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天才(馬鹿)とサンタは紙一重  作者: 紫雲
発見器と出会い編
7/9

馬鹿とサンタ発見

少女の容体が落ち着き、ようやく部屋の空気に安堵が漂いはじめた頃。

「さて、そろそろ俺たちは失礼させてもらおうか」

吾析がそう言いかけた時、老婆が不意にしわがれた声で言葉をかける。


「待っておくれ。あんた、サンタクロースを探してるんだって?」


彼女が急に口調を変え、まるで昔を懐かしむように目を細めるものだから、吾析も琥珀も思わず聞き返した。

「ええ、まあ……確かに探してますが」


老婆は頷きながら、ちらりと寝台の娘を見つめた後に、微笑みとも悲しみともつかない表情を浮かべた。


「実はわたし……昔はサンタクロースだったのさ」


吾析は一瞬思考が止まり、琥珀は「えっ?」と半端な声を出した。

「あ、あの……サンタクロースってあのサンタですよね?」


琥珀の問いかけに、老婆は困ったように肩を竦める。

「あんたらの想像通りだろうね。子どもたちに贈り物を届けたり、夢を与えたりする役目の“サンタクロース”さ。わたしはその役目を……いや、使命と言ったほうがしっくりくるかもしれないね……それを長く担ってきた」


「……それをどうして辞めたんですか?」

吾析がためらいがちに尋ねると、老婆は傍らの娘を優しく見つめ、静かに言った。


「娘の病が発覚した時、わたしはとてもサンタなど続けられる状態じゃなかった。娘が苦しむなかで、世界中の子どもを笑顔にしている場合じゃない、と思ってね」


肺炎をこじらせていた少女の姿が脳裏をよぎる。実際に命の危機まで陥ったのだから、サンタの仕事などできるはずもないだろう。


「それに、サンタクロースの役目ってのは実は“ひとり”じゃない。長い歴史の中で、交代や継承がなされている。わたしは自分の代を途中で降りたけれど、今は別の方が“現役のサンタ”をしているはずさ」


老婆は大きく息をついてから、真剣な表情で続ける。

「あんたたち、本気でサンタに会いたいんだろう?ならば、その“今のサンタ”がいる場所を教えてあげよう。もっとも、そこへ行くのは並大抵のことじゃない」


吾析は言葉に詰まった。まさかこんな田舎で、それも娘を見舞うために訪れた家で、元サンタクロースに出会うとは思わなかったのだ。

「……ぜひ教えてください」

「わたしも、行きたいです」


琥珀は少し驚きながらも、吾析の横に並んでしっかりと頭を下げる。


老婆は頷くと、古い箪笥(たんす)の奥から、風合いのある地図を取り出した。

「ここに、山奥にある“聖夜の教会”と呼ばれる場所が記してある。今のサンタは、年に一度、必ずそこへ立ち寄るんだ。いつも世界中を飛び回っているからね。そこを拠点に“次の準備”をしているらしい」


老婆の話によると、「聖夜の教会」は深い山と雪原に囲まれており、冬になると道がほとんど閉ざされるため、ごく限られた人間しか辿り着けないのだという。


「なるほどな。行きづらそうだが、そこが“現サンタクロース”の最も可能性が高い居場所、か」

吾析は示された地図を目を凝らして見る。かなり粗い手書きの地図で、山岳地帯の名前や道がかろうじて記されている。


老婆はそんな吾析を見て、くしゃりと目尻に笑い(しわ)をつくった。

「急ぐ必要はない。娘はわたしが面倒を見るから、安心してくれ。あんたたちがもう少しこの近くに滞在してから出発してもいいんだよ?」


「いや……お気遣いなく。もう娘さんの容体も回復に向かっている。この先、合併症が出そうなら必要な薬を調合してから行くつもりです」


吾析はあくまでも“サンタ探し”を最優先するつもりらしい。だが、この数日間、娘の看病に費やしてきたからこそ、対策は万全にしていきたいと思っているようでもあった。


「娘さんがまた体調を崩したりしたら、少し離れた街の医者と連携するようにしておきますね。必要があればわたしが走ります」

琥珀がそう言うと、老婆は微笑みながら娘の頭をそっと撫でる。


「ありがとう。娘が元気になったら、わたしは改めて考えたいのさ……サンタクロースを辞めたことを、正しかったのかどうかね」


その言葉に、吾析はきっぱりとした口調で言った。

「親として自分の子を最優先するのは当然だと思いますけどね。それに、あなたのおかげで俺たちはこうして“現サンタ”の居場所に辿り着ける可能性が出た。どのみち、あなたの決断は間違ってないと思う」


老婆は何も言わずに頷くと、地図を吾析の手に押し込んだ。吾析が家から出ようとしたとき、何かを思い出したかのように老婆がとめる。



「ああ、一つ待っておくれ。もしも、あんたらが、何かに巻き込まれたら、その時は、ローズの伝手で来たと言いな。」


「ローズ??」


「ああ、わたしの名だよ。」


そう言って老婆は満面の笑みで吾析たちを送り届ける。


「そっか、ありがとな。ローズの婆さん。」



吾析と琥珀は老婆と娘に別れを告げ、身支度を整えて外に出る。



「まずは馬車を一日ばかり借りて、地図にある山の(ふもと)まで向かおう。途中まではどうやら車道があるようだ」


「武藤さん、準備は全部できてますか? 薬品とか……」

「大丈夫だ。イオン交換樹脂もまだ残っているし、ベンゼン、硫酸、水酸化ナトリウムもそこそこある。もっとも、サンタの居場所まで行くのに薬品はあまり必要ないかもしれんが、まあ何があるか分からないしな」


琥珀は思わず苦笑する。

「ほんと、いつどんな化学反応を起こすか分からないですからね、武藤さんは」


そう言って背伸びをすると、地平線の彼方に小さな雲が浮かんでいるのが見えた。

「あっちの山のほうかな……」


馬車に乗り、旅立つ準備をしていると、後ろから老婆の声が聞こえた。

「気をつけてお行き。サンタクロースに会うころには、きっとこの子も元気になって笑顔で迎えられるはずだよ」


琥珀が馬車の上から手を振る。

「絶対に治してあげます。だから大丈夫ですよ! 娘さんにも伝えてください、また元気な姿で会いましょうって!」


吾析は特に言葉を発さず、ただ黙って片手を挙げた。そして手元の“サンタクロース発見器”に軽く触れる。もしこの道が正しければ、きっとサンタはあの教会にいるに違いない。


ゆっくりと馬車が動き出す。イギリスのど田舎の寂れた石畳を、ギシギシときしむ車輪の音が響く。

「……行くぞ、琥珀」

「はいっ!」


少女はまだ名付けられたばかりの“琥珀”という呼び名を、心なしか気に入っているようで、以前よりも明るい表情だ。吾析はそんな彼女の瞳から一瞬も目を逸らさず、再び前方を見据える。


サンタクロースを求めて、ふたりの新しい旅が始まった。山奥にあるという“聖夜の教会”ではいったい何が待ち受けているのか。

元サンタだった老婆の言葉を胸に、吾析と琥珀は揺れる馬車の中で、淡い期待とわずかな不安を抱きながら、遠く雪深い山を目指すのだった。



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