コイツ嫌いなのだ
「ふははは!! 今日も作戦成功なのだ! ジョーカー! 見事な働きだったぞ! 次も頼むのだ!」
特殊武装車両が港に進入したタイミングで、隣に座るアレクサンドラが快哉をあげた。今日も腕を組んで高笑い、ボンテージファッションに身を包んだ元気な子どもである。
「……了解」
「うむ! ほめてやるぞ!」
現在時刻は21時15分。総帥であるアレクサンドラ自身が率いる一隊は都内の薬品施設を襲撃した帰りである。この作戦には、ジョーカー、つまりカナメも参加した。
ある程度の働きぶりを示す必要からアレクサンドラの呼びかけに答えたわけだが、作戦はさしたる苦労もなくあっさりと成功した。何故この程度のことに総帥であるアレクサンドラが出張るのか理解に苦しむ。なおカナメ自身は施設の警備員を数人眠らせ、研究成果らしき薬品を奪うくらいのことしかしていない。
「どうだ? ジョーカー、たまには貴様も基地まで同行しないか? 勝利の美酒を酌み交わすのだ」
予定では今向かっている港内のヘリポートに迎えが来ることになっている。そのまま秘密基地、つまりはあの豪華客船(ではなく、本当は巨大潜水艦だった)まで飛んで帰る手はずだ。
「いや、糖分の摂取は控えている。それに、明日は早朝から予定がある」
なにしろ学校へ行かなくてはならない。
「そ、そうか……。残念なのだ」
アレクサンドラはしょぼんと、肩を落とした。どうやら、ここしばらくの作戦参加で彼女からの信頼を多少獲得できたようだ。さすがは銀河帝国士官学校主席にして、最年少で惑星侵略調査を任されたエリート兵士である。
「お前がヘリに乗るところまで護衛しよう。その後は勝手に帰らせてもらう」
「わかったのだ」
そのような会話を交わした直後……。
ガァン!! という大きな音が響き、カナメたちの乗る特殊車両が大きく揺れた。この衝撃は、背後から追突されたと考えられる。
アレクサンドラ以外の乗員たちに緊張の色が走る。今のは事故などではなく、何者かの攻撃によるものだと悟ったからだ。夜の港なのだ、それ以外考えられない。
「わわわわ!! なんなのだ!?」
アレクサンドラが叫び、運転手を任されていたブラック・ダガーン構成員がそれに答える。
「何者かに後ろから攻撃されました!」
「!? なんで攻撃されるのだ!!?」
それは施設を襲撃からではないだろうか。とカナメは思いつつ、走行車両の窓から見えるミラーを確認した。たしかに、追跡者の姿が見える。
「ど、どうだ? ジョーカー?」
声の震えているアレクサンドラを無視し、防弾ガラスを開けて身を乗り出した。
「……単独、だと?」
追跡者はたった一人だった。しかも、バイクに乗っている。あのバイクで、この特殊装甲車両にぶつけてきたのか? それはほぼ自殺行為のようなものではないのか?
ガン!! カナメが思案していると、追跡者はさらにバイクを激突させてきた。車両が大きく揺れ、装甲の一部が破壊された。
ブラック・ダガーンの科学力はカナメも認めている、その技術で作成されているこの装甲車両も地球の軍事水準を超えているもののはずだ。
だがこちらに激突したバイクのほうはビクともしていない。そのようなバイクを高速で操っているライダーの動きも卓越している。
「ふ、振り切るのだ!!」
アレクサンドラの指示で装甲車両は加速したが、それでも追跡者から逃れることはできなかった。それどころか、車両の右真横までつけてきている。窓際に立つカナメから見て、数十センチの距離にいる。
「コイツ………!」
追跡者はヘルメットをしており、顔が確認できない。だが服装は革のツナギを着ており、予想よりも細い体形をしている。
「なんとかするのだ!! ジョーカー!!」
アレクサンドラの指示が飛ぶ。カナメは別にその指示に忠実であろうと思ったわけではないが、未知の敵の存在は望ましくはない。
「始末させてもらう」
カナメは小型のレールガンを構え、追跡者のヘルメットにレーザーポインタをあわせようと動く。
しかし、同時に追跡者はハンドルから左手だけを離し、そのまま空いた腕を振りかぶり、拳を握った。こちらの車両を殴りつけるつもりだ。こちらが撃つよりも、速い。
――バカな。高速で動く装甲車両に、なんの装備もしていない人間が攻撃したところで――
通常であればこんな攻撃は無意味だ。だが、カナメの戦士としての直感が告げる。
この攻撃は、危険だ。
「全員何かにつかまれ!!」
カナメはそう叫んだ次の瞬間、轟音が響き渡った。衝撃が車両を襲い、どちらが上かわからなくなる。強いGを全身に感じ、乗員全員分のエアバッグが反応したのを理解する。
驚くべきことに、追跡者の拳は、たった一撃のパンチは、特殊装甲車両を横転させたのである。
「……くっ……!」
「わあああっ!! な、なんなのだーー!!」
車両の安全装置のおかげが、乗員で絶命したものはいない。全員がのろのろと這い出すようにして車両から脱出することが出来た。
だが、事態は深刻だった。ヘリポートまで移動する手段が失われたことは、この交通事故現場のような光景から容易に想像できる。
「た、助けるのだ!! ジョーカー!」
アレクサンドラが泣きながら喚き、カナメの右腕に抱きついてきた。邪魔である。
カナメはそれどころではない。
すぐそこに、今の攻撃を行った者がいるのだ。追跡者はカナメの前方でバイクを旋回させたのち、片足をついて止まっていた。あれだけのことをしたにもかかわらず、息が乱れている様子もない。
「何者だ」
レールガンを構え、追跡者に向ける。だが追跡者は銃口を無視し、ヘルメットに手をやり、勢いよく脱いだ。
長く、艶やかな髪が現れる。
「!? ……女、だと……?」
それはカナメにも予想外の事実だった。細い体つき、平均より大きく膨らんだ胸部、それはまさに女性のものである。デニムとライダースジャケットを着ている彼女が颯爽とバイクから降りた。
年齢はカナメより少し上、おそらく20才前後であろう。美しく整った、だが気の強そうな顔つきをしている。女性としては背が高く、長い手足はしなやか。ネコ科の獣を連想させる美しさがあった。
「悪の組織ブラック・ダガーン。あんたらの好きにはさせないよ!」
追跡者の女性はよく通る澄んだ声でそう言い放つと、カードのようなものを取り出し、なにやら大仰なポーズでそれを構えるとベルトに装着してみせた。そして叫ぶ。
「変身!!」
一瞬の光。その奔流が彼女のベルトから放たれ、夜闇を蹴散らす。
再び闇が降りたときには、さきほどの女はいなかった。代わりにいたのは、純白に輝く何者か。
昆虫の外骨格と高度なテクノロジーが融合したかのような装甲を身に纏う何者か。
変身、という言葉を踏まえれば明らかである。あの女が、これに変わったのだ。
「お前は……」
カナメは小さく呟く。この姿には映像で見たことがある。ガッジラによる災害現場で救助活動を行っていた一人だ。
また、よく似た存在も知っている。こいつもティアキュートと同じく、無から変身するタイプだったようだ。しかし技術体系、と言えばいいのかわからないが、コンセプトはまるで異なる印象を受ける。
「わああああっ!! またZ1なのだ!! こいつ嫌いなのだぁぁっ!! うぇっ……! えぐっ……」
さきほどからカナメの右腕にぶら下がっていたアレクサンドラが涙目になっていた。どうやら、ブラック・ダガーンはこの敵、Z1を知っているらしい。
それにしても総帥がこんなことで大丈夫かこの組織、と心配になる。