて険悪に睨み合った。
「・・・どういう事だ。マリアが私の恋人と知ってるのに」
「お言葉ですが殿下。自分と付き合っていた彼女を奪ったのは殿下でしょう!」
第一王子の言葉に宰相次男が吠える。
「マリアはお前とはとっくに切れてるって言ってたぞ!だから僕と愛し合っていたのに」
「何を言う!愛想尽かされて金蔓に成り下がっていたくせに!」
伯爵令息と騎士団長令息も罵り合っていた。
「彼女は誰の愛も拒絶しなかったわ。たくさんの愛を持っている娼婦は優しいのね、みんなを受け入れてくれるのですもの」
ほわ、っとマリアを誉めるサラの総評に、マリアに注目するが、いつの間にかマリアは逃げ去っていた。
結局、マリアに現を抜かしていた男性陣は厳重注意や婚約見直しとなった。実害こそ発生しなかったが、あそこまで大勢の前で、不誠実、または間抜けであると公言する形で晒しては結婚したいと思う女性もいない。家としても余程条件を上乗せしないとこんな醜聞の巻き添えにはなりたくなかった。
男性陣の家から少なくない損害賠償を求められたマリアの家は、没落した。彼女は本当に娼婦になった。
「でもどうも楽しそうで。もしかしたら本当に娼婦が天職だったのかもしれませんわ」
「まあ、お元気そうで何よりですわ」
令嬢たちはそういう会話を最後に、マリアを忘れた。男性陣は、時々娼婦のマリアを買えているようなので、きっとこれが一番幸せな形なのだろう。