06
時刻は午前10時、琥珀は先週と同じく両側に店舗や一般住宅がひしめき合うように立ち並ぶ狭い道を歩いている。先週よりも遅い時間のため開店している店舗も多く、静かながらも買い物客で賑わっている。落ち着いた雰囲気のレストランの先にはエンジェルグッズばかりを集めたセレクトショップがある。ショップのショーウィンドウからはアンティークなのだろうか生成り色シフォンに淡いピンクの花をあしらった子供用のドレスが目を引いた。(うわ~。あの頃のマコちゃんにぴったりのドレスだ。)本人に言ったら子どもの頃でも怒ったであろうが、真珠のエンジェル姿が目に浮かんだ。
何も気にすることが無ければ、琥珀は並木道を通って翡翠の店へ向かう。でも今回も少し遠回りになるこの道を選択した。翡翠の店に辿り着く前に藍色の瞳の青年に会ってしまったら、確実に翡翠の店に顔を出せなくなる事が分かっているからだ。
「いらっしゃいませ。」
黒いエプロン姿もとても良く似合う真珠に快活な笑顔で出迎えられた。
「マコちゃん久しぶり!」
「コハちゃん、いらっしゃーい。」
3人ほどいる客は全員が常連さんだった。20代、40代、60代すべてが女性。その3人ともが翡翠のシフォンケーキより真珠に惹きつけられているように見える。(あ、マコちゃんは高校生になっても天使だわ。)なぜだか琥珀はそう確信した。子どもの頃からの少し明るい髪色にふんわりとした髪質。まさに天使!と心の中で琥珀が笑う。
「琥珀ちゃんいらっしゃい。真珠くん久しぶりでしょ。休憩に入っていいよ。」
シフォンケーキ専門店のオーナーでケーキ職人の叔父、翡翠が厨房スペースから出てきた。
「あ、いいよ。今日はマコちゃんの顔を見に来ただけだから。用事もあるし。」
パタパタと手を振り琥珀が答える。
「え~そうなの?せっかく久しぶりなんだから、少し時間ちょうだいよー。」
天使の笑顔に攻めよられ琥珀は簡単に陥落した。
「コハちゃんはレジも慣れてるんだね。」
「ヒーさんのシフォンケーキが食べたくて、平日もたまに手伝いに来てたんだ~。」
「そういえば、ヒーさんが言ってたかも。でも、最近は来てなかったんじゃないの?」
真珠は琥珀に断りを入れ、先に店に居た3人の常連さんのレジを担当し、7分程度で店のスタッフルームに来てくれた。
「うん。高校に入ってからは部活もあったしね。」
真珠も琥珀と同様、テニスで好成績をあげている。
「テニス続けてるの?」
「うん。でも嗜む程度だけどね。」
「部活で嗜む程度って難しいんじゃない?熱血コーチとかいないの?」
琥珀の質問に真珠は首を傾げ視線を左上に向ける。
「熱血コーチはいないよ。テニスで体を動かすのは好きだけど、大会で勝ち進みたいとかは無いし……、だから嗜む程度って思ってる。」
琥珀は、テニスの大会で飄々と勝ち進み、ニコニコと笑う真珠の姿を思い出す。ある程度、勝ち進むと強い選手との試合が待っているが、真珠は負けても相手の素晴らしいプレーを称賛するだけで悔しがる様子はなかった。
「そういうコハちゃんこそ美術部に入ってるんでしょ?」
「お互い、勝負事には興味が無かったって事だね。」
琥珀の言葉に真珠がアハハと笑う。
「じゃあ、これからの週末はマコちゃんがバイトに入れるの?」
「う~ん、毎回は無理かも。友達とも遊びたいし、一応、大会とかも出ないといけないし。」
「ああ。そろそろ始まるね。」
翡翠には早く新しいバイトさんを決めてもらわなければならないと、二人して店の方に視線を向けた。
「じゃあ、私そろそろ行くね。」
「うん。あ、これヒーさんがお土産って。裏から出るといいよ。ヒーさんには言っておくから。」
「ありがと。バイト頑張ってね!」
もしも、なかなかバイトさんが決まらないようなら、二人で都合がいい日に担当できるように連絡し合おうと約束し店を出た。