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わかったぞ!

 午後の授業は体育だった。この星の教育機関でも運動能力の向上はカリキュラム上必須なものらしい。


 訓練場所は体育館なる施設。そこで男女別に別れバスケットボールという球技を行っている。カナメも選手として出場しているが、今のところボールに触ってはいない。

 この程度の運動強度のトレーニングなど不必要であるし、第一今は調査任務中なのである。


 ゆえにカナメはコートを行ったり来たりのカモフラージュを行いつつ、別のコートで行われている女子のバスケットボールの様子を観察していた。


「行くよー!!」


 どうやら千歳は運動能力が高いらしい。昨日ティアブルームとして活動していたときとは比べられないが、作戦行動中でない今も同世代平均よりも動きが機敏である。部隊、ではなくチームメイトの指揮をあげるための発声も明瞭だ。


「パスパス!! ……やったぁ!!」


 パスを受け、相手の防御を躱し、シュートを決める。その後は飛び跳ねて歓声をあげ、チームメイトたちと手を打ち合わせて喜びを分かち合っている。どうやら彼女は授業を受けているより運動をするほうが好きなようだ。


 ポニーテール、というらしい髪形が軽やかに揺れ、何故か清潔感のある汗を振りまき、走り、跳ぶ。さきほど山田はそんな彼女の様子を『眩しいぜ』と評価していた。


健康状態が優良であること及び高い身体能力と健全な精神状態が維持されていることを眩しいと表現するのかもしれない。それならば、カナメも同感である。


「眩しいな」


 使ってみた。そして気が付いたが、この表現には視線を引く、という意味もありそうだ。


トレーニングの一環として行うものとはいえ、闘争は闘争だとカナメは考えている。そしてその勝利を目指し奮闘するのは好ましいパーソナリティである。カナメは初めて自覚的に千歳の人格を評価した。


「……それにしても」


 やはり、高校の誰も、彼女がティアブルームだとは認識していないようだ。仮にそれが共通認識であれば、あのようなトレーニングに彼女が参加することはありえないだろう。また、彼女のバディであるティアサンダー、百花のほうもそれは同様らしいことを午前中に確認してある。謎だ。


 カナメがそんなことを考えている間に、女子のほうの試合は終わったようだ。千歳は体育館の端のスペースにぺたんと座り込み、汗を拭きつつペットボトルから水分を補給している。あの飲料はなんであろう。妙に美味そうだ。


 ふと、座り込んだ千歳の横に、別の女子生徒がやってきたことに気付く。あの女子生徒は、今朝、カナメと山田の会話を聞いていた者たちだ。名前は憶えていないので、仮にA、Bと呼称する。


 Aは千歳に何事かを話しかけ、千歳は小首を傾げた。Bが千歳に寄り添い、口元に手を当てて千歳に耳打ち。なにか重要な情報がやり取りされた可能性がある。盗聴しておくべきだったかもしれない。


 即座に千歳の全身が小さく跳ねた。肩をぴくんとさせたその様子は筋肉が緊張したことを示している。アタフタと慌てて……。何故かこちらを見た。


 とっさのことだったので、カナメは視線を逸らすのが間に合わずコート越しの千歳と目が合ってしまった。千歳もこちらが見ていたことに気付き、顔を真っ赤にして下を向いてしまった。


AとBは慌てて、カナメに気付くと、手と首を横に振っている。


あのジェスチャーは学習済みだ。違う、そうではない、という意味である。だがこの場合適切なものとは思えない。他になにか意味があるのだろうか。


「いったい何を話していたんだ……!」

 カナメが一人そう口にしたとき、背中を叩かれた。振り返ればそこには山田。


「星乃! いや一ノ瀬ラブなのはわかるけど、お前ゲームに参加しろよ!! もしかして運動音痴なん?」


 む。少し千歳に集中しすぎたようだ。とカナメは反省した。まさか自分が素人に背後を取られるなど、通常の精神状態ではありえないことだ。それはそれとして今の言葉は聞き捨てならない。


「この俺の運動能力が低い、だと……?」


 馬鹿を言うな、と答えてやりたい。カナメは帝国の士官学校におけるカリキュラムで首席をとっている。自身の出生による不利を覆し、野望を叶えるために血が滲むような修練を積んだ結果だ。最新の運動理論に従い、最先端の器具を用いて鍛えてきた。


 そんな俺が、未開惑星の蛮族の、しかも一般の教育機関に通う学生に侮られる言われはない。


「了解した。これより、敵を駆逐する」


 カナメは色々言いたいことをこらえて、あくまでも常識的な回答をすると、駆け出した。山田はカナメの速度に驚いて尻餅をついたが無視する。


 ちょうど敵がシュート放ったところだ。


 このバスケットボールという競技におけるシュートは、放物線を描くような軌道で放たれる。地球人の平均的跳躍力では、放物線の頂点に至ったボールの下降中は触れることのできない高さになるらしい。さきほどから一度リングに当たって外れたボールを奪い合っているのはそのためだろう。


 だがカナメは違う。


「ふっ……!」


 リングに向けて降下中のボールにむけて跳躍し、空中でそれをキャッチした。

リングよりも高く跳べば、この競技では無敵なのではないかとカナメは思っていたが、やはり実践可能だったようだ。不合理な競技である。


 ボールを保持したまま着地、驚愕の表情を見せる敵味方の選手を横目に敵陣営に切り込む。反応速度と瞬発力の違いから、敵の誰も対応できていない。軽々と抜き去っていく。


隣のコートからは女子学生たちが嬌声を上げたのが聞こえた。


「……ここだ……!」


 なにも敵ゴールの下まで行く必要はない。カナメはそう判断して俊足にブレーキをかけた。ちょうどコートの半分を示すラインの間際だ。ハーフラインというらしい。


ここより少し前にあるあのライン、スリーポイントライン手前からシュートを打つと通常の2点よりも高い3点が加算されていたことは確認済みである。ということは、あそこよりもさらに遠いこのラインより手前から打てばおそらく6点は入るだろう。


 あまり目立つつもりはないので実力を出すのはワンプレイだけにする。だが6点も取れば文句はあるまい。


「お、おい! 星乃!?」



 味方の声は無視し、カナメはボールを持った右腕を大きく振りかぶった。

 射角良し、軌道計算良し。


「ファイヤ」


 カナメはいつものように小さくそう呟くと、バスケットボールを投擲した。当然、寸分の狂いもなく、だが激しい音を立ててボールは敵ゴールへ叩きこまれる。


 6点獲得だ。それを示すように、チームメイトたちは呆気に取られ、口をぽかんと開けてカナメを見ている。少しばかりやりすぎたかもしれない。


「……ふっ」


 見たかこの蛮族ども。カナメが薄く笑ったのと……


「……あ!」


固まっていた審判が反応したのは同時だった。


「……今の無効だな……。すごいけども。……さっきのシュートカットしたのはバスケットインターフェアで反則……だから得点も無し……だと思う」


「なんだと!?」


「いや、あの……。バスケットボールではボールがリングに向けて落下しているときに触れるのは禁止なんだよ……。いや、先生も初めてこの違反見たけども……」


「!……不合理だ……」


 このようにして体育の時間は終わり、星乃カナメはスゴい変人であるという評価を不動のものとした。


※※


 放課後。今日のカナメは千歳の尾行を行うことが出来なかった。体育の時間のことが上級生に伝わり、バスケットボール部の赤木という男に部活動に勧誘されていたからだ。断り、彼を巻くのに相当の時間を要したためだ。その間に千歳は帰宅してしまっていた。


 また、体育のあとの授業中に千歳に声をかけてもみたが、彼女は意味不明なことをまくし立てた。


「だいじょうぶだから! 多分勘違いかなんかだよね!? 気にしてないから! 気にしないで! ……あ、でももしあの万が一、本気的なアレだったら、言ってくれたらちゃんと考えて返事するから! 以上!! おっけー!?」


 だ、そうだ。そんなわけで、カナメは本日、どこか腑に落ちない気持ちを抱えたまま帰宅することにした。


あまり成果は得られなかったが、そういう日もある。センサーの反応からティアキュートとしての活動はないことはわかっているから、大きな問題はないだろう。


カナメが家に着くと、イーヌは自分の尻尾を追いかける遊びをしていた。


「それは……面白いのか……?」


「ち、違うぞ! これは思考を活発化させるためのぼくの博士としてのルーティンであり……! と、それよりもカナメ、僕は今日、スパイデバイスで君の高校生活を少し覗いてみたんだが……」


 ごほん、と咳き込んでみせるイーヌ。見た目が子犬なイーヌを高校には連れていけないが、彼のアドバイスが必要な局面も考えられるため、カナメの動向を共有する許可は出している。そんなイーヌが何か意見を述べたいらしい。


「ああ、千歳及び百花への調査を進めつつ、高校生に溶け込む方針で動いている。なにか問題があったか?」


「わかったぞ! キミはばかだな!!」



ご意見ご感想いたたけれは幸いですー

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[良い点] 「わかったぞ! キミはばかだな!!」 [一言] 頑張れイーヌ博士! カナメくんの高校生活は君の足にかかっているw
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