第12話
「ふっ、大した想像力だな。君は小説家になるといい」
「いや、まだ何も言ってないでしょ。しかもそれ真犯人が否定をするときのテンプレですよ」
「ならば君はこってり系のラーメン屋にでもなるといい」
「……何故?」
「私の好物だからだ。君が店を始めたら食べに行ってやるぞ」
「残念です。俺はたぶんラーメン屋にならないので」
「そうか。なら君が成人したら飲みに連れて行ってやろう」
「ほう……二人で、ですか?」
「別に君が望むならそれでも構わないが……どうしてだ?」
「いや、先生に相手がいらっしゃったら教え子といえど男の俺と2人で飲むのは悪いな……と」
「なんだ、そんなことを気にしていたのか、安心しろ、私の相手はきっとそんなやつじゃ───」
「まあ、3年後も先生は独身でしょうから杞憂ですかね」
「ぶっ飛ばすぞ」
先生が握りこぶしを作ったのを見て、俺は降参と言わんばかりに両手を上げた。それを見た先生は拳を降ろす。
今のはなんてことはない俺と先生の軽口の叩き合いだ。本来、この人に相手がいないこと自体あり得ないのだから。
だから、そんなことよりも大事なことは1つ。先生は俺の指摘に否定をしなかった。
先生は一度大きくため息をつく。呆れたような表情をしつつも、どこか面白がっているような気さえする。
「それで……水沢がゲームを学校でやりたかったから部活を立ち上げたんだろ、と言っても君は納得しないだろうしな。君の指摘は概ね正しいが、どうしてそう思ったんだ?」
「俺と会長たちが話し終わったあと、先生は『生徒会内部の不和は解決されたか?』とだけ聞いてそれ以上は何も言いませんでしたよね? それがすごく気になりました」
「それほどおかしなことを言ったか? 君たちの仲が悪くなってはならないと思っていたから、そう聞いただけだ」
「決定的な証拠があるわけでもないのに、俺は水沢に対してあれこれ言っていたんですよ? 目の前で生徒が陰口に近いことを言っていたら、普通の教員なら注意するなりするでしょう。少なくとも青山先生は、そんなことを許す人ではないし特別俺に容赦がない」
先生が俺に容赦が無いのは「滝沢はなんか雑に扱っていい」と先生が思っているからだが、俺以外に対しては大概青山先生は真っ当な教師だ。そんな人が注意の1つもしないというのはやはり不自然だった。
「相変わず君は他人の機微にさといというか……君の恋人は苦労しそうだな」
「は? 今はいないので何も問題はないのですがそんなことを言った理由を聞いても????」
「まあまあ、落ち着け。さっきまでの余裕綽々な態度はどうした? 君は見た目はいいかもしれないが、それでは女にもてないぞ?」
ニヤニヤと表情を浮かべる先生に俺は屈するしかなかった。
「とまあ、冗談はこのぐらいにして。君が言った通り、確かに私には水沢がEスポーツ部を立ち上げようとする理由に心当たりがある。だが、それを君に教えるわけにはいかない」
なんとなく分かっていた。普通に考えて、生徒のプライベートをペラペラ話す教師はいない。だが、先生の雰囲気からしてそれだけではなさそうだったので、俺は少し緊張を覚えながら「何故」と聞くことにした。
「……それはどうして?」
「水沢のプライベートにかかわる問題だからだ。それに……滝沢」
俺の名を呼んだ先生の声音はとても真剣なものだ。怒っているわけではない。だが、言わなければいけないことを口にするときのようなそんな雰囲気を纏っている。
「わざわざ朝比奈や日比谷の前で指摘するのは違うと思ってあの時は言わなかったが。朝比奈や日比谷の前で語ったいかにも『Eスポーツ部のためを考えていた・生徒会に配慮をしていた』みたいな話は全部でっち上げだろう? 正確には、そのように思っていないわけではないが本心は別にある……だな」
「……」
「滝沢、君は水沢やEスポーツ部が抱えている問題を探ることを楽しんでいるだろう。他人の秘密を暴くのはそんなに楽しいか? 好奇心があるのはけっこうだが、君の悪いところだぞ」
「……すんません」
「そこで『でも』や『ですが』みたいな言葉が出ないところは君のいいところだな。まあ、自分がやっていることを自覚していながら躊躇いなく突き進むから質が悪いんだが……ともかく。私の知っていることは教えてやれない。それは教師である私に対する水沢の信頼を裏切るわけにはいかないからだ。君なら理解できるな?」
「……うっす」
「よし、ならば。鍵も受け取ったことだし、他に用が無ければさっさと帰ることだ」
「……うっす」
久しぶりに青山先生に真面目に叱られてしまったので、俺は素直に返事するしかなかった。
去年めちゃくちゃお世話になっているので、無視できないのだ。
俺がへこんでいると思ったらしい先生は、少し慌てた様子で俺の肩を叩いた。
「そ、そう落ち込むな。なに、君は見た目もいいし私個人は君の悪癖を含めてけっこう気に入っている。他人のこともある程度気が遣えるし、その悪癖を少しでも改善できたなら婿に欲しいぐらいだ」
『───ッ!!!!』
青山先生の言葉に驚いたのは俺ではない。この職員室に残っていた他の教員や部室の鍵を返しに来た各部の部長や副部長たちだ。全員が目を丸くして俺と先生を見ていた。
俺は頭を抱えるほかない。先生も自分の発言のまずさに気付いたのが、表情が固まっている。いや、本当にこの人はモノの言い方を知らない。
あぁ、教頭先生がこちらに険しい顔をしてこちらへ向かってきている。おい、そこにいるサスペンダー付きフランス人。笑ってないでいいから俺だけでも助けてくれ。
★★★
結局、俺は青山先生と共に教頭から詰問を受ける羽目になった。俺と先生は色々と弁明したのだが、どうやら以前から俺と先生の仲が良すぎるという話が教員たちの間でされていたらしい。
過去に生徒が卒業したあとに教員と結婚することもあったらしく、教頭先生はそのことを危惧しているようだった。まあ、教頭先生の反応も青山先生の発言を思えば当然である。
あの人、見た目もいいし性格もかっこいいし思わせぶりなことも言うくせにどうして相手がいないのだろうか。うちの父親だって結婚しているというのに。
まあ、きっと釣り合う相手が見つからないないのだろう。
そんなこんなで教頭先生からの説教を受けた俺は、家に戻ってご飯を作っている最中だ。といっても、昨日作ったカレーを温めているだけなのだが。
足元で寝る飼い犬のチャビを踏まないようにしながら鍋が焦げ付かないようにお玉でかきまぜる。
しっかしこの犬、ゴールデンレトリバーなので足元で寝られるとデカくて困るな。かわいくなければどかしているところだ。
そんな事を考えながらも、すぐに俺の思考はやはりEスポーツ部に向いてしまう。好奇心を抑えろ、と言われてしまったが人というのは言葉一つでそう簡単に変わりはしない。
そのことを現在進行形で俺は感じている。
青山先生には『水沢がEスポーツ部を作る特別な理由』に心当たりがあると言った。だが、会長や副会長の反応を見るにあの二人は心当たりがないだろう。
教員側が知っていて、生徒側が思い至れない事情……となると。
「……進学のため? いや、絶対に違うな」
「何をぶつぶつ言ってんのさ」
思考に意識を向けていると、ふと隣から声が聞こえて来た。見下ろすように振り返れば、そこにいたのは俺の弟であるトオルである。
学校から帰って来てから部屋着に着替えたらしいトオルは、中学生とは思えないほどふてぶてしい態度で俺のことを見上げていた。
「Eスポーツ部とか言ってたけど、なに?」
どうやら俺は考えていたことを口に出していたらしい。何でもない、と誤魔化すこともできるがせっかくだからこいつにも相談してみるのもありだ。俺たちが通っている来栖学園は中高一貫。中等部であるこいつなら高等部の話もある程度知っているかもしれない。なにせ、中等部の生徒会長なのだから。
そのことを抜きにしても頼りになるやつなので、相談して損はない。
「高等部の方でEスポーツ部ってのを作ろうとしていてさ。水沢って言うんだけど、話を聞く感じ裏がある気がするんだよ」
「裏って?」
「部を作る目的がよく分からん。ほら、学校でゲーム部作る意味ってあんまりないだろ?」
「……あぁ、だから進学のためかとか言ってたんだ。その水沢さんにとって部を設立すること自体に意味があるんじゃないかってこと?」
「そうそう。お前、いまのでよくそこまで理解できたな」
俺が素直に褒めると、トオルは「フンッ」と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
我ながら要領を得ない話だったと思うのだが、やはりこいつは根本的に頭がいい。
「それでさ、お前なんか思いつく心当たりとかある?」
「……というかさ、ハヤトの言う水沢さんって『水沢直哉』さん?」
「いや、名前の方は知らないが違うと思う。俺の知ってる水沢は女子だし」
「あ、そうなの? じゃあ違うか」
「……ちょっと待て。その水沢直哉ってだれだ?」
トオルから出た『水沢直哉』という人間をきっかけに、俺は水沢の抱えている事情に近付くことになった。
そして、その晩。
副会長から「明日の放課後にEスポーツ部を集めて話を聞くことになった」という連絡が来たのだった。