第13話
次の日の昼休み、俺は屋上に向かう階段に腰かけていた。背後にある扉を開ければ、屋上に行くことができるのだが、あいにくうちの学校は屋上が解放されていない。
漫画やアニメでは学校の屋上で弁当を食べている光景が描かれているが、現実は『危険だから』という理由で解放されてない場所が多いそうだ。
いちおう飛び越えられないほど高い柵がある学校では解放されていることがあるらしい。この学校の屋上にもそこそこの柵があったはずなので、生徒会が頑張れば解放できそうな気もする。
今度会長たちに提案してみるか、と。
そんなことを考えていると、下の階から足音が聞こえて来た。だんだんと音が大きくなり、足音の持ち主が近付いているのが分かる。
屋上に行けるわけでもないのにこんな場所に来るのは、教室に居場所のないボッチ……と言ってしまうと現在進行形でここにいる俺にも刺さる。
まあ、誰が来るのかは分かっている。そいつを呼び出したのは俺だからだ。
「お、本当にいた」
弁当を片手に水沢が現れる。俺は隣に置いていた弁当を太ももの上に乗せて、水沢が座れる場所を横に作る。
「隣、いいの?」
「おう。いちおう掃除もしておいたから、分かりやすいほこりはないと思うので……嫌じゃなければ」
「え、掃除っていつやったの?」
「ついさっき」
「……私と同じクラスなのによくそんな時間あったね」
「教室出たあと走った」
「ふふっ、そうなんだ……ありがとう」
そう言って、水沢は隣に座った。隣でパカリと開かれた水沢の弁当の中身を見て、俺は「へぇー」という声が出た。
見た瞬間にすごい手間がかかってるのが分かったからだ。
「水沢の弁当すごいな。もしかして、水沢が作ってるのか?」
「あ、えっとね。このお弁当、お手伝いの長谷川さんが作ってくれてるんだ」
「……お、てつだい、さん?」
世間話を振ったつもりでいたのだが、格差を見せつけられてしまった。
「そうそう、長谷川さんが作ってくれるお弁当すごくおいしんだ。滝沢くんのは誰が作ってるの?」
「俺っすね……」
「え、自分で作れるんだ! すごい!!!」
……一瞬でも嫌味だと思ってしまったのはきっと俺の心が汚れているからだろう。水沢の目を見たら分かる。こいつ本心から言ってるぞ。
「それでさ、話ってなに? 部の設立で伝えたいことがあるって言ってたけど……今日の放課後じゃダメなの?」
橋で玉子焼きをつつきながら、水沢はそう言った。
「個人的に水沢と話がしたかったんだよ」
「個人的に……」
今朝方、俺は水沢に携帯でメッセージを送った。高二の始めに流れで交換しただけの連絡先、しかも女子にいきなり連絡するのは緊張しなかった訳ではないが、必要なことだったので俺は水沢を以下のメッセージで呼び出した。
『Eスポーツ部設立の件で個人的に話がある。屋上に向かう階段で昼食を取りながら話がしたい』
水沢からすれば、同じクラスメイトであるだけで大して交流も無い男からいきなり二人きりで会おうと言われたのだ。
正直、不審な行動をしている自覚がある。それにも関わらず、水沢が俺の呼び出しに応じたのは、単純に断れない性格だったのか。それとも、呼び出される心当たりがあったか。
「水沢、正直に聞く。お前がEスポーツ部を設立する理由はなんだ?」
唐揚げをもぐもぐと頬張りながら、できるだけ深刻にならないように努めて話す。
水沢の表情が、一瞬だけ強張ったのが見えた。特殊な訓練を受けていなければ人間は0.2秒だけ本音が表情に出てしまうらしい。姉からの教えである。
「えっと、それは生徒会としての質問?」
「いや、個人的な興味」
会長たちには報告しない、というニュアンスを込めてそう言ったものの、水沢は俺のことを警戒しているだろう。単なる興味本位のためならわざわざこんなところに呼び出したりしないのだから。
「えっとね、みんなで一緒にゲームが楽しくできたらなって……思ったからだよ」
「それが理由じゃないだろ? もし、仮にそれが理由なんだったらわざわざ学校で部を立てる必要はない」
俺がそう言うと水沢は口をつぐんだ。なんとなくこのままでは水沢の抱える事情とやらを聞き出せない予感がした。
「俺が最初に疑問に思ったのは、去年の1月の時点で───水沢が部でやるゲームをPCに限定していたことだ」
前触れの無い語りに水沢が不思議そうな顔をして俺のことを見た。だが、特に何も言うこと無く黙って俺の話を聞く気のようだ。
「ただ学校で部を作りたいだけならスマホ主体のゲームをやるべきだ。そんなこと今までゲームを触ったこと無いような人間でない限り分かる」
実際、Eスポーツ部を設立するのに障害となっていた初期費用の高さはスマホゲームをやることで解消されている。
PCゲームにこだわっていたはずなのに、急にスマホゲームをやろうとしていることに疑問を持ったからこそ、俺は水沢のEスポーツ部設立に裏があると考えたのだ。
そして、Eスポーツ部設立に裏があるなら初期段階では活動内容をPCゲームに限定していたのは何故だろうかと疑問に思った。水沢は明らかにゲーム廃人のタイプではない。廃人ならなおさら部活を作ろうという発想になりにくいし水沢はあまりに陽の者すぎる。
バラバラに見たらどうってないことでも一つにまとめたら大きな違和感になる。そして、その違和感を辿れば水沢の目的が見えてくる。
「つまるところ、水沢にとってわざわざPCゲームをやること自体にも意味があったんだ。そして、それをわざわざ部活───学校でやることに意味がある」
それがトオルと話す前までに立てていた俺の仮説だった。だが、その仮説はおそらく真実なのだろう。他でもない水沢の表情がそう語っていた。
「PCゲームをやる、学校をやる。この二つを満たさなきゃならない理由がずっと分からなかった。だが、そんなときに水沢に弟がいるって話を聞いてな……水沢直哉。今年、高等部に上がって来たんだって?」
「……」
「これは人づてに聞いた話だが、お前の弟は社交的でクラスの中でも割と中心的な存在だったらしいな。やっぱり、普通は姉弟って似るものなのか?」
学校主催の行事にも参加していたらしく、それでトオルのやつがよく覚えていた。話を聞く限りだと順風満帆の生活を送っていたらしい。直哉は暇があるときはゲームをしていた、というのもトオルから聞いた話だ。
「どうだろう。私はあまり似てないと思うけど……」
「ハハ、やっぱりそうだよな。俺にも弟がいるが、全然似てない」
俺は自分のことを適当な人間だ。果たすべき責任というやつは嫌だし、〇〇しなければいけないという思考が嫌いだ。嫌なことがあるなら裸足で逃げ出すだろう。
対してトオルは小学校のころから学級委員、いまは中等部で生徒会を率いる生徒会長。性格は真面目で模範的。教員からの覚えもいい。
まあ、いまはそのことを脇に置いといて。
「それで、社交的でそれなりに充実な生活を送っていたはずのお前の弟は中三の夏休みが終わったごろからお前の弟は学校に来なくなった。合ってるか?」
「……うん」
夏休み明けは、学校に行かなくなる人間が多くなるらしい。長い休暇を得て、学校に行かない方が精神的に楽だ理解してしまうからなのか。それとも別な理由なのか。
学校に行きたくない気持ちはよく分かる。それでも学校へ行くやつもいるだろうが、事実として学校に通えない人間がいる。
「これも人から聞いたんだが、この学校の中等部で不登校になった人間は高等部に行かずに別の高校に行くことが多いそうだな」
「……みたいだね」
中等部からこの学校に通う知り合い曰く、『中高一貫のところでは普通のこと』なのだそうだ。
学校そのものを変えることで通えるようになるかもしれない。そんな希望をもって別の学校に編入していくのだろう。
だが、それをよしとしない人間がここにいたのだ。
「水沢、お前は弟にこの学校の居場所を作ってやろうとした。だから、1月の段階で生徒会に急いで部の申請したんだ。おそらくやるゲームをPCに限定しようとしたのは、弟がやっていたのがPCゲームだったから」
これが昨晩トオルから直哉の話を聞いて思いついた推論だ。
もし、この推測が正しいのであれば水沢は相当焦っていたはずだ。年度が替われば、弟は別の学校に編入してしまう。
「結局、弟の直哉は高等部にも進学することになったが、未だに学校に来れていない。ただでさえ、うちの学校の高等部のほとんどは中等部からの内部進学者だ。できるだけ早く学校に来れるようにしないとグループが固まってまたクラスに馴染めなくなる。そんな風に考えた水沢は急遽スマホゲーム主体のEスポーツ部を作ろうとして───」
水沢の方を見ようとして、俺は言葉を失った。水沢が泣いていたのだ。
「水沢……」
「ご……めん、ね。別に、かなし、くて泣いてる、わけ、じゃないから」
水沢は袖で涙を拭いて、一度深呼吸をした。呼吸を落ち着けたあと、目元を赤くしたままゆっくりと話す。
「滝沢くんの言う通りだよ。すごいね、全部その通りだからびっくりしちゃった」
「おう、てきとうに想像したところもあるんだけど、そんなに合ってた?」
「うん。滝沢くんは将来コナン君みたいな探偵になったらいいよ」
「まじ? 青山先生には家系ラーメンの店主になったらどうだって言われたぞ」
「なにそれ」
水沢に笑顔が戻った。食欲も戻ったらしく手を止めていた箸を動かして、口の中に弁当のおかずを運び始める。俺もそれにならって白米を口の中に入れた。
しばらくの間、俺と水沢の間に沈黙の壁が降りる。その沈黙を破ったのは、水沢からだった。
「直哉はさ、小学校の頃はすごい内気な子だったんだ。家でゲームするのが好きで、友達はそんなに多くなくて……別に私もお父さんもお母さんもそれを気にしたことは無かったと思う」
突然そんなことを話し始めた。だが、いきなりどうしたとは思わない。そういうことを話したい気分になったときに、たまたま俺という事情を知る人間がいたというだけの話。
水沢の話が気になるので、俺は弁当を食べながら黙って聞くことにした。
「でも、中学に上がってからたくさんの友達ができたらしくて、週末はいつも誰かと遊びに行ってた。お父さんたちは、直哉が明るくなったって嬉しそうにしてさ。私も直哉に友達ができてよかったなって思ってた……けど。たぶん今思えば無理してた」
水沢の弟はもともと内気だったのに、一時的とはいえ社交的に振舞ってたようだ。環境が違えばふるまいも変わるとは思うが、自分の気質と違うことを長期間続けるのは大変だ。中三の夏に不登校になったということは、中学生になってから2年半。
正直、よくもったなと感じる。
「結局、直哉は学校に行かなくなって、家でずっとゲームをしてる……別にさ、前みたいに戻って欲しいわけじゃないんだ。でも、なんというか。私にとって学校は楽しいところだったから。直哉に居場所ができたらな、って思って……」
「そうか……」
俺は相槌を打ちながらほうれん草の胡麻和えを口に運ぶ。ごまの香りを楽しみながら水沢の言葉に耳を傾ける。
「私なりに頑張ってるつもりだけど、直哉がどうしたいのか聞きもせずにやってるから。直哉のためになることをやれてるのか不安でさ……って、ごめんね。こんなこと聞かされても、滝沢くん困っちゃうよね」
「俺が協力できることはないから、せっかく話してくれてるのに申し訳ないと思うぐらいだ。気にしなくてもいい……ただ、」
これから言おうとしたセリフが、かなり格好つけたもののような気がして、俺の口が止まる。
「ただ……なに?」
気になるよ、と言わんばかりの表情で続きを促してくる水沢に俺は格好つけてるのは今さらかと口を再度開く。
「水沢の思いが通じているのかは分からないが……お前の弟はこの学校に通いたいと考えているように思う」
「……そうかな」
「あぁ、間違いない」
「どうして断言できるの?」
「……そうじゃなきゃ、そもそも辞めるなり別の高校に編入するなりしてるだろう」
水沢が最初に生徒会に部の設立を申請したのは、去年の一月。高等部に進学するのか、それともこの来栖学園を辞めるのか。高校の入試時期のことなどを考えれば、水沢がどんなことをしてようがその時期には決断をしていなければならなかったはずだ。
それでも彼女の弟が高校にいるということは……水沢の頑張りが弟の決断を変えたと考えるのは都合がよすぎるだろうか。
まあ、水沢の弟が「別の高校に行くことを逃げ」であると感じてその選択ができなかった可能性もあるが。そんなことを言う必要はない。
「それに、意外と弟ってのは上のことを見ているものらしい。水沢が弟のために行動しているなら、弟の方も何か感じ取ってるさ」
「……そう、だといいな」
「まあ、ありがたいと思ってるのかうざいと思ってるのかは分かんないけど」
「え、なんでそんなこと言うの!? 今スゴイいい話だったのに台無しになっちゃうじゃん!!!」
「お前の弟の気持ちなんぞ俺に分かるもんか。『姉ちゃん、うぜー』『なんかめっちゃがんばってるわwww』って思ってる可能性だってあるんだぞ」
そんなことないもん、と。アホっぽい擬音をまき散らしそうなテンションで水沢は怒り始める。パシッと肩を叩かれるが、加減をしてくれてるらしく痛くない。
怒りを落ち着けた水沢は表情をやわらげて、神妙な面持ちで俺のことを見た。
「……結局さ、滝沢くんは私は何がしたかったの……あ、えっと。その批判したいわけじゃなくて」
「大丈夫だ、分かってる。なんで放課後に生徒会で話す前に、こんなところに呼び出してまで話を聞こうと思ったのかってことだろ?」
「……うん」
「大した理由はない。俺の推理が正しいのか確かめたかっただけだよ」
「……そのためだけに呼び出したの? Eスポーツ部を作るのは止めろ、とか言わないの?」
「そもそも俺にそんなこと言う義理は無いんだよ。理由はどうであれ、部活を作るのに必要なものは全部水沢が揃えている。放課後にある生徒会室での聞き取りを当たり障りなく答えれば、問題なく部活は設立される……そのあとの存続は水沢たちの頑張りにかかってるけどな」
「うん」
「正式な部費がでる以上、大会に向けた練習だとかをしてもらう必要がある。だから、言いたいことがあるとすれば、『許可を出した生徒会は何やってるんだと言われたくないから頑張ってよ』ぐらいなもんだ」
そっか、と。水沢は天井を見上げた。
何考えてんのかな、と思いながら俺は食べ終わった弁当にふたをする。時刻を確認すると昼休憩が終わるまであと7分。そろそろ教室に戻ってもいいころだ。
隣を見ると、水沢も完食寸前らしかった。話したいことや言いたいことはまだある。
だが、時間は無いしこれ以上話すと水沢との仲が悪くなる気がしたので俺は階段から立ち上がった。
「先に教室に戻っておく」
「え、待って。すぐ食べ終わる」
「一緒に戻ったら……いや、まあいいか」
男女が2人そろって弁当箱片手に教室に戻って来たら、付き合ってると勘違いされそうなものだが否定すればいいだけだと考え直して俺は水沢が食べ終わるのを待つことにした。
もぐもぐ、と。リスのようにおかずを口いっぱいに放り込んだ水沢を見たあと、俺たちは教室へ戻った。その道中、俺と水沢は特に言葉をかわすことなかった。
教室を戻ったあとは案の定、一部のクラスメイト───水沢の友達っぽいやつらから伺うような視線をもらったが、すぐに授業だったので特に何も聞かれることなく終わった。
★★★
「それでは、Eスポーツ部への聞き取りは以上となります。お疲れさまでした」
結局、水沢たちEスポーツ部への聞き取りは、こちら側の質問を水沢が滞りが無く答えて終わった。
俺以外の生徒会員が踏み込んだ質問をしようにも、水沢の抱えている事情を知らない以上確認程度の大した質問しかできないのだから仕方ないことではある。
事情の知っている俺も今さら聞きたいことなんてないし、水沢がやろうとしていることの邪魔をする気にもならなかった。
だが、会長や副会長に怪しまれないためにも『水沢の弟』の話は伏せて、面談室にて二人にした話を水沢やその他のEスポーツ部に聞いた。
なぜEスポーツ部をやろうとするのか、なぜもともと部活でやるゲームをPCゲームからスマホゲームに変えたかなど。本当はEスポーツに打ち込むつもりはなく部活を作ることを目的にしているのではないかなど。
Eスポーツ部設立の裏事情に迫るその質問内容を、水沢には事前に共有してある。水沢を通じて他の部員にも何を聞かれるのかは伝えられているはずだ。
だが、俺が口を開くたびに水沢以外の人間の体が硬くなっていったのが見て取れた。やはり水沢はEスポーツ部を作ることに協力してくれた人間たちには、本当の理由を話していたのだ。
俺の質問に対して筋の通った話を水沢が返す。その繰り返しが行われ、最終的にはEスポーツ部が設立されることになった。俺が色々と嗅ぎまわったものの、当初のEスポーツ部の設立という流れは変わらず、俺がやったことは無駄足になった。
場合によっては、水沢の目的をただ潰すだけになっていた可能性だってあった。そういう可能性を顧みないところをこないだ青山先生に怒られたのだ。今後は善処していきたい。
そういえば、今回Eスポーツ部の件になんの影響力も与えなかった俺だが交友関係に多少の変化があった。
『滝沢くん! 助けて!!!』
「おい、本名で呼ぶな! 他の人とVC繋いでるんだぞ!!!」
『うわぁあああ!!!』
俺と水沢はゲームを一緒にやるようになった。Eスポーツ部ではスマホゲームをすることになったが、水沢は個人的にPCを買ったようだ。
弟と一緒にできたらいいなと思って買ったそうだが、初心者だからゲームを教えて欲しいと言われたのが俺と水沢がゲー友になった始まりである。
しかし、水沢は本当にゲームをやったことが無かったらしく、たびたび俺のことを本名で呼ぶ。
『彼女さん、っすか?』
俺たちと一緒にFPSをしていた野良の人が苦笑しながらそう聞いてきた。
「いや、そういうのではないんですよ。うるさくして申し訳ないです」
『いやいやいや、羨ましい限りっすよ。それよりも、シュンさん。マジでめちゃくちゃうまいっすね。あとでフレ申請していいっすか?』
「もちろん。他に何のゲームやってます? よかったら今度───」
『……滝沢くん、やられちゃった』
「……すぐ行く。あと本名を呼ぶな」
『大変そうっすねwww』
そんなこんなで、ゲームにハマったらしい水沢に誘われる形で連日夜中までゲームをやる羽目になった。そのおかげで2人そろって寝不足になり、俺は副会長から怒られましたとさ。