奥森くん②
翌朝。
暑さが、まだ和らいでいる早朝、学校へ登校した。
担任から教室の鍵を預り、施錠された扉を開ける。
「うっ」
教室の中は夏特有の蒸し暑さに加え、淀んだ空気が鼻を刺激した。
思わず顔をしかめ、息を止める。
急いで教室の全ての窓を開け放った。
清涼な風が教室に入ってくる。
汗をかいた髪を風が優しく撫でてくれた。
(涼しい…)
胸いっぱいに新鮮な空気を吸い込んだ。
×××
風を感じながら、教室を見渡す。
クラスメイトがいない教室は静かで、まるで時間が止まったみたいだ。
いつも使っている教室なのに不思議な感じ。
自分の机にカバンを置き、椅子に座った。
(昨日は、初めて奥森くんと話したな…。)
一言、二言だったけど。
そういえば奥森くん、黒づくめだったな。
黒が好きなのかな。
大粒の汗をかいた笑顔の奥森くん。
真っ直ぐ奥森くんの顔を見たのは昨日が初めてで。
「いつもの奥森くん」は教室で友達と話す横顔と、
後ろ姿。
そして、声。
私の知っている奥森くんは、それだけだった。
『宝の森が、すぐ近くにあるし。羨ましい。』
宝の森って何だろう?
ちゃんと聞いておけばよかったな。
(でも…)
きっと二度と奥森くんとは、話すことはないだろうと思う。
あの日は、たまたま話す機会があっただけ。
特別だっただけ。
話さないことが『普通』なんだ。
×××
その日、学校で私と奥森くんは一言も話すことはなかった。
(宝の森のことは、一生、分からないままだろうな。)
昼休み、友達と話す奥森くんの横顔を見て、思った。