第一話 生徒会勧誘
「滝沢、生徒会に興味はないか?」
放課後、昨年の担任であった青山先生にいきなり職員室に呼び出され、ビクビクしながら向かうと開口一番そんなことを言われた。まず感じたのは安堵だ。
怒られると思っていたから安心した。次に感じたのは疑問だ。話が唐突すぎてよく分からない。
「よく分からない、という顔をしているな」
「ええ、まあ。その質問の背景を教えていただけるとありがたいです」
「もちろんだ。これに座ってくれ」
渡された椅子に座ると青山先生は話し始めた。
「うちの生徒会は、会長、副会長、会計、書記の計4人で構成されていて、そのうち会長が選挙で選ばれるのは知っているな?」
先生の質問に頷いた。
こないだ選挙があったが、会長は3年生の女子だったと記憶をしている。
名前や公約はすっかり忘れてしまったが、キラキラした見た目であったのは覚えている。
「それで、会計と書記は指名制なんだが、なかなかいいのが見つからないらしく、生徒会担当教員の私も探すように頼まれた」
「なるほど......うん?」
「君には会計か書記、どちらかをやってもらいたいと私は思っている」
生徒会に興味ないかってそういうことか。少し考えたら分かることなのに予想外過ぎて分からなかった。
「お言葉ですが、熟考されましたか? 他にもっと適任がいるでしょう」
「いや、条件に一番当てはまってるのがお前なんだ」
「条件?」
事務処理能力とか、そんなことだろうか。いや、それだったら俺じゃない。断言できる。
「条件といっても、できるならこんな感じのやつがいいという話だ。例えるなら、そう。結婚するなら優しい人の方がいい、みたいな話だ」
「他にいい例えはないんですか? そりゃよく考えていることだから、例えがスッと出てきたのかもしれませんが」
「殴られたいのか?」
握りこぶしを作った先生を見て俺は首を横に振る。
「それで、だ。条件はいくつかあるが、私が君に頼もうと思った一番の理由は『ほどよく馬鹿』だからだ......おいおい待て待て帰ろうとするな」
立ち上がろうとしたら上から肩を押さえつけられた。
「他にちょうどいい言い方がなかったんだ」
「他の言い方だとどんな感じですか?」
「......能天気」
「帰ります」
「また言い方を間違えた。そう、天然。天然だ、もしくはマイペース」
「俺は天然ではありません」
「いい意味で、だ。なあ、分かるだろ」
「分かりません」
先生の手が震え始めていたが俺は立ち上がる力を緩めるつもりはない。どうやら先生は天然の同義語がポンコツだということを知らないようだ。
「Hey、ハヤトにハルカ。何してルノ?」
聞き覚えのあるカタコトの日本語が聞こえてたので振り返る。俺が急に力を抜いたせいで、こちらに倒れこんでくる先生を腕で支えると先生はグエっと低い声を出した。
「大丈夫ですか?」
「お前の腕が腹にめり込んだだけだ、気にするな」
先生は立ち上がると俺の後ろに視線を移した。俺もつられて上を見る。
立っていたのはサスペンダーを着こなしたフランス人。テオドール・二コラ、この学校の英語教師で生徒や教員からは、テオ先生と呼ばれている。
「テオ、こんちにちは」
「こんにちは、ハヤト。ハルカと何話してタノ?」
「生徒会に入ってくれないか、と言われました」
「セイトカイ?ああ、アレか。イイね、キミに向いてると思うヨ」
「本当ですか?」
「ホントホント、キミはカシコイからね。もっとそういう場に出たほうがイイよ」
「そうそう、私も同じことを思っていたんだ」
青山先生は深く頷いていた。
賢いなどと言ってもらえるのは嬉しいが、先生に関してはテオに乗っかった形に見えるので、本当はどう思っているのか怪しいところである。
「滝沢、それでやってくれるのか?」
先生が真剣な表情で問いかけてきた。
冗談半分に聞いていたが、生徒会勧誘の話はどうやらマジらしい。
「俺は構いませんが、生徒会の人たちは俺のこと知っているんですか?」
「一応、伝えてある。お前がよければ今日にでも顔合わせをして欲しい」
なんか手厚いな。馬鹿ってそんなプラス評価なの?
「特に予定はないので、今からでもいいですよ」
「よし、なら決まりだな。ついてきたまえ」
「ハヤト、Good Luck」
俺はテオに見送られて職員室を出た。
★★★
「ところで、ほどよい馬鹿が条件ってどういうことですか? ムードメーカーが欲しいならば、俺は適任ではないと思いますが」
生徒会室に向かっている最中、俺は気になっていたことを聞いた。
「俺は、人前で一発ギャグなんて恥ずかしくてできませんよ。それどころか他人が滑っているところを見るだけで耳を防ぎたくなります」
「共感性羞恥心、だったか。私も覚えがある。オリジナルギャグをかまして滑っているやつを見ると体が震えたよ」
「それって合コンの話ですか?」
そう聞くと先生は押し黙ってしまった。
俺は地雷を踏んだらしい。どうしようかと考えていたら先生は再び話し始めた。
「……生徒会に、1人不愛想な、いや辛辣な? まあ、とても真面目な子がいるんだ。彼女と一緒に仕事ができるマイペースさを持った人間を探していた」
「それが俺だと?」
青山先生は頷いた。
「他にも君を選んだ理由がある。生徒会の業務を遂行できる能力があったり、他の生徒や教員とコミュニケーションが取る能力があったりだとか。あとは君は面白い生徒だ。二コラも言っていたが、君は生徒会に向いていると思う」
「それは……ありがとうございます」
そう言われて悪い気はしない。リップサービスかもしれないが、自分にとって都合のいいように解釈するのは大事だ。
やる気につながる。
「まあ、頑張ります」
「大変であれば、他の役員に助けを借りればいい。私がすすめたのだから何かあれば相談に乗ってやる」
「イエッサー」
「せめてマムにしてくれ」
そうこうしているうちに生徒会室前に着いた。
先生が扉を叩くと中から「どうぞ」という声が聞こえて扉を開ける。
中を覗くと並べられた机の前に1人、椅子に座っていた。手に持っていた文庫本に栞を挟み机に置くとこちらを向く。
肩まで伸びたツヤのある黒髪が揺れて、やや鋭い目が赤いフレームのメガネ越しにこちらを見ていた。凛とした雰囲気を醸し出していて目の前に立つだけで緊張してしまいそうになる。
やべぇ、すげえ美人だ。
「朝比奈はいないのか?」
「会長はまだです。ご用があるのであれば、お聞きしますが」
「なら先に紹介しておこう。入ってくれ」
先生に呼ばれたので中に入ると彼女と目が合う。ジロっと俺を見てくる彼女の目は品定めをしているように見えた。
「……彼は?」
「このあいだ話しただろう。生徒会に推薦したいやつがいると。滝沢」
先生が自己紹介を促してきたので俺は1歩前に出た。
「高校2年の滝沢隼人です。この度は青山先生の推薦があり生徒会参加を決めました。よろしくお願いします」
最後に少し頭を下げる。
無難だが淀みなく言えた。問題ないだろうと顔を上げると彼女は冷たい視線を俺に向けていた。
おっと、これは怖い。先生が言っていたのはこの人のことか?
「私の名前は日比谷蓮。副会長を務めさせてもらってるわ。よろしく、と言いたいところだけど。アナタは生徒会の人間じゃないから、またの機会に」
そういえば、どうすれば生徒会に入ることができるのか知らない。もしかして入部届みたく生徒会参加希望書なるものがあるのだろうか。
「生徒会に入るにはどうしたらいいんですか? 何か署名が必要ならすぐにしますが」
俺が聞くと彼女は「何を言っているの?」という顔を向けてきた。
「私はアナタの生徒会参加を認めていないのだけど」
「......へ?」
ブクマ、評価ありがとうございます。