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天才(馬鹿)とサンタは紙一重  作者: 紫雲
サンタ学園編
8/9

サンタの聖地

馬車に揺られ、目的の“聖夜の教会”へ向かっていた吾析と琥珀だったが、

道なりに山を越え、見渡す限りの雪原をしばらく行くうちに、

二人の前には想像とはまるで違う景色が広がっていた。


見上げれば、そびえ立つ巨大な時計塔と、何棟もの校舎らしき建物。

その周囲を取り囲むように、クリスマスの飾りのようなカラフルな装飾が見え隠れする。

まるでどこかの学園都市といった様相なのだが、一面雪に覆われているわりに

活気に満ちていて、人々のにぎわう声がかすかに聞こえてきた。


「ここが……“サンタクロースがいる場所”なのか?」


吾析は地図と辺りの風景を何度見比べても、

差し出された“山奥の教会”とはまるでかけ離れた光景に首をかしげる。

それでも、老婆から託された地図を頼りに進めば、確かに

この学園都市の中心地あたりを指しているようだった。


「ええと……馬車のおじさん、ここに“聖夜の教会”っていう場所はありますか?」

琥珀が御者に尋ねると、老いた御者は「もちろん知ってるさ!」と即答する。

「この先の大広場を抜ければ、その教会はあるよ。ただし今は“学園行事”の季節でね。

 教会周辺にはサンタを目指す若者たちが大勢集まってるんだ」


「学園行事……?」

吾析と琥珀は顔を見合わせる。馬車は町の門のような場所で止まり、

御者が「ここまでだよ」と二人を下ろした。


門の先には、雪を踏みしめながら忙しなく行き交う人々。

服装はそれぞれ違うが、よく見るとほとんどの者が赤や白を基調にした

ケープや帽子を身につけている。まるで“サンタクロース”を模したような装いだった。


「どうなってるんだ……? 婆さんの話じゃ、サンタはひとり(もしくは数えるほど)だと思ってたんだが」

吾析は鞄を抱えなおしながら、あたりの人々を観察する。

琥珀も目を丸くして言った。

「これ……全員がサンタ目指してるわけじゃないですよね? でも、どう見てもサンタっぽい……」


とにかく情報を集めようと、吾析は目についた若い男の肩をトントンと叩く。

「なあ、ちょっと聞きたいんだが。ここは“サンタクロース”の聖地か何かか? どう見てもサンタだらけなんだが」


すると、その男は笑みを浮かべて大きく頷く。

「よく来たね! ここは“ノースアカデミア”──通称サンタ育成学園都市さ。

 世界各地からサンタになりたい志願者が集まって、学問と実技を修めてるんだ」


「サンタ……育成学園都市……?」

吾析の口から思わず呆れたような声がもれる。

「そんな話、婆さんからはひとことも聞かされてなかったんだが……」


男は怪訝そうな顔をしてから、すぐに納得したように頷く。

「ああ、もしかして“聖夜の教会”を目指して来たのかい? それなら話は早いよ。

 この都市の最奥に“聖夜の教会”があって、そこで毎年サンタの“任命式”が行われるんだ。

 そこで正式に“現役サンタ”が承認される仕組みになってるってわけさ」


「じゃあ、現役のサンタは一人じゃなくて、実は何人もいるのか?」

吾析がなおも疑問をぶつけると、男は苦笑しながら言葉を継ぐ。

「“世界中の子供にプレゼントを配るサンタ”は、表向きには“一人”に見えるだろ?

 でも実際は交替で回ったり、地域ごとに分担したりするケースもある。

 ここはその“サンタ候補”たちを教育・指導する専門の学園なんだ。

 まあ、実際に特別な才能を持つ一部の連中が、本当に世界中を飛び回るサンタになる。

 多くは“サンタ補助員”や関連職に就く場合が多いんだけどね」


「……そうか。なるほどな」

吾析はこれまでのイメージとのギャップに頭を抱えながらも、

眉をひそめつつも興味が湧いたのか、男にさらに尋ねる。

「俺はただ、“現役のサンタクロース”たった一人を探してたんだが、

 その人物はこの学園都市にいるのか?」


「いま最も注目されている現役サンタは、“ミラ=ユール”さんって人だな。

 実際、噂じゃもう教会入りしてるらしいけど……どうしても会いたいなら、

 学園の教官や都市管理局に申請して、面談や聴講手続きを取る必要があると思う。

 一般人がそう簡単に面会できる相手じゃないからな」


「面倒な手続きがあるわけか。……ありがとう、助かった」


男に礼を言って見送ると、吾析は肩をすくめてため息をつく。

「ちくしょう、婆さんめ……『今のサンタに会える』とは言ったが、

 まさか“サンタを大量に養成してる学園都市”だとは聞いてないぞ。聞いてたら心構えも違ったってのに」


「でも、ここまで来たんだし、仕方ないですよね?」

琥珀は苦笑いしながら、目の前にそびえ立つ壮麗な校舎の塔を見上げる。

「それより武藤さん、どうします? やっぱり正式に申請して会うしかないんじゃないですか?」


吾析は顎に手をやり思案する。

「そうだな……普通に申請するのが手っ取り早いかもしれんが、

 研究室での面倒な書類作業を思い出すと、正直やりたくない。

 だが、変に隠れて潜入すると後々トラブルになりそうだ……」


一方で琥珀は周囲の様子を興味津々に眺めている。

学生らしい若者が多く行き交い、ときに雪道を駆けたり、両手に荷物を抱えたり。

中には杖の先に小さな鈴や星型の飾りをつけている子もいて、

「実技試験が近いのかな?」などと通り過ぎる友人同士で話しているのが聞こえる。


「なんだか楽しそうですね……サンタを目指す学園なんて、想像もしてなかったです」


そう言う琥珀の横顔は、どこか少し羨望に輝いていた。

吾析は彼女の表情を横目で捉えると、鼻を鳴らす。

「ふん、サンタには興味なかっただろ? そもそも、サンタなんているのかってスタンスだったじゃないか」


琥珀はバツが悪そうに笑いながら、首を横に振る。

「ごめんなさい。今でもちょっと信じられない気持ちはあるんですけど……

 でも、こうやって世界中から集まってる人たちを見たら、

 “サンタがいる”っていう夢を本気で信じてる人がたくさんいて、なんだか胸がドキドキするんです」


「ふーん。まあ、ここまで来たら信じざるを得ないだろうがな」

吾析は思わず苦笑するが、その視線はどこか温かい。

この場所には、おそらくサンタを信じ続け、そして実際になろうとしている若者が大勢いる。

過去の吾析が“サンタクロース発見器”を作ろうと躍起になっていた頃、

もしこんな学園都市があると知っていたら、また違う道を歩んでいたかもしれない……

そんな考えが一瞬脳裏をよぎった。


「とにかく、まずは学院管理局か教官ってやつを探してみるか。

 面会するにしても何にしても、手順がわからんとな」


「はい! わたし、さっきのお兄さんにもう少し話を聞いてみますね」


そう言って琥珀が小走りに先ほどの男を追いかけていく。

吾析はその背を見送りながら、サンタ帽を被った学生らしき少女が

「きゃあ、遅刻しちゃう!」と駆け抜けていくのを横目に眺めた。

なんとも不思議な光景だ。外は一面の銀世界なのに、

ここだけは学祭前の大学キャンパスみたいな熱気さえ漂っている。


「サンタ育成学園都市、ね……」


そう呟いて、吾析はひとつ息を吐き出す。

まだサンタには直接会えていないが、この場所には確かに“サンタを志す者たち”が溢れていた。

「あの婆さんに、いろいろ言いたいことは山ほどあるが……

 ま、ここまで来たんだ。とことん突き詰めてやるさ」


吾析は少しだけ弧を描くように口元をつり上げると、

鞄の奥にしまった“サンタクロース発見器”を、そっと撫でた。

これだけサンタ候補が集まっているのなら、この装置が本当に役に立つかもしれない。

あるいは、学園が持つ膨大な資料を調べれば、「真のサンタ」とやらにたどり着く糸口も

見つかるだろう。


──こうして天才科学者・武藤吾析と、

  “琥珀”という新しい名を得た少女の新たな旅は、

  雪山の聖域どころか、にぎやかな学園都市へと広がっていく。


果たして、彼らが目指す“現役サンタ”は本当にこの都市にいるのか。

そして、“サンタ育成学園”の裏には、いったいどんな秘密が潜んでいるのか。


吾析は胸の高鳴りを抑えきれないまま、

自らの足でこの不可思議な都市の門をくぐり抜けるのだった。



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