これはブドウジュースではない!
カナメは無言のまま考える。どうやらこいつらは、ジョーカーとしての姿や戦力は確認しているが、地球に潜伏する星乃カナメの実態まではたどり着けていないらしい。毎回の活動後に光学迷彩を使って隠れていたことは正解だったようだ。そのため、こちらが戦闘を終えて帰還する今日のようなチャンスを待った、ということだろう。
さて、どうする。
「我はケチではない!! 貴様が仕えるというのなら、それ相応の報酬は約束する。ともに世界を征服しようではないか!」
アレクサンドラはそう言うと、フィンガースナップを鳴らし、正確に言うと何回か鳴らそうとして失敗したあげくにやっと成功させ、その合図で船のデッキにアンドロイドの兵団が出現した。全機武装している。
「ふははは!! どうだ!! 我が発明・開発した新型兵器なのだ!! 米軍も目ではないぞ!!」
アレクサンドラが狂気の天才科学者と名乗っていたのはハッタリではなさそうだった。年齢や言動からはギャップからは想像しづらいが、たしかに優れた技術だ。それも帝国の技術体系とは異なる、それでいて地球の一般的な兵器とも違う未知の動力が使われていることがわかる。
これは今のカナメでは勝てるか微妙なラインだ。そもそも動力源はなんだ。
16年の間に妙に発展した地球の戦力にまつわる謎がまた増えた
「……アレクサンドラ、二つ質問がある」
「ふむ。言ってみるが良いぞ」
「何故、正体不明の人間を引き入れようとする」
「この地球には正体不明の戦力など数多いではないか。ティアキュートもそうだが、オンミョウジャーだの、ラビットレディだの、あの忌々しいクソ怪獣のガッジラもそうだ! あの怪獣のせいで我らも戦力が低下しているのだ。我々には敵対するヤツもいるから、この際手段は選ばん!! それにジョーカー、貴様のいでたちは我の好みなのだ! 黒はいい……! それに顔を隠しているのも、謎めいているのも悪っぽくてよいぞ!!」
アレクサンドラは両手を広げてうきうきと説明した。まるで玩具の説明をする子どもである。いや実際にそうなのかもしれない。
「……二つ目。世界征服をすると言ったな。その目標はなんだ?」
「? 目標が世界征服なのだ」
心底不思議そうにしているアレクサンドラ。カナメにしてみれば、こっちこそ不思議だ。
三年後に予定されている銀河帝国による地球侵略には明確な目標がある。領土の拡大から得られる利益である。文化の吸収による自国の発展や植民地の確保、それは宇宙で発展し続けてきた帝国の在り方そのものと言えるだろう。
またカナメ個人としてみれば、調査兵士として功績をあげることで軍人としての立身出世を狙っている。ひいては貴族階級に取り立てられ、侵略に貢献したこの星の総督として就任し、領土としたいという野心がある。
侵略そのものが目的ということはありえない。
……とはいえ、どうする? どう動くのが正しい? 帝国軍による本格進攻は三年後、それまでに、俺がすべきことはなにか?
「……よくわからないが……。そうだな。条件によってはブラック・ダガーンに協力してもいい」
カナメは熟考のすえ答えた。
「ホントか! 嬉しいのだ!!」
アレクサンドラは飛び跳ねてはしゃぎ、その後それを恥じて咳ばらいをした。カナメは彼女が落ち着くのをまってから条件を伝えた。
一つ。カナメの正体について探ろうとしないこと。これは自身の仲間が調べればその痕跡は見つけることが出来るため、隠れてやっても無駄ということも了承すべし。
二つ。傭兵として雇われるかわりに、ブラック・ダガーン及び他勢力の情報を一程度共有すること。どの程度の情報を渡すかは、こちらの働き次第で判断してくれればいい。
三つ。何かをしろという命令には可能な限り従うが、何かをするなという命令には従わない。例えばティアキュートの戦いにはこれまで同様に介入するが、それについて口を挟むな。
カナメがそう決定したのは、たんに都合の問題だった。
ジョーカーとしてのこちらの姿を知られている以上、彼らと敵対するのは得策ではない。また、傭兵として協力することでいまだ未知であるブラック・ダガーンの科学力や彼らに敵対するという存在についても調べやすくなる。また、場合によっては内部からブラック・ダガーンを壊滅させるなり掌握して手ごまにするといった選択肢も取れる。
そしてこれが一番大きいのだが、万が一、このブラック・ダガーンによる世界征服が完遂された場合、それは帝国の侵略には障害たりうる。帝国が負けるとは思わないが、攻め込む星が完全に一枚岩の勢力になっている場合、抵抗はより強いものになるだろう。
そうはさせたくない。また、上手くすれば、ブラック・ダガーンを絶望妖魔やほかの勢力にぶつけ、地球トータルでの戦力を削れる可能性もある。
ゆえに、ここは逆説的だが彼らに一時協力すべきだ。
「俺からは以上だ。断るようなら俺はここから飛びたつ、追ってくるなら容赦はしない」
「いや! なにも問題はないぞ!!」
テツ子、ではなくアレクサンドラは二つ返事でこれを了承した。特段問題がない条件だと判断したのかもしれない。それでジョーカーという戦力を得られるのならばそれでいいと考えたのかもしれない。あるいは、ガッジラによって壊滅的ダメージを追ったブラック・ダガーンには他に選択肢がなかった可能性もある。だが……
甘い。カナメにはそう思えた。
「うむ! これで我々は悪の同士となったのだ!! くくく……世界を我が物とする日も近いのだ!! よしジョーカー、乾杯をしようではないか!!」
「……いいだろう。だがお前と同じものをいただく。アルコールは控えたい」
「だからこれは葡萄ジュースではない!!」
かくして、カナメはブラック・ダガーンの一員となった。
妖魔と戦う魔法少女の助っ人であり、地球産の悪の組織の協力者であり、月読高校1年A組の出席番号31番、しかしその実態は、銀河帝国のエリートにして地球侵略の先兵、それが星乃カナメである。
この日のことは、のちにカナメによって記述される侵略日誌には次の様に記載されている。
――以上の経緯にてネオブラック・ダガーンに構成員として潜入。なお、同組織は帝国とは異なる技術体系により高度に武装されており、世界規模の影響力を持っていることを確認。この技術は総帥であるアレクサンドラ・ドゥ・グリムガルドの手によるものである。最終的にはアレクサンドラを拘束、支配し、帝国への技術協力をさせたのち殺――