第三話 生徒会参加
「私は朝比奈舞衣。生徒会長をやらせてもらってるよ。それで、さっきは変な反応しちゃってゴメンね。青山先生から男の子だって聞いてなかったから驚いちゃった」
歓迎されていないようなので帰ろうとしたら会長にお茶とお菓子を出された。とりあえずそれを美味しく頂いき顔を上げると会長が机の向かい側に座っていた。
「いえいえ、こちらこそ男ですみません」
男であることに申し訳なさを覚えたのは初めてである。
俺が謝ると会長は慌てて手を振った。
「ううん、男の子ってすごいところがたくさんあるよ。私じゃあ届かないとこ届いたりするし……あと手が大きくてピアノ弾きやすそうだし」
男にはデカいぐらいしかいいことがないらしい。
「ピアノやってるんですか?」
「うん、昔やってたの。男の子の大きな手が羨ましかったな、簡単に指が届くから」
「へぇ、会長のピアノ聞いてみたいです」
「ホント? 機会があったら聞いてほしいな」
ふむ、少し話してみたがどうやら男が苦手だというわけではないらしい。もうストレートに聞いた方がはやいな。
「ところで、何で男がダメなんですか?」
そう聞くと会長は少し迷ったあと手招きをしてきたので俺は身を乗り出した。会長は小声で話し始める。
「えっとね、私は全然いいんだけど……」
会長の視線が少し横に動いた。会長が見た先にいたのは副会長だった。相変わらず本を読んでいる。
「副会長は男が苦手なんですか? さっき話しましたけど、そんな雰囲気ありませんでしたよ?」
「レンちゃんも男の子が苦手ってわけじゃ……あれ?滝沢くん、レンちゃんと話したの?」
会長は驚いたような顔をした。
「少しですけど」
「えっ、えっ、本当に? なに話したの?」
会長は急に身を乗り出してきた。俺も身体を乗り出していたので会長の頭頂部が顔面に迫ってくる。このままでは頭突きをくらってしまうので何とか手で防ぎ押し返すと会長は椅子にポスっと座った。
そんな驚くようなことなの?
「別に大したこと話してませんよ。『生徒会、頑張ります』『じゃあ頑張って』みたいな会話をしたぐらいです」
「レンちゃんが頑張ってって言ったの?」
俺が頷くと会長は「そっか」と言って嬉しそうな顔をした。あまりに嬉しそうなので見てるこちらがホッコリしてしまう。
「それで、俺は生徒会へ推薦してもらえるのでしょうか」
楽しい雑談で忘れてしまいそうになるが、今日俺は面接に来たのだ。会長と話した感じなんとなく大丈夫かな、とは思っているが油断は禁物だ。
「面接官と話が弾んでいたのにお祈りメールを貰った」という話を聞いたことがある。就職は大変らしい。
俺がじっと見つめると会長は居住まいを正し、スッと手を差し出してきた。
「もちろん。私は滝沢くんを生徒会に推薦します」
俺のどこを評価してくれたのは分からなかったが、俺は会長の手を取った。
「俺は男ですけど、大丈夫ですか?」
「うん、私は滝沢くんに生徒会に入って欲しいの。歓迎するよ」
華奢な体のせいだろうか、握った手からは力強さは感じない。だが会長は満面の笑みはとても頼もしく見える。
会長は手を離すとバッと横を向いた。俺もそちらの方を向く。
「レンちゃんからは、なにかない?」
「彼はまだ正式な生徒会役員ではないので、言うことはありません」
彼女は本から顔を上げて答えた。会長の問いかけには、しっかり返すらしいが眉一つ動かすことなく、不愛想な無表情だ。
少し残念そうな会長に向けて俺は頭を下げる。
「至らないところがあると思いますが、これからよろしくお願いします」
頭を上げると会長がうんうんと頷く。
「そんなに堅くならなくていいよ。一緒に頑張ろうね」
「はい、頑張ります。それで俺はどの役職になるのですか?」
書記・会計の席が空いていると先生は言っていたはずだ。文字の雰囲気を見る限り、書記は記録係、会計は計算係?のイメージなのだが実際はどうなのだろうか。
「滝沢くんにはね、書記をやってもらいたいの」
「書記ですか?」
「議事録を作るのが主な仕事で、他にもイベントの告知とか報告書の作成とか。忙しいときは役職関係なく色んな業務ある何でも屋さんって感じの役職なんだけど......お願いできないかな?」
会長は上目遣いでこちらをじっと見つめてくる。わざとじゃないんだろうが息が詰まるような仕草だ。うっかり惚れないように気をつけねば。
「俺でよければやらせていだたきます」
「ありがとう。それでね、滝沢くんって書記の仕事やったことある?」
「いえ、初めてです。できれば1から教えてほしいです」
「もちろんだよ。分からないことがあったらいつでも聞いてね」
ありがとうございます、と会長に言おうとしたらパタンと本を閉じるような音が聞こえた。
「会長は今年3年生だから生徒会も忙しいから、私がアナタに仕事を教えてあげる。去年、書記をやっていたから十分教えられると思うわ」
突然彼女がそんなことを言い出した。
俺と会長は顔を見合わせてフフッと笑う。それを見た彼女は目を細めて俺をにらみつける。
「何か?」
「いえ、なんでもありません。ねえ会長?」
「うんうん、なんでもないよ」
「……そうですか」
まだ彼は生徒会役員ではない、と彼女は言ったのに。俺が生徒会に参加すること前提の話をしてきたので笑ってしまった。
彼女は未だ怪訝そうな表情を向けてくる。会長とは対照的に、会長の視線は冷たく鋭い。意図してやってるわけじゃないんだろうが、なかなか威圧感がある…......あれ?
「副会長は3年じゃないんですか?」
「あなたと同じ2年生よ。見えないかしら」
「雰囲気があったので勝手に3年だと思ってました」
口調や佇まいが高校生に見えないし、何より美人だから実年齢より高めの印象を受ける。それに比べて会長は……うん、若い。
「でも、滝沢くんも2年生に見えないよ。背が高いんだもん。身長いくつあるの?」
「183です」
「わっ、すごい!体もしっかりしてるし、なにかスポーツやってないの?」
「特に何も。筋トレが趣味なので他の人よりもガタイがいいだけです」
「えーーー、もったいないよ!レンちゃんもそう思わない?」
「……まあ、恵まれた体格をしているとは思います」
そうやって話していると生徒会室の扉が勢いよく開かれた。扉の方を見ると青山先生が立っていて、こちらをうかがっている。
「滝沢、どうだった?」
「問題なく生徒会に入れそうです」
「それはよかった。ならば今日中に手続きをすませるか?」
先生がそう言うと会長は「あっ」と声を上げて棚から用紙を取り出す。会長は素早く記入してハンコを押すと俺にペンとその用紙を渡してきた。
「滝沢くん、ここに名前を書いて」
「やっぱりこういう書類があるんですね」
「うん?」
「いえ、こっちの話です」
机を使って名前を書く。書き終わり顔を上げると先生が手を出していたので渡した。先生はわざとらしくコホンとせきこむ。
「よし、確かに受け取った。滝沢、明日から君は正式な生徒会役員だ。他の生徒の模範となるように行動したまえ。君の長所を忘れることなく、な?」
「了解です」
「では、朝比奈からは何かあるか? 歓迎の挨拶とか」
会長と俺は顔を見合わせた後、彼女の方を見る。俺はまだこの人から歓迎の言葉をもらっていない。
俺たちの視線の意味に気付いた彼女は、ゆっくりと俺に手を差し出した。
「ようこそ来栖学園高等部生徒会へ。私たちはアナタの生徒会参加を歓迎します。これからよろしく、滝沢くん」
俺は彼女の……いや。副会長の手を取る。
「こちらこそお願いします、日比谷副会長」
ブクマ、評価ありがとうございます。