何にでも影響されまくる幼馴染がグイグイ来る~お前昨日なに観た~
「俺と付き合ってくださいっ!!」
「ごめんなさい!!」
――はい。このラブコメはここで打ち切りです。ご愛読ありがとうございました。魚見先生の次回作にご期待ください。
というのが昨日のハイライト。
そして今日。
俺、魚見翔弥は人生最悪な気分の中、重い体を無理やり動かし、何とか学校へ登校した。
今は机に突っ伏して現実逃避の真っ最中だ。
ああ。俺はもう夢も希望も途絶えた。しばらく笑う気も起きやしない。
「どうしたんだい? 魚見君。まるで死人のようじゃないか」
聞き覚えのある声に反応し、俺は目を開く。
そこにはスカートの隙間から見える水玉模様……ではなく、幼馴染の乙川好実が足を組んで、俺の前の席に横向きで座っていた。
ふわっとしたボブで演出された、無駄に整った顔で見つめられると、こいつが幼馴染じゃなかったら惚れてただろうなと思わせられる。
それでも、俺はある理由でこいつには絶対惚れないだろうけど。
「推測するに……失恋かな? 君はここのところ毎朝、廊下を眺めながらソワソワしていたのに、今日は違う。昨日、君がいつも見ていた女子生徒との間に何かがあったということだろう?」
「……あってるけど」
俺の視線など気にせず、好実はつらつらと言葉を並べる。
何だこいつ。俺の傷をえぐりに来たのか。
「ふふん。このくらい初歩的な推理だよ」
「そのセリフ、原作には無いらしいぞ」
その瞬間、ドヤ顔だった彼女の顔がいつものアホ面に変わる。
「えっ原作? いやぁ、なんのことかなぁ……?」
好実は顔をかいてごまかすが、そんなものは通用しない。何年お前と付き合ってると思ってるんだ。
お前がテレビドラマ、映画、漫画、その他諸々にすぐに影響される精神年齢が小学生以下の女だってことは俺が一番わかってるんだよ。
それが、俺が好実に惚れない理由だ。恋愛感情より先に「こいつ大丈夫か?」が出る。
「お前、昨日探偵モノでも見ただろ」
「探偵みたいに、賢くて落ち着いてる女の子っていいかなぁ……って思って」
好実が白々しく目をそらす。
「他の友達にもまだそんな風にしてるのか。引かれないか」
「してないよ! こんなにふざけられるのは翔弥の前ぐらいだし。で、どうだった? 私の名探偵っぷりは」
もうふざけてるって明言してるんだよな。俺を茶化しに来てるの確定なんだよな。
まじこいつさぁ……幼馴染じゃなかったら普通にキレてるぞ。それに名探偵っぷりて。元が天然なんだからさ。
「お前がやるには無理があるな」
「ひどい! 私だって推理できてたでしょ!」
好実が俺との距離をぐいと縮める。幼馴染と言えども一瞬、心拍数が上がってしまう。
「でも初歩的な推理なんだろ?」
俺は彼女の視線から顔をそらすようにしながら言い返す。
「千里の道も一歩からって言葉がありましてねぇ……」
彼女は、今度は空気の抜けた風船のようにしゅんとする。
「なら、ころころ夢が変わるお前は何千里歩くんだろうな」
「私の夢はもう何年も前から変わってないよ!」
またこの天然娘は突拍子もないことを。
「それは知らなかった。どんな夢なんだ」
「えっ、秘密! 今言ったら叶わないから!」
それだけ言い残すと、彼女は自分の席へ戻っていった。
それと同時に始業のチャイムが鳴る。
「何だよそれ」
俺はため息をつくと再び机に突っ伏した。
ただ、どんな形であれ夢を持っている好実は、少し羨ましくもあった。
◇
あれから数週間。好実と話す機会は日に日に増えていき、高校に入ってから離れ気味だった俺たちの仲も、しょっちゅう一緒に遊んでいた小学生の頃と同じぐらいにまで戻っていた。
失恋の傷も、なんにも考えずに接してくれる好実と過ごしている内に何だかどうでもよくなった。
その間にももちろん、あるときはメイド、またあるときは文学少女、他にも弁護士、警察、鬼狩りなどなど……色んな流行りものの影響をもろに受けた好実が俺の前に現れた。
一番面倒くさいのが、同時に二つのものの影響を受けたときだ。医者と殺し屋の合体なんて、もう二度と相手にしたくない。
注射で暗殺を企てるな。メスで人の首を切ろうとするな。どんなサイコキラーだよ。
それはさておき。
今、俺は久しぶりに一緒に帰ろうと誘われたので、昇降口の前で好実を待っているところだった。
「ごめん! 先生に仕事頼まれてちょっと遅くなっちゃった……」
俺の前にどたどたと慌ただしく好実が走りこんでくる。
「いや、大して待ってないよ。それじゃ帰るか」
「うん!」
事情も事情だろう。三十分ぐらい、気にするほどでもない。
「翔弥と一緒に帰るの、久しぶりだなぁ。前まではなんか距離置かれちゃってたからなぁ……」
冬も近く、少し冷える帰り道を並んで歩きながら、好実が呟く。
確かに、俺が前に好きだった女子に盛大にフラれるまでは、俺は好実と距離をとっていた。
だが今の俺にはそんなことよりも気になることがある。
今日の好実が何の影響を受けているのか分からないことだ。
明らかにいつもよりもしっとりとして落ち着いた感じがある。普段うるさいくらいに明るい彼女がこんなにも自然に変わるものなんだろうか。
「そうだな。心配かけて悪かった。ところでさ、お前、昨日なに観た?」
「なんにも観てないよ! たまには素でもいいでしょ! 翔弥、私のこと日替わりギャグ製造機だと思ってるでしょ! 実は私に突っ込むの楽しみにしてるでしょ!」
「うん」
やっぱりいつもの好実だった。ここまで清々しいと少し安心する。
「ほらぁ……もう。じゃあさ、いっつも否定ばっかしてくるけど、翔弥的にはどの私が一番好きなの? 男の子なんだから一つぐらいあるでしょ、好きなタイプみたいなさ」
ふとした『好き』という言葉に、俺の理性がグラつく。
そういえば好きなタイプとか、昔はやたら聞かれたな。俺は好きになった人のタイプが自分の好きなタイプになるって思ってるから、毎回答えてなかったけど。
「んなこと言ったって好実は好実だしな……ああ、でもしいて言うなら……」
「言うなら?」
好実が首を倒しながらこちらに顔を向ける。
「――素の好実かな」
「え?」
好実は目を丸くする。
俺は気づかない内に自分をコントロールできなくなっていたらしい。
だけどもういい。一回フラれた俺に今更怖いものなんてない。
全部言っちゃえばいい。
「だから、今の好実が一番好きだってことだよ」
大事なことだから二回言った。
「ええええええええ!?」
彼女の絶叫が夕暮れの空に響く。
「それ告白? 告白だよね? 告白だね!?」
「……おう」
言ってしまうと急に恥ずかしくなった。
気の利いた返事をしようと思ったが、好実の動揺する様子に気を取られて集中できない。
「よかったぁー。私も大好きだよ。何年も前からずーっとね」
好実は声を弾ませて、いつもよりもずっと高く甘い声で答えた。
思ったよりも簡単に告白が成立してしまった。
「何年も前からって……お前まさか」
「うん。そうだよ。夢、叶っちゃった」
そう言って好実はくしゃっと笑った。瞳はキラキラと輝いていて、彼女が世界で一番かわいいのではないかと錯覚しそうになった。いや、一番なんだろう。
にしても、何年も前から……か。
「ごめん。全然気づかなかった」
「いいよ。私も空回りして迷惑かけたしさ」
空回り……もしかして、いままでの彼女の言動は俺の好きなタイプを探っていたのか?
そういえば、好実は「探偵みたいに賢くて余裕のある女の子」といった感じで、どんな職業かよりも、どんな性格なのかを大事にしていた。
だとしたら……
「健気過ぎんだろ……」
当の本人はきょとんとしている。
俺は好実の健気さと可愛さで脳をドロドロにされているというのに。
「……いいね。その顔」
また脈絡のないことを言い出す好実。
「え?」
「私、翔弥のその笑った顔が一番好き」
好実はまた微笑んだ。
まさか、さっきまでの感情が全部顔に出てたのか。
俺は慌ててゆるんだ頬を元に戻す。
「恥っず……」
「ふふ。あ、そうだ。私の次の夢決めた!」
彼女は軽く笑うと、また元気よく言った。
「もう決まったのか」
「うん。翔弥を一生笑わせる!」
そうして彼女は太陽のような笑顔を俺に向ける。
思えば、数週間前、絶望のどん底にいた俺を最初に気にかけてくれたのは彼女だった。俺を笑わせてくれたのも、俺に希望をくれたのも、みんな好実だ。
なんだ、俺が一番影響受けてんじゃねえか。
まったく。好実には敵わない。
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