表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/19

我が軍門に下るがよいぞ

 夜を切り裂き飛ぶカナメ。ついさきほど絶望妖魔の四人の追跡から逃れることには成功していた。あとは念のため海まで飛び、大きく迂回して、どこかの海岸に着陸したあと電車で帰る予定だ。我ながら未開人の移動手段も使いこなしている自分は優秀だとも思う。


「よし、この辺りでいいか……!? なにっ!?」


 カナメが海上を旋回しようとしたその瞬間、飛行するカナメの進路を妨害するようなエネルギー反応が突如出現した。人間ではない、絶望妖魔でもない。カナメはバイザーのセンサーのモードを切り替え、それが電磁ネットのようなものであることを確認した。


「……なんだ、これは……?」


 まるで自身を待ち伏せするかのようにして出現した科学の網。これは、いったい何者の手によるものか? 思案しかけたカナメだが、その答えはすぐにわかった。


〈ふははは!! 驚かせてしまったかな? ジョーカーくん!! 安心してくれたまえ、キミに危害を加えるつもりはない!!〉


 3時の方向から聞こえてきた声。カナメは反射的にそこに銃撃を加えた。閃光の一撃が貫いたのは、ジャイロで飛行していた小型のドローンである。


〈ああっ!? な、なんで撃つのだ!? ひどい!!〉


 別の方向からも声が聞こえる。今度は射撃を我慢して視線を向けると、やはりドローンが浮遊しており、内臓されているらしいスピーカーから声が聞こえてくる。


「……誰だ」


〈ふはははは!! えーっと、ふははは! 我々は君に話があるだけだ。そう怯えることはない!!〉


 なにか練習した台詞を読むような口調だが、怯えているとは心外である。カナメは無言でハンドガンを構え、レーザーポインタをドローンに向ける。


〈やめっ! やめて!! いっかい撃つのやめてってば!!〉


「……だから誰だと聞いている」


〈ふーっ……もう……ホントそういうの良くないと思うのだ……。あ、ふははは!! よかろう! キミの質問に答えるとしよう。足元を見るがいい!〉


 謎の声に促されるまでもなく、カナメは空中で停止している自身の眼下にあるものを確認している。それは船舶だった。ここからは小さく見えるが、実際にはそれなりに大きな船のようにみえる。どうやら、この声の人物はそこから通信してきているらしい。


「……撃墜しておくとするか」


 カナメはプラズマライフルを構えた。


〈やめて!! なんですぐ撃つのだ!?〉


 謎の人物の焦る声に、カナメはひとまずライフルをひっこめた。実際のところ、本気で撃墜するつもりはない。というか、絶望妖魔との戦いや離脱のためにエネルギーを消耗しているため、あの大きさの船舶を破壊するのは不可能である。相転移エネルギーには一定のチャージ時間が必要なのだ。


「……わかった。話を聞いてやる。なんだ」

「ふはははは! そう焦ることはない! こちらへ来ていっぱいどうだね? 極上のブランデーを用意している!!」


 カナメは少し考えた。相手の奇妙な言動から呆気に取られてしまっていたが、これは由々しき事態だ。何故こいつは俺を補足できた? そしてこの電磁ネットは地球の科学水準を超えている。何者だ?


「……いいだろう。話を聞いてやる。そこの船に降りればいいんだな?」

「うん! ……あ、いや、その通り、お待ちしている。ふははは!!」


 なんだこいつは、地球には『ふははは!』と笑わないと会話をしてはならないという宗教でもあるのだろうか。カナメはそんなことを考えつつひとまず指示に従うことにした。相手はまったくの謎、ならばここで接近しておくのも悪くはない。また、現在のエネルギー残量ではこの相手の追跡を逃れて拠点である自宅に帰ることは難しいかもしれない。


 ならば仕方ない。


※※


 カナメが降り立った船は、ありていに言えば豪華客船のようだった。だがおそらく実際には客船ではない。何故ならば、船のいたるところに人間の頭蓋骨をデザイン化したマークが描かれていたからだ


「それで? 貴様は何者だ」


 謎の人物は、リゾートプールが併設されている船のデッキの中心で、やたら豪華なソファに座っていた。手にはブランデーグラス、膝には猫。


 謎の人物の表情は見えない。奇妙な黒衣を纏い、顔をすっぽりと包み込む三角形の頭巾をかぶっているからだ。


「ふははは! 彼にもブランデーを!!」


 謎の人物は傍らにたつ側近らしき者たちにそう指示した。この側近たちも同様の頭巾をかぶっているため、姿は見えない。だが、体形から屈強な男であることがわかる。


「そんなものはいらん。それにお前が飲んでいるのがブランデーではないことはわかっている。俺に毒を盛ろうとしても無駄だ」


 カナメはバイザーの臭気分析により、謎の人物が持っているグラスに入っている飲料が、カナメに勧めたブランデーとは別のものだと探知していた。アルコール分が検知できない代わりに糖度が高い赤い飲み物、おそらくは葡萄ジュースであろう。


「ふーむ。そ、そうか。残念なのだ。……では本題に入るとしよう!!」

「その前に、人に何かを話したいならその頭巾を取って素顔を見せろ。そうすればストローを使わずともジュースが飲める」


「き、キサマもそのバイザーで顔を隠しているじゃないか!! それにこれはジュースではないのだ!!」


「俺に用があるのはそちらで、俺はお前らに用はない」

「いや……、そんな言い方って……ひどいのだ……」


「いいんだぞ俺は。今ここで暴れても」

「でもキサマ、エネルギー残量厳しいのだろう? 我々の戦力を舐めないでもらおう! ……ホントだぞ? 嘘じゃないのだ……」


 たしかに、この謎の人物の言うことは事実だろう。それはカナメにもわかる。この船舶のあちこちから高エネルギー反応が確認できる。おそらくは光学兵器、アンドロイド兵士であろう。また、カナメの動きを掴んだことからも、タダ者ではないことがわかる。


だが交渉というのは強気でいくことも重要だ。対面してみれば、彼らが自分を殺傷する気がないことは読み取れるのだから。


「どうかな。仮にそうだとしても、俺はそちらの半分は殺せる。これも事実だ」

「……わかったのだ」


 謎の人物は身を包む黒衣の右肩あたりを掴んだ。そして頭巾もあわせて一気に脱ぎ捨てる。わざわざそうやって脱げるように作った衣服なのだろう。

 そうして露わになった謎の人物の正体、それは。


「ふははは!! 我こそは、狂気の天才科学者にして、悪の組織ネオブラック・ダガーン総帥!! アレクサンドラ・ドゥ・グリムガルド伯爵である!!」


 だ、そうだった。女である。なお、姿は革のショートパンツに、革のブラトップ、へそは露出している。その上から白衣。カナメは学習済みだが、ボンテージファッションというらしい。おそらく地球の成人女性が着ていれば、性的魅力を高める作用があるのだろうと推測される。また、この女は、金髪に肌理の細かい肌、青く大きな瞳と、およそ愛らしいとされる容姿であると言える。地球の価値観で言えば、美人といって差し支えあるまい。


 しかし、この女は。


「お前、年齢はいくつだ?」

「11才だ!! ……い、いやそんなことは関係ないのだ」


 小さい。年の割にも小さい。声もまだ幼い。

子どもが無理をしている感じがする。また、妙に汗をかいているのは、さっきまでの黒衣が暑かったのだろうと推測される。何故そんなことを。


「……それよりも、なんかこう、今の我の名乗りを受けて気が付くことはないのか? ほら、ネオ、ブラック……? 聞き覚えとか……? ほら、思い出してみるのだ」


 促されるまでもなく、覚えている。カナメの記憶力は銀河帝国の士官学校でも一二を争うのだから。


「ブラック・ダガーン。巨大怪獣ガッジラに踏みつぶされて壊滅した組織だな」

「そう! そうなのだ! ……ふははは!! 我らはあの程度で滅びはしない!! ネオブラック・ダガーンとして蘇ったのだ!!」


「そうか」

「……あっさりなのだ……」


 パァっ! と明るくなりかけた総帥の顔が曇った。もう少し大きなリアクションを想定していたらしい。だが、カナメなりに驚いてはいる。感情をあまり表に出さないのは兵士の基本だ。


「たしか、世界征服を狙う悪の組織と言っていたな」

「そうなのだ」

「そうなのか」

「我々ニューブラック・ダガーンは……」


 なにかを話そうとした総帥は、側近の男に遮られた。どうでもいいがこの男も暑そうだ。息が荒い。


「テツ子さま、ニューではなくネオです。ネオブラック・ダガーン」

「むっ」


 カナメも口を挟む。


「本名はテツ子というのか。日本名だな。外見からさっすると両親それぞれの国籍が違うのか?」


「テツ子ではない!! 我はアレクサンドラ・ドゥ・グリムガルド伯爵である!!」

「そうなのか」

「そうなのだ」



 アレクサンドラは平らな胸を張り、えへん! と言わんばかりな態度である。カナメは少し疲れてきた。


「……それでアレクサンドラ、俺に何の用だ」

「うむ。単刀直入に言おう。ジョーカーよ、我が配下になる気はないか?」

「は?」


 思わず端的に聞き返してしまった。この野蛮人は何を言っているのだ。


「ふははは! ジョーカー、貴様のことは調べてある。あの巨大怪獣ガッジラをプラズマ兵器で倒したのはキサマだな? 我々の衛星はそれをキャッチしていたのだ。……あの日は、せっかくの晴れの舞台だからと、街の様子を撮影していたのだ。……それがまさかあんなことに……。いやそれはいい!! また、その後はティアキュートと絶望妖魔の戦いにたびたび介入、そして今日もその帰り、そうだろう!?」


 バイザーの下のカナメは無表情のままだが、正直に言えばかなり驚いていた。まさか自分の活動をこんな未開の惑星の野蛮人に探知されるとは思っていなかったからだ。さきほどの電磁ネットや、この船舶内のアンドロイドの反応と言い、ブラック・ダガーンのテクノロジーレベルは地球の水準を超えている。また、衛星という言葉も口にしていた。予想よりも大規模な勢力らしい。


 どうする? ここでこいつらを一気に始末するか。だがこちらの情報が他にバックアップされていないとも限らない。


「ふははは! 驚いてくれたようなのだ! 貴様の正体まではわからないが、我にはその戦力さえあれば良い! 我が軍門に下るがよいぞ!!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] こういうコメディ好きなんですよね。お子様大首領の再登場も嬉しい。
[良い点] 「そうなのか」 「そうなのだ」 主人公の困惑と白けた空気が伝わってくるw
[良い点] ブランデー(葡萄ジュース)をストローで飲むアレクサンドラ・ドゥ・グリムガルド伯爵(テツ子) [一言] ドヤ顔で牽制したつもりがとんでもない綱渡りをしていたテツ子ちゃんw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ