馬鹿だからこそ勉学を
「やれやれ……この学園都市は広い上に、何やらルールがいろいろありそうだな」
吾析はサンタをイメージしたような建物や装飾を見渡しながら、やや気疲れした様子でつぶやく。
琥珀も「でも、人がみんな親切そうでよかったですよね?」と笑っていた矢先、
ふと、甲冑をまとった一隊の男たちがずかずかと近づいてくるのが視界に入った。
金属がこすれ合う低いうなりを立てながら、彼ら──“警備兵”のような集団──は
吾析と琥珀の前に立ちふさがる。先頭の男が厳しいまなざしを向けた。
「おい、そこのお前たち。見ない顔だが、許可証は持っているのか?」
威圧感のある声に、琥珀はびくりと肩を震わせる。
だが、吾析は動じず、すかさず口を開いた。
「許可証? ここには“サンタに会う”目的で来たんだ。学園の教官か管理局へ話を通せばいいか?」
しかし、その答えに警備兵の表情はいっそう険しくなる。
「この学園都市は“サンタの末裔”が集う聖地だ。部外者が勝手に入るとは言語道断。
身分証すら提示しないままうろついているとあれば、即刻連行させてもらう」
言うが早いか、二人の警備兵が吾析の両腕を掴む。
「ちょっ、落ち着けよ。俺たちは怪しい者じゃないんだ!」
「わ、私たち、ただサンタクロースに──」
琥珀の弁解もむなしく、警備兵たちは聞く耳を持たず、
「事情はあとで聞く。まずは来てもらおう!」と、二人を無理矢理連れていった。
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案内というより強制的に連れ込まれたのは、石造りの質素な取調室のような場所だった。
木製のテーブルと椅子が置かれ、その向かいには学園の“管理局”に属するとおぼしき事務官が座っている。
彼は書類をめくりながら、淡々と吾析と琥珀に声をかけた。
「名前、年齢、そしてここに来た経緯を説明してもらおうか。
学園都市への出入りには厳格なルールがある。部外者の立ち入りは基本的に禁じられているんだ」
「俺は武藤吾析。二十歳だ。イギリスのど田舎で、ある“元サンタクロース”の方に会って──」
吾析が説明を始めたところで、バタン! と乱暴に扉が開いた。
「その話なら、この私が直接聞く。お前は席を外せ」
低く響く声。入ってきたのは、鍛え上げられた体格に漆黒の軍服を纏い、
肩まで伸びる銀髪を無造作に結った女性だった。
その圧倒的な威圧感に、事務官は「は、はいっ、ミカエル教官……!」と身を竦め、
あわてて部屋を出ていく。
「ミカエル教官……?」
琥珀は困惑しつつ、その場の空気に呑まれそうな面持ち。
一方の吾析は「お前が教官か。ちょうど会いたかったんだ」と口走る。
軽い調子に聞こえるその発言に、琥珀は「うわぁ……」と内心青ざめる。
「ほう、私に会いたかったとは物好きな。
だが、聞けば“サンタクロース発見器”などというふざけたモノを持ち込み、無断で侵入しているそうじゃないか」
「ふざけたもの? これは本物のハイテクだぞ。
未来で──いや、ちょっと複雑な経緯で手に入れた、“サンタを感知できる”装置なんだ」
吾析は例の発見器を抱えながら答える。ミカエル教官はじっとそれを睨んだあと、
「……それと、“元サンタクロース”に会ったと言ったな? 名は分かるのか?」と問い詰める。
「ローズって名乗ってた。俺たちは偶然彼女を──」
その瞬間、教官の表情がはっきり変化した。明らかに驚愕が混じっている。
「ローズ、だと……あの“ローズ”か……!」
ミカエル教官は一瞬、目を伏せるようにして考え込み、
やがて深いため息をついた。
「ローズといえば、学園都市史に名を残す偉大なサンタ。
一度は途方もない功績を収めながら、ある事情で“サンタを辞めた”と聞いている。
まさか外部の者に会っていたとは……」
「そう。あの人、未来で──という話をすればますますややこしくなるが、とにかく偶然助けた娘の母親でもあって……」
琥珀が補足しかけるが、ミカエル教官は彼女を制するように手を挙げ、
「詳細は後で整理するとして、“元サンタクロース”ローズのツテか。なるほど」と低く唸る。
「だがな、お前たち。ローズの紹介があったとしても、この学園都市への無断侵入はルール違反。
本来であれば、即刻追放か、あるいは外部への情報漏洩を防ぐための記憶処理を受けてもらうところだ」
「記憶処理……?!」
琥珀が素っ頓狂な声を上げると、ミカエル教官は揺るぎない瞳で説明を続ける。
「この都市には、世界中のサンタクロースの末裔が集まる。
ここで厳しい修行を重ね、“正式なサンタ”として認められる者だけが外へ出ることを許される。
よって、部外者に知られては困る情報が多すぎるのだ」
「サンタクロースの末裔が……こんなに集まってるなんて。
正直、ちょっと想像してなかったな」と吾析は率直に驚きを漏らす。
「ここで暮らせるのは、サンタの血筋を持つか、もしくは“サンタになる資格”を許可された者だけ。
それを持たない部外者がこの学園都市へ勝手に入り込めば、処罰は当然だ」
「でも、どうしても俺たちは“現役サンタ”に会いたいんだ」と吾析は譲らない。
するとミカエル教官は、腕を組んでしばし黙ったあと、
「一つだけ方法がある。──“サンタクロースになる”ことだ」と口を開く。
「サンタ……になる……?」
琥珀は思わずその言葉を繰り返す。吾析も目を見開いたままだ。
「そうだ。この都市においては、血筋のない者であっても、特例で入学を許される可能性がある。
もっとも“元サンタ”ローズの紹介がなければまず認められないし、
入学したとしても修行と試験を乗り越えられなければ、いずれ追放となるがな」
ミカエル教官は鋭く吾析を見据える。
「お前たちがそこまで“現サンタ”に会いたいのなら、この道しかない。
ただし、合格できなければ記憶処理の上、都市から出てもらうことになる。いいか?」
吾析は自信たっぷりに頷き返す。
「それでいい。どんな修行だろうと試練だろうと乗り越えてみせるさ。
……サンタクロースを見つけるためなら、俺は“サンタ”になる道も厭わない」
その強気な言葉に、琥珀もまた意を決したように口を開く。
「わたしも、武藤さんと一緒に学びたい。わたし自身、ここで暮らす人たちや
ローズさんのこと、そして“本物のサンタクロース”のことをもっと知りたいんです」
「琥珀、お前はどうするか自由だぞ? サンタを探すのは俺のわがままだからな」
吾析が少し遠慮がちに言うが、琥珀は弱く微笑む。
「わたしはもう決めました。だって、ここまで来ちゃいましたし……
それに、あなたと旅を続けていると、本当に楽しいんです」
その様子を見守るミカエル教官は、わずかに目を細める。
「お前たち、覚悟があるようだな。よろしい。──では特別に入学を許可してやろう。
ローズのツテということで、私が直々に手続きを進める。
だが、その分“鬼教官”の名に恥じぬ指導をしてやるぞ。覚悟しておけ」
威圧的な言葉とは裏腹に、教官の口元にはわずかな苦笑が浮かんだ。
この厳しさこそ、学園都市では大きな信頼と実績の証でもあるのだろう。
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数時間後。
学園管理局の建物で、吾析と琥珀は山のような入学手続きの書類にサインをしていた。
名前、年齢、出身地、そのほか身体的特徴や適性調査のチェック項目まで。
書類のボリュームはなかなかのものだ。
「まさかサンタクロース学園に入学するなんてな……人生、何が起きるか分からないもんだ」
吾析はペンを置き、しみじみと言う。
「サンタは“いない”派だったわたしが、こんなところで本格的に学ぶことになるなんて……」
琥珀も小さく驚嘆の声を漏らす。
やがて全ての書類を整え終わり、管理局の窓口へ渡すと、そこにミカエル教官が現れた。
「手続きは完了したようだな。これでお前たちも正式に学園の一員だ。
明日からはオリエンテーションを受け、初歩の講義にも参加してもらう。
もちろん、私の担当科目もある。覚悟しておけ」
「ははっ、望むところだ。俺は天才科学者だぞ。新しい分野の学問だってきっと大丈夫だ……たぶん」
吾析は強がり半分に言葉を返すが、その瞳には好奇心が入り混じった光が宿っている。
「なるほど。“天才”かどうかは、私がこれから判断してやろう。
ローズの名を騙る者なら、そんじょそこらの輩とは違うことを期待しているぞ」
そう言い残してミカエル教官は踵を返す。
廊下に消えていく背中から、強烈なオーラが遠ざかっていくのを感じながら、
吾析と琥珀はどこか安堵したように息をついた。
「それにしても、“ローズ”さんって、この学園都市ではそんなに有名なんですね」
琥珀が興味津々に漏らすと、吾析もうなずく。
「たまたま出会った人が、こんな大人物だったなんてな。
こりゃあ、ますます油断してる暇はなさそうだ」
その言葉には、自信と覚悟が同居していた。
二十歳にして天才科学者と呼ばれた吾析は、“サンタクロース”を探すため、
そして琥珀は未知の世界に踏み込み、自分の存在意義を探すため。
こうして二人は、“鬼教官ミカエル”のもとでサンタになるべく修行を重ねる道を選んだ。
雪深き聖地の真実と、世界に名を馳せた“ローズ”の謎、
さらには「現役サンタクロース」に会うための試練は、いかなるものか。
サンタクロース学園での日々が、いま大きく幕を開ける。