この星は俺のものだ
――地球、日本への降下より二時間が経過。この間、現地のマーケットへ移動し、カモフラージュ用の衣服などを購入。なお、その過程において船内学習外の現地語を複数確認。『コスプレ』『ハロウィン』など。前者は衣服、後者はなんらかの商業的催しをさすものと推測される。――
「……それにしても、人口密度が高い星だな」
お台場、という名称らしい街中を歩くカナメは、周囲を見渡して困惑の表情を浮かべた。征服対象の惑星人口が多いのは良いことだが、さすがに疲れる。疲れると言えば、ここに至るまでの道のりでもかなり消耗した。
カナメは宇宙の彼方にはある銀河帝国本星からやってきたが、DNA的には地球人であるはずだ。つまりは、見た目的には原住民とそれほど変わらないはずであり、それゆえにこの調査任務についた経緯もある。しかし、ここまで遭遇した地球人には予想外の反応をされてきている。
『なにそれ、なんのコスプレ!?』
『宇宙服? 戦闘服?』
『イケメン!!』
『飲みに行かない!? あーもしかして未成年くん?』
『なんで子犬と一緒なのー? ウケる!』
『うぇーい!!』
うぇーい、とはなんだ? 真剣に考察したカナメだが答えは出てこない。この街だけが特別なのかわからないが、誰も彼もうぇーいと言っていた。しかもやたらと浮かれてもいた。謎だ。
「……少し休むとするか」
適当な衣服店に立ち寄って購入した衣服に着替えたカナメは、路上に設置されたベンチに座り一息ついた。
「カナメ! カナメ! この星の人たちは、なんというか、元気だな……!」
イーヌもカナメと同様の意見のようだった。しかし、イーヌはどこか嬉しそうでもある。
「この僕を現地生物と間違えて可愛い扱いするなんて、困ったもんだぜ」
イーヌは不満そうに言っている。
しかし、そんな彼が見知らぬ地球人女性に撫でまくられていたとき、尻尾が微妙に揺れていたような気がする。嬉しい時に尻尾を振るというのは犬という現地生物の特徴だそうだが、実はイーヌも同じことをカナメは知っている。
「……今日はこのくらいにしておくとするか。現地の活動用の衣服や金銭は確保できたし、本格的な調査は明日からとする」
周囲を見渡し、独り言のように呟くカナメ。この星の文明レベルはおおむね理解したし、原住民とのコミュニケーションも一応は成り立つ。初日の成果としては悪くない。
「それにしても、未開な惑星だ」
考えなしの都市計画や過密な人口、手で持つタイプの旧式情報デバイス、ガソリンをエネルギー源とした自動車という乗り物。この程度の文明レベルであれば、軍事力も科学力もタカが知れている。地球は、帝国の侵略になんの抵抗もできないであろう。
帝国出発時に学習したデータ通りの星。念のため現地調査に派遣されたが新たな発見はない。
これでは、俺が先兵としてやってきた意味が……。
カナメがそう考えた瞬間だった。急に、街中の灯りが消えた。夜間通行用の照明も、交通整理用の信号も、なんの意味があるのかもわからないイルミネーションとやらも、そのすべてが一斉に、である。
楽しげに騒いでいた人々がざわつき始め、自動車のクラクションや衝突音が鳴り響く。エネルギーの供給源になにかのトラブルがあったのだろうか。これだけの規模の都市で?
疑問に思ったカナメが立ち上がろうとすると、街中のビルに取り付けられたモニタだけが一斉に起動した。
さきほどまでは商品の宣伝やイベントの告知などが映っていたそのモニタ。今は、黒づくめな服を着て奇妙な仮面を被った何者かが座っている光景が映っている。
いや、一人だけではない、正面に座る黒衣の人物の背後には、同様の風体の人間が何人も立っていた。
街のざわめきがさらに大きくなり、あたりの人々は誰も彼も近くのモニタに視線を向け、口々に声を上げる。
「政府の発表かなにか?」
「あ、イベントだこれ!! ライブとかじゃない?」
この場の誰よりも状況を理解しがたい人間であるカナメは、ただ黙ってモニタに映る黒衣の人物がなにかを発するのを待った。
数秒後、黒衣の人物は電気的に変換したであろう声で語り始めた。
〈フハハハハ!! 我々は、秘密結社『ブラック・ダガーン』である! 世界征服へ乗り出す前祝いとして東京中の電力を停止させた! 我々の力をご理解いただけたことだろう。我々はこれより、武力によって世界中を屈服させ……〉
ブラック・ダガーンを名乗る人物の言葉は、武装組織による宣戦布告あるいはテロの表明である。これは、カナメの想定外の事態だった。
「聞いたか! イーヌ!」
「わっふ。コイツはヘヴィなことになったようだね」
これだけの都市の電力を一斉に奪うということは、この連中はそれなりの力を有していることになる。少なくとも街の人々が言っているようにイベントやジョークなどではありえない。しかも、ブラック・ダガーンの情報は銀河帝国も持っていなかったものだ。
征服対象の惑星に、未知の戦力があったことになる。これは由々しき事態だ。
カナメはすぐに帝国から持ち込んできた情報デバイスを取り出し、探知モードを起動させた。
「わかりそうかい? カナメ」
「ああ、未知の組織とはいえ、所詮は未開惑星の蛮族、しかも他の電力が落ちている状態だ。電波の発信元を調べることなど俺にはたやすい」
カナメの言葉通り、ブラック・ダガーンの電波の発信元はわずか数秒で判明した。
「近いぞ。ここから数キロ程度の地点だ。おそらくはアイツらは海底に潜伏している」
「なるほど。どうする?」
「勿論、接近する。光学迷彩を使えば調査は可能だろう」
「OK。任せよう」
傍から見れば子犬と真顔で話している少年。だが現在においては誰もカナメたちに注目はしてない。カナメは素早く行動を決定すると、移動用のソニックボードを取り出す。しかし、カナメがボードに足を乗せる前に、事態はさらに動いた。
〈そう。我々ブラック・ダガーンの理念、それは……ふぇっ、なに? は? ちょっと、マジで!?〉
正面のソファにかけていたブラック・ダガーンの首領と思われる人物は、背後にいた側近らしき男から何事かを耳打ちされると、急に慌てだした。
〈いやお前、今大事なところじゃん!! この準備に何カ月かかったと思ってるのだ? ボーナス減らすよ!? なんでそういう嘘言うの!? 処刑するよ!? 悪の組織の首領だからそういうのアリなんだよ!?〉
〈いやだからホントなんですって首領!!! 早く避難しないとマジでヤバいっすよ!!〉
〈ちょ、今ライブ中継してるんだよ!? そんなん出来ないよ!!……え、なにこの音!? 地面揺れてない!?〉
ブラック・ダガーンの首領と側近は、モニタ越しでもわかるくらいに狼狽していた。さきほどまでの余裕と威厳たっぷりの姿が、頑張って演じていたものだとわかる。
普通なら、見ていて笑ってしまうくらいの光景かもしれない。しかし、カナメのいるお台場の街の人々は、誰も笑っていなかった。
今となってはこの放送がジョークかそうでないかなんて、どうでもいいことになっていたからだ。
この街の地面も揺れている。
だが地震ではない。
ズシン、ズシンと聞こえてくる地響き、断続的な揺れ。何かが、近づいてくる。
音と振動が伝わってくる海の方向に視線を向ければ激しい水飛沫と火柱が見える。そしてそのまま視線を上げても、夜空は見えない。代わりに見えるのは、まるでそそり立つ壁。だが、それが壁でないこともわかる。ではなにか?
街にいた誰かが、その正解を最初に叫んだ。
「巨大怪獣だーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
続いて、誰も彼もが叫びだす。それは、そのくらいインパクトのある光景だった。
灯りの消えた街、街に接する海。その海の向こうから巨大な爬虫類のような、しかし二足歩行の巨大な獣が、歩いてくる。
それも、火を吹きながら。
人々は一斉に叫び、走り出した。当たり前である。
〈わ、我々ブラックダガ―ンは……アッ――……〉
もはや、カナメたち以外誰も聴いていないブラック・ダガーンの放送に最後に映ったのは、破壊されていく室内と首領の叫びだった。多分、海底にある組織の本拠地もろとも怪獣に踏みつぶされたのだろう。
同時に街に電気の灯りが戻るが、パニックになっている人々にはさほど重要なことではなかったようだ。
「逃げろ逃げろ逃げろ!!!!」
「おかーーーさーん!!!」
「ヤバいってヤバいって!!! 地下だ!! 地下鉄の駅に!!」
数分前まで華やかで賑やかだった街は、絶叫に包まれた地獄へと化してる。
そんな中、カナメとイーヌは流石に驚愕していた。
「……なんだ、アレは……!?」
「……僕が知るはずがないとは思わないかい!!」
謎の武装組織ブラック・ダガーンには多少驚いたが、アレはその比ではない。そもそもなんなのかすらわからない。生物なのか? なにかの兵器なのか? 目的はなにか? 戦闘能力はどれほどか? 本気で、まったく、なにもわからない。何故、地球のような未開の星に、あんなものが存在するのか。そもそもあのサイズは生物としても兵器としてもありえるのか? 重量比はどうなっている? 不自然だ。
「どどど、どうするんだ!? カナメ!?」
巨大怪獣は、すでに海岸付近までやってきていた。いや、すでに半歩ほど上陸している。当然、ビルのいくつかが振り払う前足に破壊され、小さな建物は踏みつぶされている。あちこちから火の手が上がり、瓦礫が降り落ちる。
「くっ……!?」
風を切る音に反応したカナメは、イーヌを抱きかかえて横に飛び、降り注ぐ瓦礫を躱した。
「さっきの秘密結社といい、あの怪獣といい……なんて星だ!!! こんなこと俺は聞いていないぞ!!!」
実際、今の瞬間だって、もしもカナメが鍛え抜かれた帝国軍人でなければ即死している事態だ。予想外すぎる。
「僕が知るもんか!! ……あ、カナメ、あのモニタをみてくれ!」
イーヌの前足が指さすさき、ブラック・ダガーン亡き後のモニタには、今はニュース速報が映っていた。
〈東京湾より、謎の巨大生物が……。付近の住民は避難を……〉
すでに警察や自衛隊までが出動し、市民の避難にあたりはじめたようだ。そして意外なことに、市民たちの避難はスムーズで早い。まるで、こんな事態に『慣れている』かのように。
立ち尽くしているカナメたちのすぐ横を、幾人もの市民たちが逃げていく。だが、当然それも全員とはいかなかったようだ。
「……もう、ダメ。私はもう走れないよ……お嬢ちゃんだけお逃げ」
カナメの視界に入るビル影には、つまづいたまま動けないでいる老人と、それを助け起こそうとする少女の姿が見えた。
「だ、ダメですよ! おばあちゃん!! 私の肩につかまってください! 早く!!」
少女は必死に老人に手を差し伸べているが、とても逃げ切れるとは思えない。あのままでは、確実に二人とも怪獣に踏みつぶされるか、瓦礫に押しつぶされて死ぬだろう。
それでも老人を助けようとするのは、あの少女という個体が持つ特性か、それとも地球人に一程度共通する性質なのか、それはカナメにはわからない。
ほかにも逃げ遅れた子どもや、怪我をして動けない人の姿も見えた。
もちろん、征服対象の惑星の原住民の一人や二人が死んだところで、カナメにはなんの影響もない。
しかし。
カナメは一度目を閉じ、いくつかのシミュレーションを脳内で実行すると、再び目を開けた。
「やむをえない。イーヌ、船から戦闘用装具とプラズマキャノンを船から転送してくれ」
「あの怪獣をヤルつもりかい? 意外とホットなところもあるようだね」
傍らに座るイーヌは、小さな顔をカナメに向け、前足を上げてみせる。
だが、的外れだ。
「勘違いするな」
カナメはイーヌの軽口を受け流すと、衛星軌道上から転送されてきた機動装甲を体に纏い、プラズマキャノンを構える。
コマンドギア付属のヘルメットのバイザーをおろし、迫りくる怪獣をバイザー越しに確認。
「エネルギーバイパス接続、イクシードチャージ、コンプリート……スタンバイ」
音声認識によって帝国の兵装であるプラズマキャノンを起動させていく。地球降下初日でこれだけのエネルギーを消費するのは予想外だったが、この事態は放置しておけないと判断した。だがそれは、イーヌが言うような人道上の観点からなどではない。
未開惑星の蛮族が数人死のうが、カナメの計画には支障はないのだから。
「射線確認、ターゲット、ロック」
バイザーモニタに表示されたロックオンレティクルを巨大生物にセット。射角は斜め上、こうすれば砲撃による被害は最小で済む。
「レディ」
地響きを上げて近づいてくる怪獣は、カナメの眼前で天に向かって吠えた。さきほども行っていたこの動きは、炎を吐く予備動作だ。だが、カナメには分かっている。コイツが火を吐くことは、もう二度とない。
「カウント開始、5、4、3……」
カナメがここでプラズマキャノンを使うのは、一人二人の地球人を守るためなどではない。この怪獣はサイズや重量から見るに、地球の軍事力で容易に対応できる存在ではない。ゆえに、このまま放置していれば、多大な被害をもたらすだろう。下手をすれば、この国だけではなく、地球全体が危険だ。
帝国は地球を侵略する。だが、人類が絶滅した焼け野原を征服しても意味がない。征服は、資源が得られるからこそ有益なのである。
そしてカナメはこの侵略戦争において、ただの調査兵士で終わるつもりなど毛頭ない。帝国が地球征服を成したあかつきには、属領となったこの星を治める総督たらんとする野望があるのだ。
現地の秘密結社だろうが、巨大怪獣だろうか、まだ見ぬ地球上の脅威であろうが。
障害は、排除する。
「ギャオオオオオオオーーーーーーーーーー!!!!」
雷鳴のような怪獣の咆哮。対照的に、カナメは囁くように告げて、そっと引き金を引いた。
「この星は、俺のモノだ」
構えた銃口から銀色の閃光が放たれる。閃光は光の束となり、激流のごとき光の束は怪獣を飲み込みなお直進。轟音と共に海を割る。
これこそ、帝国が誇る携行型戦術兵器『プラズマキャノン』の威力だ。先行偵察の兵士が持つにはやや過剰ともされる兵装の一つ。これを使用したせいで、今後カナメはエネルギー不足に悩まされることが確実である。
当然、光の奔流が消えたころには、怪獣の姿はなかった。
この日のことは、のちにカナメによって記述される侵略日誌には次の様に記載されている。
――地球降下初日。未知の巨大生物に遭遇。のちに地球では『ガッジラ』と呼称される巨大生物は現地の都市の一部を破壊。占領地の確保及び自身の安全のためこれを撃退。また、ブラックダガーンなる秘密結社を確認。巨大生物、秘密結社、事前情報外の脅威はこの他にも存在するものと推測される。――