夢があるっていいね!
放課後。体育祭実行委員会の会議に参加したカナメ。議題は体育祭の競技種目の割り振りや各クラスでの準備など。この会議は驚くべきことに、昨日のブラック・ダガーン幹部会議よりもサクサクと進んだ。高校生に劣る組織が世界を制することができるのかは大いに疑問である。
そして会議も終わり、体育祭実行委員たちが委員会室から出ていく。部活動に参加していないカナメはいつもより遅い下校となった。千歳は決まった部活動に所属はしていないが、ときおり運動部の助っ人を頼まれることがある、しかし今日はそれもないようだ。
つまり、下校のタイミングが同じであり、かつさきほどまで委員会に二人で出席していた状況、ということになる。
『わかっているな! カナメ!! チャンスだぜ!』
耳に装着している小型通信機からイーヌのはしゃいだような声が聞こえてきた。
イーヌの意図は理解している。教室で隣の席である、というだけでは今以上千歳に接近することは難しい。よりプライベートなことを話せる関係になり、いまだほぼ謎の存在であるティアキュートについて聞き出す糸口を見つけねばならない。
「ふぃー、なんか一気に色々決まったねー。思ったより忙しそうだねぇ」
一度A組の教室に戻り、荷物を取りに戻る道中、千歳がそう声をかけてきた。
「星乃君は部活やってないんだっけ。じゃあこのまま帰るの?」
『今だ!!! カナメ!!』
イーヌがうるさい。カナメは少しだけ逡巡した。だが自分の逡巡の意味がわからない。これは作戦行動なのだ。それに、高校生の男女がときおりそのような行動をすることは確認済みである。さほど不自然な行動ではなく、帝国の先兵だと気づかれる可能性は限りなくゼロだ。ゼロなのだが。
『わっふ。ちょっと興奮しすぎた。落ち着けカナメ』
俺は落ち着いている。
『いいかい? レディというのはカンがいいんだ。変に誤魔化したりしないほうがいいぜ。あと、嘘も見破られやすいから、言える範囲で本当のことを言うんだ。君のほうから心を開けば、彼女も答えてくれるぞ!!』
いやお前こそ落ち着け。俺はわかっている。アドバイスも理解した。多少シャクではるが、地球人の情動についての知識及びコミュニケーションにおいては、自分よりもイーヌの方が長けている。
カナメは一度深呼吸をすると、調査対象であり将来的な殲滅対象である人物にまっすぐに視線を向けた。
「千歳」
※※
千歳は転校生の男の子にじっと目を見つめられた。焦る。彼はちょっと、いやかなり変わった人だけど、顔は美少年で、何故か千歳を名前で呼びかけるのだ。
「は、はい?」
「その……なんだ……」
そしていつも真顔だ。今も、まるでこれから切腹でもするかのような真剣な表情と鋭い目をしている。なんだよう、ちょっと怖いよう。
「……俺と、一緒に帰らないか……?」
「え?」
まるで一緒に死んでくれと言わんばかりの雰囲気で放たれた台詞だったから、一瞬意味が分からなかった。そして驚いた。この人がこんなことを言ってくるとは予想外です。
「えっと……」
そういえば、と思い出す。星乃カナメくん、彼が私のことを好きらしいという話を前に聞いたことがある。あのときはかなり焦ったし照れたし、なんだかどうすればいいのかわからなかったけど、今ではあれはなにか勘違いされちゃったんだろう思っている。
彼の言動はおかしいので、そういうこともあるのだろう。
多分、彼が変なのは外国育ちで日本のことがよくわかっていないからで、私に色々と話しかけてくるのは好意というよりも、たまたま席が隣で、頼ってくれているんだと思う。
あと、千歳には最近好きな人が出来た。だから、彼のことはそういう対象ではない。
なので、千歳は答える。
「いいよ! じゃあ、いこっか」
「そ、そうか」
千歳の言葉に、カナメはふうと息を漏らした。そんなに緊張していたというのが意外で、ちょっと可愛いとすら感じてしまった。
「感謝する」
で、二人で学校近くの土地沿いの道を歩き始めた。彼は無言である。実は千歳は、男の子と二人で、わざわざそうしようと宣言して帰るなんて初めてのことだった。
自分でも思うが、千歳はいわゆる女の子らしい、というタイプではない。全然モテないということはきっとないと思うけど、男の子と甘い雰囲気になるのは得意じゃない。だから、こうしてクラスメートの男の子と並んで歩くと、ちょっと恥ずかしいし、かなり緊張する。
隣を見ると、カナメのほうも険しい顔で何事か考えているようだった。この状況はいったい……。
「星乃くんってさぁ」
沈黙に耐え切れず、千歳は話題を振ってみることにした。
「なんだ」
さて、何を話そう。とは、それほど思わなかった。千歳もこの謎の男子については興味があったからだ。今分かっていることは、運動神経が抜群であるということくらいだろうか。
「外国から来たんだよね? どこの国?」
軽くそう聞いてみたが、カナメは何やら真剣に考え込んだ。あれ聞いちゃいけないことだったのかな。どうしよう。
「あ、言いたくなかったら別に……」
「いや、知人のアドバイスを思い出していただけだ。そうだな、俺はとても遠い国から来た」
「そ、そうなんだ。でも、日本人なんだよね?」
「そうだな。少なくともDNAとしてはこのエリアの人類と同じものだろう」
また奇妙な言い回しである。外国の言葉を機械的に翻訳するとこんな感じになってしまうのかもしれない、ここは気にせずいこう。
「じゃあ、ご両親は日本の人?」
「おそらくはそうだろう。だが、俺は両親の顔を覚えていないのでよくわからないな」
「え、それってどういう……」
と、聞き返しかけて千歳は口をつぐんだ。
やばい。これはいよいよ聞いちゃいけないヤツだった。何か話題をそらそう。駅前に新しくできたコロッケ屋さんのことにしようそうしよう! あそこのコロッケは美味しい、しかも大きい。おなかいっぱいだ!
だが、カナメの返事のほうが早かった。
「俺は、生まれてすぐに海賊にさらわれてな。その後『遠い国』で育った」
「か、海賊?」
「ああ。いまではその海賊が『遠い国』のこうて……いや、政治家になっている」
「……わーお」
カナメの話はかなりぶっ飛んでいた。衝撃的である。
海賊ってなんだろう。お宝を目指して航海を続ける少年漫画的なアレ? それともマシンガンとか持ってて海で犯罪するソマリアとかにいるアレ? それに誘拐……。政治家?
この人、いよいよ本格的にヤバい人なのでは。妄想癖があるのでは。基本的には普通の女子高生である千歳なので、そう思っても不思議ではないところだ。不思議ではないところなのだが。
「……そっか」
「ああ」
千歳にはカナメが嘘を言っているようには感じられなかった。彼の横顔がいつものように真剣そのもので、そしてどこか寂しそうに見えたから、かもしれない。そして千歳はこの奇妙な男子にさらに興味を持った。
「えーっと、じゃあ、日本には戻ってきた、って感じなんだね」
「そういう意識はないな。俺がやってきたのは……ある目標のためだ」
夕日が傾く土手で、カナメはそう言い切った。なんだか少し嬉しい。彼の夢がなにかは知らないけど、目標があるっていうのは良いことだ。
「目標かー。うん! 夢があるって、いいね!」
千歳自身はまだ夢を探している途中だ。でも夢がある人を眩しく思うし、とても大切なことだと感じている。だからこそ、千歳は夢の使徒ティアブルームとして戦っているのだ。
「夢? ……いや、そういうものとは……いや、なんでもない」
「わかった! 星乃君って運動神経いいから、スポーツ選手とかだ?」
「それより、夢と言えばだな……」
今度はカナメの方が話を振ってきた。なんとなく強引な気がするけど、彼はきっと不器用なので仕方がない。
「うん。夢といえば?」
並んで歩いていたカナメが足を止めた。どうしたんだろう、と千歳も止まり、彼のほうに振り返る。彼は千歳の目を見つめて言った。
「……夢の使徒、ティアブルーム」
私事ですが、コロナの休業が終わり、今日からお仕事です。なので、本作の更新もペースが落ちます。ご了承ください。