第七話 滝沢とEスポーツ部
職員室を出た流れで、会長と一緒に校門前まで来た。
「会長、そう言えば何を言おうとしてたんですか?」
「え、どのことかな?」
「ほら、俺がゲームに詳しいって話をしたあとに何かいいかけませんでした?」
俺がそこまで言うと、会長は思い出したように「あー」と声を上げた。
「そうそう、滝沢くんに聞きたいことがあったんだ」
「何が聞きたかったんですか?」
「えっとね、どこから話そうかな」
もしかして会長はゲームに興味があるのかと思ったのだが、どうやら事情があるみたいだ。少し考えたあと、会長は話してくれた。
「2年生の水沢さんって人がeスポーツ部を作ろうとしてるんだけど…」
2年生の水沢……うちのクラスにそんな苗字の女子がいたはずだが同一人物だろうか。
「うちの学校で新しく部活を作ろうとしたらいくつか必要なものがあって。4人の部員と活動場所、顧問の先生を見つけた上で生徒会にどんな活動をするのか説明しなきゃいけないの」
ほうほう、部活作ろうとしたらそんなことしなきゃならんのか。ゲームが好きなやつを4人集めるのは簡単だろうが、部活動として成立させるのは相当難しい。
誰かとゲームするぐらいならわざわざ部活でやらなくてもいくらでもできる。それなのに、わざわざ学校で部を作ろうとしている水沢ってのはどんなやつだ?
「それでね、部員と活動場所と顧問の先生は見つけたみたいなんだけど……」
「けど?」
「部員全員分のパソコンが用意できなかったみたい」
「……なるほど?」
水沢というのはPCゲームが好きなのか。パスコンを使うゲーム、いわゆるPCゲームは任○堂やソ○ーが発売しているゲーム機と比べてプレイするハードルが高い。
やりたいゲームがあったとしてもどのPCを買えばいいのか分からないし、何より初期費用がめちゃくちゃかかる。だというのに、PCゲームを主軸としたeスポーツ部を作ろうとするとは。水沢という人間に興味が出てきた。
「肝心のPCが無いから部の立ち上げを認めるわけにはいかない、と」
俺がそう聞くと、会長は小さく頷いた。
「eスポーツ部作りたい!っていう気持ちがすごく伝わってきたから何とかしてあげたくて……滝沢くんゲームに詳しいみたいだから何かいい案出してくれるかなって思ったんだ」
「うーん、そういうことですか……」
期待に応えたいところだが、難しい話だ。ゲームが十分にできるほどに高スペックのパソコンはやはり高い。俺が使っているのも元々はテオが使っていたのを譲ってもらったものだ。
「やっぱり難しい?」
「難しいです」
「そっか……」
「───あれ、ハヤト?」
不意に俺の背後から聞き馴染みのある声が聞こえた。振り返ると俺の弟、トオルが驚いた様子でそこにいた。
「おう」
「何でこんな時間に? いつもだったらもう家に帰ってるはずでしょ」
「言ってなかったっけ? 昨日から生徒会になった。この時間まで残ってたのは、生徒会の仕事をしていたからだ」
それを聞いたトオルはさらに驚いたように俺を見つめる。
「は? ハヤトが生徒会に? なんで……というか、今日の晩御飯誰が用意してるんだよ」
「俺もお前もいないんだから誰も作ってないだろ」
「……昨日の晩御飯って残り物なかったよね?」
「なかったな」
「このままじゃ晩御飯抜きになるじゃん」
「帰りに総菜買っていけばいいだろ」
「総菜買うなら早くしないと。この時間だといいのがほとんど残ってないよ」
そこまで話したところで、トオルは会長に気付いて急いで頭を下げた。
「こんばんは、朝比奈会長。すみません、いらっしゃることに気付きませんでした」
恭しく頭を下げるトオルを見て、俺は「ほお」という声を漏らす。こいつ先輩相手だとこんなに礼儀正しいやつなのか。俺に対する扱いがいつも雑だから知らなかった。
「ううん、気にしなくていいよ。それより早く行かなくていいの? 晩御飯の用意しなきゃならないんでしょ?」
会長が気遣ったように俺とトオルを見る。俺はスマホで時間を確認した。
「そうですね、もう少ししたら母さんが帰ってくる時間か。それでは、会長失礼します。今日はありがとうございました。それではまた明日」
「うん、また明日ね」
「……よし、トオル走るぞ」
「え、ちょっと待───」
会長に別れの挨拶をしたあと、俺はトオルに声をかけて走り出す。
ここから最寄りのスーパーまで500メートル、もうすでに半額シールが貼られている時間。早く行かなければ、目ぼしいものは全て狩り尽くされてしまう。俺はトオルを置き去りにしてスーパーへ向かった。
★★★
「それじゃあ今日の授業はここまでだー。来週までに課題を終わらせておけよ~」
でっかいコンパスを担いだ数学教師は、それだけ言い残すと教室を出て行った。今からは昼休憩。教室にいたクラスメイト達は席を立ち、それぞれ行動を取る。
その中で目についたのはスマホを取り出す人間だ。手の動きからしてゲームをやっているのはすぐに分かる。
スマホゲームというのは、どんなゲームよりも敷居が低く始めやすい。PCと比べて費用が安く済むのも一つの理由だが、スマホを持っている人間が多いのが一番の理由だろう。
そして、最近ではスマホゲームも大会が開かれている。その賞金金額は億を超えることもあり、スマホゲームも立派なeスポーツだ。水沢もスマホゲームが主軸の部を作れば、簡単なのに。
俺は席を立って教室を出る。
「ねえ! 水沢さん」
教室を出る直前、そんな声が聞こえた。教室で無数に飛び交う声の1つであるそれを俺の耳が聞き取ったのは「水沢」という単語が聞こえたからだ。
反射的に俺が振り返ると、友達らしき女子と話していた1人のクラスメイトが視界に入る。下の名前は忘れたが彼女の苗字はたしかに水沢だったはずだ。長い髪をポニーテールにしている活発そうな女子。とてもじゃないがゲームを打ち込んでいる人間には見えない。
俺の視線に気が付いたのか、水沢がこちらを向いて目が合った。俺は特に用が無いので俺は教室を出る。今日は会長から一緒に昼を食べようと誘われているのだ。俺は少しウキウキしながら生徒会室へ向かった。
「失礼しまーす」
俺は生徒会室をガラッと開ける。中にいるのは副会長だけのようだ。
俺も授業が終わってすぐにここへ向かったはずだが、既に副会長は席に座って資料に目を通していた。
「副会長、こんにちは」
「こんにちは、滝沢くん。昨日はしっかり眠ったのかしら?」
「ばっちりです」
昨日分かったことだが、副会長は人と話すのが嫌いなわけではないらしい。むしろたまに冗談を言うぐらいには饒舌だ。
「副会長は弁当ですか」
「そうよ、あなたもお弁当みたいね。それ、あなたが作ってるの?」
「そうですよ。昨日の残り物を詰めただけですけどね」
結局、昨日は走ってスーパーに向かったはいいものの俺が到着した時には目ぼしい総菜はほとんどなくなっていた。仕方なく、俺とトオルは急いで食材を買って料理を作ったのだ。
そんな会話をしていると、生徒会室の扉がガラッと開いた。