星の海に歌う
七夕は過ぎましたが、七夕や星空のお話です。
星巡りの歌が好きだ。
銀河鉄道の夜を読み、歌詞をお母さんから教えてもらって、歌って覚えた。
落ち着いた曲調と、実際の星座を用いた歌詞が、とても好きだ。
星座を思い浮かべながら歌って、歌詞の世界に入り込む感覚が好き。
中学生になった今でも、時々歌っている。
夕方以降の空を見上げて、星が見えたら、たまに。
七夕の日も歌う。
天の川が曇で隠れて見えなくても、織姫様と彦星様は出会えている。あの雲の向こうは何にも遮られていないのだから。
そう教えてくれたお祖母ちゃんの言葉に感激した幼稚園の頃が懐かしい。
ここ数年は、今年も逢えてよかったね~とか、考えて二人の伝説にお祝いの言葉を投げかけている。
友達は、リア充めと茶化していたけど、その文句を言っていた子も、最近気になる子ができて、着実に仲良くなっているので、彼女も十二分にリア充の範疇にあると思う。
期末テスト前の勉強会で、友達は意中の男子と勉強会などしていて、織姫と彦星の事を言えないと他の子たちと話したりしていた。
そんな今年の七夕は、地上から見守るには絶好の晴れ模様。
自室の窓を開けて夜空を見上げる。
田舎よりの場所なので、星空が見えやすい。この家を買ってくれてた両親に感謝だ。私の部屋が二階にあるのもグッドポイントだ。
さてさて、織姫と彦星は……あ、居た。
毎年見ているし、見つけるのは簡単だ。
織姫こと、こと座のベガと、天の川を挟んだ場所に浮かぶ、彦星こと、わし座のアルタイル。
うんうん、今年もしっかりと出会えているようで何より。
お熱いねーお二人さーん。
そんな野次を飛ばして満足した後、空全体へ意識をフォーカスする
毎日見ているけど、この光景が好き。
少しずつ、ゆっくりと空を滑る星たちが好き。
たまに降る流れ星が好き。
遥か昔からずっとそこにあって、世界中を見てきた星々と、この地球の歴史の趣深さが好き。
ふと、星巡りの歌の歌詞が、口をついて出た。
「あかいめぇだまのさーそりー、ひろげたぁわしぃのつーばさー」
指を動かしながら歌っていく。
「あぁおいめぇだまのこーいぬー、ひかりのぉへびぃのとーぐろー。
おーりおんはたかぁくうーたいー、つゆーとしもとぉをおとすぅー」
やっぱりいい歌詞。
今年もいい七夕を過ごせた。
織姫と彦星、星空、そして歌に満足して、おやすみーと夜空に声かけして、窓を閉じて寝た。
その日の夢は、宇宙を走るレトロな列車の中で、椅子に座った織姫と彦星がスマートフォン片手にツーショットしている場面だった。伝説の世界でも、遠距離恋愛に最新のハイテクが入り込んでるんだな、と考えさせられた。
翌日、土曜日だったので、午前中に宿題をして、休憩がてら散歩に出かけた。
日差しと、アスファルトから反射された熱と気温で、すぐに汗をかいてきたので、手近なコンビニでスポーツドリンクを購入する。
コンビニを出たところで、軽快な音を立ててケータイが鳴ったので確認したら、友達からの宿題に関するヘルプだった。件の男子も一緒にいるらしいとのことだったので、頑張れと返答しておいた。
決して、せっかく二人なのだから、これを通じてもう少しだけ仲良くなって、夏休み前に付き合えるようになっちゃえ、とか考えてない。
公園までやってきて、ベンチに座ってのんびりと、夏の空を見上げる。
入道雲が山の向こうに見える以外は、特に何もない、青い空。
吸い込まれそうな青の天井に、今年は海行こうかな、と考える。
すべては、夏休みに入ってからだ。
あ、でも今年は友達はきっと男子と一緒に夏を満喫するだろうから、イベントで一緒に遊ぶ回数は減るかな。
そんな風に考え、ふと視線を正面に戻すと、小柄な女の子が数メートル前を通り過ぎるところだった。
日差しを受けて反射する黒の長い髪と、欧風と言ったらいいのかわからないけど外国の人の顔立ち。
年齢はたぶん私と同じくらいかな。でも、外国の子って、実年齢より大人びた容姿の人が多いって話に聞くから、どうだろう。身長も、百五十センチ前半の私と一緒くらいに見える。
とても、綺麗で、気が付いたらじっと彼女のことを見ていた。
そして、夏だというのに顔以外の肌を出していない、まるで旅をしているような服装に驚いて、さっきとは別の意味で彼女を見た。
それは、流石に暑すぎない? 服の下に冷却シートでも貼ってる?
なんとも言えず、じろじろ見るのも失礼だと思って視線を逸らそうとしたところで、ふと、こちらを振り向いた彼女と目が合った。
どうしたものか。
ひとまず、無言で頭を下げて挨拶しておく。
すると、彼女はにこっと、擬音が聞こえてきそうなほど愛らしい笑顔になって、私に手を振ってきた。
ずっと降ってくる、何なら近づいてくる。あれ、え、どうしよう。
「Harrow,good day」
二歩くらいの距離で彼女が立ち止まったので、とりあえず何か言っておこうと思って挨拶してみる。すると、満面の笑顔のまま、
「こっちの言葉で大丈夫だよ」
大変流暢な日本語で返してくれたのだった。
近くで見ると、瞳はオレンジ色、ではなく、綺麗な赤い色をしていることがわかった。
ルビーみたいで綺麗と思っていると、彼女は話を続けてきた。
「この辺りで昨日、綺麗な歌が聞こえてきたのだけれど」
その瞬間、ちょっと嫌な予感がした。
「女の子でね。赤い目玉の蠍、広げた鷲の翼~って歌ってて」
「はぁ」
嘘でしょ、あれ、聞かれてたの?
二十二時なのに、外っていうか、私の家の近くうろついてたの? この子。
「とっても素敵な歌だったから、本人にお礼を言いたくて」
無邪気そうにそういう彼女に毒気を抜かれながら、私は内心照れてしまい、「そうなんですか。わからないですね」と答えてしまった。
「そうかぁ。じゃあしょうがないなぁ。答えてくれてありがとう! じゃあね!」
そう言うと、彼女は踵を返して行ってしまった。
嵐のような、とまでは言わなくても、非日常感ある体験で心臓がずっとドキドキしていた。
今日の日記に書くネタが確保できたけど、ちょっと疲れ……ていなかった。それどころか、体が不思議と軽かった。
なんでだろう。
その夜、勉強を終えて、さぁ寝ようかと思った時、ふと空を見たくなって、また窓を開けて星空を見上げた。
七夕は終わったけど、相変わらず夏の大三角形はそこにあって、織姫と彦星は今日も天の川越しにいちゃついているようだ。
そんな風に考えていると、空を何か、少し大きな影が過った。
思わず影を追いかけたけど、確認できなかった。
トンビとか飛んでたのかなと思い、一応、まだ見えるかなと見まわしていて、ふと、地面の方へ視線を落とした。
道路から、私を見上げている女の子がいた。
外灯から少し離れた場所に立っていて、月と星明りだけなのに、その容姿が不思議とよく見えた。
黒髪で、欧風と言ったらいいのかわからないけど外国の人の顔立ちで、と確認できたところで、昼間のあの子だと気が付いた。
「こんばんは」
声量を抑えているはずなのに、綺麗に耳に聞こえてくる不思議な声で、彼女は挨拶をしてきた。
「どうしてここに?」
「昨日の歌がまた聞きたくて」
あ、まずい、危ない人?
そう思って窓を閉じようとしたら、いつの間にか、彼女が私の目の前に来ていた。
え、ここ、二階……。
「ねぇ、君、星が好きなの?」
「え?」
その時、私は、正常な判断ができていなかったんだと思う。
普通なら、ストーカーかもしれない、危ない人だったらどうしよう、どうやって瞬きした一秒にも満たない時間で道路から二階の窓前まで来られたのか、どうして空中に浮いてるんだろう、とかいろいろ考えちゃうと思うけど、
「うん」
私は、少し戸惑って、面食らいながら頷いていた。
「星、もうちょっと近くで見てみない?」
「どういうこと?」
「見晴らしのいい場所で、星を見ようってこと」
差し出された彼女の手を、私は取っていた。
それからのことは、夢のような時間だった。
彼女は私のことをお姫様抱っこして、そのまま、すーっと空高く飛んだ。寒くないようにって、コートを羽織らせてくれたからか、全然寒いとは思わなかった。
「下は見ないでね」と私がふと下を見ようとしたときに、手で視界を覆いながら注意してくれたこともあったけど、少ししたら、私は山の向こうまで見渡せるほど高い場所まで来ていた。
海が、山が、輝く街が、海が、そして満点の星空が、目の前いっぱいに広がっていた。
言葉にできない衝撃を覚えていると、ふと涙が出てきた。
「泣いてるの?」
「うん、うん」
「そっか」
彼女はそれ以上何も言わなかったけど、どこからかハンカチを出して目に当ててくれた。
「ほら、泣いてばかりじゃ星空が見えないよ。ほら、ごらん!」
見上げると、そこには家の窓からみるよりも、ずぅっと高くて、よく見える、美しい星々が浮かんでいた。
昼間の青空よりも吸い込まれそうな、濃い青の空。
まるで、
「星の海みたい」
口をついて出た言葉に、彼女が頷いた。
「気に入ってくれた?」
「うん。私、一生忘れないかも」
ケータイ持ってきたらよかったな。でも、写真に残らないから、残せないから、この衝撃はきっと、色あせても、最後の最後まで記憶に残っていると思う。
「昨日の歌のお礼、かな」
彼女はそう言った。
星巡りの歌を歌っていたから、私が星の空を見上げて素敵な顔をしていたから、このようなことをしたと教えてくれた。
「ありがとう」
そう言うと、彼女は照れたように笑った。
どれくらいまでそうしていたかはわからないけど、気が付いたら、私は自室のベッドの上に座っていて、窓外に浮かぶ彼女と対面していた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
返したコートを羽織り、彼女は人懐こい笑顔を浮かべた。
「じゃあ、私はもう行くよ」
「そっか」
また会えるかな、なんて思わず聞きそうになったけど、やめた。
「それじゃあね。お休み!」
「うん、おやすみ」
手を振ると、彼女は手を振り返して、そのまま空へと浮かんでいった。
その時、私はまた星巡りの歌を歌った。
それが、私ができる、彼女への最高の贈り物だと、思えたから。
それから、私が彼女と再会することはなかった。
夏休みが始まって、友達が彼氏と一緒に海に出かけるから水着選びに付き合ってほしいと言われたり、知り合いがやってきて遊んだり、祖父母の家に行ったりとしたけれど、あの子が私の前に現れることも、私が彼女を見つけることもなかった。
それでも、今でも、あの時の出来事は鮮明に覚えている。
多少美化されているかもしれないけれど、あの星空の美しさと、それを見せてくれた不思議な彼女は、確かな現実の出来事だ。
今でも、星巡りの歌を歌う。
元々好きだけれど、理由が増えた。
名前もお互いに教えあわなかったから、名前がわからないけれど。
また、あの子がこの歌を聞いてくれていたら、嬉しい。
そんな気持ちが、増えたから。
☆
歌が聞こえてきた。
懐かしい歌だ。
目の前で光輝く剣を自らに向かって振り下ろす、夕焼け色の騎士に向かって怨嗟の絶叫を浴びせ、意識が消えるその瞬間。
彼女の心は、遠い昔に戻り、旅をしていた頃を駆け抜けていた。
その中で、彼女は優しい歌を聴いていた。
星が好きで、星の歌を歌っていた少女と、彼女を連れて、歌のお礼にと空の高い場所で彼女の大好きな星空を見せたこと。
そして、その時に少女の口から紡がれた、星の海と言う、よくある言い回しが、しかしその時の彼女にはとても輝き美しく、尊く、掛け替えのない宝もののように思えた。
あの綺麗な歌声が紡いだ、優しい世界のように、たくさんの世界に、安らぎと平穏を。
そう思って、彼女は自分が作った国の名前を――――
「また、あの歌が聞きたいな……娘にも、聞かせたいな」
そして、娘の笑っている顔が見たくて、そう考えて、娘が笑ったことを悟って、彼女は消えた。
☆
「星巡りの歌ですか?」
ある日、歌っていたら、拍手があって、声をかけられた。
振り返ったら、若い夫婦が連れ添って立っていた。
旅行にでも来ているのか、外出用の服装に、少し大きめのカバンを男性の方が持っている。
二人の後ろに、誰かいるが、よく見えない。
「えぇ、好きなもので」
「とても素敵です」
奥さんが感激したように言ってくれて、なんとなく、昔聞いてくれたあの子のことを思い出し、頬が緩んでしまった。
「ありがとうございます。ところで、ご旅行ですか?」
「えぇ。この子と一緒に」
旦那さんはそう言うと、自分たちの後ろにいる誰かへ振り返る。
二人が左右に逸れると、白いワンピースドレスを着た、十代後半に見える女の子が現れた。
長く伸ばした黒髪の上に麦わら帽子を被っていて、その下から、こちらをまっすぐ見つめている顔に、私は息を呑んだ。
欧風と言ったらいいのかわからないけど外国の人の顔立ちと、ルビーのように綺麗な赤い瞳の、言葉にできないくらい、かわいくてきれいな子。
肌は健康的な色合いで、身長もそれなりにあるけど、思い出の中で笑う彼女の面影が強くあった。
「こんにちは。母が、この町で素敵な歌を聞いたと知ったので、こちらのお二人に我が儘を言って連れてきてもらったんです」
「もしかして、貴女は……」
☆
歌が聞こえてくる。
星巡りの歌が、聞こえてくる。
あの子の歌だ。
そっか……また、私も逢いに行くよ。
次は……娘と、そうだな……友人たちと一緒に……。
天の巡りの目当てを、見よう。
☆
星を巡る歌が、私を彼女の娘と引き合わせた。
彼女が今どこで、何をしているのか、教えてもらえなかったけれど、近いうちに会えるとのことだった。
あの不思議な、魔法使いのような子は、どんな大人になったんだろう。
あの夜のように、また私を連れて空へ飛んだりしてくれるかな。
そうじゃなくても、もう一度出会えるだけでも、私はうれしい。
その時は、また歌を聞かせたら、喜んでくれるかな。
それから、お互い、名前を教えあうところからまた始めよう。
お読みいただき、ありがとうございます。
スターシステム。星だけに。
冗談はさておいて、星巡りの歌は、実際に作者も歌っていて、七夕、星、ならこれだろう!と題材の一つに決めました。
また、登場人物についてですが、主人公の女の子以外は、作者の他作品の登場人物たちです。少しばかり解説すると、大人になった主人公の前に現れた夫婦はサエぼから、麦わら帽子の少女は機巧のギルフェンセィアからの登場となっています。
後、主人公と出会った不思議な少女の話もいずれ書きたいのです……もう二年以上あっためてるんですけどね……。
あ、サエぼなど、もう少ししたら新しいのあげれそうなので、もうしばらくお待ちください。
(改めてプロットとか色々と見直ししてたら、もうこんなに時間かかって……OTZ)
さて、これから夏休みですが、皆様、熱中症などに気を付けて、目一杯、日々を過ごしてください。
それでは、この辺りで。