それってちょっと日本語変だよ
転校初日のカリキュラムは進んでいく。カナメは午前中の間に、高校というこの教育機関が用意した教本を暗記することに費やした。そして現在は地球時間でいうところの正午である。
時間を区切るチャイムがなり、周囲の学生たちが離席していく。
「あー、やっと終わったわー。腹減ったー」
「今日どうする? 学食行こうか?」
なるほど。とカナメは理解した。これは昼食休憩時間に入ったということらしい。
「……ふむ」
周りを見渡せば、携行した糧食を摂取する者と、学食という名称のPXで購入する者がいるようだ。カナメは少し考えたが、昼食は取らないことにした。というか、そうせざるを得なかった。地球の金銭は用意しているが、それはすべてカードや携帯端末で決済する電子的なものであり、それは高校では使えないということが午前中に判明したからである。
もちろん、自前の糧食としてカロリースティックは持っているが、これは帝国の品であり補給ができない以上、無駄に消費したくはない。
そういうわけで、カナメは他の生徒とは異なり、自席にかけたまま再び本を読むことにした。現代用語辞典、というそれも暗記すれば社会生活がよりスムーズになることであろう。
それにしても紙媒体での学習とは、なんと原始的なのだろうか。こんなものは軍の歴史資料映像以外で見たこともない。とは思いつつ、意外に情報のインプットがスムーズでもある。
なお、カナメがそんなことを考えているのは、空腹を紛らわすためである。
「あれ? 星乃くん。お昼ゴハンは食べないの?」
そんなカナメに、隣席の千歳が声をかけてきた。なにやら心配そうに首を傾げ、見つめてくる。
「ああ。食べない」
「ええ!? お昼ゴハン無しで授業って大丈夫なものなの!?」
千歳はまるで世界の終わりでもあるかのように驚いている。昼食を抜くというのが、信じられない様子だ。彼女はずいぶん食欲が旺盛とみえる。
「お弁当忘れたとか?」
「忘れたわけじゃない。最初から用意するつもりがなかっただけだ」
「……購買とか学食とかあるよ?」
「知っている。だが電子決済に対応していないことを知らなかった。今日はキャッシュを持っていない」
「それは困ったね。危機的状態だよ」
「問題ない。俺は三日程度の絶食には耐えうるよう訓練されている」
「えっ」
カナメの返答をうけ、千歳は呆気に取られたように口を閉ざした。
これで会話は終わりだ、と判断したカナメは本に視線を戻す。だが、千歳はしばし考え込むようにしたのち、何かを思いついた様子で自身のカバンをゴソゴソとやりだした。
「これサンドイッチなんだけど、たくさんあるから食べる?」
千歳が取り出したのはバスケットだった。じゃーん、と開けて見せた中には、なにやら白いものが複数入っている。
「……」
意味がわからない。文脈から察する差し出されたバスケットの中身はサンドイッチと言う食品であり、それを分け与えようとしているということはカナメにもわかる。わからないのは、何故そんな提案をするのかということだ。
「……」
この女は自分に食料を分け与えて何か得をするのだろうか? 類似のケースはカナメの経験のなかに存在しない。
「あ、あれ? いらない感じ?」
カナメが無言でいると、千歳は焦った声を上げた。なにやら決まりが悪そうな表情もしている。二人のやりとりにクラスメートの視線が集中していることも関係がありそうだ。カナメは少し考え、答える。
「……いや。わけてもらえるのならありがたい」
カナメの言葉に、千歳は明るく朗らかに微笑んだ。意味不明である。地球人とはよく表情の変わる種族なのかもしれない。
「おっけー! 好きなのをどうぞ! あ、でもカツサンドはダメ」
「あ、ああ……」
彼女が蓋を開けたバスケットには、サンドイッチなる食品がいくつか収められていた。カナメはそれらを観察する。
パンという食品は学習済みであり、知っている。地球上のいくつかの地域で主食となる小麦の膨化食品だ。それはいい。それに乳製品や動物性たんぱく質や野菜を挟んである。サンドイッチなる食べ物の定義が判明した。手づかみで食べられるうえに栄養のバランスも悪くはなく、糖質を多量に摂取可能。優れた携行食品だ。
「なるほど」
「なるほど?」
サンドイッチを分析する様子を不審に思われたかもしれない。千歳は自身もサンドイッチを頬張りつつ、首をかしげている。まずい、怪しまれるのは得策ではない。カナメはそう考え、このエリアの行動様式を思い出し、実践した。
まずは手をあわせ、頭を深く下げて一礼。
「いただきます」
「なんかすごいちゃんとしてる! えっと、あ、めしあがれ?」
サンドイッチの一つを手に取り、おもむろに食いつく。無論一定の危険性は覚悟している。いかにカナメが地球出身とは言え、地球の食品は食べたことがない。未開な惑星の原始的な食品である。そもそも合成タンパク質に慣れているカナメからすると、熱処理を施しただけの動物の死骸を食べるなど、受け入れづらいことでもある。
だが、そんなサンドイッチは予想に反して……
「うまい……!」
気が付けばそう声にしていた。目を見開き、今一度サンドイッチをみつめる。
なんだこれは旨い、旨いぞ。想定外だ。
「うわびっくりした。なんでそんなシリアスな顔して食べるの!? あ、でもありがとー」
カナメの反応に対し、千歳はニコニコと笑っている。なにが嬉しいのか意味不明だ。
「これはお前が作ったのか?」
「うん。あ、意外とか思ったでしょ」
「いや。確認しただけだ」
「……? 確認……?」
もぐもぐと咀嚼しつつ、カナメは考えていた。
サンドイッチを受け取ることにしたのにはいくつか理由がある。現地の食料に一刻も早く慣れる必要性、調査対象である千歳に不審に思われないため、そして、未知への興味だ。仮になんらかの毒物が混入されていたとしても、内臓を強化してある自身ならば原始的な毒物には耐えられるし、薬品もある。問題はない。
そうした理由からサンドイッチをもらい、食べたが間違った選択ではなかったようだ。これであれば、今後この星の食品への不安は小さいと判断できる。
「もひとつ食べる?」
カナメが考えを整理していると、千歳はそう提案してきた。ふむ。
「……もらおう」
「はいよ!」
カロリーは取れるときに取っておくにこしたことはない。カナメはありがたく二つ目のサンドイッチを貰うことにした。ただ、一応こう伝えておく。
「この借りは必ず返す」
たとえ征服予定の惑星の現地人であろうと、調査対象の個体であろうと、借りは借りだ。何らかの形で返済する必要があるだろう。
「あはは! それってちょっと日本語変だよ!」
千歳は一瞬きょとんとしたあと、また笑っていた。バシバシと肩を叩いてくる。
文化慣習の問題か、カナメはニュアンスが微妙に違う言語表現をしてしまったのだろうか。いや文脈に間違いはないはずだ。
「……」
カナメは二つ目のサンドイッチに頬張りつつ、この不可思議な調査対象に困惑していた。だが、それはそれとしてこのサンドイッチは美味い。そして……
保温機能が備わっていないバスケットに入っていたサンドイッチなのに、何故かほんの少しだけ温かいような気がした。
また、これ以降、調査対象である千歳が微笑んでいるのを直視しづらいように思えた。
不可思議である。
もっとなろうっぽいタイトルに変更予定です。いい案があったら教えてください