奥森くん①
一生、話すことはないって思ってた。
「宮田さん?」
夏の夕暮れ。
私に声をかけてきたのは、同じクラスの奥森くんだった。
奥森くんに声をかけられて、戸惑う。
なぜか奥森くんは、私の家の前にいた。
×××
奥森くんは、黒縁の眼鏡をかけ、黒い長袖、黒い長パン、黒のスポーツシューズ、肩に黒バックをかけて立っていた。
額には、大粒の汗をかいている。
「もしかして、ここ、宮田さん家?」
と奥森くんが話しかけてきた。
うん、そうだよと言えば、いいのに言葉が出てこない。
なんだろう。奥森くんに緊張してしまう。
学校でも全く話さないのに、どう話していいのか分からない。
そもそも、うん、そうだよで合っているのか不安になる。
数秒間、考えて頷いてみることにした。
「そうなんだ。いい所に住んでるね。」
いい所なんだろうか?
家は、山の中腹に、へばりつくように建っていて周りは森。
道は急な坂道しかない。
真夏には地獄の坂道となり、炎天下の中、焼けつくアスファルトの坂道を汗だくになって登らなければならない。
平地に住みたいと何度、思ったことか。
「そうかな…?」
ふと、奥森くんに呟いてしまった。
奥森くんは、笑った。
「いい所だよ。坂道がしんどかったけど。宝の森がすぐ近くにあるし。羨ましい。」
じゃあ、と奥森くんは手を振り、森のほうへと続く坂道を登って行った。