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これだから未開人は


 カナメとイーヌの地球降下から一か月が過ぎた。この間、カナメは事前情報外の様々な現地勢力を調査しつつ、高校生活を送り、そしてティアキュートと絶望妖魔の戦闘に介入するという三つの方針をもとに動いている。今日も同様だ。


「ティアキュート!! 今日こそあなた方を葬ってみせましょう!!いでよ我が下僕!!」


 絶望妖魔の幹部の一人、ダーメィダがそう叫び、『今日のモンスター』が出現した。いつものパターンだ。なお本日は巨大なハリネズミに似ている。


「行くよ! 百花ちゃん!」

「ええ! わかっているわ! 千歳!!」


 千歳と百花が例のセリフを言って、例の光が出現し、例の衣服に変わり、例のポーズを二人が決める。この場面は何度も見たので、さすがにカナメも慣れた。


 本日の戦いの舞台は夜の遊園地。営業時間外なため他に人気はない。カナメはティアキュートと絶望妖魔が戦っている広場から少し離れた位置にある観覧車のゴンドラの上からそれを見守って……、いや観察している。


「やああああ!!!」

「うおおおおお!!」


 千歳、ティアブルームが風を纏った拳をハリネズミに食らわせ、のけぞったハリネズミを百花、ティアサンダーが電撃を帯びた蹴りで追撃。ハリネズミはこれに耐え、反撃、ティアキュート、これを宙返りで回避。ハリネズミを操る絶望妖魔ダーメィダ、なにかを叫ぶ。


 いつものパターンである。カナメはゴンドラの上に座り込んだ。頬杖をつき、状況が変わるまで待機だ。


「……しかしあの絶望妖魔の連中は、もう少し戦略的に動けないのか……?」


 ポツリと呟きを漏らすカナメ。ここしばらく、彼らの戦いを観察し、またときに接触したことで色々わかったことがあるのだ。


 まず、絶望妖魔の目的。彼らはこのエリアのどこかにあるというキークリスタルなるものを探している。それが手に入れば彼らは今以上に強大な力を手に入れるらしい。なおこのキークリスタルというのは、彼らが滅ぼしかけた妖精の国とやらに元々あったものだ。


 妖精の国は絶望妖魔に滅ぼされかけたが、妖精の国の王子がキークリスタルを持って日本に亡命。亡命の際キークリスタルを紛失したとのこと。


 次に彼らの組織体系。彼らは指揮系統というようなものがない。幹部級の連中もそれぞれ仲が悪く協力関係がない。その理由としては『キークリスタルを手に入れた者が次の王になる』という彼らのルールの存在がある。彼らは、自分一人でクリスタルを手に入れて力を得、それで同族も含めた世界を支配したいのである。


 そして彼らの作戦行動。ルールと目的から、彼らは基本的に単独で行動する。特定の素質がある地球人の持つエネルギーから妖魔を生み出し、使役し、人を襲ったり物を壊したりしながらクリスタルを探す。


「これだから未開人は……」


 カナメは激闘を繰り広げる妖魔とティアキュートを眺めつつ、そう呟いた。彼らが使う妖魔や魔術は帝国にも存在しない戦力であり、警戒すべきことだが、組織として稚拙すぎる。


 だからティアキュートに毎回負けるのだ。

 ちなみにこのティアキュートのことも色々わかった。妖精の国から亡命してきた王子が、現地日本人である千歳と百花に戦士としての力を与えたのだ。なおこの王子も一度目撃したが、動くぬいぐるみのような不気味な存在だった。


 ティアキュートは妖精の国の伝説の戦士。夢と愛の強き心を持つ者が資格者とされ、絶望妖魔に立ち向かうべく変身する。そう、驚くべきことに、あれは武装を転移しているわけではなく、変身しているのだという。どんなテクノロジーなのかさっぱりわからない。


「……やはり、ティアキュートはまた強くなっているようだな」


 戦闘を見て、両者の戦闘力を分析するカナメ。ティアキュートは当初カナメが想定していたよりも強い。正確に言えば、強くなっていく速度が速いのだ。敵の策や新型の妖魔によってときおり追い詰められることもあるが、そのたびに危機を乗り越えパワーアップを果たす。


 このパワーアップだが、カナメから見るとまったく不可解だ。なんの理由もなく何故強くなる。武装を強化したわけでも、特殊な肉体改造を施したわけでもないのに。


 傾向としては『仲違いしていたティアキュートの二人の仲が改善された時』『何らかの要因で不安定になっていたメンタルが改善された時』などにパワーアップを果たすのではと推測しているが、戦闘能力の劇的な向上との因果関係は全く不明だ。


 夢、愛、心の強さとやらが魔力に変換されている、と絶望妖魔たちは言う。カナメにはそんな理屈は納得できないし、納得できないから警戒対象である。そもそも魔力とはなんだ。


「ヘッジホッ君!! 絶望の舞踏を見せておやりなさい!!」


 絶望妖魔ダーメィダが巨大ハリネズミ、ヘッジホッグンというらしい、に魔力を送った。

 ヘッジホッグンは体を丸め、高速で回転しながらティアキュートたちに突撃していく。


 重量や硬度、体表にある棘の鋭さを考えれば、あれはなかなかの威力がある。カナメの分析では、ティアキュートの二人でも大ダメージを受けかねない。また、当の二人は戦力分析が出来ていないのか、突撃を受け止める構えだ。あれは避けるべきなのに。


「……ちっ……」


 カナメは小さく舌打ちをした。あの二人がどういう経緯でティアキュートとなり、どういう理由で戦っているのかはまだわからないが、パワーのわりに戦闘経験値が低すぎる。ときおりこうしたミスを犯しがちだ。


「きゃあああっ!!」


 案の定、ティアキュートの二人はヘッジホッグンの突撃を受け止め切れず弾き飛ばされた。広場の地面をえぐりつつ、10メートルほど飛ばされた二人はかなりのダメージを受けているようだ。


「負ける……もんか……!」

「ええ……。私たちは、諦めない……!」


 そう言って、息も絶え絶えに、しかし傷ついた体を奮い立たせて上半身を起こす二人。


 ボロボロになっても、彼女たちは戦うことを諦めない。たとえ大きく戦力差があったとしても、だ。それはここしばらく彼女たちの戦いをおっていたカナメにもわかったことで、正直に言えばそこだけは感心してもいる。



「トドメです! ヘッジホッ君!!」


 ダーメィダの命令を受けた巨大ハリネズミの突撃が、なんとか立ち上ろうとする二人に迫る。甘いところのあるティアキュートに比べて、絶望妖魔の攻撃には容赦がない。組織としては無能だが、戦士としては悪くないのがあの連中だ

 

こうした点も含め、絶望妖魔とティアキュートの総合戦力比は現在7:3といったところだろう。


ゆえに今はまだ、彼女たちに加勢する必要がある。


「イーヌ!!」

「OK!!」


 カナメは座り込んでいた観覧車のゴンドラから跳躍し、転送されてくるコマンドギアを空中で装着。広場により近いジェットコースターのレール上に着地した。間髪入れずにプラズマライフルを構え、ロックオンレティクルをハリネズミに合わせる。


「ファイヤ」


 プラズマライフルの放つ閃光が、突撃中のハリネズミを横から打ち抜いた。結果として、突撃は横にそれ、ティアキュートたちの代わりにメリーゴーランドを破壊する。


 戦場に突如現れた閃光、それにより場にいた全員の視線がカナメに集まった。


「……ジョーカー来てくれたんだ……」

「また、助けられてしまいましたわね……ジョーカー」

「ジョーカー!! また邪魔を!!」


 ティアキュートたちからは信頼と感謝の視線を、絶望妖魔ダーメィダからは敵意を向けられるカナメ。


なお、ジョーカーというのはコマンドギアを装着して姿を隠したカナメのことだ。無論、自分で名乗ったわけではい。今この場にもいるダーメィダがたびたび戦闘に介入するカナメを勝手にそう呼び始めたのが定着しているだけだ。


 このダーメィダという男は、同じく絶望妖魔のモゥとは異なり燕尾服、シルクハットという紳士的なスタイルをしている(ただしやっぱり肌が緑色)が、ネーミングセンスが悪い。


 と、カナメは思っているので、ダーメィダの呼びかけは無視した。ティアブルームのほうに顔を向けた。ティアサンダー、百花のほうはすでに立ち上がっているが、千歳の方はダメージがより大きかったのか抉れた地面に仰向けに倒れたままだ。


 ちっ。カナメは再び内心で舌打ちをすると、ジェットコースターのレールから飛び降り、千歳の傍に舞いおりた。


「立て、ティアブルーム」


 そう言って、手を差し伸べる。カナメのプランは、ティアキュートに絶望妖魔を全滅させ、その後ティアキュートをカナメ自身の手で殲滅するというもの。今ここで負けられては困る。


 ティアブルームは何故か頬を赤らめ、熱に浮かされたかのような濡れた瞳で、おずおずとカナメの手を取った。それにしても、小さい手だ。それにすべすべと滑らかである。


「ありがとう。ジョーカー……。その、私……」

 

 学校で聞く千歳の快活な声とは違い、ティアブルームの声はどこか儚げで、恥ずかしそうでもある。よほどダメージが大きかったのか、握った彼女の手は小さく震えてもいた。すぐ近くでは、こちらを見るティアサンダーが両頬に手をあて、なにかはしゃいでいる。


 戦闘中だというのに、恐怖から錯乱でもしているのだろうか。あとさっきまでの緊張感はどこに置いてきた。とはいえ。

 

「お前なら勝てる。怯むな」


 軍人としては、そう助言するのが適切である。


「……! わかったよ。ジョーカー、私、頑張る! 信じてくれて、ありがとう!」


「……あ、ああ」


 立ち上がったティアブルームの横顔は真っすぐに前をみており、その目には光が宿っている。理由はわからないが、カナメの助言はティアブルームに劇的に作用したようだ。あっという間に、巨大ハリネズミは叩きのめされ、風にあおられ、落雷を受け、最終的には二人の必殺技である光の一撃を受けて消滅した。


 これはもう勝負は決まった。と、カナメは思ったが、ダーメィダの反応は想定とは違った。


「フフフ、ジョーカー、貴方がやってくるのは想定内です。そして、貴方は今日ここで死ぬのですよ!!」


 ダーメィダが笑うのと同時に、カナメのバイザーが複数のエネルギー反応を感知した。この遊園地の各所に、こちらを囲むように高エネルギー体が出現し、それが接近してくる。

 いやこれは突如出現したわけではない。元々潜んでいたものがステルスを解いただけだ。


「……なるほど」


 カナメは状況を察知し、戦闘態勢を取った。このエネルギー反応は記録にある。ゆえに何者かわかる。


「ひゃっはー!!! ジョーカー!! ついにてめぇをぶち殺せるぜ!!」

「いかに貴方でも、我々四人を相手に勝てるはずがありません!」

「ティアキュートの前に倒してやるでヤンス!!」

「おで、おで……、じょーかー、たおす!」


 現れたのは、全員絶望妖魔の幹部だった。0時の方向から時計回りに、モゥ、ダーメィダ、コォーラ、アーカンの四名。ここしばらくの戦いで、全員顔見知りである。


「わからないな。共同戦線を張ることが出来るのなら、最初からやればいい」


 カナメは心底からの疑問を投げかけた。これまでは幹部の四人が単独で動いていたから負けていたわけで、戦力の逐次投入は愚策以外の何物でもない。


「バカが!! 俺らのゲームはクリスタルを手に入れることとティアキュートを倒すことだけだ!!」

「お前を倒しても何の特典もないでヤンス!!」

「まず、おまえ、たおす。それから、おでひとりで、てぃあきゅーと、たおす」

「イレギュラーな存在を討つためならば、我々もイレギュラーな手段をとるだけですよ」


 絶望妖魔幹部たちの説明は、意外に分かりやすかった。要するに王選抜ゲームに無関係な敵に対しては共同戦線を張ってもいい、ということらしい。


だが、正直呆れる。それが可能なら最初からやればいい。ようやく気付くというところにインテリジェンスの致命的な欠如を感じるし、行動指針を中途半端に変えるのは不合理だ。


「……」

「フフフ、恐怖で声も出ないようですねぇ……!」


 だが不合理であるがゆえに、この局面はカナメの想定外ではあった。恐れているわけではないが、たしかにこの四人を同時に相手にするとなると戦力に不安がある。降下初日で巨大怪獣ガッジラ相手に消耗したエネルギーはまだ回復していないのだ。


 さて、どうしたものか。思案していると、ティアキュートの二人が絶望妖魔たちからカナメを庇うように立ちふさがった。


「ジョーカー! 一緒に戦おう!」

「今度は私たちが貴方を助ける番です!」


 ティアキュートの二人は傷ついた体を奮い立たせ、凛々しく勇ましい台詞を吐く。闘争心は兵士として望むべき素質ではあるが、同時に愚かだとも思う。


 冷静に戦力を分析すれば、ティアキュートの二人がこちらについても絶望妖魔四人には勝てないだろう。彼女たちはこれまで一人ずつを相手にしても互角程度だったことからもこれはわかる。


 それにそもそも、彼女たちがカナメに加勢する理由がない。たしかにここしばらく彼女たちに協力してきたが、それがこちらの目的があってのことだし、明確に同盟を結んだわけでもない。彼女たちから見た『ジョーカー』はどこの誰がなんのために戦っているのか不明な存在であり、敵か味方かは判然としないはず。そして本当は敵だ。カナメはあくまでも三年後に予定されている帝国の地球侵略へむけて動いているのだから。


彼女たちからすればここでジョーカーを助けることで得られるメリットは確定的なものではなく、不利な戦闘に参加するデメリットは確定的なものとなる。


それなのにこの未開人は何故俺を助けようとする?


カナメはわずかに動揺している自分に気が付いた。何故自分が動揺しているのかがわからない。戦術的に間違った行動を目の当りにしたからか? だが相手は未開人なのだから、それは想定の範囲だったはず。自分を庇うように立ちふさがる少女たちにたいして湧き上がるこの感情は、呆れや怒りとは別の何かだ。


カナメは少し考え、ゆっくりと口を開いた。


「必要ない」


 自身のメンタルについては、後日検討することとする。それよりも今はこの場を片付けることのほうが先だ。


「えっ!?」

「どうしてですか!? このままじゃ、貴方は……!」


 振り返るな。敵に背を向けているんだぞ。カナメはそう指摘したくなったがやめておく。彼女たちは基本的には敵だ。別に育成すべき新兵ではない。


「ヒャッハー!! こいつ、死ぬつもりみたいだぜ!!」

「フフフ、諦めたようですね!!」


 モゥとダーメィダは勝ち誇り、高笑いをしている。だが、こいつらは何もわかっていない。

 たしかに、戦って勝つことは難しいが、それは敗北を意味しない。


「お前らの相手は俺一人で十分だ。場所を変えるぞ、ついてこい」


「ムキーっ! おいらムカついたでやんす!!」

「おで、おで、じょーかー、ころす!!」


 カナメはコマンドギア背部に格納されているウイングを展開した。ここからバーニアを噴出すれば短時間ながら高速移動が可能である。逃げ切ることくらいわけはない。


「ティアキュート、俺は死なない。だから、お前らはお前らのなすべきことを成せ」


 少女たちにはそれだけを告げる。


「そんな、ジョーカー! まさか私たちのために一人で……ダメだよ!」


 感じ入ったように胸を押さえているティアブルームの解釈は誤りである。たしかに敵勢力を引き付けて一人で離脱するつもりだが、それは彼女たちのためではない。この少女たちのバイアスのかかった行動解釈には慣れてきたので、あえて訂正はしない。面倒だからだ。


 代わりに、絶望妖魔の四バカに対して挑発しておく。


「低能な貴様らごときに俺を倒せるとは思えないがな。試してみろ、蛮族ども」


 言い捨てると、即座にバーニアを全開、遊園地の広場から離陸した。


「ジョーカー!! 待って!!」

「ダメよ千歳!! 彼が困るだけだわ!! ……信じましょう、きっと、また会えるって」


ティアブルームはこちらに向けて手を伸ばすが、ティアサンダーが彼女を抱きしめてこれを押さえる。良い働きだ。サンダーのほうはいくばくか冷静である。


絶望妖魔たちはそれぞれに罵倒を吐きつつ、追ってくる。表情を見るに、あれは本気で激怒している。そのあたりが蛮族だというのだ。どこかの空域でカナメが停止し、その後戦闘が開始されると考えて追ってきている。だが、カナメはこのまま離脱するつもりだ。チャフを巻いて光学迷彩を使えば確実に逃げ切れる。


 流星のように加速し、戦場を離脱。


その途中、カナメはバイザーの遠望機能を用いてさきほどの広場を見てみた。

そこでは、すでに変身を解いた千歳がいる。彼女は切なげな瞳で流星を見つめていた。


※※


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